#60 世界の敵
蒼の薔薇は聖王国から王都に帰国するまで飽きる事なく話し合いを行っていた。
「私は、エ・ランテルか神都で冒険者をしたい」
イビルアイは沈黙が訪れるたびにそう言っていた。
「気持ちは分かるけど……」
「ラキュース、俺は別に良いぜ。エ・ランテルならお姫様もいるし、お前も結構楽しいんじゃねーか?」
ガガーランは丁度王都に飽きてきたタイミングでのイビルアイの提案に前向きだ。
「当然私も構わない」
「勿論私も構わない」
双子は別にどこでも構わないようで、王都を離れ難く思っているのはラキュースだけだ。
実家もあり友人もいる、そんな王都はやはり特別な場所だ。
しかし、皆もう親元を離れて立派にやっている。
リーダーの自分がこんな調子で良いのだろうか、ラキュースは悩んだ。
「……ごめん、両親に確認させてもらっても良いかしら。場所は神都よりもエ・ランテルが助かるわ」
「勿論!ありがとうラキュース!!あぁ、これで私はまた神王陛下のお側にいける!!」
イビルアイは興奮したように立ち上がった。
「何だよ。魔導国の冒険者組合のシステムが良いとかなんとか言っておきながら結局それじゃねーか」
「んな!う、うるさい!!それもこれもだ!!」
やれやれと全員が首を振った。
帰路に吹く風はもう春の香りを運び始めていた。
「ツァインドルクス=ヴァイシオン。久しいな」
アインズは相変わらず練習をしていた。
この一週間は氷結牢獄に手足をもいで放り込んだままの
隣に入れられているアルベドがブーブー言うのを聞きながら。
六大神のギルド武器を破壊して以来魔力の底が未だに見えないので、以前は駆け足に眺めた記憶だったが、じっくりと隅から隅まで舐めるように確認した。
知りたいのは、ギルド武器の他に
司書ティトゥスの書き起こした記録書はフラミーが読み漁っていたが、「難しい言葉が多くて小学校中退の限界を感じる」と嘆いていた。
辞書を引きながら読んでいる姿はさながら受験前の学生だった。
すると寝室の扉がノックされ思考の海から引き戻された。
「アインズ様。フラミー様と守護者の皆様がいらっしゃいました」
「そうか。今行く」
アインズは寝室を後にし、謹慎のとけた統括と守護者の中で少し緊張した様子でなにかを話す紫色の悪魔に手を振った。
「お疲れ様です。フラミーさん」
「あ、アインズさん。お疲れ様です!」
柔らかに微笑んだ顔に動かぬ顔で笑い返す。
「さて、お前達もよく来たな」
守護者達は揃って膝をついた。
「パンドラズ・アクターよ、首尾はどうだ」
「は。このパンドラズ・アクター、既にフラミー様と全守護者へ
珍しく落ち着いた様子で返事をするパンドラズ・アクターにアインズは鷹揚に頷いた。
「宜しい。特に
「この宝物殿が領域守護者、パンドラズ・アクター。全て心得ております、アインズ様」
身振りも口振りもいつもより抑え目なその姿に、アインズはやれば出来るじゃんと嬉しくなる。
本人はきちんとTPOを弁えられるので今はこのくらいかと加減しているのだが。
「信じているぞ、パンドラズ・アクター。さて、今一度最終確認を行う。相手は八欲王のギルド武器を持っている。それを気持ちよく献上させるのだ。その為にも友好的に、建設的な話し合いを行おうではないか」
守護者達は頷き、さらなるギルド武器の破壊に思いを馳せた。
「よし……──舌戦だ!!」
蒼の薔薇はホームを変更して三日、宿屋ではなく一区のコンドミニアムに住み始めた。
エ・ランテル中で最も高い家賃だと知られるそれの一番広い部屋は、リビングルームとダイニングルーム、寝室六部屋にそれぞれドレスルームとシャワールームのついた贅沢な作りだ。
これまで宿屋生活だった為、殆ど荷物を持たない女五人は買い物に出ていた。
東二区は活気に満ち溢れている。
「センタクキやレイゾウコも帝国より安いみたいね、すごい」
感心し切っているラキュースの呟きにガガーランが頷きながら応える。
「なんせあのフールーダ・パラダインが中枢にきたんだ。帝国の魔法技術が丸っと流れて来てるだろうな」
見渡すのは
「本当にエ・ランテルは未来都市だな……」
「なぁイビルアイ。お前ちゃんとネイアに手紙出したか?ホーム変わったって」
「あぁ。今日闇の神殿の近くで出す予定だ。空輸便がちょうど聖王国に向かって出ると聞いたからな」
「本当は陛下を見に闇の神殿に行きたいだけ」
「神様はそんなに暇じゃない」
「う、うるさい!うるさい!!そのくらい良いだろ!!」
双子の冷やかしに仮面の下が赤くなっていくのをイビルアイは感じた。
「──インベルン」
