眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

45 / 426
#45 閑話 だって男の子だもん

 叡智の悪魔は久々に宝物殿、応接間を訪れていた。

 

「――と、言うわけなんだよ。」

「なるほど。少なくとも宝物殿では飼えませんねぇ。」

 応えるは卵頭の領域守護者、パンドラズ・アクターだ。

「それはわかっているとも。しかし、こうしている間にも御方々は第六階層で肩身を狭くする仔山羊達を思って御心を痛めてらっしゃる。早急に解決案をお出ししなければ。」

「同感ですね。一番は冷気耐性のアイテムを持たせて第五階層の雪原に置いておく事だと思うのですが、アインズ様は当然それには…?」

 パンドラズ・アクターは支配者達がいない為、少しだけ姿勢悪くソファに寄りかかっていた。

「お気付きでしょうね。恐らく仔山羊がありのままで過ごせる環境と言う条件をお望みなんだろうと思うよ。御方の慈悲深さには頭が下がる。」

 二人は唸り声を上げた。

 

 するとデミウルゴスは突然姿勢を正してこめかみに触れた。

 

「はい。デミウルゴス…――これはフラミー様。――何と!すぐに参りますのでそのままお待ちを。」

 何が起こったのかを察したパンドラズ・アクターはデミウルゴスに頷いてみせた。

「すまないね、パンドラズ・アクター。私から押しかけておいて。」

「いえ、とんでもありません。どうぞいつでもいらして下さい。」

 手短に挨拶を交わすとデミウルゴスは転移して行った。

 

 パンドラズ・アクターは立ち上がると、応接室にかけられている拡大コピーされたアインズとの写真へ向けてゆっくりと頭を下げた。

 

+

 

 第七階層に転移したデミウルゴスは赤熱神殿へ小走りで向かった。

 すぐに神殿へ続く数段の階段にフラミーが座っているのが見えてくる。

「フラミー様!」

「あ、デミウルゴスさん!」

 到着に気づいたフラミーはすぐに立ち上がり、パンパンとローブのお尻辺りをはたいた。

 デミウルゴスはフラミーの前に着くと、何故敷物ひとつ出していないのかと、側で控える魔将達を一瞬睨んだ。

「用事大丈夫ですか?すみません、一時間近く早く来るなんて思いもしないですよね。」

「いえ。フラミー様をお待たせする程の事ではございません!」そう言うとフラミーの足元に跪いた。「デミウルゴス、御身の前に。」

「ありがとうございます、立って楽にして下さいね。」

「は!畏れ入ります。」

 わずかな時間しか膝をつかないとしても挨拶は大切だった。

 

「あのぅ、今日貪食(グラトニー)出すってお約束したじゃないですか。でも…考えてみたら私と知識共有してる子を呼んでも足手まといなような気がして。」

 フラミーは申し訳なさそうに指先をつんつんと合わせるとデミウルゴスを見上げた。

「確かに精神の繋がりのない者は御し辛いかもしれません。私がいつも通り呼び出しますので御身はどうぞお気になさらず。――しかし、それだけならば先ほどの伝言(メッセージ)でも宜しかったのでは?」

 フラミーはキョロキョロと辺りを伺うと、少し背伸びをしてデミウルゴスの肩に片手で触れると耳元に唇を寄せた。

 デミウルゴスは至高の存在に触れられたことに一瞬うろたえそうになったが、内緒話のポーズだと言う事にすぐに思い至る。

 軽く小さくなりながらフラミーの方の肩を下げた。

「実はアインズさんに内緒の話というか…相談があるんです。もし今時間がなければ出直します。」

 そう言うと、フラミーはデミウルゴスから離れた。

 至高の支配者に秘密。

 果たしてそんな事が許されるのかとデミウルゴスは身を固くした。

 もしフラミーがアインズと違う道を行くと言ったら、自分はどちらに着いていけば良いのだろうと一瞬考える。が、そんな事は起こり得ないと嫌な想像を追い払った。

「と、兎に角お話をお聞きします。こちらでは何ですので、私の部屋へ移りますか?」

 フラミーは真剣な眼差しで、自分の右手中指にはまっている指輪をトントンと触ると告げた。

「私の部屋にしましょう。それ以外の場所だと、アインズさんは自由な出入りを許されますから。」

「かしこまりました。」

 返事と同時にフラミーの姿がかき消え、デミウルゴスも指輪の効果を発動させた。

 二人はフラミーの部屋の前に姿を現すと、男性使用人とメイドが掃除しているだけの廊下をキョロキョロと確認してから部屋に入って行った。

 

