眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#57 帰路

 ツアーは鼻先に突如感じたふわりとした空気の流れの変化に体を起こした。

 竜王として生まれ持った鋭敏な知覚能力は人間を遥かに凌ぎ、相手が不可視化を行なっていようと、幻術で騙していようと、驚くほどの遠距離であっても正しく感じ取ることができる。

 

「なんだいリグリット。また来たのか。」

「ツアーよ。まだゴウン陛下を疑っておるのか?」

 リグリットの疑問にツアーは目を細めた。

「陛下、ね。そうだよリグリット。丁度ついさっき、世界が悲鳴を上げたような気がしたんだけど、アインズはまた何かやったのかな。」

「また…?」

「僕はね、リグリット。アインズが僕との約束を守っているようにはどうしても思えなくなってしまったんだよ。それを調べなければいけない。」

 リグリットはいつもツアーの鎧が置いてある所に目を向けると、そこは空洞だった。

「それで、どこに向かってるんじゃ。」

 

「彼の神殿で謁見を申し込むさ。ルールに則ってね。」

 ツアーは牙を剥き出しにし、軽い笑い声を上げた。

 

+

 

 翌日街の小さな神殿に神々はいた。

 

 聖王女やケラルト、蒼の薔薇、これまで会議に参加していた神官達も来ていた。

 そして新しい聖騎士団団長のグスターボも。

 

 グスターボは道中のことを思い出しながら跪いた。

「神王陛下。この度は我が国をお救い頂き誠にありがとうございました。そして、光神陛下。今一度、伏してお願い申し上げます。どうか、九色の三人の復活を。」

 女神は初めて首を縦に振った。

「もっと…全ての者をと言わないのですか?」

 

 女神のその質問は最後の試練だとネイアは思った。

 ここで答えを間違えれば、九色の復活も叶わないだろう。

 聖王国は間違い続けてしまったのだ。

 

 グスターボはその瞳を僅かに揺らすと、心に決めた答えを力強く返した。

「はい。私達は、この惨劇を胸に生きようと思います。両陛下の教えを刻むためにも、敢えて受け入れます。」

 女神は今までで一番いい笑顔で頷いた。

「良いでしょう。遺体をこちらへ。」

 

 なんとか回収、保存されていた遺体が運び込まれる。

 グスターボと共に副団長を務めていたイサンドロ・サンチェス。

 騎士ではないが、その腕を買われていたオルランド・カンパーノ。

 そしてネイアの父で凶眼の射手、パベル・バラハ。

 

 女神は闇から白い杖を取り出すと三人へ向けた。

 

 一度に三人が金銭の代償なく起き上がる奇跡に、第五位階の復活魔法を行使できていたケラルトは目の前の存在を神と認めた。

 復活魔法を使うときに感じる存在はこの方だったのかと。

 しかし、姉のレメディオスの失態からケラルトはその力を女神から剥奪されたようだった。

 その後数多(あまた)の善行を積み、ついにはケラルトは力を取り戻すが、どんなに乞い願われても、あの日女神がしたように黙って首を左右に振って復活を断った。

 そんな事があった夜は必ず、「力を返されたとしてもそれを行使する権利はない」と聖王女の下で嘆いた。

 ネイア・バラハに聞かされた慈悲深き神々の話は余りにも切なく、苦しいものだった。

 ならば、闇を抱いて生きるしかないと、一時はその手で殺そうかとも思った――幽閉されわずか一年で狂った姉を許し聖王女の傍で懸命に日々を生きたと言う。

 

「陛下方。我々北聖王国は神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国に恭順致します。」

 ネイアが父に縋り泣いていた横で、昨晩紛糾した議題の結論を聖王女が伝えた。

 

「…北だけか…。それで、南は。」

 その問いはまるで南部貴族達が神王を嫌厭している事を知っているようだった。

 聖王女は首を左右に振り地に視線を落とした。

「畏れながら…ダメでした…。」

 北部は神の奇跡と教えを間近で見るという幸運に恵まれたが、南部は未だアンデッドには降らないと言い続けている。

 これでは北部も受け入れてはもらえないのでは、と少し心配になったネイアは神王に瞳を向けた。

「いや、良い。仕方のない事だ。私達の落ち度でもある。デミウルゴスには謝らなければな。」

 デミウルゴスとは誰のことだろうと思ったが、恐らく南を案ずる慈悲深いものだろう。

「アインズさん、私の落ち度です。」

 闇の神も光の神も辛そうな雰囲気だった。

 南部に悪魔が逃げていくのを見たと言う多くの人々がいる以上、魔導国に降り大々的に悪魔狩りを頼むのが一番だというのに。

 命よりも権力を選択した愚かな南の指導者によってまたしても神は心を痛めることになったのだ。

 

