眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#67 閑話 小さな支配者

 フラミーの部屋では夜になっても書類の精査が続いていた。

「うぅ…デミウルゴスさん…本当に申し訳ないです…。」

 日中の騒動から殆ど進んでいないそれを前にフラミーは自分の出来の悪さにすっかり意気消沈していた。

「いえいえ。お手伝いのし甲斐があると言うものです。アインズ様は何でも完璧になさいますから。」

 そう言う悪魔は本当に少し嬉しそうだった。

「ありがとうございます…。アインズさんは何でも出来すぎますよね。本当あの人神様向いてるなって思いますもん。」

 フラミーは疲れた疲れたとでも言う様にうーんと伸びをした。

「アインズ様は智謀の神ですが、あの竜も言っておりました通りフラミー様は無垢の方です。闇に智謀があれば、光に無垢というのは納得の行く話でございます。」

 何でも綺麗にこじつけてくれる物だとフラミーは賢い悪魔に感謝した。

「そう言うことにしておきます。…さ、そろそろまたアインズさんの部屋行ってみましょうか。」

 フラミーは二時間に一回はアインズの様子を見に行っていた。

 デミウルゴスはこんな状態では誰でも何も手につかなくても仕方ないとも思っていた。

「はい。参りましょう。」

 

 フラミーは悪魔を従えて、アインズの静かに眠る薄暗い部屋に入るとベッドに腰掛けた。

「アインズさん、あなたどんな夢を見てるんですか?こっちもこんなに夢みたいな世界だっていうのに…。」

 そう言うと以前ツアーに砕かれていた骨の肩を触った。

「私、怖いです。あなたがいなかったら…私はどうやってこの先、生きていけば良いっていうんですか…。」

 フラミーの嘆きにデミウルゴスは目を伏せた。

「一緒にここで生きていくって約束破ったら許しませんよ…。…なんて、許されないのは私か…。星に願いなんて届けようとしたのがいけないんですよね…。これは勝手なことをしようとした私への罰ですか?」

 あまりにも痛ましい背中にデミウルゴスは意を決して口を開いた。

「フラミー様。これはアインズ様がお決めになった事でもあります。どうか、ご自分をそう責めないでください。」

 フラミーはその声にアインズからデミウルゴスに視線を移し、静かに告げた。

「デミウルゴスさん。そろそろ戻りましょうか。」

 デミウルゴスは頷いた。

 

 部屋に戻る間、フラミーは考えていた。

 これであの時自分が星に願いを(ウィッシュアポンアスター)を使っていて、アインズがこうして意識を失っていたら、と。

 そんなことになっていれば余りの罪の意識に恐らくフラミーはナザリックを離れただろう。

 アインズがこの選択をするように差し向けてしまっただけでこれ程までの痛みを感じるのだから。

 

 二人は部屋に戻ると、とりあえず現状執務を行なっているデスクへ向かった。

 フラミーはデスクの上の時計をちらりと見ると、約束の時間が近いことに気が付いた。

「さてと。私は一時間ほどツアーさんに会いに――。」

「いけません!!」

 悪魔は瞳の宝石を露わにし、フラミーを真っ直ぐに見据えながら、デスクを回り込んで来る。

「フラミー様が毎晩どこかにお出かけになっているとメイド達から報告を受けておりました。まさかあれに一人で毎日会いに行っていたのですか。」

「ご、ごめんなさい…でも…。」

「いけません!フラミー様、どうかお考え直しを。アレとはこの属国化案の最終的なすり合わせを行う際私とアルベド、そしてパンドラズ・アクターの三人で会います。それ以外は一切必要ございません!」

 フラミーは目の前の叡智の悪魔を説得する術を知らない。

「デミウルゴスさん、でもツアーさんに会わないと…。」

「会ってあのただの竜に何ができると言うのですか。あれは無駄に力と体力はあるでしょう。魔法がなくても竜と直接会うのは危険すぎます。至高の御方であるフラミー様の言は最も尊く、私どもはその身に代えても守らなければならないことは重々承知しておりますが、御身に明確な危険が迫ることは認められません!」

 

