アインズは神官長達や全ての聖典をエ・ランテルに呼び、光の神殿にて早急な復旧復興会議と、評議国・竜王対策会議を開いた。
そこには行政官の
「最悪、竜王達を滅ぼすことになるかもしれん。最初に私は全ての生あるものを神聖魔導国へと言ったが、恐らくそれはもう叶うまい。」
慈悲深き王の嘆きは深かった。
「陛下。ツァインドルクス=ヴァイシオンはこのまま我が国に戦争を仕掛けてくるでしょうか。」
急遽呼び戻された漆黒聖典隊長の声音は、侵略者への敵意が強く現れていた。
「無いとは言い切れん。ナザリック全軍を以ってそれを壊滅に追いやろうとは考えているがな…。」
「いえ。神々の兵を出す前に、我々が命を賭して戦い抜きます。」
神官長や行政官が即座に同意を示す。
「そうです。国民からも徴兵したとしても誰も文句は言いますまい。」
「陛下、宣戦布告を!」
「評議国にかける情けはありません!」
徐々に白熱し始める部屋の中、アインズは手を挙げてそれを止めた。
「落ち着け。まだ戦争と決まったわけではない。何にしても、
その手に骨の手を重ね、問題ないと伝えるように甲を軽く撫でた。
「アインズさん、国内での兜の常なる着用を一時的に禁止しましょうか。」
「そうですね、不可視化で入り込まれる可能性もありますし…。」
今国内は
速記のリッチが一言一句漏らさないように議事録を残していく。
ただ、如何に対策を話し合ったところで、常に不可視化されればこの世界の者達には見つけられないだろう。アインズは一つため息を吐くと全員の顔を見回した。
「兎に角万一それが現れたら、即座に身近な守護者か
控えていたセバスが声をかけた。
「アインズ様とフラミー様がナザリックへお戻りになります。全員、礼。」
ザッと揃った礼を背にアインズ達が立ち去ると、皆ガヤガヤと評議国のこの度の侵略行為について話し合った。
セバスは万一の事を考慮し呼び出されるまではそのままエ・ランテルに残った。
リグリットとイビルアイは重要参考人として会議に招致され、
ただし、最後の友情としてどこに住んでいるかは二人とも知らぬ存ぜぬで通し、決して口を割ることはなかった。
二人は胸の中で、ツアーがアインズ達に接触しなければ何とかなると信じたのだ。
いや、そう信じたかった。
「しっかし信じらんないねー。普通人の国来て王様襲う?」
流石のクレマンティーヌとレイナースも竜王の横暴さには呆れ返っていた。
「本当に。何を考えてるのかよくわからない人だわ。うちの国でも
そう言うレイナースの隣で、ネイアは神王と別れてたった数週間で、それもこんな形で再び神の嘆きを聞くとは思いもしていなかったため胸が苦しくなっていた。
「先輩方…私では陛下方の嘆きを止めることはできないのでしょうか…。」
胸の痛みに手を当てて震えるネイアに、イビルアイがリグリットを伴って近付いた。
「ネイア…私達の落ち度だ…。神聖魔導国の皆様には何とお詫びしたら良いか…。」
心底申し訳なさそうにしているが慰める者はおらず、それどころか針のむしろだ。
誰もが共に謁見を申し込んだこの愚かな二人を強く憎み、敵意を向けた。
特に最高神官長と闇と光の神官長、クアイエッセ、そしてニグンは剥き出しの怒りを隠そうともせず、その波動は空気を赤く染めるかのようだ。
「リグリット・ベルスー・カウラウともあろう者が、よもや陛下に仇為す存在をわざと連れて来たりはしていないでしょうね。」
クアイエッセは老婆をぎらりと睨む。
十三英雄だか何だが知らないが、この国にはそんな者すら容易に凌ぐ精鋭が揃っているのだ。
「わしもあいつがまさか…あれ程までに陛下を拒絶するとは思いもしなかったんじゃよ…。」
そう言うリグリットをフールーダはヒゲを扱きながら、ほんの少しざまあ見ろと言うような空気を含む視線を送った。
「陛下の崇高なるお考えには触れようとしなければ触れられはすまい。リグリット・ベルスー・カウラウ。お主今後闇の力を陛下より剥奪されてもおかしくはない状況だと分かっておるのかのう。」
リグリットは手を握りしめ頷いた。
「あぁ…お許し頂けた事に心から感謝しておるよ…。」