「陛下方!!」

 ネイアは気付けば叫んでいた。

 このいつも人々の愚かしさに嘆き傷付く優しい神々を、少しでもその痛みから守りたいと、身の程知らずにも思ってしまったのだ。

「私が必ず南部にも陛下方の教えを伝え、共に全ての命を愛する魔導国に降るように説得してみせます!!」

 父パベルは慌ててネイアを止めた。

「ネイア、やめないか。神々の前でいくらなんでも失礼だ。」

「良い。パベル・バラハ。――バラハ嬢よ、頼めるか。」

 ネイアは初めて神々の役に立つ事ができる今この瞬間に歓喜した。

「はい。ネイア・バラハ、蒼の薔薇と共に最も神王陛下のおそばで教えを受けた身。既に陛下方を讃える仲間達は三万人を超えております。皆で、南を魔導国へ恭順させてみせます。」

 それを聞くと神王と女神は安心したように頷きあった。

 

「ネイア・バラハ。今お前に簡易の儀式で魔導国の身分を与える。」

 ざわりと神殿内が揺らぐ。

 ネイアは神王と女神の前に進み、聖騎士団に入った時のことを思い出しながら膝をつくと、聖王女に渡された劔を足下に置いた。

「フラミーさん。」

 女神はネイアに一歩近付き、白い杖でその両肩を軽くトン、トンと叩くと告げた。

「ネイア・バラハ。紫黒聖典、第三の席次を与えます。二つ名は父から譲り受けなさい。凶眼の射手。国籍はこちらで取得しておきます。」

 

 フラミーは任命時など、あんちょこがある場面ではその役割をアインズより任せられていたためスラスラと言えた。

 アインズはフラミーに花を持たせる事ができたと満足する。

「後日隊長である疾風走破と重爆を送ろう。…とんでもない二人だが、バラハ嬢ならばうまくやるだろう。」

 そして念のため九着作っておいた紫黒聖典の鎧をネイアに一つ渡す。

 ネイアはそれを頭上に掲げるように受け取った。

 思いがけもせず、自分達の失態を埋めるために働くと言ってくれた目つきの悪い少女をアインズは結構気に入っていた。

 そして何より、"聖王国を手に入れるための作戦"と言ったアルベドとデミウルゴス、パンドラズ・アクター達の意に反して北しか手に入らなかった事にちゃんと布石を打てましたと言える状況に強い安堵を覚えていた。

 アインズは無限の背負い袋(インフィニティハヴァサック)に手を入れると、白く神々しい、ルーンが刻まれた弓と、黒いバイザーを取り出し、恭しく受け取り未だ掲げられる鎧の上に置いていく。

「バラハ嬢、君はこれも使ってくれ。我が国で作られるルーン技術によって生み出された素晴らしい弓だ。名はアルティメイト・シューティングスター・スーパー。そしてそれの能力を引き出すためにこのバイザーも使うのだ。常にきちんと装備しておくんだぞ?いいな。」

 ネイアは心得たとばかりに頷き、応えた。

「ネイア・バラハ、必ずや御身のご期待に応えてみせます。」

 

「良し。私達からは以上だ。カルカ・ベサーレス。今後ここには私の配下の者が今述べた聖典と共に現れるだろう。その者達と属国化を進めてくれ」

 そう言うと、神王は女神を伴って神殿を立ち去ろうとする――が、何かを思い出したように振り返った。

「そうだ、最近帝国も降ったのだがな。ふふ、今度支配者のお茶会でもしようではないか。きっと実りあるものになるぞ。」

 嬉しそうにそう言うと、今度こそ二柱は神殿を後にしたのだった。

 

+

 

 任命後、多くの遺体は全て綺麗に神王が引き取り、確かな供養を約束してくれた。

 後日街には大量の亜人達が送り込まれてきた。

 全ての亜人は神王に深く頭を垂れ、人々の復興をよく手伝った。

 貪食(グラトニー)と共に聖王国を襲撃した人間を食べる亜人達は殆どが種を維持できるギリギリまで数を減らされたが、聖王国を襲撃しなかった人間を食べない亜人達は、陽光聖典とコキュートスによって魔導国に一足先に降っていたため、率先して聖王国の復旧復興を手伝いに来た。

 人々はそれを指揮するコキュートスと陽光聖典、オークなどを筆頭とした亜人達と手を取り合って街の復興を進めた。

 

