#51 閑話 月下に咲く花
ドワーフの国から戻ったアインズはその晩、風呂から上がったフラミーの部屋を訪れていた。
「こんな時間にすみませんね、フラミーさん。前にデミウルゴスの引っ込める能力聞くって言ってたじゃないですか。それってまだですよね?」
フラミーは本日のフラミー当番のエトワルにまだ少し濡れる髪を梳かしてもらっていた。自分でやると言ってもさせてもらえないらしい。
「あ!それ、聖王国行っちゃう前に時間作らないとまたタイミング逃しちゃう!」
フラミーは不思議な白い蕾を手の中でくるくる玩びながら応えた。
「エトワル、すまないが少しアサシンズと共に向こうに行っててくれるか?」
アインズは人払いした。
「フラミーさん、そのタイミングで聖王国での細かい作戦内容をデミウルゴスから探りましょうよ。だから、明日とか……兎に角一週間後の出発までになんとしてもその会を開きたいです」
フラミーは下ろしたままの髪と不思議な蕾を片方の耳にかけると、瞳にギラリと光を写した。
「なんなら今夜でもいいっすよ」
二人はサムズアップを交わすとニヤリと頷きあった。
「デミウルゴス。御身の前に」
「よく来たな!さぁ座るんだ」
デミウルゴスは一度断ってから支配者達の前のソファに座ると、ワクワクしている雰囲気の二人へ向いた。
「それで、今宵はどのような御用向きでしょうか」
「デミウルゴスさん!こないだの続きです!」
身を乗り出してそう言うフラミーにデミウルゴスは宝石の瞳をパチクリさせた。
「あ、あいんずさまもご一緒に……でございますか?」
アインズは女子のデリケートな話を男二人で聞くのはマズイのではと言われたような気がして焦った。
ここで出て行かされては聖王国のことが聞き出せない。
「……私がいては不服かな?」
「あ、いえ。とんでもございません。お望みとあらば」
デミウルゴスは頭をさっと下げた。
「それじゃ、デミウルゴスさん。すみませんが翼をしまえる秘密を教えてください!」
フラミーの言葉にデミウルゴスは翼をしまえる秘密……と復唱した。
「んん、失礼いたしました。翼ですね。はい。分かっておりますとも。それでいかが致しましょう」
メガネをクイと上げる悪魔はとても頼りになりそうだ。
「とりあえずこの間見損ねたので背中見せて貰っていいですか?」
フラミーの言葉に頷くと悪魔はいそいそと服を脱いでいき、筋骨隆々な細い背中を露わにした。
フラミーはメモを持って近付くとそのたくましい背中をまじまじと見た。
「はい。じゃあ、ゆっくり出してください!」
「……それでは、始めさせて頂きます」
フラミーがゴクリと唾を飲んだ音がした。
背中からミチミチと音を立てて翼が出てくる。
デミウルゴスはゆっくりやるのは初めてなのか、緊張したような顔をして少しだけ粘液にまみれた翼を出した。わずかなぬめりがテラテラと黒く光った。
「痛いですか?」
フラミーはデミウルゴスの斜めから濡れた翼の生え際をツツ……と指で触りながらデミウルゴスを見た。
「……っ……いいえ、痛くありません……」
アインズは自分は何を見せられているんだろうとコホンッと咳払いをした。
「さぁ、しまって見せてくれ」
「かしこまりました」
翼はデミウルゴスの背の中にゆっくりと吸収されるように押し込まれ、仕舞われていく。
「あ、もう入っちゃう!もっとゆっくり、入るところよく見せて下さい!」
デミウルゴスはアインズに心底困ったような視線を送りながら、自分の中で一番ゆっくりな動きで翼をしまい直した。
フラミーは翼がしまわれた背中を優しく撫でた。
「……痛いですか?」
それしか聞くことはないのだろうか。
「いえ…………」
そしてふーむと唸るとメモを取り、フラミーは核心に迫った。
「デミウルゴスさんは、しまったことありますか?」
デミウルゴスはまさに今翼をしまったところだったので質問の意図を探したが、よく分からなかった。
「……フラミーさん?絶対こいつは試したことないと思いますよ。それは俺でもわかります」
アインズの返答にふむふむと頷き更に手の中でメモを取って行く。
どんな事を書いているんだろう、と立ち上がってフラミーの手元を覗くとそこには──
○デミウルゴスさん
・だしても痛くない
・いれても痛くない
・未経験(アインズさん談)
アインズは顔を覆った。
(もう……この人ある意味ペロロンチーノさんよりヤバい……)
フラミーは絶対にいらないであろうメモを見ると満足げにふんすと鼻息を吹いた。
「フラミーさん……それ誰にも見せないでくださいね。本当頼みますから……。デミウルゴスの名誉のために……」
「見せませんよ!私の秘密のメモですからね。それじゃ、ちょっと今の感じイメージして試してきますから待っててくださいね!」
そう言ってメモをテーブルに置くとタタタと寝室に入っていった。
「いつもすまないなデミウルゴス……。さ……着てくれ」
アインズの懺悔にデミウルゴスはいえいえと首を振りながらYシャツに袖を通して行った。
「とんでもございません……。フラミー様は翼をお仕舞いになりたいのですか?」
「へ?あ、いや、男子部分を仕舞いたいらしいぞ……」
