魔導国の属国になった王国に、ローブル聖王国の聖騎士団が訪れていた。
「我々が悪魔に苦しめられている傍でこの国はアンデッドの治める国の属国になったと言うのか!」
「団長、抑えて下さい。蒼の薔薇の皆様申し訳ございません。」
怒りに身を任せる聖騎士団団長レメディオス・カストディオを副団長のグスターボ・モンタニェスは止めた。
流石に宗主国の王を侮辱されて蒼の薔薇ガガーランは気を悪くしたようだった。
「おい、団長さんよぉ?アンデッドって言っても神王陛下は神様だぜ。それも十四万人もの人間を生き返らせる事ができる神様に慕われた超級の神様だ。」
「それに光神陛下はアンデッドじゃない。美しい。」
「ガガーラン、ティナ。よして。我々にそのグラトニーなる悪魔を倒せるかは分かりませんが…。兎に角、共に参りましょう。報酬は――」
「待ってくれ、今の話は本当か?」
蒼の薔薇ラキュースが話をまとめようとすると、レメディオスは再び口を挟んだ。
「は?はぁ、共に参りますが…?」
ラキュースの答えが気に入らなかったようで、ガガーランを指差すと、もう一度ゆっくりと疑問を口にした。
「十四万人も人を生き返らせたというのは、本当か?」
グスターボも止めない。
いや、こればかりは止めてはいけない質問だ。
今聖王国の北部はグラトニー率いる亜人達に支配され、もはやわずかな抵抗しかできていない。民達の多くは生きたまま貪り食われ、収容所に捕らえられ、残存する聖騎士達は敗残兵として洞窟に隠れ住んでいる有様だ。
ただ、南部はまだ領土を維持しており、軍勢とグラトニー軍が睨み合っている状態だ。
グスターボは亜人達の進行は瀬戸際で食い止められていると蒼の薔薇に説明したが、それはどちらかと言うと嘘の表現だった。
表情の読めない仮面の
「あぁ、本当だ。私達はその場で光神陛下に魔力もお渡ししてすぐそばで手伝ったんだ。陛下方に誓って真実だよ。」
全ての聖騎士がゴクリと唾を飲んだ。
グスターボは祈るような気持ちで頼む。
「蒼の薔薇の皆様…追加報酬をお出しするので、その神王陛下と光神陛下にお取り次ぎ頂けないでしょうか…?」
「良いですが…お出まし頂けるかは分かりません。」
ラキュースの言葉にレメディオスは忌々しげな声を上げた。
「ち。所詮はアンデッドか。」
「おい、こっちは別に断っても良いんだぞ。二度とアンデッドだから何とかと言うな。陛下をなんだと思ってる。一国の主とそう易々と会えると思う方が間違っていると分からんのか。」
イビルアイは怒っていた。
あれ程までに善良な神がアンデッドだった事が嬉しかったのだ。
だと言うのに先程からこの団長のあからさまにアンデッドを馬鹿にしたような態度は、今まさに自分が侮辱されているような気分にさせた。
「イビルアイ。」
ラキュースの非難するような声がかかり、イビルアイはふんっと鼻を鳴らし顔を背けた。
「…落ち着きましょう。なるべく話が通るように…神殿に行くだけではなく、ザイトルクワエ州の州知事に就いた私の友人にも話をします。報酬に折り合いが着くようでしたら、明日出発で如何でしょうか。」
「是非それで。どうぞよろしくお願いします。」
グスターボが頭を下げるのに合わせ、聖騎士達は一斉に「お願いいたします!」と頭を下げた。
数日後――。
蒼の薔薇と聖騎士団はエ・ランテル市、光の聖堂にいた。
聖堂の前には一般の参拝を断るプレートが掛けられ、外には
人を何人も殺してきたような目付きの少女――従者ネイア・バラハはその美しい聖堂に神様はこういう所に降臨するのかと辺りを見渡した。
そして、入り口すぐそばに置いてある写実的な二枚の絵を見て文化も発展しているのかと感嘆したのだった。
「欲しければお求め頂けます。銀貨二枚ですよ。」
そうネイアに声をかけたのは執事服に身を包んだ品の良さそうな老人だった。
「あ、いえ…銀貨二枚も持ってませんから…。」
ネイアはなんで今日は一般の人も係員も入れない筈のここに執事が居るんだろうと不思議に思った。
