ニンブルはたった一人、二台の馬車を連結させ、さらにその後ろに十頭を越える馬を引き連れて帝都に帰還した。
その顔は疲れ切り、自分もこれで粛清かなと自嘲する様はすれ違う町の人々に戦争があったのかと思わせるほどだった。
いや、実際に神聖魔導国と帝国の高度な戦争は始まっているのだ。
「――最後に…帝国は皆良い者達ばかりだなと…神王陛下はおっしゃいました……。」
「そうか…。アインズ・ウール・ゴウン。人、それこそが目的だったか。」
ジルクニフはまんまと相手の掌の上で踊らされていたことに気が付いた。
「誰をこちらが送るかも全て想定内とはな。ふん。良いだろう。フールーダもレイナースもカーベインもくれてやる。しかし如何に慈悲深い統治を行おうと、人間は同じく痛みを知る血の通った人間の手でしか御しきれん。ニンブル、お前はよくやった。今は休め。」
ニンブルは深々と頭を下げ、四騎士――いや、三騎士の仲間に見送られた。
一月後には魔樹との戦いを見た騎士達と、魔法省の抱えていた
ジルクニフはバラバラと髪を落とし、胃痛に悩まされるようになるのだった。
しんしんと雪が降る朝、神都大神殿では新たな聖典が生まれようとしていた。
「クレマンティーヌ・ハゼイア・クインティア。レイナース・ロックブルズ。お前達二人は今日から
青空のように透き通った色のローブに身を包むアインズの言葉に二人は真剣な眼差しで頷く。
「漆黒聖典も竜王国の様子を見にいっている関係上簡単に呼び戻すことはできない。紫黒聖典はそう言う者達の補助、補佐を行って欲しい。そしてその傍らで、監査機関として独立し、論功行賞を与えるに相応しい働きをした者を最高神官長に伝えるのだ。」
アインズが自分の胸三寸で決まる評価をなんとかしたいと考えていた結果だ。
レイナースと言う実力者が増員されたのは幸運だった。
クレマンティーヌも漆黒聖典に戻っていたが、一度空けてしまった穴にはもう新たな第九席次がいたし、正直ふらふらと何もしていないような感じだったのだ。
四大神の信仰はお取り潰しとなった為、六色聖典も二色聖典に減ったので些か聖典が足りていなかった。これで今日からは三色聖典だ。
棚から牡丹餅だなとアインズが考えていると、赤紫のローブに身を包んだ背中の寒そうなフラミーが正式に言い渡した。
「クレマンティーヌ・ハゼイア・クインティア、紫黒聖典・第一席次、隊長を任命します。レイナース・ロックブルズ、 紫黒聖典・第二席次、副隊長を任命します。変わらずに二つ名は疾風走破と重爆を使いなさい。」
二人は頭を下げ、新たな団員服を受け取った。
とりあえず陽光聖典みたいにわかりやすいユニフォーム欲しいよね!ユニフォームがあると連帯感出るし!と平凡なアインズとフラミーが話し合った結果だ。
ナザリックで余っているものでサッと作らせた鎧だが、この世界でならまぁまぁいい働きをするだろうと思われた。
胸当てとブーツ、ガントレットは紫黒色のアダマンタイトで出てきており、光が当たるとわずかに紫色に輝いた。
機動性を重視して作られたそれは、普通ならばスカートのようにぐるりと腰を囲む
紫黒聖典の任命式が無事に終わると、アインズはずっと気になっていたことを口にした。
「任命式はここまでだが、フールーダよ。お前の腰に佩いているその小さな剣に彫られているのはルーン文字か?」
「おお!流石は神王陛下!この文字をご存知で!!」
(…本当にルーン文字なのか…。)
ルーン文字はリアルで大昔に使われていた文字だ。確実にプレイヤーのもたらしたものだろう。
「まぁな。知識として持っている程度だ。私はルーンを刻んでアイテムを作る能力はないからな。どちらの名工が作ったものかな?」
アインズはこうして人前に十分身を晒しているが、常に他のプレイヤーの存在を――アインズ・ウール・ゴウンを憎むかもしれない存在を――気にかけていた。
「は!こちらはアゼルリシア山脈にある
「なるほど。
フールーダは静かに首を振った。
