眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

55 / 426
#55 覚醒

「フラミーさんはお疲れだ。私だけで納得して貰えるかな。」

 それはまるで人々を試すような、そんな響きがあった。

 

「もちろんで御座います。どうか神王陛下、ご一緒にいらして下さい。光神陛下の事は私の口から説明いたします。」

 グスターボは正しく伝えなければいけないと思った。

 神々はヒントはくれるが決して試練無くして奇跡を与えないとわかったから。

 

 会議室に入れば、全員が立ち上がって神王を迎えたが、レメディオスの姿はなかった。

 誰もが納得したというのに、レメディオスだけは決して納得しなかったのだ。

「不浄なるアンデッドが神など貴様等に人間としての誇りは無いのか!」

 最後はそう言い捨てると神王が来る前に立ち去っていってしまった。

 いや、立ち去ってくれるくらいがちょうどいいだろう。

 グスターボの胃の為にも。

 

「神王陛下のお出ましです。光神陛下は…そのお心をとても痛め、涙しておられました。今はお出まし頂けません。」

 グスターボの言葉に、神官達は気付くのが遅すぎたその身の不出来を恨んだ。

 そして、その後ろから入ってきた、先程よりも威厳溢れるように見える神に皆が頭を垂れた。

 

「私こそ神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王。その人である。」

人々が改心し始めたのを知ってか、王は改めて名乗りを上げた。

 

+

 

「下がれ!!」

「もっと下がれ!!この子供が死んでいいのか!!」

 捕虜収容所に亜人の叫びが響いていた。

 

 ラキュースは絶望的な状況の中、ついイビルアイに聞いてしまう。

「イビルアイ!!何かいい手はないの!!」

「あればとっくにやっている!!くそ!!」

 目をそらしたラキュースに、双子が警笛を鳴らした。

「まずい。鬼ボス。」

「子供が殺される!」

 

 まるでその言葉を合図にしたかのように、子供は殺された。生きたまま首を掻き切られ、恐ろしい断末魔が上がった。

 そしてまた新たな子供が連れて来られる――。

 手も足も出せない聖騎士達と蒼の薔薇を背に残し、神王は新たに人質にされた子供を指差した。

「このままでは、人質の有用性がバレる。蒼の薔薇、いけるか。」

 その場の全員がゴクリと喉を鳴らした。

 ラキュースはこれから何が起こるのか察すると、きつく目を閉じ、首を縦に振った。

「…陛下。おねがいいたします。」

「よし。」

 

すると、神王の指先から激しい光が迸り、子供ごと目の前のバフォルクを射抜いた。

蒼の薔薇は感謝の言葉を送って駆け出した。

そして、レメディオスを筆頭に騎士団もそれに続く。

「――バラハ嬢、私が君たちの想像も付かないような魔法で少年を助けると思ったか。」

 ネイアは静かな声で語り掛けられるとうなずいた。

「はい…そう思いました。」

「そうだろうな。確かに私の力があれば少年一人助け出すことなど容易い。しかし、それではいけないのだ。」

 教えを想い、ネイアは胸をギュッと抑えた。

 人々が救い出されていく中、収容所から出てきたレメディオスは疲れ切った顔をすると、忌々しげに神王と蒼の薔薇を睨み、すぐさま女神に向かって手を組んだ。

 

 女神の復活の奇跡を期待するようにネイアもついそちらへ視線を向けてしまう。

 いや、恐らく皆がそうしただろう。

 救い出されて来た捕虜達も女神と祈る聖騎士団団長(レメディオス)の様子に気が付くとすぐさま祈りを捧げ、跪き、口々に救いを求めた。

 しかし、神王に跪く者も、祈りを捧げる者も誰一人としていなかった。

 それどころか人々は子供を殺した神王を睨みつけたり、なんて酷い事をと口を覆った。

 女神はそんな人々の様子に、一言も口を開かずただただ首を左右に振った。

 