「そうですか。それは残念ですね。大切な税収です。差し上げることはできませんのでいつかまた欲しくなったらいらして下さい。」
執事服の老人はニコリと笑うと、聖堂の前方に行き、おそらく光の神なのだろうと思われる美しい像の隣に立った。その像もまた、大変細緻な作りで、髪の毛一本一本が流れるように表現されていた。
「皆さま。前方へお進みになり、両陛下をお迎えするご準備をお願いいたします。」
ただのおじいさんじゃなかった事にネイアは驚く。
神様に仕える時は神官服ではなく執事服が正式なのだろうか。
ラナー、レメディオス、グスターボ、ラキュース
そして後ろに三列、蒼の薔薇と聖騎士団が並んだ。
「陛下方は対等でいらっしゃいます。それだけは皆様お心にお留めください。くれぐれもご無礼のないよう。それでは神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下とフラミー様の御成です。」
執事の声にネイアは頭を下げ、周りから浮いていないか自分の姿勢を今一度確認する。
一瞬斜め前に跪く黄金の州知事の顔が恐ろしい物に見えた気がした。
カツン、カツンと硬質なものが床を叩く音が二つ重なる。
それが止まると、クシャリと何かを握ったような音がした。
「面を上げよ。」
その深みのある声に、全員と合わせてゆっくりと顔を上げる。
そこには金の豪奢なローブに身を包む闇と、銀のローブに身を包む光が立っていた。
闇は頭蓋骨剥き出しの顔をしていて、眼窩には赤い輝きを灯していた。それはアンデッドに相応しい外見だが、不思議とおぞましさはなく、いっそ清々しさすらあった。
光は流星の尾のように煌めく銀色の髪をしていて、闇よりよほど人に近い姿をしているが――人の考えられる力の範疇にいない、超越的な存在であると感じさせられた。
オォ…と誰かが感嘆を漏らしたのが聞こえる。
(これがアンデッド…?嘘…。)
「遥々聖王国からここまでご苦労だったな。カストディオ殿。そして聖騎士団の方々よ。」
「ありがとうございます。神王陛下。」
「ラナー・ティエール州知事と蒼の薔薇の面々もご苦労だった。よくぞこの者たちの来訪をセバスに伝えてくれた。」
「滅相もございません。陛下。」
ラナーの鈴を転がすような声が響き、斜め後ろに控える執事も頭を下げた。
「さて、貴殿らに時間的余裕はないのだろう。故に忙しい合間を縫って時間を作ったのだ。ならば無駄な時間は双方の為にならない。持って回った言い方や心にもないおべんちゃらは言うことなく、円滑に話を進めようではないか。腹を割ってな。異論は?」
「何一つございません。」
「よろしい。それでは聖王国の現状を教えて頂こう。隠し事や嘘偽りなくな。そうすれば、我が国としても貴国に何か有益なものを提供できるかもしれん。」
了解したレメディオスは聖王国の現状を滔々と語った。
話は王国で蒼の薔薇に話したように、戦局はギリギリで持ち堪えていると言うところで終わった。聖王国が崩壊寸前だとは他国の王――それもアンデッドには言いたくないのだろう。
「なるほど。なるほど。それで、貴国はこれからどのようにするつもりなのかな。」
「はい。そこで神王陛下にお願いがございます。お隣にいらっしゃる光神陛下を我が国にお貸しくださいますようお願い申し上げます。」
神王の瞳の灯火がフッと消え、一拍置いてからまた光を取り戻す。
「セバスよ。お前は話さなかったのか?」
「いえ。ご降臨前に触れさせて頂きました。」
「そうか。同じことを二度聞かせるのは私の趣味ではないが、仕方ない。お前達が光神陛下と呼ぶこの人は私の友人だ。私から彼女にどうこう指示を出す事は決してないし、貸すとか貸さないとかそういう言い回しは特に好かん。私にそれを願っても無駄だ。分かったな。それでは、もう一度だけ聞こう。貴国はこれからどのようにするつもりかな。」
レメディオスは言葉に詰まった。
「陛下方、申し訳ございませんでした。ここからは私、グスターボ・モンタニェスが代わらせていただきます。光神陛下。どうか我が国に共にいらして頂けないでしょうか。そして、リ・エスティーゼ王国の民に与えたその奇跡とご慈悲を、どうか我が国にも。」