 人々が最後に救われた広場には"生死の神殿"と呼ばれる神殿の建築計画の看板が立った。

 初の一棟で二柱を祀るその神殿には、後にネイア・バラハと蒼の薔薇によって語られた神々の本質と生き様が神官達によって書き起こされ、安置されていく。

 神聖魔導国中の神官達が修行の為にそれを書き写しにこぞって北聖王国を訪れ、自分達の勤める神殿に持ち帰って公開するのはまた別のお話。

 

 何とか生きていける目処のついた今日、軽い式典を明後日にでも開こうと話が立つと、偶々何か急用のできた神々が帰り支度を始めてしまった。

 街の人々も、神官も、聖騎士も、誰もがその急な出発に心を痛めた。

 

 ネイアは心細かった。

 この一ヶ月共にあった強く優しい背中との別れに、とても耐えられないと思った。

「神王陛下!!」

 聖王女より正式に別れの言葉を送られて馬車の前に立つ神々に、声をかける。

 パベルは娘を軽く止めるが、目の前の慈悲深き神々はきっとそれを叱責しないだろうと分かっていた。

 

「バラハ、良いのだ。ネイア・バラハ。これから南をどうか、頼む。」

 神王は力強くネイアに南を任せた。

 パベルは神にそれ程までに信頼される娘を誇りに思って少し泣くと、ともに復活したオルランドに背中を叩かれた。

「お任せください…きっと…きっと…南部も救ってみせます…。この北部に訪れた真なる平和を伝えます。」

 ネイアは必ず人々を救ってみせると決意すると、肩にかけてあるアルティメイト・シューティングスター・スーパーの重みを感じた。

「そうだな。明日には紫黒聖典の二人も着く。どうか協力して事に当たってくれ。もしルーン武器を借りたいと言うものが現れたら隊長達に伝えるんだ。わかったな。」

 ネイアは既に紫黒聖典の鎧を身につけている。

 自分は聖王国から魔導国に初めて渡ったこの神の民として、情けない姿はみせられないと口を一文字にキツく結んで流れそうになる涙を堪え何度も縦に頭を振った。

 

「…さぁ、そろそろ行きましょう、陛下方!」

 途中まで一緒に帰る蒼の薔薇のラキュースが声をかける。

 ネイアは震える手を神王に伸ばすと、慈悲深くも神王はそれを両手で握りしめた。

 冷たく細い骨の感触だというのにネイアは温もりを感じる。

「南を頼んだぞ!君は我が紫黒聖典になったのだ。神都で、エ・ランテルで、また会おう。」

 神は堪らず涙を流しかけるネイアの頭をクシャリと撫でて背を向けた。

 蒼の薔薇が続々と馬にまたがっていく。

 帰りは誰も神々の馬車には乗らなかった。

 きっとこの二柱には惨劇を悼む時間が必要だと思って。

 

 立ち去っていく馬車は数え切れない人々の歓声と万歳唱和の中出発していった。

 

「陛下方の御心に平穏を!」

 ネイアはグイと目元を拭くと肩に置かれた父の手の優しい、神王とは違う温もりに笑顔を向けた。

 

+

 

「はー疲れた。明日にはデミウルゴスの牧場見学かー。」

 アインズは行きとは違って斜め向かいに座るフラミーに話しかけた。

「楽しみですよねぇ!」

「うーん、楽しみは楽しみですけど、あえて今は南を手に入れなかったみたいな言い訳を考えないといけないですからねぇ…。」

 支配者は悩みながらブーツを脱ぐとベンチチェアに対して横向きに座り直す。

 足を椅子に乗せると、壁に背を預け伸ばせる所まで足を伸ばした。

 

「はは、まだ二十四時間ありますからきっといい案が思い付きますって。」

 それを見たフラミーもせっせとサンダルを脱ぐと、土ぼこりで意外と汚れていた足を綺麗に拭いてアインズと斜めに向かい合うようにベンチチェアに足を伸ばした。

「一緒に考えて下さいよー。あー…両脚羊可愛いといいなぁ。」

「何か赤ん坊産ませたりしてるって言ってましたからきっとモフモフのヨチヨチですよ!」

 ふふふとフラミーは口元に手を当てて嬉しそうに笑っている。

「可愛いのいたら一匹くらい連れて帰りますか?」

「わぁいいアイデア!でも、生き物って途中で飽きちゃうんですよね。」

「飽きたら牧場に返してスクロールにしたら良いじゃないですか。」

「なるほど。やっぱりアインズさんて頭良いですよ!」

 慈悲深い神々は和やかに笑った。

 

 ひとしきり笑うと、不意に訪れた無言にアインズは心地よさを感じた。

 寝られるとしたら寝てるな、と目を閉じる。

 

「アインズさん。」

 

 目を開けフラミーを見ると伸ばしていた足を体に引き寄せて抱えて座っていた。

 