「現在はとんと聞きません。
そこにプレイヤーの存在がないか調べる必要があるだろう。突然下山してきたプレイヤーに襲われることは避けたい。
「…アゼルリシア山脈か。」
アインズが呟くと、レイナースがふと手を挙げた。
「かつてドワーフが私の村を経由して帝都に来ていたと祖父から聞いたことがございます。」
「そうか、それは大変だったな…。」
「恐れ入りますじゃ…。」
アインズの慈悲深きその言葉に答えたのは、哀れなたった一人生き残った
彼は廃れ始めたルーン技術をたった一人で追い求め続ける
ある日、ゴンドが採掘を終わらせ不可視化のマントを羽織り街に帰ると、街の前で
その後は無我夢中で逃げ、昔破棄された街でただ一人、手持ちの食料とそこら辺に生えてるキノコで腹を満たしてなんとか生活していたらしい。
「ゴンドよ、それでも私はお前達の本来の街に行って見たい。案内を頼めるか。その後は我が国で難民としてではなく、ルーン工匠としてお前を受け入れよう。」
ルーン工匠というアインズの言葉に、消沈していたゴンドの瞳はきらりと星が通った。
「…任せてくだされ陛下!しかし…人の国にわしが馴染めるかのう…。」
「安心しろ、ここにいる者は皆私とフラミーさんの民だが、いい者達ばかりだ。」
そう言ってアインズはお供に強く立候補したシャルティアと、新しく生まれた紫黒聖典の二人。
そして、
レイナースとゼンベルのダブル道案内だ。
「フラミー様…?」
レイナースはフラミーのいつもと違う様子に、伺うように話しかけた。何か思い詰めるような目をしていたのだ。
フラミーはハッとし、レイナースに何でもないと言ったが、何でもない雰囲気ではなかった。
ゴンドに地上を案内されながら一行は陥落した都市、フェオ・ジュラに向かった。
夕暮れが迫ると、レイナースとクレマンティーヌはせっせと焚き火を起こし、テントを張った。
ナザリックに一時帰還する事も、魔法で要塞を出す事も可能だが、折角キャンプ技能を身につけた二人がいるのだからと、この数日すっかり任せていた。
「アインズ様、そのクアゴアという者共も神聖魔導国へ招きんすか?」
シャルティアは準備を進める二人を無視してアインズに問うた。
「そうだな…幾らかは引き入れたいと思うが…。」
チラリと横目にゴンドを伺えば、ぞっとするような表情でこちらを見ていた。
「ドワーフの面々が嫌がらない程度の量にするつもりだ。」
ゴンドは言ってる意味が解らなかった。面々と言っても、もう自分しか生き残っていないのだ。
(いや、他の地域に住んでいたドワーフが神聖魔導国に住んでおるのかもしれんのう…。)
例え育った街が違っても、同じ種族の者が居る国に行くのは非常に魅力的だった。
ゴンドはもう生きる事も辞めようかというタイミングで出会えたこの王に心から感謝した。
「あれれー?フラミー様、やっぱり様子おかしいですよねー?どーかしたんですかー?」
クレマンティーヌもフラミーの顔を覗き込んだ。
フラミーはやはり真剣な、どこか悩むようでもある面持ちでアインズとゴンドの話を聞いていたのだ。
「何でもないですよ…。いえ、少し、嫌な予感がするんです…。」
そういうフラミーの言葉に、二名の聖典はこれから行く街がどんな惨状に見舞われているかと恐怖した。
「フラミー様、ちょっとだけいいか?」
ゼンベルがぶっきらぼうに来い来いと手招きすると、シャルティアが近くに落ちていた小石を投げつけ、ゼンベルのすぐ隣に立つ木数本を貫通して行った。
「あ……よろしい…でしょうか…。」
言い直したゼンベルにシャルティアは満足げに頷いていると、アインズに頭を撫でられた。
フラミーへの無礼を嗜めるとアインズに褒められ、アインズへの無礼を嗜めるとフラミーに褒められる為、永久機関のこのトカゲの事をシャルティアは割と気に入っている。
こっそり心の中でよくやったとゼンベルを褒めた。
「どうしました?ゼンベルさん。あんよ痛くなっちゃいました?」