「ふん。しかし、陛下方は流石でいらっしゃる。もう相手の手の内は分かったから二度と遅れを取ることはないと仰った。わしも間近で見たかったのう…。」
フールーダはつい先程まで聞いていた神々の英姿を気持ちよさそうに思い浮かべた。
神官長と行政リッチを残すと会議は漸く解散した。
紫黒聖典は聖王国を現地の者たちに任せ、暫くはエ・ランテルに留まることになった。
「あーぁあ。つまーんなーい。評議国と戦争になったら喜んで行くってのにさー。」
クレマンティーヌは悪魔狩りを心底楽しんでいた。
悪魔は悪魔を呼ぶようで、南部はすっかりかつての北部のような様子になり始めていた。
しかし悪魔によって新たに作られた捕虜収容所の解放を行う際、クレマンティーヌは何の躊躇もなく人質を殺し、見事一つの収容所につき一人の犠牲で抑えた。
ネイアはその姿に訓練された神聖魔導国の英雄の素晴らしさを、大罪人レメディオス・カストディオと比べ心底尊敬し憧れていた。
そして一見滅茶苦茶に見えるクレマンティーヌが何故隊長に据えられて来たのかレイナースは漸く納得したのだった。
「あ、あの先輩方。私、神殿にまだ用があるんで、先にご飯食べてて下さい。」
その声に姉二人は振り返ると、今出てきたばかりの神殿とネイアを見比べた。
「今は祈りを捧げても流石の陛下方とは言えお聞き届けいただけないと思うわよ?」
レイナースの声にネイアはプルプルと首を振ると、少し恥ずかしそうに神殿への用事を告げた。
「ち、違うんです…。オシャシンを買いたいなって思って。」
「あーそっかー。あんたまだ持ってなかったんだっけー?私なんか陛下方のところだけ切って持ち歩いてんだー。もちろんレーナースも切り捨てたよー!」
キャハッと可愛らしく笑うクレマンティーヌをレイナースはゴチンと叩いた。
「はいはい。――ネイア。そのくらい付き合うわ。行きましょう。」
「っつー!!もー!!本当に!!」
流れ出てきた陽光聖典と漆黒聖典を掻き分けて神殿へ戻っていくと、クアイエッセがすれ違いざまクレマンティーヌに声をかけた。
「クレマンティーヌ。陛下より隊長の任を預かったんだろう。陛下に恥をかかせないでくれよ。」
「ははは、全くだな。」
好き勝手言う巨壁万軍と兄をギッと睨むとクレマンティーヌはぶーぶー文句を言いながら神殿に戻った。
「うっさいわねー。わーってるわよ。んなこと。」
「はは、クレマンティーヌ先輩はずっと漆黒聖典にいたんですもんね。」
「ネイア。ずっとじゃないわよ。こいつは漆黒聖典抜け出して変な宗教やって陛下に殺すって言われたこともあるんだから。」
「う、うるさい!!レーナースなんか神王陛下に光神陛下へ指図するように頼んだ癖に!!」
皆何かしら神に無礼を働いた事がある様子の紫黒聖典は、周りの聖典からは世話の焼ける妹達と言う視線で見られていたのだった。
「あ、セバス様。」
ネイアは初めて神に謁見した日、誰なんだろうと思っていた守護神に駆け寄った。
守護神の守護階層やその役職は聖典に入ると必ず叩き込まれる。
「これはバラハさん。何かお忘れですか?」
「はい!あの日の忘れ物を!」
ネイアの瞳にセバスは何を言わんとしているかピンと思い当たった。
「ふふ、何枚にしますか?」
「お父さんにもあげたいんで、取り敢えず三枚づつお願いします!それとは別に北部の神殿に頼まれたので別の会計で五百づつお願いします!」
クレマンティーヌとレイナースは知らない間に後輩が頼まれていたお使いに、やはり聖王国はこの子が中心になるのが一番だと思った。
「それはそれは。神殿に持ち帰る分はフロスト便でお送りしておきましょう。輸送費は私が持ちますよ。頑張って至高の御方々のお役に立って下さい。」
神々自ら生み出した守護神に激励されると、ネイアは喜びに顔を赤くしてぺこりと頭を下げた。
玉座の間には大量の異形が集まり、今後のナザリック防衛についての話し合いがなされていた。
「ですので、急ぎ囮となるナザリックをどこかに作るのがよろしいかと思います。相手は旧カルネ村付近でうろついていたという市民からの報告もありますし、カルネ区から遠くも近くもないような位置で。」
