岩がちの山に穿たれた天然の洞窟――現在の聖王国解放軍の拠点に着くと、大慌てで神々の過ごす場所が用意された。
今ここには聖騎士、神官、市民が総勢三百四十七名おり、誰もが個室なぞ望むべくもなく過ごしている。
神王を見た者達はギョッとし、その後に続く女神を見ると皆手を前に組んで熱心に祈りを捧げているようだった。
(見た目が違うだけでこんなに態度が違うなんて……)
ネイアはショックだった。
数日この二柱と旅をして、見た目が違うだけでこの神達は変わらない慈悲深さに溢れていると言うことはよく分かっていた。
この神々が全ての生ある者を魔導国へ導きたいと熱心に生を守っている事も分かったのだ。
だと言うのに、見た目だけで神王を拒絶し、女神には縋ろうとする。
(なんて浅ましいんだ……)
ネイアは聖騎士と神官の集まる会議室に神々を案内した。会議室と言っても入り口に一枚の布を垂れ下がらせただけのような部屋だが。
女神は特になにも作戦等に口を出さなかったが、神王は現状の問題点を次々と提起した。
満を持してある神官が物言わず目を瞑る女神に縋るように言葉を送った。
「それで……光神陛下……。恐らく聖王女様はまだ生きてらっしゃるかと思うのですが……それに連なる王族や有能な軍人達を生き返らせては頂けないでしょうか」
女神はきょとんとすると、恐るべきことを口にした。
「聖王女が生きている?」
まるで死んでいるはずじゃなかった?と言うようなその言葉に神官達は背筋を凍らせた。室内が一気に静まり返った。
「へ、陛下……!聖王女様はお亡くなりになっているのですか!?お分かりになるのですか!?」
レメディオスが静寂を打ち破り、すごい剣幕で迫る中、同席している蒼の薔薇は痛ましそうに目を伏せた。
「あ……いえ、そのはずですが……」
女神はチラリと神王に視線を送ると、全員が生を司る神よりも死を司る神の方がそれに詳しい事に思い至り、続くようにそちらへ視線を向けた。
レメディオスも珍しく察したのか、そちらへ顔を向けると苦々しげに吐き捨てた。
「く……!おい!!どうなんだ……!!」
レメディオスの神王への態度は女神に向けるものといつも真逆だ。
やれやれと神王は手で顔を覆った。
「それを知って君達はどうする……」
「どうするかだと!?光神陛下にお願いを――。く、なんだグスターボ!」
興奮していくレメディオスをグスターボが部屋の隅に連れていく。
ネイアも蒼の薔薇の面々も、会話は聞こえないがその内容は容易に想像出来た。
最初に女神には神王に無礼を働かないのなら一緒について行っても良いと言われたのに、これは流石にやりすぎだ、と。
「失礼したな……。光神陛下にお願いし、祈りを捧げさせて頂くのだ……。それで、聖王女様のお命はどうなんだ……」
やはり少し大人しくなった様子のレメディオスが戻ってきた。
神王がゆっくりと顔を左右に振ったのを見ると、全員が唇を噛み足下に視線を落として拳を震わせた。
「わかったな。さぁフラミーさん、一度戻りましょう」
「え、えぇ。すみませんでした、アインズさん……」
「良いんですよ」
優しい声でそう言うと二人は席を立ち、ネイアも同行しようとすると神王に手で押し止められた。
「――悪いがバラハ嬢はここに残って私の代理として話を聞いてくれ。光の神は失われた命を悼む必要がある」
身内と認められているわけではないのだろうが、代理と認められた事に喜びを感じる。
そして神々は背を向け立ち去って行った。
「あれが神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王……。カストディオ団長、あれは大丈夫なのですかな?」
「そうだ。光神陛下だけをお連れする事は出来なかったのか」
神の去った部屋での神官達の態度にネイアは顔を軽く背けた。胸の内を渦巻くドロドロとした感情を悟らせないように。
(……魔導王、ね。光神陛下にしか敬称はつけないか)