 光も闇も受け入れる事が出来なければ奇跡は起こして貰えないと、いくら神官が話しても、子供を殺した神王は恐れられるばかりだった。

 この収容所の者達は誰かが担わなければならなかった、子供を殺すという闇を受け入れることはできなかった。

 そしてその闇の上に自らの命がある事を認められなかった。

 

 女神が救いを与えることが出来ない様子に、他でもない神王が一番苦しんでいるようにネイアには見えた。

 首を振る女神を見る瞳の朱は震えていた気がしたから。

 

 ネイアは光と闇は表裏一体と言った蒼の薔薇の言葉を思い出す。

(綺麗事だけでは世界は救われないんだ…。)

 

 ネイアは耐えきれず神王に話しかけた。

「神王陛下も、光神陛下も、お辛いですよね…。」

「バラハ嬢。優しさと言うのは、時に自分を最も傷付けるものだ。わかるな。それでも…。どんなに辛くても…俺たちは子供達の為にいつだって精一杯優しくいなきゃいけないんだ…。」

 神の深い言葉にネイアは考えを巡らせる。

 今女神は闇を受け入れられない子供達――つまり、目の前の民の様子に優しい心を傷付けている。

 そしてこの目の前の王も、優しいが故に奪わざるを得なかった子供の命を悼み傷付いている。

 ネイアは考える。

(慈悲深い神々は数えきれない痛みの中耐えて、闇を受け止め立っているんだ…。)

 それを感じる事もできず、自分達が一番辛いんだと嘆く人間を神々は哀れみ、また心を痛める。

 神々が全ての命を救いたいと降臨した理由がわかった気がした。

 

+

 

 一つ目の捕虜収容所から人々を救った解放軍は、翌日には次の捕虜収容所に向かった。

 すると再び人質に聖騎士の足は止まった。

 躊躇い続ける聖騎士団長と聖騎士を前に、次々と子供が、人質が殺されていく。

 昨日生きることは闇を受け入れる事だと教えられたばかりだというのに。

 蒼の薔薇が堪りかねた様子で何かをレメディオスに訴えているのが見える。

 

 神王はそちらへ近づいて行き言葉をかけた。

「私が行こう。いいかね。」

 神王の言葉に、聖騎士団と神官達が頷き、舌打ちをするレメディオスの代わりにグスターボが頭を下げた。

「お願いいたします、陛下。」

 ネイアは目の前の神に祈った。

(どうか、私達を導いてください――。)

 

「フラミーさん、一緒に行きますか?」

 女神は少し悲しそうに笑うと、やはりゆっくりと首を左右に振った。

「わかりました。鈴木に任せてください。」

 スズキとはなんだろう。神々の言葉は人知の及ぶところではない。

 

 ネイアは神王について街の中心に向かうと、そこには人間を貪り食う亜人達がいたが、神王の手によってすぐに殺された。

 そして、ネイアは王の心の嘆きを聞いた。

「くそ…こんな下らないお遊びのために…。行くぞ。さっさとグラトニーを葬る必要がある。」

 パキャッと手の中で亜人の頭蓋骨が割れた。神王が見せる初めての怒りを冷やすかのように、その夜街には雪が降った。

 

 その後都市の奪還、人々の解放は神王の力で順調に行われた。

 そして、聖王女の兄、カスポンド・ベサーレスの無事が確認されたのだった。

 

+

 

 支配者達は魔法で作り出した椅子に掛けていた。

「フラミーさん、もう三週間になりますしそろそろ一回ナザリック帰りますか?」

「いいえ、ダメな女神でも、一応最後まで居るだけ居ます。なんて、デミウルゴスさんの期待には何も応えてないですけど。」

「無理しないで良いんですからね。」

「ご迷惑ばかりおかけしてすみません…。」

 アインズは困ったように笑うと、フラミーの前髪に指の背でサラリと触れた。

「…ずいぶん髪伸びてきましたね。」

「本当だ…全然気付いてなかったです。」

「嫌じゃなかったら切ってあげますよ、俺が。」

 フラミーはえ?と顔を上げた。

「俺金無しだったんで、自分カットでしたから。そこそこ腕に自信はあるんですよ。」

 そう言うと、肘を曲げて骨しかないであろう腕をポンポンと叩いてみせた。

「あは、お願いしちゃおうかな。」

 久しぶりに少し笑った女神に、アインズはどうかそのまま笑っていて欲しいと祈った。

 