「お帰りなさいませ!フラミー様!」

 本日のフラミー当番、フォアイルが迎える。

「戻りましたぁ。」

 フラミーは翼が出せるように鍛冶長に背を切ってもらった紺のローブを脱ぎ、デミウルゴスを引き連れいつものソファセットに進んだ。

 

 フラミーは頭上のアサシンズに端に寄るように指示を出してから応接用の三人掛けソファに座った。腰を据えた話をする様子に、フォアイルはお茶の準備のため部屋を静かに後にした。

 デミウルゴスが立ったまま話を聞こうと構えていると、フラミーはポンポンと自分の隣の席を叩いて勧めた。

「どうぞ。」

 普段は正面を勧められるが、これは恐らく内緒話という事だろうと理解する。理解はするが、それは僕として許される事なのかと炎獄の造物主は思わず汗をかいた。

「どうしました?デミウルゴスさん、早く早く。」

「は…。では…失礼いたします。」

 デミウルゴスは頭を下げてからフラミーが座るソファの一番端に座ると、額を汗が伝う感覚に慌ててチーフを取り出した。

(これじゃあまるきりあの日のセバスじゃないか…。)

 人間を飼っていた事が露見した日のセバスの様子を思い出しながら軽く額をおさえ、チーフをポケットに戻す。

「それだけきてたら暑いですよね、脱いで良いんですよ?」フラミーはそう言うと、ハッと瞳を輝かせた。「あ!そっか!いや、むしろ脱いでください!さぁ、早く!お手伝いしますから!」

 デミウルゴスはフラミーが自らのジャケットのボタンに手を掛けるとその畏れ多さに再び汗が吹き出しそうだった。

「フラミー様!?お、落ち着いて下さい!ウルベルト様に頂いたこのお衣装は決して暑さを感じるようなことはなく、どのような場面でも快適に――」

「考えてみたら自分達は威厳の為って毎日違う服を勧めるのにいつも同じ服着て悪い子です!ほら、早く脱いで!」

「し、しかし暑くは――」

「えぇい、至高のなんちゃらの命令が聞けんか!!」

 半ば取っ組み合いになりかけると――カチャンっと音が鳴り、二人は揃った呼吸でそちらへ顔を向けた。

 フォアイルがお茶をカップに注ぎ終わり、サービスワゴンにポットを置いた音だった。

 これまで音もなくお茶の準備を進め、とっくのとうに部屋に戻っていたフォアイルは、命令が聞けないと言う言葉に思わず動揺してしまったようだった。

 デミウルゴスにもその気持ちはよく分かる。

 至高の存在より下される命令であれば、何であろうと遂行するべきだ。

 

「ほら、男の子でしょ!!」

 

 デミウルゴスは追い剥ぎにあった。

 そしてフォアイルとアサシンズは同じ部屋の、一番二人から遠い所に待機させられた。

 

 デミウルゴスは訳もわからずジャケットもジレも脱がされ、ネクタイも放り出されると、すっかりYシャツ姿にされてしまった。

 フラミーは至近距離でまじまじとその胸を見ていた。

「…触って良いですか?」

「は?あ…いえ…それはもちろん…。」

 至高の存在にNOと言うはずもない。フラミーはペタペタとシャツ越しにデミウルゴスの胸を触り首を傾げた。デミウルゴスはどう言う顔をしているのが正解かわからず、深淵なる意図にも思い至れず、ただフラミーを見下ろした。

「デミウルゴスさん、あなた最上位種の悪魔ですよね?」

「は……はぁ…。フラミー様程の存在ではございませんが…。」

 フラミーは触るのをやめるとふむ、と少し考えた後、ついに本題を口にした。

「どうやって隠してるんですか?」

 何の話かわからない。そう言う表情をしたのだろう。

 フラミーはフォアイル達のいる方の手で口元を隠し、読唇されないようにすると声を小さくして言った。

「デミウルゴスさんも両性ですよね?どうやって片方の性別隠してるんですか?おっぱいは?」

(…………ん?)