どっこいせとソファに座り直すアインズに顔を向け、デミウルゴスは宝石の目を見せると中途半端にシャツのボタンを閉めたまま固まった。
「そのようなことが出来るのでしょうか……?」
「いや、多分無理だと思う……」
アインズはいつもよりずっと若い声でそう答えた。
デミウルゴスはふーむと悩み、シャツをズボンの中にきちんと仕舞い切ると何か閃いたようだった。
「アインズ様。このデミウルゴスにいい考えがあります」
アインズは視線で続きを促すと、フラミーがちょうど寝室から出てきた。
「これはフラミー様。もしフラミー様がお仕舞い頂けない場合、お望みとあらばニューロニストに切らせれば宜しいかと愚考──」
アインズは立ち上がってデミウルゴスの頭をスパンと叩き、顔を近付けて瞳の灯火を赤くした。
「お前……それは確かに愚考だ、初めての愚考だぞ……!」
「お、お望みかと……」
チラリとフラミーを見ると、呆然と自分の股間に視線を落としていた。
アインズは咳払いをしながら再び座りなおすと、フラミーはいそいそとサスペンダーをあげるデミウルゴスを驚愕の瞳で見ていた。
「フラミー様。何はともあれ仕舞えるのが一番でございます。如何でしたか?」
フラミーは黙ったままかぶりを振った。
「……フラミー様が天使だった名残を捨てたい気持ちは分かりますが、そのままで宜しいのではないでしょうか?」
デミウルゴスの声にフラミーは少し悩んだ。
「うーん。もう少し、諦めないで方法を探してみます。それで全部試してダメだったら、もう諦めるしかないですね。そうなったら誰のお嫁さんにもなれなそうですけど」
フラミーは困ったように笑った。
「このナザリックにフラミー様をお嫁さんに貰える事ができるのであればその身体的特徴を理由に断る者は誰一人としておりません」
フラミーとデミウルゴスの口から出るお嫁さんという言葉にアインズはなんだかおままごとのような可愛らしさを感じた。
「ははは。うんうん、そうだな。デミウルゴスの言う通りだ。──まぁもう少し方法を探せば良いんじゃないですか?それにフラミーさんは綺麗だから大丈夫ですよ」
「あは、ありがとうございます。何と言ったって元々CGですからね!」
ははははと笑う支配者達に、シージーとは何だろうとデミウルゴスは考える。
(元々シージー……。天使という意味か)
デミウルゴスは一人納得した。
「ところでフラミーさん、ちょっと前から気になってたんですけどそれ何なんですか?」
こめかみのところをちょいちょいとアインズが指差すと、フラミーは蕾を耳から引き抜いてアインズの前に摘んだまま見せた。
「綺麗ですよね、デミウルゴスさんに貰いました!」
デミウルゴスは思わず思考の海から上がり支配者の様子を伺った。
「ほーこんなの初めて見ました」
「とっても綺麗ですよね!」
アインズがよく見せてとフラミーに手を伸ばすと、フラミーはそれを耳に戻した。
「ダメですよ!私のですから!あげません!」
ふふっと笑うフラミーはいたずらっぽかった。
「ふーむ……。デミウルゴス、効果は何なんだ」
「……は。疲労無効を一日三回利用できます」
「それだけか?」
「は?あ、いえ、月の光の下に出すと、ゆっくり花が咲きます」
え!と声を上げフラミーは立ち上がった。
「そんなの聞いてないですよ!アインズさん、デミウルゴスさん、行きましょ!」
そのまま指輪をきらめかせると姿はかき消えた。
残された男達は顔を見合わせてから、おそらく地表に転移して行ったのだろうと続く。
第一階層に出ると、フラミーはもう外に向かって走っているところだった。
「本当、偶にあれだからな」
アインズはやれやれと思いながら<
デミウルゴスもとりあえず引っ掴んできたジレに腕を通しボタンを締めながら走った。
外は雪が止んだところだった。
ちょうど雲間から出てきた月に照らされるフラミーの背中は音のない世界でひっそりと芽を出した銀色の蕾のようだった。
するとフラミーの手の中の白い花はゆっくりと花を咲かせ始めた。
あらゆる温度に耐性を持つ三人は積もった雪の中でも何の痛痒も感じない。
「綺麗……」
呟いた声に合わせて白い息がふわりと流れていった。
フラミーはアインズと並んでその手の中の咲いて行く白銀の花に見入った。
風が積もったばかりの雪を舞い上げると、その風はフラミーの翼と髪も舞い上げた。
デミウルゴスは初めて外に出た日と同じことを思った。
(月の光を栄養に咲く花のようだ……)
フラミーとアインズに近付いて行き、胸に手を当て、少しだけ頭を下げた。
「実はフラミー様を見立ててお作りしました。……どうか飽きる日が来るまで使ってやってください」
デミウルゴスの言葉はまるで自分の事を言うようで儚く、アインズは甘え下手な可哀想な息子の頭をくしゃりと撫でた。
「お前のセンスが羨ましいよ……ほんとに……」
フラミーはいつまでも大切そうに月の花を見続けた。
二人と別れて部屋に戻ったアインズは聖王国の事なにも聞いてないじゃん!と頭を抱えるのだった。
ザーボンさん!ドドリアさん!行きますよ!!
次回 #52 聖騎士と青の薔薇