「じゃ、念の為一回お団子ほどきますよ。痛かったら言って下さいね。」

「ふふ、お願いしまーす!」

 そう言いながらフラミーの後ろに回り込み、お団子を崩すためにそっと蕾を引き抜くとそれを軽く咥えた。

 お団子から大量の銀色のヘアピンが取れて行き、お団子がすっかり崩れると、アインズは咥えておいた蕾を手に持ち直した。

 正面に戻ると、座ってニコニコするフラミーの前に跪く。

 これを持たせたデミウルゴスに感謝して。

「元気になるおまじない行きますよ!」

 そう言うと、蕾の中に丸い光が灯る。

 光が蕾の先から出ると、ポンっと弾けてフラミーに光が降り注いだ。

 しばらくその光を眺めると、フラミーは愉快そうに少しの間笑った。

「ふふ、アインズさん、可愛くして下さいね!」

「ははっ、任せておいて下さい!」

 

【挿絵表示】

 

 嬉しそうに笑ったフラミーの頭をクシャリと撫でて、蕾をその手に渡すと、アインズは魔法で作った少し背の高い椅子に腰掛け、これまた魔法で作ったハサミを使い、器用に前髪を切った。

 目を閉じたフラミーの顔にハラハラと前髪が落ちていく。

 頬の上と鼻の頭、まぶたに軽く積もった前髪を手の甲で取ってやる。指でつまもうとしては尖った指先がフラミーを傷付けるような気がした。

 フラミーはむぅ、と声を漏らした。

 

「このくらいが一番ユグドラシルで見慣れた長さかな?バランスどうですか?」

 そう言って遠隔視の鏡(ミラーオブリモートビューイング)を取り出すと、フラミーに持たせ、魔法の力で正面、斜め、真横と映し見せて行く。

 前しか見てないのに自分の横顔が見える奇妙な感覚にフラミーは笑った。

「アインズさん、まさか運営もこの鏡がこんな使い方されるなんて思いもしてないでしょうね。ふふ。」

「鏡なんだから景色よりも女の子の顔を映せて本望だと思いますよ。」

 支配者達が愉快げに笑っていると、外から声がかかった。

 

「神王陛下、光神陛下、入室しても宜しいでしょうか。」

 

 フラミーは不安げにアインズの顔を見上げるが、アインズはなんて言うことは無いと動かぬ顔で笑ってみせ、フラミーの肩から落ちる長い髪の毛に指をサラリと通すと返事をした。

「構わない。入ってくれたまえ。」

 すると、デミウルゴスに貸し出したドッペルゲンガーが入ってきた。

 

「ご歓談中失礼致します。アインズ様にはご無礼を働き続け申し訳ございません。」

「良い。お前は勤めを果たしただけだ。」

「恐れ入ります。ここ数日、アインズ様に強い信仰心を寄せるものが特に増えて来たようですね。それで…いかが致しましょう。」

「うむ……。蒼の薔薇には注意しろ。あれは言わばうちの国民だ。あとは適当に間引け。ただ、間引きすぎには注意するように。まだ生き返らせてやるかは不明だが、万一そうなった時フラミーさんの負担になる。」

「畏まりました。では再起不能を中心に、適宜間引かせて頂きます。他には何かございますか?」

「ない。あ、いや。そうだな。あの不愉快な団長もうまく使え。」

 

 次の日、丘の向こうには大量の亜人と悪魔の軍勢が姿を見せた。




うわーアインズ様かっけぇー(統括並感想
https://twitter.com/dreamnemri/status/1133285867202666497?s=21

次回 #56 奇跡の上に

閑話じゃないですが12:00に上げまーす!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。