デミウルゴスの提案に誰もが賛成した。
「良いだろう。ではアウラ、マーレよ。二人でトブの大森林に架空のナザリックを生み出せ。ただし、入り込まれた時の為に真のナザリックとはある程度違いをつけろ。三階層まで作れば充分だ。」
双子は深々と頭を下げた。
「完成したらパンドラズ・アクターは私と共にアンデッドを呼び出すぞ。いいな。」
「畏まりました。アインズ様。」
優雅に手をくるくると回して腹に当てると、頭を下げた。
「…よし。それでは解散、ん?」
玉座の間では相変わらず何も言わなかったフラミーがアインズの隣でおずおずと手を挙げた。
「どうしました?」
「あの、アインズさん。今後きっとあれはまた襲ってきますよね。」
フラミーの疑問にアインズは首を縦に振った。
「そうなると思います。」
「そうですよね…始原の魔法はかつてプレイヤーを幾度となく殺してきた…。」
確かめるように魔法の情報を口にした。
アインズは何か思いつめているようにも怯えているようにも見えるフラミーを手招き腕を開いた。
「大丈夫ですよ。きっと守りますから。ほら、来てください。」
フラミーはぷるぷると頭を振った。
「アインズさん、もしそれが手に入ったら、きっと貴方は守り切ってくれますよね?」
不可解な発言にアインズは首を傾げた。
「え?」
「私、
フラミーはそう言うと体の周りに魔法陣を出した。
「――な!?やめなさい!!あなたは指輪を持ってないんだ!!」
アインズは驚愕と同時に鎮静され、にこりと笑って砂時計を取り出したフラミーの手に立ち上がり様魔法を投げた。
「くそ!<
一定以上のダメージを負ったフラミーは何故?と驚くような視線を送りながら魔法陣と血を散らし、尻餅をついた。その手からは杖が弾かれ、一拍置いたのちに落下音が響いた。
「アインズ様!?」「フラミー様!!」
思いがけもしない支配者たちの行いに守護者も僕も何が起こったのか解らず、悲鳴のように名前を呼ぶことしかできなかった。
「馬鹿野郎!!何やってんだフラミー!!」
アインズは鎮静されながらフラミーに近付き片膝をついてしゃがむと、腕と手首から赤紫の血をダクダクと流し始めたフラミーの肩を持って激しく揺すった。
しかし、フラミーの瞳は驚きの色から固い決意に満ちたものへと変わった。
「アインズさん!
「その願いが聞き届けられるかもわからないんだぞ!!やるなら俺の指輪で試せばいいだろうが!!」
二人の間に満ち始めた激しいエネルギーに僕は口の中がカラカラに乾いていくのを感じる。
「あ、アインズ様、フラミー様、どうかおやめください。」
一番近くで見ていた統括が二人の元に両膝をついて胸の前で手を組んだ。
アインズは鎮静されても鎮静されても抑え切れない感情が波のように押し寄せるのを感じた。
「うるさいアルベド!この人には一度分からせないとダメだ!!」
「あなたこそ解ってないです!!あなたの持つ指輪は、もっと私達で対処できないプレイヤーが現れるまで絶対に使っちゃいけないんだ!!ザイトルクワエがユグドラシルから来ているなら、他のボス級の敵…
プレイヤー、
その言葉はアインズの最も恐れる脅威だった。幾度となくフラミーと話し合ってきた。
「っ…だからって何で相談もなく勝手な事しようとするんだよ!あんたあの日俺が皆守ったって言ったじゃないか!!」
「守りましたけど、アインズさんはあんなに傷付いてたじゃないですか!!」
「俺は最初に少しダメージ食らっただけで――」
「違う!!」
フラミーは見たこともないほどに怒り、顔を真っ赤にしていた。
ゆっくり立ち上がると、未だしゃがみこむ支配者に叫ぶ。
「鈴木さんが傷ついたって話をしてるんです!!」
その手はわなわなと震え、玉座の間には再び静寂が訪れた。
「すず…俺が…?」
フラミーは怒りの感情を逃すようにハァッと熱い息を吐いてから続けた。
「――私は元から弱いんです…。例え
くるりとフラミーは背を向けると、玉座の階段の下に転がる砂時計へ向かって歩き出した。
「ま、待ってください。俺は本当になんともないです。今はまだその時じゃない。」