 デミウルゴスが手を握りしめたのか、皮の手袋がギュッとなる音がした。

「アインズ様がお目覚めになった時御身に何かがあれば私は…。」

「私…それでも…私っ…!」

 フラミーは足りない頭でどうしたら出掛けられるか懸命に考えると、無詠唱化した転移門(ゲート)を自分の背後至近距離に開きサッと身を投じてすぐにそれを閉じた。

「なっ!っくそ!!」

 デミウルゴスの手は虚しく空を掴んだ。

「アインズ様、あなた様の御苦労がわかりましたよ……。せめてあの竜の居場所がわかれば……。」

 

+

 

「来たね。フラミー。」

 フラミーは軽く手を振りながらその巨体に近づいて行き、ため息をついた。

「アインズさんはまだ目を覚ましません。はあ…どうしたらいいんでしょう、ツアーさん。」

 フラミーは定位置になり始めた竜の顔の隣で、その巨大な頬に無数に生える鱗のひんやりとした感触を確かめるように触った。

 ツアーを恨む気持ちもあるが、最早フラミーの中のツアーは何も理解できない少し長生きなだけの哀れな大きい爬虫類だった。

 しかし長生きした分知識もあるだろうとは思っているが。

 特に、始原の魔法を使いこなしていた知識はアインズに、ナザリックに必要だ。

「…アインズを直接見たら何かわかるかも知れないとしか今は言えないね。」

 ツアーがそう言うとフラミーは手をグーにしてその頬をポコと叩いた。

「私にはあなたをナザリックに招く権限がありませんもん…。」

「やれやれ、堂々巡りだ。さぁ。今日も教えてくれるかな。位階魔法を。」

 フラミーは頷くが、自分自信でも使い方がよく分からないため要領を得ない。

「自分の中に感覚を向けると、そこに力がありますよね。そこの中に、目当ての魔法を見つけて引きずりあげる感じです…。」

「はぁ。全く生まれた時から魔法を使う存在の教え方は厄介だ。これも続けるしかないんだろうね。」

「ははは。明日にはリグリットさんとイビルアイさんも来ますから。」

 

 ツアーはため息をつきながら、一時間フラミーのよく分からない説明に耳を傾け続けた。

 

「あ、そろそろ帰らなきゃ。今日はデミウルゴスさんにそんな所に行くなって怒られちゃったからな。言った通りの時間で帰らないと後が怖いんで、私、そろそろ行きますね。」

「わかったよ。お疲れ様。」

 闇を開いて帰ろうとするその背中にツアーは言い忘れていた言葉をかけた。

「あぁ、フラミー。君達はアインズを頂点と据えてるようだけど、今はそのアインズが不在なんだ。君が頂点としてナザリックを管理しないといけないよ。」

 フラミーは少し迷ってから頷いた。

「…わかってます。ちゃんと皆を説得して、せめて鎧姿のツアーさんにアインズさんを見てもらえるように努力しますね。それじゃあ。」

 今度こそ紫の悪魔は闇をくぐった。

 

+

 

「フラミー様!一時間と仰ったと言うのに一時間を過ぎているではないですか!せめて時間通りにお戻りください!このデミウルゴス気が気ではありませんでした!!」

 フラミーは闇をくぐった瞬間悪魔に怒られた。

 デミウルゴスはこの事を誰にも言わなかった。いや、言えなかったのだ。

 すぐにメイドとアサシンズに固く口止めをすると、全ての来客を一時間断り続けた。

 アインズが目を覚まさない今、フラミーの身に危険がある事を知れば僕も守護者もまともではいられない。

「ご、ごめんなさい。でも数分――。」

「数分でも数秒でも同じ事です!次は私も共に参ります。」

 ツアーはアインズの目覚めに焦れたNPCがギルド武器を破壊しに来ることを恐れ、フラミーしかその家には上げようとしない。

 ここであの竜の信用を失えば六百年分の知識が提供されなくなる。

 まだ何も特別なことは教わっていないが、アインズの目覚めに関する何かをあの生き物なら掴めるかもしれないのだ。

「デミウルゴスさん、一緒には行けません。これはツアーさんとの約束ですから…。」

「…フラミー様が秘密裏に弑されでもしたら我々はどうすれば良いのです。場所も分からなければご遺体もお運びできず、復活も叶いません。そうなれば目覚めたアインズ様に私たちは殺されます。」