 デミウルゴスは訳がわからなかったが、理解はした。

「フラミー様、我々悪魔は大半が男女に分かれておりますが――」

「うぉっと!!デミウルゴスさん!声が高い!!」

 フラミーのその言葉に、デミウルゴスもフォアイル達のいる方から見えない様に口元を片手で隠すと声を落とした。

「し、失礼いたしました。もう遥かなる昔でお忘れになったかも知れませんが…御身は元が天使としてお生まれになった故に、両性具有なのではないでしょうか。そう言う性質は悪魔ではなく、天使の性質かと。」

 膝と膝が触れるような距離に座っていたフラミーはガタンと立ち上がった。

「な……な………!じゃ、じゃあ…私は…無駄にデミウルゴスさんを…脱がせた…だけ!でも、じゃあなんであの時気が付いたんですか!!自分もそうだからだと思ったのに!私デミウルゴスさんは一緒だと思ったのに…!」

 震える手で口を押さえ、数歩後ずさり、顔はどんどん紅潮していった。

「落ち着いて下さい、フラミー様。大丈夫です。どうぞご安心ください。考えてみればほぼ悪魔のニューロニストも両性でございます。」

 フラミーは途端に意気消沈すると、とすんっとソファに腰を下ろした。

「ニューロニスト…ニューロニストちゃんと…一緒…。」

「あ、ああ、いえ!違います、御身は余程高次の存在であり、決して一緒と言うわけではありませんが、ああ…!」

 デミウルゴスからしどろもどろなセリフが繰り出される中、お決まりのタイミングでノックは響いた。

 

 ハッとデミウルゴスは顔を上げたが、フラミーはずっと「ニューロニストちゃんと一緒ニューロニストちゃんと一緒…」と呟き続けている。

 デミウルゴスにはこの部屋の戸を叩く人物には一人しか心当たりがない。

(そろそろ私の階層に御方々が来る約束の時間だ…。)

 フォアイルに出るように言おうかと思うが、フラミーの最初の言葉が脳裏をよぎった。

 

(アインズさんに内緒の話しというか…相談があるんです。)

 

 デミウルゴスはその人生で最も悩んだ。

 この状態のフラミーでも、アインズなら瞬時に元に戻せるだろうが自分にできるのか。

 これで招き入れたとして、至高の主人の機嫌取りを至高の支配者に頼るというのは怠慢じゃないか。

 そもそも至高の主人には至高の支配者に見つからないようにこの部屋にしようと言われたじゃないか。

 

 返事をする様子のないフラミーをチラリと見ると、デミウルゴスは謹慎覚悟でフォアイルに告げた。

「い、今は……お入り頂けません……。」

「…かしこまりました。」

 そう言い頭を下げたフォアイルの心の中には疑問符が溢れていた。

 話し声が聞こえていなかった彼女にはデミウルゴスがフラミーを拒絶したようにしか見えなかった。

 何故?どうして?自分が至高の四十一人に望まれれば誰であっても喜びその身を捧げると言うのに。

 何とも言えない気持ちで扉へ行き、外のアインズへ声をかける。

「申し訳ありません。只今フラミー様はどなた様にもお会いになれる状況ではございません。また、ご一緒のデミウルゴス様よりアインズ様のご入室許可が出ません。」

 

「え?何て?」

 アインズは初めてのパターンに首をひねった。

(デミウルゴスから入室の許可が出ない?)

 中からフラミーとデミウルゴスの聞き取れないくらいの小さな声が聞こえたかと思うと、音もなく扉は閉められた。

 別に生意気だとかは思わないが、アインズは友達を取られた気分になった。

 それに約束の時間になるのに何故自分だけ仲間はずれなんだ、そう思うと微妙に傷付くようでもある。

 

 部屋の前でうんうん唸っていると、アルベドがアインズの部屋から執務の後処理を終えて出てきた。

「あら?アインズ様、フラミー様とデミウルゴスにご用では?」

「ああ、アルベドか。そのデミウルゴスが中にいるそうなんだがな。私に入るなと言っているんだ。」

「…あのデミウルゴスが…?」

 

+

 

「フラミー様、アインズ様がご到着されました。どうかお気を確かに。」

「デミウルゴスさん、一緒に初めて空飛んだ時のこと覚えてる?」

 やっとニューロニスト以外の言葉を喋ったフラミーにデミウルゴスは一生懸命頷いた。

「はい、このデミウルゴス。その日のことは全て覚えております。こちらも頂きました。」

 右手薬指の指輪を見せると、フラミーは手をグーにして中指にしている同じものをコンと当てた。

「その時私達一緒だよねって言ったじゃないですかぁ。」

「一緒でございます。」

「じゃあどうして女の子の要素がないんですかぁ!!」

 理不尽な怒りにデミウルゴスは狼狽えた。

「いや、そ、それは、ウルベルト様にそうあれと――。」

「ウルベルトさんのせいにするんですか!!」

「決してそう言うわけでは!」

 デミウルゴスはポコポコと叩いてくるフラミーの手を握るに握れず、しばらく手のひらで受け止め続けた。

 すると、許可を出していないはずの扉が開き、デミウルゴスは咄嗟にフラミーの手をギュッと握りしめた。

 