背後からかかった本当の自分の名前を呼ぶ声に少しの敵意を持って振り返ると、そこには馴染みの──かつて共に命を懸けて戦った
「な、お前どうしてこんな所に?」
「ふふ。元気そうだね。まぁ元気なのはリグリットに聞いていたけれど」
蒼の薔薇の面々が何者かと少し身構えていた。
「皆、こいつはリグリットがよく話しているツァインド──いや、ツアーだ。怪しいやつじゃない」
それを聞くと面々の頭から警戒という言葉は消えた。
「あなたがあのツアー様。私はラキュースです。一度はお会いして見たかったので光栄です」
「俺はガガーランだ。良かったら一緒に寝てくれ」
「ティア」「ティナ」
善良な心を持つ、この世界で生まれた冒険者達を眩しく感じながらツアーは手を挙げ応える。
「そうかい、よろしく」
「それで、お前何やってるんだ?街なんかに来て珍しいじゃないか!」
「あぁ。ちょっとここの神様に用があってね。リグリットが来てから謁見に──」
「なんだと!!!」
ツアーはイビルアイの変貌ぶりに驚くと、心の中で確信に近い何かが生まれた。
「私も、私も連れて行け!!いや、連れて行かなかったらお前の兜を外す!!」
「な、どんな脅しだい。しかし、そうは言っても二人で謁見と言ってしまったんだ。君も行けるかは──」
「行けるかどうかじゃない!!行くんだよ!!」
イビルアイがアインズの何かを掴んだのか、もしくはアインズとイビルアイの間で何かが起きたのか。
「……わかった。三人で行こう。ダメだと言われたら悪いけど、僕は絶対に聞かなきゃいけない事があるから我慢して貰うよ」
「わかった!!最悪リグリットに変わって貰うさ!」
イビルアイはクゥー!と両の拳を握り、仲間達に背中を叩かれて激励された。
「……君達は、アインズとフラミーと何かあったのかい?」
すると、行き交っていた街の人々がピタリと足を止め、ツアーを見た。
その瞳はなにかを期待するようなものと、怒っているようなものの二種類だ。
「ツアー様、あまりそのような呼び方は……」
ラキュースは越して来たばかりのこの街で早速の厄介ごとは御免だ。
「お前の鎧は目立ちすぎる。お前を守護神か何かかと勘違いしてる者がいるな。兎に角ここを離れよう」
イビルアイの言葉に頷きながら、魔導国では従属神を守護神と呼ぶ事を覚えた。
そして、街の人々は守護神に恐れを抱いているのかもしれないと心のメモに書き留める。
南広場と呼ばれる川の通ったそこで、リグリットは合流した。
「なんじゃなんじゃ。お前達皆揃いも揃って」
やれやれと言う具合に現れた老婆に蒼の薔薇が手を振る。
「リグリット!お前今日謁見すると聞いたぞ!何で私に連絡しないんだ!」
「何でも何も、お前さんずっと王都におらんかったろう」
イビルアイはそうだった……と呟いたまま何かを考え始めたのでガガーランが変わった。
「一月程聖王国に行っててよ。悪魔をしょっぴいて来た所だったんだ」
なるほどと頷く老婆は旅をしていると近頃よく耳にした話を思い出した。
「あそこは確か悪魔、グラトニーだったか?それを亜人達が召喚したと騒ぎになっておったの」
「あぁ。そう言うわけだ」
ツアーも悪魔騒動は小耳に挟んでいた。
亜人の王達が強大な悪魔の召喚を行い、人間の国家を巨大な牧場にしようとしたと言う話だ。
「そうかい。解決したとは知らなかったな。君達は本当に腕が立つ」
ツアーの言葉にイビルアイは首を振った。
「いいや、私達だけじゃないさ。あのグラトニーは正直私では敵いそうになかった。あれはきっと魔神を上回る」
ツアーは竜の目に剣呑な輝きを宿した。
「それで、そんな化け物は今どうしてるんだい」
「それは──」
ゴーンゴーンと闇の神殿に設置されている鐘が鳴り響き、イビルアイは言葉を遮られた。
皆顔を上げその音の鳴る方へ目を向ける。
魔導国では神殿に鐘が設置され、朝、昼と夕暮れ時の三度鳴らされる。
余談だが三度目の鐘以降はなるべく働かないようにと神王よりお達しが出ていた。
「時間だ。じゃあ、悪いけど蒼の薔薇はここで」
ツアーがそう言うと、イビルアイ以外は皆心得たと頷いた。
「私達も神殿の前まで行きます。イビルアイが暴れ出さないか心配ですし、外で待ちます」
ラキュースの言葉に、ツアーはぷれいやーとの開戦を覚悟した。
「両陛下が御成になります」
セバス・チャンを名乗る従属神──いや、守護神が通達すると、蒼の薔薇とリグリットは素直に膝をついた。
しかし──「悪いけど僕はそう言うことはしない主義なんだ」
「おい、ツアー!」
イビルアイが咎めるように名を呼ぶ。
「仕方ありません。アインズ様とフラミー様がそれでお怒りになるようでしたら、私も共に叱責されましょう」
