眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#50 知られざる戦争

 アインズ達は先を行かせた山小人(ドワーフ)に追いつき、一緒に歩いて帰っていた。

 山小人(ドワーフ)は復活したばかりで歩みが遅かったが、アインズはすぐに帰りたくなかった。

 帰れば聖王国の作戦が始まってしまう。

 考えるのも恐ろしいデミウルゴス発案の作戦に行かなければならない。

 渡された作戦案書類には嫌がらせかと思う程に「御心のままに」と言う文章が並んでいた。

 

 本来であれば下山は蜥蜴人(リザードマン)の住む湖に向かってまっすぐ険しい道で南下するのが早いが、山小人(ドワーフ)の足腰を心配してと言う名目で、わざわざ東の帝国のわきを通ってエ・ランテルを目指した。

 この道はレイナースの祖父が話したと言うものだ。

 アルベドには転移門(ゲート)を勧められたりしたが、なんとかのらりくらりと躱した。

 

 下山が済み、平野を歩くこと二日。ゾロゾロと進んでいると遠くから大量の馬車が向かって来るのが見え、レイナースとクレマンティーヌ、アルベドとシャルティアが組みになって立ちはだかった。

 

 馬車は止まると、一斉に中から中年から老年の男女が飛び出すように降りて来た。そして声を合わせて、呼びかける。

「邪神様!邪神様だ!」「か、神よ…!」

 口々に邪神様、神様、と言う。

 アインズはその様子に、どこか逃避するように目だけで周囲を見渡した。

 いない。邪神など何処にもいない。

 何処を見渡しても、それらしきおぞましき存在はいない。

 

 ならば残る答えは一つである。フラミーやアルベド、シャルティアというわけでもないだろうから。

 

 どうみてもそうとしか考えようがなかった。

 

(――やっぱり俺が邪神かよ!!)

 

 内心で絶叫する。アンデッドであるにもかかわらず、アインズは混乱した。

 

 おかしい。おかしすぎる。何故こうなった。

 フラミーと二人で王国軍を舐めるように崩壊させたが、同時に大復活させた慈悲深き光の神のお友達だ。そして何より良き統治を行う国王。

 そう理解してもらうよう、腐心してきたはずだと言うのに。

 

 それなのに、何でこうなった?それとも邪神とはこう……良い意味を持った神様なのだろうか?

 混乱が一定のラインを超えると、アインズはすっと落ち着いた。賢者だった。

 

 アルベドとシャルティアがいつでも殺せますと優しい微笑みをアインズに向けていると、如何にも身分の高そうな老人が馬車から降りて来た。

 クレマンティーヌのゲッという声が聞こえるが今は構わない。

 

「く、クレマン様…やはり神々の元にいらっしゃったのですね…。」

 老人は感動するようにクレマンティーヌを見ていた。

「…なんだ、お前の知り合いか。私達は先に行く。お前は後から来ればいい。何、十万の牛歩の列だ。一時間くらい話してもすぐに追いつくだろう。」

 そう言って賢者になったアインズは歩き出した。

 アルベドもシャルティアもここ数日、中々話のわかるクレマンティーヌを割と気に入っていたので武器を下ろしてまたアインズの左右につくと歩き出した。

 

「お待ち下さい!!神よ!!」

 しかし、謎の集団はクレマンティーヌに用がある訳ではなさそうだ。

(…やめろ。俺と関わらないでくれ。)

 アインズの悲壮な胸の内を知ってか知らでか助け舟が来る。

「あなた間違ってるわ。アインズ様にお言葉を頂きたければ神殿か聖堂に行って面会要求書を書くの。それがお会いするに相応しい内容だとわかって初めて拝謁の時を迎えられるのよ。」

「クレマンティーヌ、おんしの仲間でありんしょう。無礼なその者達によく言って聞かせなんし。」

 アルベドとシャルティアの言は至極当然のものだった。

 

 そもそも普通の王がいても呼び止めて話しかけたりするものだろうかとアインズは思う。

 しかし庶民のアインズは答えを知らない。

「じゃ…邪神様…。」

 再び呼ばれると、クリアな頭でアインズは少し考えた。

 今この時を逃せば、邪神という不名誉な呼び名を返上する機会は訪れないのではないだろうか。何故かNPC達は"アインズとフラミーが望んだ"世界征服をすると意気込んでいるし、ナザリック切っての知恵者達がここまで絶賛した道のりに間違いがあったとも思えない。

 では、今邪神と呼ばれてしまうのは何かアインズの失態故ではないのだろうか。

 アインズは左右にピタリとくっつきながら怒っている守護者達の頭に手を乗せ撫でた。

「…まぁ、帝国のこれだけ近くをこんな隊列を組んで歩いていたこちらも悪かったか。三分だけやろう。」

 アインズは二人の頭から手を下ろすと列を離れて行き、邪神呼ばわりして来る一団に向き合った。

 ゼンベルと楽しげに何か話していたフラミーもそれに気付くとゼンベルに手を振ってアインズの下へ向かった。

 ゼンベルは頭を下げるとドワーフ達を連れて再び歩き出した。

 アインズ達の後ろをドワーフの長い長い列が通る。

 

