眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#58 閑話 おいでよ!デミウルゴス牧場

 蒼の薔薇と別れたアインズとフラミーはゴーレムの馬が引く馬車でデミウルゴスの牧場に着いた所だった。

 

「アインズ様、フラミー様。よくぞいらっしゃいました。」

「いらっしゃいませぇ、アインズ様ぁ!フラミー様ぁ!」

 跪いて迎えたのはデミウルゴスとエントマ、そして牧場勤務の悪魔達だ。

「うむ。邪魔をするぞ。今日は案内よろしく頼む。」

「は。その前に、アインズ様、フラミー様。聖王国への長期滞在誠にお疲れ様でした。見事聖王国も手に入り、お二人の素晴らしいその手腕とアインズ様の慧眼にはこのデミウルゴス日々瞠目しておりました。」

 その言葉にアインズとフラミーは少し気まずそうに目を合わせた。

「は、はは…私は何もしてないですし、南も何だかまだですけどね…。」

 ポリとフラミーは頬をかいたが、デミウルゴスは心底不思議そうに首をかしげていた。

 アインズは気付いた、これは放っておけばいい奴だと。

「そうだろう。何、後は任せたぞ。」

「は。聖王国のその後もお任せ下さい。――それにしても、フラミー様は御髪を切られたのですね。」

「あ!解ります?ふふ、アインズさんが切ってくれたんですよ!」

 嬉しそうに前髪を触るフラミーの様子に、アインズは聖王国で頑張った自分を心の中で褒め称えた。

「さようでございますか。長いのもお美しかったですが、今の長さがやはり一番お似合いになりますね。」

「あ、ありがとうございます。」

 フラミーはそういうとはにかみながらデミウルゴスを見上げた。

「んん。さて、それでは案内してもらおうかな?」

 アインズはよくそんなに褒める言葉がスラスラ出ると感心しながら、建物へ向かった。

 

「簡単に牧場内のご説明を申し上げますと、飼育、繁殖、皮剥、飼料作成の四プラントと飼育員小屋に分かれておりまして、まず最初の部屋ですが――。」

 デミウルゴスの説明半ばで、フラミーが杖を落とした音がガランッと大きく響いた。

 アインズは一瞬自分が杖を落としたかと焦ったが自分ではなかった。

 周りからは啜り泣く羊の声が聞こえてくる。

 羊達は皆裸にさせられ、腰骨のあたりに横向きの線がぐるっと入っていて、シャツの前身頃と後見頃を縫い合わせるかのように腰骨の線から脇下までも線が入っていた。

 その姿は一瞬タンクトップを着ているようにも見える。それはこれまで効率よく大きな形で皮を剥がれて来た傷痕だ。

 羊達はデミウルゴスの来訪に心底怯えているようだった。

 しかし、フラミーを見た羊達は一斉に檻の中を移動し始めた。

「天使様!?」「天使様!!」「お助け下さい!!」「お助けを!!」

 フラミーは呆然と立ち竦み、羊達を前に何とか声を絞り出そうとしていた。

 

「ひ、ひつじ………。」

 

 愕然としたフラミーの声に、デミウルゴスはまさかという顔をしてアインズと視線を交わし、さっと片膝をつくとフラミーが落とした杖を拾い、その前に差し出した。

「フラミー様、ここではローブル聖王国の両脚羊を飼って――」

「羊じゃないです!」

 フラミーは少し強い口調でデミウルゴスを咎め、アインズに向き直る。

「アインズさん、これ知ってたんですか?」

 アインズは知らなかった。

 しかし、知りませんでしたと言える立場にないため沈黙を送るしかなかった。

「知ってたなら…っ何で教えてくれなかったんですか!」

 そう言うとフラミーはダッと駆け出し出て行ってしまった。

 

 いなくなってしまった天使に再びの降臨を願い羊達は激しく泣き出した。

 

 デミウルゴスは呆然と杖を掲げたまま呟いた。

「フラミー様…。」

 その耳には羊達の喧騒は入っていないようだった。

「…デミウルゴスよ、お前はよくやっている。立ちなさい。」

 その声に我に帰ったのかデミウルゴスはゆっくりと立ち上がった。

「困ったものだな。エントマよ。人間共を黙らせここで少し待っていなさい。行くぞ、デミウルゴス。」

 アインズは初めてその種族の名を口にした。

 二人は牧場の外へ出た。

 

 アインズも別に人の皮を好きだとは思わない。

 しかし、別段気持ち悪いとも思わないし、正直それらを目の当たりにして出た感想は「別にどうでもいい」だった。

 アインズにとって最も大切なギルドメンバーであるフラミーの暮らすナザリック地下大墳墓のためであるならば、人間達がどうなろうと関係ない。

 もっと人間を連れてくれば、よりナザリックの為になると言うのであれば迷いなくおかわりを連れてくる事もできる。

 かつては人間であったが、この体になってからは大した親近感を覚えず、まるで虫や魚などの別の種族のように突き放して考えられた。当然、関わった者にはペットの犬や猫へ向けるような想いを抱きもするが。

 これは肉体の有無と性差だろうか。

 

 プラントの外は涼しい風が吹き渡り、海のように草原を波打たせた。

 フラミーは少し離れたところで草原に一人ぺたりと座っていた。

 正座を崩したように座るその背中は何も知らなかった自分を恥じているように見えた。

 

「フラミーさん。」

 アインズは極力優しい声で話しかけた。

 デミウルゴスは無言でフラミーの杖を持ってついてきていた。

「フラミーさん、デミウルゴスも悪気があったんじゃないんですよ。」

「悪気があるとか悪気がないとか…そんなの…。」

 アインズはデミウルゴスをちらりと見るが、じっと押し黙っていた。

「フラミーさん、ナザリックの為なんです。」

「ナザリックの為ってなんですか!アインズさんもデミウルゴスさんも…信じらんないです…。」

 フラミーは本当にもう嫌だといったような雰囲気で吐き捨てた。

 