「毎度の事ながら…今回も本当、私役立たずで申し訳なかったです。」

 アインズも片膝を引き寄せると膝の上で手を組んだ。

「いいえ。いつも充分役に立ってますよ。」

「いつも?」

「いつもです。主に俺の気持ちが支えられてます。」

 それだけ言うとアインズは再び目を閉じた。

 

「優しいんですね、鈴木さん。」

 

 アインズはつい教えてしまった懐かしい名前にふふと笑いを漏らした。

 

「なんせ、少しだけお兄さんですからね。」

 

+

 

 聖王国にゴーレムの馬で乗り付けたクレマンティーヌとレイナースは小さな神殿に向かっていた。

 エ・ランテルや神都では馴染みになり始めていた亜人の闊歩する様子に何の違和感も持たずにズンズン進んでいく。

 街の人々は「バラハ様と同じ鎧だ」と二人を噂した。

 その腰にはルーンの刻まれた見事なスティレットと、これまたルーンの刻まれた劔が下げられていた。

 神殿前に着くと、二人はひとつ頷き合ってから中に入る。

 

「ちわー!ネイア・バラハちゃんいるー?」

 クレマンティーヌの呼び声に、一番前のベンチに座っていた少女がビクリと肩を震わせた。

「バカ。神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国が紫黒聖典。ネイア・バラハですわね。」

 レイナースの声に恐る恐る、その少女はベンチから立ち、振り返った。

「あ、あの…ううん。しっかりしなきゃ。神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下と光神陛下の命により、新たに紫黒聖典へ入りました!ネイア・バラハと申します!よろしくお願いいたします!先輩方!」

 ネイアはパッと頭を下げ、自信に溢れた顔を上げた。

 

 クレマンティーヌとレイナースは微笑むと視線を通わせ、ネイアに近付いた。

「よろしくー!私は疾風走破、クレマンティーヌ・ハゼイア・クインティア。一応隊長って事になってるからちゃーんと言うこと聞いてねー!」

 猫のように笑うクレマンティーヌとネイアは握手を交わした。

「私は重爆、レイナース・ロックブルズ。帝国で騎士をしていたの。この破茶滅茶な隊長の下にたった一人で困ってたわ。新しい人が入って嬉しい。よろしくね。」

 レイナースも美しい顔を露わにして握手した。

「クインティア隊長も、ロックブルズ副隊長も、と、とっても美人ですね!」

 ネイアのその言葉に二人はきょとんとすると、笑い出した。

「ははは、あんた面白いねー!クレマンティーヌでいいよ!」

「ふふ、私もレイナースで良い。ネイア・バラハ、流石に陛下方に見込まれただけあるわ!」

「あ!わ、私もネイアでお願いします!」

 ネイアは新しい姉二人にわしわしと撫でられながら、この二人とならうまくやっていけそうだと思った。

 

+

 

 冷たい尖塔の頂上に、大罪人はいた。

「頼む、頼むカルカ…ケラルト……。」

「ダメよ。フラミー様はあなたが罪を償う必要があると仰った。」

「せめてここを出してくれ!!ここは嫌なんだ!!」

 これまでレメディオスはいつも自分は悪くない、王兄の言う通りにしただけだと言い続けていた。

 しかし、ここ数日は狂ったように――

「影から、影から悪魔が出てくるんだ!!本当なんだ!!あいつらはお前達が居なくなると出てくる!!」

 そればかりを言い続けていた。

 

「姉さん、お願い。これ以上嘘をつかないで。罪は償えるんだから…。」

「嘘じゃない!!本当にここには悪魔が住んでるんだ!!」

 すると、カルカの後ろにおぞましく蠢く影が膨らんだ。

「おい!!カルカ!!後ろに奴がいる!!」

 カルカをその悪魔から守ろうとレメディオスは牢から手を伸ばし、その身を突き飛ばした。

 勢いよく尻餅をつくと、カルカは痛みに尻をさすった。

「姉さん!!カルカ様にまで!!」

「……私は悲しいわ…。ケラルト、今日はもう行きましょう。」

 二人は心底悲しそうに一度振り返ると、出て行った。

 

「違う!違うんだ!!信じてくれ!!カルカ!!ケラルトー!!!」

 虚しい叫びに影の悪魔(シャドーデーモン)達はゲタゲタと笑い声を上げた。




次回 #58 閑話 おいでよ!デミウルゴス牧場
閑話なので12:00更新です!

あああツアーきちゃう、ツアーきちゃうよお。
プレイヤー絶対殺すマン。

その前に現在の神聖魔導国の状況です!

【挿絵表示】

挿絵師ユズリハ様より頂戴いたしました!
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