「オ前トモアロウ者ガアレハ一体何ダッタンダ」
騒動の晩、コキュートスは久しぶりにデミウルゴスをBARナザリックに誘っていた。
「いや。少しフラミー様からその御生れについてご相談を受けただけさ」
「ソレガ何故アアナルンダ……」
「そうだね。フラミー様は天使として御生れになって、神と戦争し、悪魔だと言われ続けて何万年の時を生きてらっしゃった。そのせいで、生まれた時から自分は悪魔なんだと少し混乱されていたようだ。しかし…結局天使も悪魔も同じだと私は昨日気付いたよ」
全く質問の答えになっていないとBARを預かり持つ副料理長――ピッキーは思う。
「ソウカ……。フラミー様ハ確カニ悪魔モ天使モ呼ビ出セル。」
「そういうことです」
守護者は納得しているがどういう事だか訳がわからなかった。
「……詳シク聞キタクナッテシマウナ」
「詳しく……説明したいが、フラミー様よりアインズ様にも秘密と言われている事だから、私は言えないんだ。すまないね」
至高の支配者に秘密という言葉にコキュートスもピッキーもザワリと動いた。
「アインズ様はフラミー様と対等だといつも仰っている。何。アインズ様の御意思に背くつもりはないよ」
それもそうかと納得すると、コキュートスは、デミウルゴスが昼前の騒動から何時間も経っていながら未だにその時の、Yシャツにスラックス、サスペンダーという姿のままな事に疑問をもった。
髪はいつもの通りに美しく整えられ、Yシャツも綺麗に裾の中にしまわれているのに、ネクタイもジレもジャケットも着ていない。
「……デミウルゴス。ソノ格好ハウルベルト様ノ御意志ニ背イテイルノデハナイカ?」
デミウルゴスはグラスを眺めながら話していたが、それを優しく手に取った。
「勿論、ウルベルト様の御意志に従っているよ。……アインズ様の御意志にも、フラミー様の御意志にもね」
軽く笑ったあとデミウルゴスはグラスの中身を一気に煽ると席を立った。
「今日は誘ってくれて嬉しかったよコキュートス」
「次ハ隠シ事無シデ集マリタイ物ダ」
珍しいコキュートスの嫌味にデミウルゴスは背中をバンと叩いた。
ピッキーは出て行く背中を見送り、口を開いた。
「デミウルゴス様が珍しいですね。昼に一体何があったんですか?」
「ソレガナ――――」
「「「えぇーーーーー!?」」」
翌日。第六階層の湖畔にまたしても女子の声が響いた。
いや、今回はマーレもいるので男女だが。
「デ、デミウルゴスがフラミー様を襲う!?そんなの信じられないでありんす。今日は隕石が降ってくるんでありんすか?」
シャルティアは<
「全くあいつ、ついこないだアインズ様にすけべを叱られたばっかりだってのに!」
「「はぁ!?」」
「何なの!?アウラ、その情報は!!」
「それがさーあいつってばすけべにも程があると思うんだけど――」
「アウラ。あまりそれを言ってやるな。」
湖を見ながら話していた全員が声の方へバッと振り返り、膝をついた。
「あ、アインズ様!フラミー様!」
マーレが現れた者達の名を口にした。
フラミーはアインズと現れたが、まっすぐに守護者へ向かうアインズから歩みを逸らし、黒い仔山羊を手招きして呼びながら、自分も仔山羊に向かって行った。
「皆、昨日のことはデミウルゴスに罪は無い。何というか…そうだな、全ては勘違いの積み重なりと悲しいすれ違いだ。」
皆がフラミーに視線を送れば、唸りながら仔山羊の足にまとわりついて、触手によしよしと慰められていた。
一体何事なのだろうかと思っていると、アウラとマーレは自分達の階層に起きた転移の波動を感じ、ぴくりと反応した。
「――あ、デミウルゴスだ。それにパンドラズ・アクター!」
アウラは更なる来訪者を告げると嬉しそうに手を振った。アウラはパンドラズ・アクターと共に法国に潜入してから割と仲がいいらしく、指輪を持たないアウラは宝物殿には行けないが、パンドラズ・アクターが宝物殿を出るときは連絡を貰ってよく遊んでいるらしい。
「よく来たな、デミウルゴス、…パンドラズ・アクターよ。」
アウラの歓迎とは対照的に、アインズはパンドラズ・アクターも来ること無いのに…と思っていた。
「ンァインズ様!!フラミー様!!このパンドラズ・アクター、見事素晴らしきアイテムを作成致しました!!」
くるりと華麗に回転しながら片膝をつく無駄に高度な技を見せてくるせいでアインズは鎮静された。
落ち着いてゆっくりと膝をつく隣の男とつい見比べてしまう。
「アインズ様。まずは昨日ご迷惑をお掛けしました事、改めてお詫び申し上げます。」
「良い良い。お前には苦労をかけたな。怖かったろう。」
謝罪するデミウルゴスは深く頭を下げていたが、最後の言葉にピクリと耳を反応させた。
「いえ。そのようなことは。ありがたいことです。」