「フラミーさ――ぁあ!?」

 アインズが勝手に入ると、そこは犯罪臭が漂う部屋だった。

 デミウルゴスが割と頭をめちゃくちゃにさせ、アサシンズがとても遠く――端っこに群れている。

 ネクタイとジャケット、ジレがソファやテーブルに散乱し、デミウルゴスのシャツははだけていた。

 同じソファに座るデミウルゴスに正面から手を握られるフラミーは「離して下さい!」と若干涙目で切れていた。

 フラミーがそうでなかったら犯罪臭はしなかったかもしれない。

 

「アインズ様!!」

 デミウルゴスは考えるよりも先にその誰よりも何よりも大切な支配者の名前を叫んでいた。

「デミウルゴス!貴様!!」

 アインズは激昂すると同時に鎮静された。しかし、すぐにまた怒りは押し寄せる。

 よくも俺の大切な仲間を――そう思いながら手を硬く握り締め、未だフラミーの両手を握るデミウルゴスにズカズカと近付いていく。

 一発殴らなければ。いや、氷結牢獄にぶち込まなければ。いや、まずはフラミーの安否確認を。

 アインズの頭の中にあれこれと言葉が浮かんでは消える。

 すると、アインズがデミウルゴスに鉄拳を食らわせるより先に、暗殺者のようなスピードで入室したアルベドとセバスがデミウルゴスを羽交い締めにした。

「アインズ様、フラミー様。このセバスが責任を持ってこの不敬な者の首を落とします。」

 

「「「え"っ。」」」

 支配者達とデミウルゴスの情けない声が重なった。

 

「おい、セバス!ルプスレギナの時の話聞いてたか!」

「ちょ!ちょーちょちょっと待って!セバスさん!!」

 支配者達は途端に我に返ってセバスを止めるが、セバスは「どうぞ私めにお任せください」と清々しい笑顔を見せ、デミウルゴスを無理やり引きずり始めた。

「セバスさん!待って!待ってください!デミウルゴスさんは何も悪くないの!!」

「フラミー様、分かっております。」

「分かってるなら止まって下さい!止まってって!!やだ、やだ!!デミウルゴスさんを連れてかないでー!!」

 フラミーは着衣が乱れ、筋肉質な腹を若干覗かせるデミウルゴスにひっ付いていた。

 当のデミウルゴスは目を点にし、セバスに引きずられて尻を半端に床に付けた姿勢のまま動かない。

 外のコキュートス配下の者たちがコキュートスを呼んだらしく、そのあんまりな光景をコキュートスも目撃してしまった。

 

 アインズは転移直後のドタバタを思い出しながら、フラミーとデミウルゴス両名を残して一度全員追い出した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

+

 

「それで……フラミーさん。あんたがデミウルゴスから服を脱がせたわけですか。」

 ナザリック随一の功労者に何やってくれてんだとアインズは無性に苛々した。デミウルゴスといえば羊皮紙安定供給のための牧場の運営や、魔王作戦の準備など重要な案件をいくつも任せている。

「ごみんなさい…。」

「ごみんなさいじゃないですよ!!デミウルゴスのあれを見なさい!!いい歳した大人が!!」

 

 デミウルゴスはこちらに背を向け、心を失ったように床に転がったままだった。

 

「可哀想に!女子に剥かれる童貞の気持ちがわからんのですか!!」

(いや、それはご褒美か?)

 一瞬邪念が入った。

 そして勝手に童貞呼ばわりだった。

 

「だ、だって私デミウルゴスさんは女の子でも男の子でもないんだって思ったんだもん…。」

「だもんじゃない!!」

「はひぃ…。デミウルゴスさんは…私の一番の理解者だって思って…つい暴走しました…。ごめんなさい…。」

 デミウルゴスは突然むくりと起き上がると、こちらに顔もむけずに、メガネを押し上げた。

「私は…私はフラミー様の一番の理解者です。それでは。」

 それだけを言い残し、手近にあったジレだけ手に取るとネクタイもジャケットも置き去りのままスタスタと立ち去っていった。

 

「この……じゃじゃ馬娘ーー!!!!」

 

その後フラミーはしばらくアインズに叱られた。




はやしてよかったぁ!!てのひらくるりん☆
くー!やっぱりすれ違いとラッキースケベは最高だぜぇ!!(変態
自分、続き行っていいっすか?

じゃじゃ馬フラミーさんと心を失うデミウルゴスさん
https://twitter.com/dreamnemri/status/1130476270855176193?s=21

次回 #46 閑話 だって両性具有だもん

(じゃじゃ馬って聞いたのらんま以来)

2019.05.21 響丸様のおかげで挿絵という概念を学びました!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。