逸らした視線の先でイビルアイと目があった――気がした。相手は仮面だが、ネイアだけでなくイビルアイもそう思ったようで、二人は頷きあった。
「悪いがウチの神を敬称も付けずに呼ぶのはやめてもらおうか」
神官達は僅かに苦々しげな声を出し、憎たらしそうにイビルアイを睨むが、何の痛痒も感じないようでイビルアイはふんと鼻を鳴らした。
神官は相手にしてられないと言った風にその様子を無視すると議題を戻した。
「しかし……なぜ光神陛下は聖王女様や我が国の民を生き返らせる事に躊躇されるのだ……」
「あんたらは本当に話を聞いてたのか?」
ガガーランのぶっきらぼうな声がかかると神官達との間には火花が散ったようだった。
「何を冒険者風情が。」
「冒険者風情でもわかるぜ。あれほど慈悲深い……一時は自分達に歯向かいすらした十四万人を生き返らせる程のお方が、なんでお宅らの国民や王女様を生き返らせる事だけを渋るのかな」
神官達は続けろと言わんばかりに睨みつけた。
「あのお方はここに来る前にこの騎士様に言ったぜ?『私は神王の居ないところには行きません』てな」
神官が確かめるようにグスターボに視線を向ける。
「たしかに仰いました」
「そう言う事だよ。まだわかんねーか?」
短い返答に神官達は分からないようで、少し焦りながら自分の左右にいる神官にそれぞれ分かったかと言わんばかりの視線を投げ合ったが、誰も分からないようだった。
残念ながらネイアもよくわからなかった。
神王と女神に刃向かう十四万人と、神王だけを嫌う聖王国の民。
聖王国の民の方が余程信心深いと思えた。
それともあの二人は愛し合っていて、それ故どちらかを嫌う相手を憎むとでも言うんだろうか。
ネイアは考えるがそれは俗物的すぎると思えた。
恐らく正解ではないだろう。
「ちっ。それでよく神官が務まるもんだ。おいラキュース。お前も神官の端くれだろ。それも光神陛下のお力をお借りして人を復活させる事があるんだ。教えてやれ」
ネイアは恥ずかしい気持ちになった。
ラキュースは頷くと語り始めた。
「光あるところに闇は必ず生まれます。強い光であればあるほどにその闇は深まる。陛下方は表裏一体なのです。旧法国は陛下方が国にお戻りになるまで六百年、揃って陛下方を信仰し続けました」
神官達は熱心に耳を傾ける。
「そして私の生まれた王国は、今はもう廃されましたが四大神を信仰しておりました」
「うちと違って光神陛下を祀ってすらいないじゃないか」
忌々しげに一人が吐き捨てた。
「聞いてください。祀ってはいませんでしたが、エ・ランテルの人々も、今回の戦争で生き返らされた十四万人も、誰一人として闇の神を蔑んだり、見くびるような真似はしませんでした。そして他者を傷付けざるを得ない自分達の境遇――闇に正面から向き合っていたんです」
段々と何が言いたいのか神官の中に伝わっていく気配がする。
「あなた達は闇の神だけじゃない。闇そのものを嫌いすぎる。光神陛下は最初からその事にお気付きです」
イビルアイもいい加減にしろというような調子で続けた。
「出発前から光神陛下はヒントをくれてたぞ。"アンデッドを恐れるなとは言わないが闇の神の存在に皆が納得できるのか"とな。グスターボ殿は納得できない者がいれば抑えると陛下に約束したがどうだ?今のこの結果を見ろ。女神の半身のような闇の神にどんな態度を取った」
双子も語る。
「行く事は構わないと言っていた」
「でも復活は約束できないとも言っていた」
室内はしん――と重い沈黙で支配された。
自分たちはまさに今試されている最中なのかと。
しかし納得のいかないレメディオスは変わらず冒険者達を睨みつけた。
「それはお前達の想像に過ぎん。確かにこの世に闇がある事は認めよう。しかし悪人がいなくても正義はこの世に在り続ける筈だ。であればあのアンデッドを信仰する意味はない」
ラキュースは可哀想な物を見るような目でレメディオスを見た。
「悪人がいなければ正義という言葉は成立しません。闇は光がなくても存在出来ますが、光は生まれた時から闇とともにある事をよく考えてください」