 比喩ではない。文字通り殺されるだろう。

『一番側で仕えながら、貴様は一体何をしていたんだ!デミウルゴス――。』

 デミウルゴスは支配者の言うであろう言葉を容易に想像できた。

 それは強い痛みを伴うが、生き生きと再生されてしまう支配者の姿にデミウルゴスは少しだけ胸をあたたかくした。

(間違いなくあのお方は目覚める。それがどれ程先なのか、今すぐなのかは分からないが、我々を決して取り残したりはしない。)

「フラミー様は私たちに死ねと仰るのですか。」

 この女神はそう言われた方がよく考える。

 自分の事など何でもないそこらへんの石ころか人間くらいにしか考えていないと言う事はもう充分わかりきっていた。

 

「ごめんなさい…。でも、ツアーさんなら、アインズさんの何かがわかるかも知れないから…。」

 そう言いながら何かを考え始めた。

「ねぇ、デミウルゴスさん。」

 フラミーが躊躇いがちに視線を送ってくる姿にデミウルゴスは嫌な予感を覚える。

「…なんでしょう…。」

「遺書を書きますから――。」

 やっぱりだ。

「そう言う話ではございません!……はぁ。アインズ様もフラミー様に分からせる必要があると仰っていましたが…確かに分からせる必要があるようですね…。」

 デミウルゴスはフラミーの手首を掴むと、第七階層に転移した。

 