「この人たち誰ですか?」

 何の話も聞いていなかったフラミーは、何やら話の中心にいるようなクレマンティーヌに聞いた。

「あーえっとー神様の降臨を願う…その…慈善団体です……。うん。」

 クレマンティーヌはズーラーノーン事件を起こした時、アインズに記憶をのぞかれ、更に微妙にいじられている。

 いじられた内容は簡単だ。

 フラミーが薬師を殺したことを消し、モモンがアインズだったことを消し、そして素晴らしい――もう忘れてしまった何か洗礼を受けて、法国に戻ることを許されたという漠然としたものだ。

 

 しかし、覗いた方は割とじっくりと覗いたのだ。

 アインズの脳裏にビビッとクレマンティーヌの頭をのぞいた時の記憶が蘇った。

(――こいつら、まさかあいつらか!!勘違いじゃなければこいつらは変な面をつけて裸になって鶏を殺して遊んでた奴らだ…!!)

 閃きが迸る。

「お前、嘘をついていないだろうな?」

 クレマンティーヌは背筋をゾッとさせた。

 

 別に何を殺してどんな儀式をやっていてもいいが、クレマンティーヌの扇動していた怪しい教団が自分を邪神と崇めるのだけはやめさせなければいけない。

 アインズは邪神教団に極力優しい声で話しかけた。

「私は慈悲深い神として知られているので、二度と邪神などと呼ぶな。それから、お前達の生贄はもういらん。しかしその罪はまだ償われていない。今後お前達が私達のために必死に働くのであれば、繁栄を約束しよう。」

 クアゴアの王、リユロに言ったことをほとんどそのまま言った。

「おお!神よ!必ずや御身のお役に立つ事を我ら教団一同誓います!」

 そう言うと、誓いを示すぞと老人は後ろの者たちに声をかけ上着を脱ぎ始め――後ろの者達もそれに続く。

 

 フラミーは嫌な予感に襲われ、呆然とし始めたアインズのローブのフードから出ている紫の帯をビンビン引っ張った。

「やややややめさせてくださいよ!あの人達アインズさんの何か分かんないけど何かなんでしょ!!」

 アインズは我に返った。

「あ、あ!お前達やめろ!!いいか!絶対私達の前で裸になるな!!クレマンティーヌ!!」

 若干パニックになりかけたアインズは強制的に鎮静された。しかし感情は再び昂った。

 呼ばれたクレマンティーヌは慌てて跪くと頭をバシンと叩かれ、あまりの強さに一瞬意識を失いそうになるが何とか意識を手放さずに耐えた。

「お前今度怪しい宗教やったら殺すからな!!もしこいつらのせいで神聖魔導国に変な風習が根付いたら街ごと消す!!それを忘れるな!!」

 慈悲深い王にかなりの勢いで怒られたクレマンティーヌは血相を変えて目の前のせっせと服を脱ぐ教団の元に駆け寄っていった。

 

「なんでこの世界の人達は裸になりたがるんですか!?あの人達、アインズさんの知り合いなんですか!?」

 フラミーの久しぶりの問いと完全に引いてる雰囲気にアインズは焦った。

「ち、違うんですよ!クレマンティーヌの記憶にあった変な人達だから知ってただけで…!」

「…本当はニグンさん脱がしたのもアインズさんの指示じゃないですよね!?」

「そ、そんな!フラミーさん、そんなのあるわけないじゃないですか!やめてくださいよ。え!?そんな目で見ないで下さいって!」

 

 宗教団体も神様達もわちゃわちゃしていた。

 

 なんとか事態が収束し、再び行進を始めるとクレマンティーヌはレイナースに道中こってこてに絞られた。

 神官長達にも全てを報告すると言われて。

 あの慈悲深い王に街ごと消すと言わせるクレマンティーヌはある意味才能がある。

 

「レーナース…。」

「何よ。本当にあんたって旧法国に仕えてたわけ?」

「神様ってまーじすごいね…。」

 クレマンティーヌの謎の呟きにレイナースは当たり前だろと頭にあるたんこぶを叩いた。

 

 てんやわんやの後、エ・ランテルについたドワーフ達は数日かけて全員が国籍を取得し、ザイトルクワエによって最も日当たりが悪くなっているあまり人気のない地域にドワーフ街を作ることにした。