女神は目を閉じていたがゆっくりとその金色の瞳を覗かせた。その瞳からは金色の光がこぼれ落ちるようで、そうした瞬間に聖堂内の空気が澄んだ物へと変わったようだった。
美しいものは度を過ぎれば恐ろしくすら感じることを、ネイアは初めて知った。これが動くのかと息を飲む。聖騎士達も震えるように呼吸を止めた。
ゾッとするほどに美しい女神は、ここに来て初めて口を開いた。
「どれだけの人が死んだのですか。」
「…わかりません…。」
先に人があまり死んでいないような、しかも持ち堪えていると説明したのが仇になった。多く死んでいると話した方が慈悲を掛けてもらえたかもしれない。
「…貴方達は命を取り戻すことを簡単に考えてはいませんか?」
ネイアはあの生を統べたもう瞳に全てを見透かされているような気がし、無性に息苦しかった。
確かに考えていたのだ。十四万を生き返らせる神ならば、きっと聖王国の犠牲になった人々は大した数ではないはずだと。
誰も何も言わない姿を見渡して女神は再び口を開いた。
「そうでしょう。私は共に行っても良いですが、それを行うかは今はまだ約束できません。」
迷わず真実を話さなかったせいで信仰を確かめられているのだろうか。
「光神陛下!我々は聖騎士です!!陛下のお力を日々お借りし、また祈りを懸命に捧げて参りました!神王陛下と違って貴女様には山をも動かすほどの信仰を――」
必死になり、余計なことまで言い始めてしまったレメディオスに、グスターボの叱責めいた声が響く。
「団長!!両陛下!失礼いたしました!!ただ、団長は光の力を扱うため、特に光神陛下には並々ならぬ信仰を捧げてきたと言おうとしたまでで、他意はございません!」
グスターボの額にはじわりと滲んだ汗が光っていた。
「分かりました。共に参りましょう。」
聖騎士の顔に喜色が浮かびかけると、女神はそれを止めるように手を前に突き出した。
「――但し、私は神王の居ない場所には決して行きません。貴方達が忌み嫌うこの人が降臨する事や存在を国の者達は皆納得できますか?アンデッドを恐れるなとは言いませんが、なにかを決めつけて優しいこの人に無礼を働きませんか。」
光と闇は切っても切り離せないとでも言うようなその言葉に蒼の薔薇のイビルアイがうんうんと頷いている。
「決して行いません。もしそう言うものが居たとしても、必ず止めてみせます。」
グスターボの声に女神は頷くと神王へ向いた。
「いいですか?」
簡潔なその言葉に神王はふぅー…と息を吐いた。――あの体でそれが必要なのかは不明だが。
「良いですよ。行きましょう。」
神様二人はナザリックに一度戻った。
「アインズさぁん。」
フラミーの声にアインズはギクリとしたように振り返る。
「な、なんですか…?」
「私嫌ですからね。自分の魔力が続く人数しかゼッッタイ復活させないんですからね。」
「は、ははは。それは作戦を立てたデミウルゴスに言ってもらわなくっちゃ…。」
「でも、作戦書にはまだどこにも生き返らせるとかは書かれてないし…こことここと、こことここと……ああ!これもこれもフラミー様の御心のままにって!私できる気がしないです…。」
フラミーは渡された計画書に従ってやればいいんだよね、とずっと気楽に考えていた。
が、以前アインズがデミウルゴスから聖王国の作戦内容のディテールをもっと詳しく聞き出したいと言った晩、眠る前にそう言えば何も聞かなかったなと思い出しサッと目を通したのだった。
するとそれは想像を大きく超えた物だった。
「まぁまぁ、それは俺も同じです。頑張るしかないですよ。でもフラミーさん、人を生き返らせるの嫌で断るかと思ってハラハラしましたよ。」
「流石に断らないですけど…最初から絶対生き返らせるお約束では行きたくなかったんですもん…。」
支配者たちの苦悩は始まったばかりだった。
次回 #53 神々の馬車
アニメを抜かし始めました。
この先分かりにくい所があったら皆さん仰ってください!