この守護神は善なる者だ。
その優しさは一週間前に謁見を聖堂入口の女性に頼んだ時から気付いていた。
誰にでも優しく、紳士的なこの老人を生み出す"アインズ・ウール・ゴウン"に感心しながら、あの邪悪な気配を纏い人と魔の間で葛藤しているであろう"アインズ・ウール・ゴウン"を警戒する。
十三英雄にいたリーダーは同じぷれいやーを殺した事を悔やんで死んで行った。
取り残されるえぬぴーしーは魔神になる。
善なる者と悪なる者に道が別れる事があれば、何度でも同じ過ちは繰り返されるだろう。
「悪いね、セバス君」
「いえ。同族のよしみですよ」
ツアーは目を細め、相手がどのような存在か確かめた。
「──……そうか、君は竜人か」
その言葉にセバスはニコリと笑った。
そして闇が開く。
守護者達が
「……アインズさん」
「ん?どうしました?」
「あのツァインドルクス=ヴァイシオンて人、すごく怖いです」
相手はこの世界最強の竜だ。
恐ろしいと感じ無い方がおかしいかもしれない。
しかしアインズはなんでもないといった顔をした。
念のため全員に
「大丈夫です。初めて会った時だって、友達の友達なのかって友好的だったじゃないですか」
「そう……ですよね……。ねぇ、アインズさん」
アインズは黙って続きを促す。
「もし、またモモンガさんの名前を聞かれたとしても、絶対に言わないでおきましょうね?もし、またあの
「大丈夫、言いませんよ。安心してください。さ、皆が待ってます」
アインズはいつものようにフラミーの手を取り歩き出した。
「ツァインドルクス=ヴァイシオン。久しいな」
「やぁ、アインズ。それにフラミー」
周りの守護神から今にも溢れ返りそうな怒りを感じる。
隠そうとしてもドラゴンの鋭敏な感覚は騙せない。
「わざわざ会いに来てくれた事にまずは礼を言おう。此方も丁度聞きたいことがあったんだ」
「そうかい。それに答えるかは、僕の質問に、僕の望む答えを君達が言った場合のみ考えるとするよ。
あからさまに喧嘩腰なツアーの様子にイビルアイとリグリットは焦っていた。
「や、やめるんじゃツアー。一体お主どうしたと──」
「リグリットは黙っていてくれるかな。アインズ、僕はこの世界を何百年と見守ってきた。いや、百年という単位よりももっと長いかもしれない。その中で、君達ぷれいやーはいつも強大な力を持つことを自覚せずに現れ、世界に大なり小なり手を加えた。だからこそ、僕は今一度君達に確認しなくちゃならない」
アインズもフラミーも口を開かずに耳を傾けた。
「君達は、子供と仲間と言う領域を侵されなければ世界を蹂躙しないと今一度誓えるかな。君達の最も信じるものに」
「あぁ、誓えるとも。当然だろう」
何を隠すでもない、真っ直ぐな返事だ。
「じゃあ、もう一つ。君達は、世界に協力する者かな」
「それも以前も聞かれたな。私達はいつもそうありたいと思っているよ」
イビルアイとリグリットはツアーの後ろで最早笑顔を交わしていた。
「しかし」
その声に、今一度全員が目の前の死を見つめ直した。
「いつか自分達の欲求を抑えきれない者達によってこの空も自然も何もかもが破壊されてしまう時が来るだろう。私達は例え世界を停滞させてでもそれを止めなければならない。それが、世界に協力すると言う言葉に、もしも、そう。もしも反するとすると言うならば──
私達は、世界の敵かもしれんな」
アインズはニヤリと笑った。
次回 #61 竜王との闘い
うわーやばいよやばいよー
来ちゃったよー
2019.05.31.21:20フラミーさんの行方は投票にすることにしました!
誤字りましたけど…笑(くっつけ→くっつけろ
アンケート開始です!
2019.06.01 ニノ吉様 誤字の修正をありがとうございます!適用しました!
2019.06.01 すたた様 誤字の修正をありがとうございます!適用しました!
フラミーさんの運命やいかに…!!
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アインズ様とプレイヤー同士愛し合え!!
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デミデミの恋を成就してくれ!!
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二人の間をのらりくらりで決着つけるな!
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ハーレムこそ正義!二人をくっつけ!