デミウルゴスは男として、いや、童貞の無駄な矜持として全然怖くなかったもん!と言いたいのだろうとアインズは優しく察した。
「そうか。ほら、フラミーさ…――何やってんだ…?」
フラミーは数匹の仔山羊に囲まれ、姿を見えなくしていた。
仔山羊達は隣のものと身を寄せ合い幸せそうだ。
そして無駄にでかい。
「お迎えに行ってまいります。」
デミウルゴスは許されても責任を感じているのか、背に皮膜を持つドラゴンのような翼を出して飛び上がると仔山羊達の中心の空間にその身を投じた。
コキュートスもアインズの存在に気がついて
「やれやれ、結局守護者全員になってしまったな。ん?あれはパトラッシュじゃないか。」
そしてフラミーを囲む仔山羊達の一頭が自分の仔山羊ということに気がついた。
デミウルゴスは仔山羊の生み出している空間に入り、フラミーの足元に跪いた。
「フラミー様。デミウルゴス、御身の前に。」
一本の触手を大切そうに抱きしめていたフラミーは振り返ると、その狭い空間に跪く悪魔を見た。
「デ、デミウルゴスさん…。昨日は本当にごめんなさい…。」
「いえ、このデミウルゴス、むしろご褒美でございます。」
フラミーはご褒美という言葉に一瞬疑問を持つが、確かに楽しかったと思う。
「そう…ですよね。アインズさんはちょっと過剰反応でしたよね?」
「はい。誠に畏れながら私もそのように愚考致します。」
悪魔達はニヤリと視線を交わした。
「ははっ!やっぱりデミウルゴスさんは私の一番の理解者です!」
触手を手放すと、シャツにスラックスとジレを着ただけのいつもよりさっぱりした身なりのデミウルゴスに近付いた。
「これ、返さなくっちゃ。」
ネクタイとジャケットを取り出し、フラミーはネクタイを一度自分の首にかけ、ジャケットをデミウルゴスに向けて広げるように持った。
袖を通してやると言うのだ。
「あ…いや…そこまでのお気遣いは…。自分で着られますので…。」
「良いですって!私が脱がしたものですし、着せてあげます!」
デミウルゴスは何度かジャケットと、また随分楽しそうにしているフラミーを交互に見た後、遠慮がちにそれに袖を入れ――同時にフラミーが肩までジャケットを持ち上げて着せ掛けた。
「恐れ入ります。」
「いえ。そう言えばデミウルゴスさんの服って、翼をしまうと破れてたのが直るんですね、不思議。」
「えぇ、そのようにウルベルト様にお作りいただきましたので。」
少し自慢げに語りつつ、ジャケットのボタンを留めてチーフを美しく胸ポケットにしまい直す悪魔の背中をフラミーは両手で確かめるように触った。
「え?ふら…あ…いえ…。」
背をさすられるデミウルゴスの言葉にならない言葉が、仔山羊の小さな鳴き声の中響いた。
フラミーは閃いてしまっていた。
このデミウルゴスの翼を出したり引っ込めたりする能力があれば――と。
「デミウルゴスさん…着せておきながら言いにくいんですけど…やっぱり脱いで貰えませんか?」
デミウルゴスは背中から手の感触が離れるのを感じると、やはり御身に着せられるのは良くなかったかとジャケットを急いで脱ぎ、その腕にかけ、フラミーに向き直って跪いた。
「失礼いたしました。」
フラミーが前にしゃがんで頬杖をつくと、その瞳は昨日のように輝いていた。
「もっと全部脱いで下さい!」
(悪魔か……。)
デミウルゴスはそう思いながら袖たたみにしたジャケットの胸ポケットから、しまったばかりのチーフを取り出すと額を拭った。
「それは…アインズ様の御許可が必要かと…。」
「ちょっとだけでも…?」
「ちょっとだけでも…。」
気まずい沈黙が流れ、デミウルゴスは堪らず下を向いた。
「じゃあ、せめてジレ脱いで下さい。」
渋々ジレを脱ぐために一度立ち上がると、上からボタンを外していった。
この存在の命令は絶対だ。
フラミーはもう待ちきれんとばかりに下からボタンを外すのを手伝おうとすると、仔山羊が突然ジャンプして退いていった。
「あ。」
やっぱりちゃんと断れば良かったとデミウルゴスは後悔した。
アインズは少し長すぎるそれに焦れて来ていた。
「随分長いな、デミウルゴスがフラミーさんを許さないとは思えないが…。」
「デミウルゴスハ、フラミー様ノ尊キオ考エニ触レラレタ事ヲ昨夜ハトテモ喜ンデオリマシタ。」
じゃあ何故いつまで経っても仔山羊の門が開かないんだろうとアインズはまた首を傾げた。
「仕方ない。喧嘩になってたら厄介だからな。」
アインズはギルメン誰にでも優しい男だ。
いつでも喧嘩の仲裁をして来た。
「パトラッシュよ、退きなさい。」
パトラッシュはその巨体に似つかわしくない素早さで、ピョインとジャンプしてずれる事でその門を開けた。
アインズと守護者は固まった。
デミウルゴスもこちらを向いて固まっている。