時計を拾うフラミーが再び魔法を発動させようとする気配に、アインズは焦り立ち上がって駆け寄ると、フラミーの血が流れ続ける腕を高く引っ張り上げた。
「うっ…あ……。」
痛みを伴うそれにフラミーが苦しげな声を上げた。骨の手に赤紫色の血が伝っていく。
「頼みます、そんな事されたら俺本当に…!!本当にお願いしますから!!それが一番辛い!!一番怖い!!」
未だ砂時計を離さないその手に<
「いっ…ッツぁ……!」
「お願いします。絶対にやらないで下さい。もしやるとしたら、貴女をどんなに傷付けても止める。この世界でそれだけの願いを叶える為に必要な経験値量は計り知れない。」
五レベルで済むかもわからないその願いは絶対に認められなかった。
それに、番外席次はおおよそ九十レベルだが、ユグドラシルプレイヤーならば絶対にしないようなビルドで出来上がっているために同じく九十レベルのプレイヤーより余程弱い。例え
料理をして料理スキルが上がってしまったり、歌を歌った事で
それは、とても危険な事だった。
目を細め、なんで分かってくれないんだとでも言う様な視線を送ってくるフラミーにアインズはもう一度頼んだ。
「お願いします…。」
フラミーはアインズの眼窩に燃え続ける悲しげな炎を見つめると、諦めたように下を向いた。
「…分かりました…。」
「はぁ…良かった…。じゃあ、はい。」
アインズは安堵の息を吐き出しフラミーの腕を離すと、手の平を差し出した。
「なんですか?」
「砂時計全部出して下さい。何回あなたがガチャ回したか知ってるんですからね。観念してお縄について下さい。」
苦々しげにアインズを見ると、骨は何も感じないと言った風に手をもう一度、ンと動かした。
「始原の魔法も奪えてない中でそんな事して、次にまたアレが来たらどうするんですか…。」
「その時は俺一人で倒すんで。ほら、いいから。」
フラミーは地面に向けて
「パンドラズ・アクター。これは宝物殿にしまっておけ。後で数を報告しろ。」
パンドラズ・アクターは恭しく頭を下げ、砂時計を自分の闇に放り込みはじめた。
「ペス。フラミーさんを部屋に連れて行け。――いや、砂時計が無くても魔法は発動できるな。シャルティア、お前も行くんだ。もしフラミーさんが魔法陣を出すようなことがあればお前が斬りつけろ。」
「し、しかしアインズ様…。」
「命令だ。逆らう事は許さん。迷わず斬れ。一定のダメージが必要だ。これはその人を守る為に必要な事なんだ。絶対に手加減するな。」
「…っか、畏まりました…。」
シャルティアは何故魔法を使おうとするフラミーを止める必要があるのか解らないまま――しかし、それがフラミーを守るために必要と言われてしまっては納得するしかなく、渋々頷くとペストーニャに支えられて玉座を去る背を追った。
「開戦した時にもフラミーさんは何かを言おうとしていたが…この事だったか…。」
アインズは床に散らばる――己が手で傷つけた仲間から流れて生まれた血溜まりと、その白い手を染める赤紫を睨むと手をグッと握り締めた。
「…この俺に仲間を傷付けさせた罪は重いぞ。ツァインドルクス=ヴァイシオン!!」
次回 #63 閑話 皆の夜
12:00更新です。
あわわわわフラミーさん落ち着いてください!
アンケート、これはアインズ様を正規ヒロインに改めて据え直して、デミを弄ぶ感じで決まりになりそうですね!(弄ぶな
アインズ様がヒロインとしてアップを始めました。
フラミーさんの運命やいかに…!!
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アインズ様とプレイヤー同士愛し合え!!
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デミデミの恋を成就してくれ!!
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二人の間をのらりくらりで決着つけるな!
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ハーレムこそ正義!二人をくっつけ!