 元から穴蔵生活だった彼らはむしろ日当たりの悪い土地が残っていたことを喜び、可愛らしい小さな家をスケルトンと共に建てていくのだった。

 工房が完成し、鍛治仕事ができるようになると、ルーン工匠達は懸命に働き、街についてから神聖魔導王に見せられた素晴らしき短剣を再現するべく日夜研究に励んだ。

 人の家は景観規制もあり白い建物ばかりだが、この一角はドワーフらしさを出す様にと言う神聖魔導王直々の要請で赤や黄色、青に紫…実に様々な色に塗られたのだった。

 小さく可愛らしい家の立つカラフルな街並みはフラミーの「トゥーンタウンだ!」と言う一言から後に誰もがそう呼ぶ様になり、割と観光客が訪れる人気スポットになるのはまた別のお話。

 

 その後一足遅れてエ・ランテル入りを果たした霜の竜(フロストドラゴン )達はザイトルクワエの頂上に暮らすようになった。

 夜は大樹の上で眠り、五日は空輸便としてカッツェ平野――現カッツェ穀倉地帯から神聖魔導国中に新鮮な野菜や肉、魚を運んでいる。

 五日働くと与えられる二日の休日にはエ・ランテルの上空を自由気ままに飛び回ったり、友人が出来るとザイトルクワエの頂上に招待したりした。

 友人には、講習官のナーガであるリュラリュースを筆頭に、穀倉地帯で働く者達や、荷を受け入れる商人達がいた。

 その背に乗ってしか行けない頂上は、極一部の者達の秘密の遊び場にもなったのだった。

 

+

 

「国の横を神聖魔導王が通っただけでこれはどう言うことだ!!」

 ジルクニフは荒れに荒れていた。

 それもそのはずだ。

 魔法省の残りの人材と、魔法学院の人材が一気に殆ど魔導国に流れ出したのだ。

 次々と出される辞表はもはや開ける事も追い付かず、帝国はパニックになり始めていた。

 魔法に関わるもの達だけならまだよかった。

 なぜか神聖魔導王が通った翌日には粛清しなかった貴族達も何を思ったかお世話になりましたと国を出た。

 

 皆口々に「神王陛下のお役に立たねばならない」と言って。

 

 魔法省は壊滅だ。

 魔法学院も教師がいなくなったのだから生徒も教師を追って親と移住して行く。

 騎士団も半分程が帝国を離れた。

 貴族も出ていけば内政を預かるものが足りなくなる。

 

 早くも帝国は限界だった。

 フールーダを送り出してわずか一ヶ月。

 帝国は無血のうちに負けたのだった。

 

「ロウネ…ロウネ・ヴァミリネン…。」

 皇帝に呼ばれたその者はゴクリと唾を飲む。

「神聖魔導国に…いや…神聖魔導王陛下に書簡を出せ…。」

 

 皇帝がそれを陛下と呼んだ。

 それだけでロウネは書簡の中身がわかった。

 

「属国化を願い出ろ…。帝国が生き残るにはそれしかない…。」

 

 三騎士は悲痛な面持ちで床を見た。

 

+

 

 その日、BARナザリックには非常に珍しい組み合わせの守護者達が三人訪れていた。

 

「我々がアインズ様のお役に立てる日は来るのでしょうかねぇ…。アルベド…。」

 知恵ある悪魔はため息をつきながらもう一人の知恵者に聞いた。

「私…アインズ様が歩いて帰ると仰ったのをお止めしたのよ…。デミウルゴス、あなたは良いわよ、これから聖王国で手柄を上げられるじゃない。私は…私はどうなるのよ…。」

 統括は嘆いていた。

 帝国の属国化を願う書状が届いたのは、どう考えてもドワーフ行進のお陰だ。

 そしてアインズに忠誠を誓った謎の教団。

 何故行ったことも見たこともない帝国で何が起きているのかアインズが見通す事が出来るのか分からなかった。

 皇帝なんて未だ会った事もないのだ。

 

「アルベド、アインズ様のその何もかも見通すお力は我々の及ぶところではありません。そう自分を責めないで…。」

 デミウルゴスはよく働いたはずのアルベドを慰めた。

 その肩に手を乗せポンポンと叩く。

 そして、三人目の知恵者も口を開く。

「私からアインズ様にお写真をお願いしてさしあげましょう。アインズ様は貴女の働きを非常に喜んでいらっしゃいましたから。」

 卵頭は落ち着いた調子だ。

「ほ、本当?パンドラズ・アクター…。」

「私に任せてください。こう見えて私はアインズ様に結構可愛がられてるんですよ。」

「あ"ぁ!?」

「あ、いえ、失礼…。」

 

 その後知恵者三人は聖王国の一大イベントの最終確認を行うのだった。




次回 #51 閑話 月下に咲く花
5/25の12:00更新です!

これにて帝国編が終わって聖王国編が始まりますが、聖王国編は御身めっちゃ頑張っちゃいますよ!
帝国編、全くジルジル出てこなくてただただ反省ですね。
今後活躍する機会を設けます!

ユズリハ様より勢力図を頂きました!

【挿絵表示】

やはりわかりやすい!ありがとうございます!

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