「アインズさん!」
フラミーだけはいい笑顔で手を振っていた。
デミウルゴスのジレに手をかけたまま。
アインズはフラミーの元にズンズン進んでいくと、その頭に乗ってるお団子をペチンッと軽く叩いた。
「なんで昨日の今日でまたデミウルゴス脱がしてるんですか!」
横ではデミウルゴスが許しを請うていた。
「あ、アインズ様、お許し下さい、どうかお許し下さい。」
アインズはかわいそうなデミウルゴスの頭を撫でつけた。
「お前、本当可哀想なやつだな…。断れないもんな……。」
フラミーはその首にデミウルゴスのネクタイをかけたまま、むんっと腰に手を当てた。
「邪魔しないでください!」
「は…?」
アインズは何を言われたかわからなかった。
「せっかく今いい所だったのに!」
フラミーは興奮し始めていた。
「あ、いや、ちょ、落ち着きましょうフラミーさん。何かおかしいですよ…?」
「今からデミウルゴスさんに大事なことを教えてもらう所なんです!!」
アインズは何をだよと思いながらも、噛み合う様子のない会話に眩暈を覚えた。
「分かりましたから。ゆっくり後で部屋で話し合いましょうね?とにかく今は皆いますから。」
アインズはフラミーの手を取って守護者達の元へ向かおうとすると、フラミーの身がガクンと止まった。
振り返ると、フラミーの手を取るデミウルゴスがいた。
「…デミウルゴス。何のつもりだ。」
デミウルゴスはハッとしてその手を離し、頭を下げた。
「あ、いえ。失礼致しました。」
フラミーはデミウルゴスの教える気満々と言う雰囲気に嬉しくなった。
「デミウルゴスさん、続きは今度私のお部屋で!」
怪しすぎる言葉を吐いてフラミーは離れたデミウルゴスの手を取り直すと歩かせた。
デミウルゴスは続きについて考えてはプルプルと頭を振り、自分の中に広がる想像を不敬だ、不敬だ、と押し留めた。
「え?フラミーさん…?」
アインズの声に、フラミーはちゃんと歩き出したデミウルゴスの手を離し、アインズに内緒話のポーズをした。
アインズは小さくなって耳、の部分を近づける。
「デミウルゴスさんの翼をしまえる秘密が分かれば、私女の子に戻れるんですよ!」
きゃー!と喜ぶその姿に、アインズは心底納得した。
「それは良かったですね。俺もその原理一緒に教えてもらおうかな。体欲しいですし。」
「体!あったらおいしいご飯食べ放題ですもんね!」
「本当ですねぇ。」
繋いだ手を嬉しそうにブンブンと振る支配者たちの隣を、デミウルゴスは自分の手を眺めながらついて来た。
パンドラズ・アクターが作ってきたマジックアイテム――すもーるらいとを仔山羊に当てて人の腰くらいまで小さくしていく横で、シャルティアは地面にあぐらをかいて座っているデミウルゴスに迫っていた。
「デミウルゴス、おんしどうやってフラミー様を篭絡したのか教えなんし。」
「そうよ。自分は何も興味ないみたいな顔をしながら。全くアウラの言う通りとんだスケべ男ね。」
女性守護者の声にデミウルゴスはじっとりとした視線を送った。
「篭絡なんかできていませんよ。全く君達はそんな事を言って不敬だとは思わないんですか。」
「オ前ニハ言ワレタクナイト思ウゾ。」
コキュートスが味方じゃない事にデミウルゴスは若干の居心地の悪さを感じた。
「全く。もし本当に篭絡できているのなら、あの光景は何ですか…。」
吐き捨てるデミウルゴスの視線の先には小さな仔山羊にアインズとフラミーがキャイキャイ喜ぶ姿があった。
たまに手を取り合っては楽しげに笑いあい、離れてはくっつく二人に溜息が出る。
デミウルゴスは袖も通さずに肩にジャケットを掛け、膝に頬杖を付いた。
「じゃ、じゃあ、フラミー様のお世継ぎはまだお生まれにはならないんですね。」
マーレの声にがっかりと言うようにコキュートスも溜息をついた。
「デミウルゴス、モット男ヲ上ゲルンダナ。」
「でもさー、アインズ様みたいな素敵な人が近くにいちゃーねー。」
アウラの声に守護者たちはうんうんと首を縦に振った。
不貞腐れたようなデミウルゴスの視線はフラミーの首に掛かったままのネクタイから離れなかった。
近いうちに引っ込める能力について言及したいところですね!
そして響丸様がフラミーさんを美しく描いて下さいました!!
あまりの素晴らしさにオォ!と口から漏れたのは初めてでした!
見て下さいこのタッチ!この美しさ!(興奮
【挿絵表示】
#4以来フラさんの見た目にほとんど触れていないと言う怠慢が発生していたのですが見事に描いて頂けて喜びにとろけてます(*゚∀゚*)
響丸様の他の絵もご覧になりたい方はこちらへどうぞ!
https://syosetu.org/?mode=img_user_gallery&uid=114164
次回 #47 ドワーフの工匠