「あ、あの、どこ行くんですか?」

「いいからいらして下さい。」

 守護者が主人を引っ張って歩く姿に七階層の悪魔達は何が起きたんだと騒めいていた。

 デミウルゴスはフラミーを引っ張って以前案内した自室に連れて行き、とても丁寧とは言えない手つきで扉を締めた。

「あなたは恐らくツァインドルクス=ヴァイシオンは何もしないと高を括っていらっしゃるんでしょうが、はっきり言ってそれは大きな間違いです。」

 ようやく手を離したデミウルゴスにフラミーは謝ることしかできない。

「ご、ごめんなさい…。でも本当にツアーさんは何も…。」

 ツアーの元から戻ってきたその手には未だ杖もなく、恐らくツアーといるときもそうであったろう無防備な姿にデミウルゴスは軽い苛立ちを感じた。

 フラミーに背をむけてテーブルの前に立つと一度指輪を外して丁寧に置く。

 続けて手袋を脱ぎ机の上に放り捨てた。

 指輪を素肌につけ直しながら振り返ると、悪魔は一息に言う。

「絶対の安全などこの世にはないとお教えします。<悪魔の諸相:煉獄の衣>。」

 悪魔はその身を炎で包み、一度深呼吸をするとフラミーの細いクビに手を伸ばした。

 優しく首を包むと、フラミーが不安そうにデミウルゴスを見上げた。

 デミウルゴスは目を逸らす事は許されないと、目を瞑りたい気持ちを抑えて、ギッと思い切り捻り潰す様にそれを締め上げた。

「アッ…ク…。」

 フラミーはいつもでも優しく天使の様だった悪魔のその変容に驚いた。

「んぅ…で…うる…ごす…ん…。」

 驚いてはいるがまだ恐怖を感じている様子のないフラミーにデミウルゴスは更に力を込め、炎の勢いを増すと殺意を持った視線を向ける。

 アインズから送られたネックレスが熱せられ赤くなって行く。

「アっ……。」

 フラミーは突っ立っていたが、ついに悪魔の燃える腕に手を伸ばし、やめさせようと掴んだ。

「や…やめ……。」

 しかし悪魔はやめない。

「フラミー様、恐ろしいでしょう。我々守護者ですら御身に手をあげるのです。あの竜がそれをしないと何故言い切れるのですか。あなたは勝手すぎる。」

 デミウルゴスの瞳には最早悪魔として生をいたぶれる事への愉悦すら覗き見えるようだった。

「……なさい…ごめ……さい……。」

 首に食い込んだ爪が皮膚を割って血を流し始めると、デミウルゴスはついにその手を離した。

 フラミーはどさりと床に這いつくばり、喉を抑えながら激しく咳き込んだ。

 デミウルゴスは胸ポケットからチーフを取り出すと、その指についた赤紫の血を丁寧に拭き取っていった。

 真っ白なチーフにはまるで十輪の赤紫色の花が咲いたようだった。

 チーフをしまいながらデミウルゴスは未だ床に座り咳き込むフラミーに立ったまま話しかける。

「フラミー様、今ペストーニャを連れて参りますのでお待ちください。」

 デミウルゴスは指輪を起動しようとすると、フラミーにズボンの裾を掴まれた。

 その哀れで無様な主人を悪魔は見下ろすと足を払ってから転移した。

 

+

 

 ペストーニャはデミウルゴスの部屋の状況に絶句した。

 首と肺の中まで火傷したフラミーがヒューヒューと息をしながら床に這いつくばり、悪魔のポケットの中から見えるチーフはフラミーの血の色が染みているのがわずかに見える。

「で、デミウルゴス様、これは一体何が!?」

 ワンということも忘れフラミーに駆け寄りながらペストーニャがフラミーを回復すると、首にはわずかに爪の残した十の傷痕が残った。

 デミウルゴスはそれを忌々しげに見ると、舌打ちをした。

「何でもありません。分からせたまでですよ。さ、ペストーニャ。あなたへの用は以上です。下がっていただいて結構。」

 フラミーは首に触れながら自分が生きている事を確認しているようだった。

 眠りについている支配者が起きていればそれの命を守る為ならどんなに傷付けたとしても遂行しろと言っただろう。あの日シャルティアに命じた様に。

「し、しかしデミウルゴス様…あ…ワン……。」

 少し落ち着きを取り戻し始めたペストーニャはフラミーの翼をさすり、立ち上がる様子がない。

「ぺ、ぺすとーにゃさん…。私は大丈夫です。さ、行ってください。」

「フラミー様…ワン…。」

「良いから。」

 フラミーも早く行くようにペストーニャを促し、その背中が部屋から出て行くのを見届けると、そのままデミウルゴスを睨み付けた。

 デミウルゴスもまるで極寒の様な視線をフラミーに送り続ける。

「こんな事でへこたれる私じゃありませんよ。アインズさんが目を覚ます可能性を探す為に、私はツァインドルクス=ヴァイシオンの下へ通う事はやめません。例えそれが自分の命と引き換えになるとしても。」

 反省の様子がまるでない返事にデミウルゴスは瞳に更に殺意を込めていく。

「何もできないくせに続けるのですか。」

「私は今このナザリック地下墳墓の最高責任者です。…ここにツァインドルクス=ヴァイシオンを招きます。」

「なっ!?」

 フラミーは立ち上がり、デミウルゴスを正面から見据えた。

「あれをナザリックに上げる事を納得するよう皆を説得するのを手伝いなさい。私は明日も一人で出かけます。話は以上です。」

 フラミーはそう言うと驚いているデミウルゴスにツカツカと近寄った。

 フラミーの腕が動くのが視界の端に入ったデミウルゴスは叩かれるのかと思い目を瞑ったが――フラミーは傷付ける事で傷付く優しき悪魔を抱きしめた。

「ごめんなさい。アインズさんだったら、どんな事してても怖くないのにね。本当に私がいけないんだ…。お願いデミウルゴスさん…。」

 デミウルゴスは己の胸に顔を埋めて、慰めるように優しく触れて来る小さな支配者をゆっくりと抱きしめ返した。

 

「申し訳ありませんでした…。フラミー様……………アインズ様…。」

 

 ペストーニャと息を殺して廊下に控えていたセバスはそっと拳を下ろした。




ふぅ…(賢者モード
うひひひひ。
いや、ちゃんとアインズ様とくっつきますとも!!

次回 #68 閑話 祝福の日
次は真面目な閑話だよ!
だってレメディオスちゃんが出てくるんだもん☆

12:00に更新します!

2019.06.06 ミッドレンジハンター様 誤字修正ありがとうございます!適用しました!

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