眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#66 閑話 だってだって女の子だもん

 遡ること数日。

 評議国で始原の魔法を奪い取り、アインズが眠りについて三日。

 神官や聖典は早くも限界を迎え始めていた。

 特に身近にその存在を感じ、何度も謁見するチャンスがあった者達程その痛みは凄まじかった。

 国中に出された「神聖魔導王陛下の眠り」についての御触書は殆どの者達を強く悲しませた。

 誰もがどうか目を覚まして欲しいと神王に祈りを捧げ、同時に眠っていない女神に神王を夢の世界から取り戻してほしいと願った。

 

 フラミーと守護者は初めてのアインズ不在に何とか対応し、知恵者三人によってナザリックの運営は行われていた。

 

「フラミー様……?フラミー様」

 アルベドの呼ぶ声に、フラミーはハッとし慌てて机の書類を手に取った。

「は、はい!ごめんなさい!!」

「とんでもございません。フラミー様、少しお休みになっては如何でしょうか」

 心配そうに覗き込む美女とその豊満な体に、フラミーはアインズがいつもこんな誘惑だらけの景色の中で仕事をしていたのかとこの三日間すっかり感心していた。

「いえ、アインズさんがいつもやってくれてた事くらい、替わりに出来ないと。あの人が起きた時に可哀想ですから……」

 アルベドは辛そうに手を握りしめた。

「フラミー様……。アインズ様はいつ目を覚まされるのでしょう……」

 フラミーはその言葉に、言外にお前の提案のせいでと言われている気分になった。無論、アルベドにそんなつもりは一切ない。

「本当にごめんなさい……。アインズさんがいつ目を覚ましてくれるか……私には解りません……。全部私のせいです……」

 手をふるふる震わせ、フラミーは書類を一度机に置いた。

 それを見たアルベドが慌てて机越しにフラミーの顔を覗き込んだ。

「ち、違います。私はそのようなつもりで言ったのでは……。ただ……アインズ様の……お声を……うっ……」

 アルベドはその寂しさを埋めるため、与えられた九階層の自室にアインズぬいぐるみを作って飾り始めた。

 それまで恋だと思っていた感情が愛だと気付いた時、彼女はもっとアインズに率先して迫るべきだったと心底後悔した。

「アルベドさんだって辛いのに、ごめんね」

 フラミーは立ち上がると、泣き始めたアルベドの手を取り、二人でソファに座った。

「フラミー様………」

「私ではあの人の替わりはとても勤まらないけど、きっと可愛い皆を守ります。私はもう泣き言は言わない。絶対にナザリックの為になってみせます」

 そう言うとアルベドの肩を抱き寄せて頭を撫でた。

 アルベドもフラミーの背中に手を回すと少しだけ泣いた。

「うっ……うぅ……。……っふ……あぁ……フラミー様……」

 落ち着いてきたのかフラミーの名前を呼ぶそのサキュバスに優しく語りかける。

「アルベドさん、落ち着いた?」

 両手でアルベドの顔を包み、顔を上げさせるとその瞳は未だ潤んでいて、物欲しそうな顔はまるで――

 

「お、落ち着くどころか……興奮して参りましたわ!!」

 獣だった。

 

「え!?」

 

 アルベドはそのままソファにフラミーを押し倒してのし掛かると、フラミーの背中のリボンを引こうとした。

「や、やめ!!おすわり!!おすわりー!!」

 背中を絶対にソファから浮かび上がらせないと言う強い意志を持ってフラミーはアルベドと手のひらを押し合い抵抗した。

 そんな力があったのかと思うほどに。

「フラミー様はずるいです!アァインズ様が身に付けたことのあるローブを頂いていつでも好きな時に着ることができるなんて!!あぁ!そんな素敵なご褒美を頂いているんですから、もっとナザリックの為に働かなければいけませんわ!そう!ナザリックの為です!!このアルベドと子供を作りましょう!!」

 八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)がバラバラと天井から降ってきた。

「アルベド様御乱心!」「アルベド様御乱心!」

「ちょっと!!忘れて下さいって言ったじゃないですか!!」

「フラミー様、それはあの夜にアインズ様の仰ったセリフですわね!?んもー我慢なりません!!」

 アルベドの猛烈な力にフラミーは背中が浮き上がるのを感じた。

「いやー!!やめてぇえー!!」

 たまらず上げられたフラミーの絶叫は第九階層に響き渡った。

 

 八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)がアルベドに吹き飛ばされて行くと、ノックも無しにバンッと扉が開いた。

「デミウルゴス!!」

「デミウルゴスさん!!」

 正反対の感情が乗せられたその名を呼ぶ声に、闖入者は慌てて八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)と共に絡まる女二人に駆け寄った。

 

「な!?アルベド!やめるんだ!!」

 