「ち。難しい言葉を使って煙に巻こうとでも言うのか」
「……私達は命を奪って、それを食べて生きているんです。命を奪う事も、その生を永らえる事も、生と死、光と闇が一体となっているでしょう。陛下方はそう言う神なんです」
ネイアは激しい衝撃を受けた。
闇の神は単体で存在できるが、光の神は闇の神の存在なくしてはこの世に存在できないのかもしれない。
この教えはまさに生きる事なのだ。
生き物は命を奪って食べなければ死に絶えるだろう。
そこは闇だけが存在する世界だ。
「すごい……」
ネイアは思わず言葉が漏れてしまい慌ててその口を手で押さえた。
ガガーランは大きくため息を吐いて追い討ちをかけた。
「闇の神も信仰しろとは言わねーが、お前さんら、少しは身分と立場をわきまえろっつー事だよ。ったく。――おい、副団長さんよ。礼は弾めよ。俺たちのお陰で神様が聖王女様を復活させてくれるかもしれない一手が見えたんだからよ」
「今の状況では私が……いえ、恐らく誰が復活魔法を唱えたところで、その力を司る光神陛下……フラミー様が拒否され魔法は発動しません」
ラキュースの言葉は会議室に大きくこだましたようだった。
神官達の目には様々な感情が篭っていた。そんな中、最も年長に見える神官が口を開く。
「光神陛下と……………神王陛下をお呼びしてくれ……」
神々の控え室には謝罪が響いていた。
「ごめんなさい……本当にごめんなさい」
フラミーは辛そうにアインズに謝り続けていた。
「良いんですよ。平気ですから、フラミーさん」
「私なんかに神様なんて務まらないです……。すぐ顔にも口にも出るし、なるべく玉座の間や謁見みたいな時は喋らないようにしようって思って来たけど……私のせいで皆の作戦が……私のせいで……」
手を握り締めてうぐうぐと泣くまいと堪える様子に、アインズはだらりと垂れる翼をさすっていた。
「仕方ないですって。フラミーさんは精神抑制を持たないし、表情だってあるんですから。汗だって涙だって出る体じゃ限界がありますよ。俺だって鈴木悟……あ、本名なんですけど、鈴木悟としてここ来てたら絶対務まらないですから……。ね、大丈夫ですから……」
「うぅ……うっ……あいんずさんに、皆に、迷惑だけはかけたく無いのに……」
ポロポロ落ち始めてしまった涙に綺麗だなぁと場違いな感想を抱いてしまう。
「良いんですよ。ちゃんとフラミーさんが神様出来るように俺も手伝いますから。今は鈴木の分も泣いてください」
「鈴木さぁん……。うぅ……」
聖王女が既に処分されている事はデミウルゴスの計画書で二人は知っていたが、この国の者たちは知らないようだった。
今日初めて来るはずの二人がそれを知っていてはおかしいだろう。
マッチポンプだとバレてしまったら、デミウルゴスの長きに亘る苦労が水の泡だ。
アインズに背中をさすられながらフラミーが涙を零していると、外から声がかかった。
「神王陛下!光神陛下!少しよろしいでしょうか!」
アインズは慰めるフラミーの首に煌めくネックレスを見て思い出す。
『アインズさんが頑張ってくれるから、私、とってもナザリックの居心地いいですもん』
自分が絶対者として君臨する事は、ギルメンを――フラミーを守る一つの手段であると瞳の炎を燃やした。
(この体と精神には感謝してもしきれないな)
「守ります。ナザリックもあなたも、"アインズ・ウール・ゴウン"も。俺は一人じゃないんだ」
アインズはフラミーの翼をもう一度サラリと撫でると返事をした。
「入れ」
「申し訳ありません、陛下方!あ?あ、あの、陛下方……あの、あ、あの……神官達がお呼びで……その……」
「ネイア・バラハ、しっかりしないか。神王陛下!え!?」
ネイアとグスターボが顔を出すと、神は不出来な人間達と死者を憐れみ泣いていた。
次回 #55 覚醒
蒼の薔薇めっちゃ鍛えられてるぅ!
あぁあ、フラミーさんやらかしましたねぇ。
言っちゃった言っちゃったー。