「あんなに大量の人間を…。」

 言い辛そうにするフラミーに、アインズは隣に座って翼をさする。

 二人の斜め後ろに立っていたデミウルゴスは、背中に語りかけた。

「フラミー様が人間種をそこまで特別にお考えだとは思いもしませんでした。私の落ち度です。申し訳ございませんでした。」

 その声は悔恨と恐怖に震えていた。

 

 しかし、フラミーの続く答えは――

「人間種どうこうじゃないです。毛の生えてない生き物全般です。それをどうして全裸で飼うんだって話をしてるんです…。」

 二人の想像とは少し違った。

 

 アインズの視界の端に写るデミウルゴスはメガネがずれていた。

「んん。フラミーさん?」

「アインズさんだって、私がこの世界の全裸になりたがる人間達がイヤって知ってたのに。あんなに大量の裸の人間…。」

 やはりフラミーも歪んだカルマを持っていた。

「あ…その…すみません…。」

 とりあえずアインズは謝った。

 

 デミウルゴスはアインズと反対側、フラミーの斜め前に出ると、膝を地面につけ恐る恐る顔色を伺いながら杖を差し出した。

「フラミー様… こちらを…。」

「あ、ありがとうございます…。」

 フラミーがそれを受け取り軽く礼を言う姿にデミウルゴスは心底安心した。

「デミウルゴスさんも…何で裸で毛の生えてない生き物飼ってるのに裸で飼育してるって教えてくれないんですか…。」

「は。ご不快なものをお見せ致しました。申し訳ございません。早急に両脚羊に布を与えるように僕達へ伝達してまいります。」

 そういうとデミウルゴスは軽快に走って牧場へ戻って行った。

 

 アインズが呆然とデミウルゴスの背中を見送っていると、フラミーは怒り出した。

「やっぱり、ナザリックの為にって。アインズさんが今までの人達皆裸にして来たんじゃないですか!せめて裸の人間がいるって教えて貰えてたら、心の準備だってできたのに!」

 顔を赤くして怒るその横顔に、アインズは無性に笑いが込み上げた。

「は、はは…ははは…ははははは!」

「ひぇっ。」

 フラミーは翼をさすってくれていたアインズから少し離れた。

「はは――ちっ、抑制されたか。そうですよね、いつも何で裸になりたがるんだって怒ってましたもんね。」

「怒らない方がおかしいです。」

 腕を組んで頬を膨らませたフラミーはふんっとアインズから顔を逸らした。

「ははは、本当ごめんなさい。気持ち悪かったですか?」

「気持ちいい訳ないじゃないですか!私、まだ、男の人の裸はニグンさんとンフィーレア君しか見たことないし…アインズさんと違って私…私…。」

 フラミーは膝を抱えると顔をそこに埋めてしまった。

「あー…ちょっと待って下さい?俺もニグンとンフィーレアくらいしか他人の裸は見たことないです。」

 何も言わないフラミーが不名誉な想像をしていることをアインズが感じていると、デミウルゴスが走って戻ってきた。

 

「お待たせ致しました。全員に陰部を隠すように指導が済みましたので、今度こそご案内いたします。」

 座る二人の前に跪き告げる悪魔を、フラミーは膝に顔を埋めたまま侮辱した。

「デミウルゴスさんの変態。」

「え!?そんな、違うんですフラミー様。」

「じゃあ何で裸で飼うんですか。」

「お、お聞きください!羊達は身に付ける物を与えるとそれで自傷行為や自害を行おうとします。ですが、簡単に脱げないものを着せれば汚してそこから湿疹ができ羊皮紙の生成に問題が起こりますし、かと言って日々新しい布を与えるのもコストの面でナザリックの負担になりかねません!それに毛の生えた動物では毛を毟る必要もあり人手も時間も必要です!」

 驚くほど早口でスラスラ出てくる人間を飼う理由にアインズはなるほどと心底納得した。

 

 ようやくフラミーが膝から顔を上げるとデミウルゴスは戦々恐々と言った雰囲気でゴクリと喉を鳴らした。

「それは…仕方ないかも知れません…。」

 ようやく納得したフラミーにアインズもデミウルゴスも安堵のため息をついた。

 

 デミウルゴスは立ち上がるとフラミーに手を差し出した。

「お、お分りいただけてようございました…。さぁ、お手を。」

 差し出されるデミウルゴスの手を取って立ち上がると、手を預けたままフラミーは気まずそうに下を見た。

「すみませんでした、出てきちゃって…。」

「とんでもございません。先程申し上げました通り私の配慮不足でございました。」

 

 フラミーは万華鏡ような瞳でちらりとデミウルゴスを見上げた。

「怒ってない?」

「あ…――くっ…!」

 その瞳を間近で覗き見たデミウルゴスは顔を抑え、うんうんと無言で頷いた。

「ほら、行くぞ。俺は怒った。」

 アインズも立ち上がると、空いているフラミーの手を取って牧場に向かった。

 

「あ、アインズさん、変態か疑ったから怒ったんですか?あの、アインズさん?アインズさんてば。」

 無言で歩く支配者をフラミーは何度も呼んだ。




あーなんだフラミーさんそっちですか。
安心しました〜。
もっとヘゔぃーな方が良かったですかね笑

次回 #59 閑話 だってだって両性具有だもん

あ?嫌な予感のする次回予告だって?
ひひひひひ。

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