 デミウルゴスは世界一可愛いゴリラを引き離そうと必死に引っ張ったが、まるで石像かと思う程にその身は動かなかった。

「何て馬鹿力だ!!<悪魔の諸相:豪魔の巨腕>!!」

 デミウルゴスはスキルまで使って何とかフラミーにまたがるアルベドを起き上がらせることに成功するが、とても落ち着く様子がない。

 デミウルゴスは急いでコキュートスに伝言(メッセージ)を送る。

 自分一人では対処しきれない。

「コキュートス!!フラミー様の部屋に今すぐ!今すぐだ!!」

 こめかみに触れる為、片手を離したのが仇となりアルベドは再びフラミーに覆いかぶさると、フラミーの両手をたった一本の手でその頭の上に押さえ込んだ。

「デミウルゴス!!私はもっとナザリックの為になりたいとおっしゃる御身のお手伝いをするだけよ!さぁ、フラミー様っ!」

 フラミーはアルベドの長い指が下腹部に触れぞくりと背を震わせた。

「ひっ!!か、勘弁してください!!」

 外からタタタタタタと軽快に何かが走ってくる音がすると、開きっぱなしだった扉から、その足音に似つかわしくない巨体のコキュートスが駆け込んできた。

「デミウルゴス!!待タセタ!!」

「助かった!頼むよ!コキュートス!」

「アルベド、ヨセ!ヨスンダ!!」

 

 ようやくフラミーの上から降ろされたアルベドは床に正座させられていた。

「君はアインズ様を愛していたことに気がついたと言っていたじゃないか。全く」

「アインズ様は愛してるわ。でもフラミー様にも恋してるのよ。それの何が悪いのかしら」

 デミウルゴスの叱責にアルベドは頬をぷくっと膨らませていた。

「君はフラミー様にはえているからって全く現金な。」

「は……はえ……。ふふ……ふふふ……」

 デミウルゴスのその言葉にフラミーはいつの間にかすっかり周知の事実になってしまったそれに悲しく顔を引きつらせていた。

 だが異形の集まりのナザリックでその事をどうこう思う者等あるはずもなく、フラミーは若干開き直り始めていた。

 

「あ、いえ。申し訳ございませんフラミー様。し、しかしそれは以前も申し上げました通りそう恥じるような事ではございません!」

 デミウルゴスのあわあわとした慰めの言葉にアルベドも賛同する。

「そうですわ!むしろ、素晴らしいことですから、フラミー様はもっと自信をお持ちになってもよろしいのではないでしょうか!」

 するとアルベドが再び動こうとするのが見え、デミウルゴスは一瞬焦るが素晴らしい言葉を閃いた。

「アルベド!君は初めてを愛するアインズ様に捧げようとは思わないのかな!男性は誰しも特別な相手の初めては何であっても嬉しいはずだ!」

 

 その言葉はアルベドを瞬時に落ちつかせた。

 

「デミウルゴス、それは本当でしょうね」

「……そうだとも。コキュートス、君もそう思うだろう」

「ソノ通リダ。ソレヲ捧ゲレバアインズ様ハオ喜ビニナルニ決マッテイル」

 アルベドが黙って立ち上がる様をデミウルゴスはゴクリと唾を飲み込んで見守った。

 するとアルベドは清々しい笑顔をフラミーに向け、ぺこりと頭を下げた。

「フラミー様、大変失礼致しました。私、アインズ様に初めてを捧げてからフラミー様とお子を作らせて頂きたいと思います」

 その言葉はその場にいた全ての者をすっかり安心させた。

 

「は、はは……。それは良かったです、ほんと……ね」

 それはそれでどうなんだとフラミーは思った。

 口元を引きつらせながら笑うと、背のリボンを結ぼうと首の後ろに手を回した。

「はぁ、疲れた……。コキュートス君もデミウルゴスさんもありがとうございました」

 デミウルゴスはそれを見るとフラミーの背後に回った。

「いえ、とんでもございません。――あぁ、私が結ばせて頂きます」

「あ、ありがとうございます」

 フラミーはリボンが悪魔の手に渡ったことを確認すると膝の上に手を下ろした。

 デミウルゴスが結ぼうとすると、炎獄の造物主の名の通り手袋越しでも感じるほどに熱い指がうなじにわずかに触れた。

「わ、デミウルゴスさんの手ってすごく温かいんですね」

「ウルベルト様にそうあれとお造り頂きましたので。さぁできました」

 にこりと笑ってリボンが結び終わったことを告げた。

 

「……アイツハ本当ニイツモ美味シイ所ヲ持ッテ行クナ」

「コキュートス、あなたも覚えておきなさい。あれは私達の敵よ」

「ナルホド」

 コキュートスとアルベドの声にデミウルゴスは忌々しげに二人を見ると、何かに気付いたのかニヤリと笑った。

「あぁ、フラミー様。統括は危険ですので、今日届いた属国化案はこれより私と二人で精査いたしましょう」

「良いんですか?」

 フラミーは背後の悪魔を見上げた。

「いいですとも。もちろん。今後は私がお側に控えましょう。さぁ、君達は仕事の邪魔になる。一度出て行ってくれるかな」

 デミウルゴスは指輪の光る左手をしっしと振って清々しい笑顔を送った。

 

 空元気も元気のうちで、支配者が生きている事が分かってからは皆何とかやっていた。

 決して立ち去らないと約束した至高の主人と共に、至高の支配者の穏やかな眠りを見守る日々も、たまには良いだろう。




次回 #67 閑話 小さな支配者
00:00更新です。

襲われるフラミー様いただきました!ユズリハ様よりです!

【挿絵表示】

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