ゼンベルはフラミーと共に少しだけ一行から離れた。
「あ、いや…ははは。そうじゃねーんですよ。その…もし、死体があったら…俺の世話になったドワーフだけでも…生き返らせてやって欲しいんだ…いや、です。」
そういうゼンベルはとても言いにくそうだった。
族長として復活させられ、その奇跡はそうは起こらないと養殖指南役デミウルゴスが言っていた事を覚えている。
それに、人を生き返らせることは自然の摂理に反しているのだ。
神々はそういうバランスも気にするだろうと思えてならなかった。
「…今は約束できません。ごめんなさいね。」
フラミーはそう言うと、脚に回復魔法をかけ背中をポンポンと叩いてから戻って行った。
「フラミー様も神王陛下も良い奴らだってのに、周りがちょっと過激なんだよなぁ…。」
ゼンベルは頭をボリボリとかきながら、もう見えないその背中を追って戻った。
一行は食事を済ませると、張られた四つのテントに各々向かって行った。
まずゴンドとゼンベルが一つに入っていくと、レイナースとクレマンティーヌも荷物を一つに入れて行き、食事の片付けに勤しんだ。
それまでゴンドが居なかった時はレイナースとクレマンティーヌ、ゼンベルで一つのテントにギッチリと入り、後はナザリックの三人が一人一つづつテントを使っていた。
しかし、今日からはテントは残すところ二つだ。
アインズは思った。
フラミーが眠るまで喋って、眠れば折角だから外で星でも眺めていれば良いやと。
それに、シャルティアと一晩フラミーが過ごすんじゃ気が休まらないだろうし、シャルティアと自分はまず無理だ、眠らないが眠らせて貰えそうにない。
シャルティアは思った。
このタイミングを逃せばまた暫くアインズを籠絡できるタイミングは訪れないかもしれないと。
そして、共同戦線を敷いているアルベドの強引な手口は目を見張るものがある。
見習うべきだ。
フラミーは思った。
アインズは骨だが一応男性だし、ヨダレを垂らして眠ったりしたら恥ずかしいよなぁと。
孤児院大部屋育ちだ、女子なら誰かと眠る事に何の気負いもない。
そして三人が動いた。
フラミーがシャルティアとテントに行こうと手を取ると、シャルティアは迷わずアインズとテントに行こうとその手を取り、アインズはフラミーとテントに行こうと手を取った。
静寂だった。
クレマンティーヌは面白そうにその様子を見ていると、レイナースに頭を引っ叩かれた。
「っつー!レーナースさぁ、あんた顔のせいで婚約者に振られたとか言ってたけどその暴力体質が原因で逃げられたんじゃないのー!?」
クレマンティーヌが煽るとレイナースは太い薪を一本その手の中でボキリと折った。
「次無駄口叩いたらこの薪はあんたの腕よ。で、あんたは誰応援すんのよ。私はフラミー様の味方よ。」
「そーんなのつまんなーい!当然シャルちゃんと神王陛下の組みを推すに決まってんじゃーん!」
外野は自由だった。
アインズは焦った。
迷わずフラミーがシャルティアの手を取った事に。
自分がスケベニンゲンだと思われる気がする。
女子は女子と寝る、考えてみれば当たり前だ!
シャルティアは焦った。
迷わずアインズがフラミーの手を取った事に。
自分はもしかして至高の支配者の
しかし、デミウルゴスやアルベドのような強引さが無ければ、勝ち残れない!
フラミーは焦った。
迷わずシャルティアがアインズの手を取った事に。
シャルティアとアインズが二人で寝るなんてエッチ極まりないと思ったが、その考えこそがエッチではないか。
ここでシャルティアを止めた者がこの空間で一番エッチな者になる!
フラミーとアインズは二人ともパッと手を離した。
そして、フラミーは細心の注意を払って笑顔を作る。
「ご……ごゆっくり!!」
そしてゴキブリのようにカサカサカサとテントに入っていった。
「え…。」
アインズの呟きは冬の夜空に溶けていった。
フラミーさん、どんだけ復活に警戒してるんですか!
頑張れシャルティア…!
次回 #48 クアゴアの毛皮