眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

69 / 426
#69 閑話 私の名前

 アインズは目覚めて数時間、優しい気持ちで子供達を見守っていた。

 セバスもエ・ランテルから戻って来て、まるで影のようにぴたりとアインズの斜め後ろから離れようとしない。

 シャルティアとアルベドはアインズの左右に座って腕を抱いてスリスリと顔を擦り付け続けていた。

 パンドラズアクターは床に座りアインズの足の間に背を預けて何か本を読み始めているし、コキュートスと双子は正面に座ってアインズを眺めながら楽しそうに話している。

 フラミーは1人掛けソファに腰掛け食事を取り始め、その向かいに座るデミウルゴスは書類を眺めている。

 ツアーはフラミーの後ろに立ち、フラミーとたまに小声で何かを話し合っていた。

 

 フラミーが食事を済ませたタイミングでアインズはついに口を開いた。

「………お前らそろそろいいんじゃないか?」

 アインズは妙に人口密度の高いこの空間に飽きてきていた。

 いや、飽きて来たと言うよりも暑苦しくなってきていた。

 しかし、そうですねと返事をするものは誰もいない。

 アインズは初めて守護者に無視された。

 

 するとフラミーが手を合わせて頭を軽く下げながら言った。

「ご馳走様でした。――さて、じゃあ私はそろそろ行こっかなぁ!まだ今日の執務もありますし。」

「へ?フラミーさん執務やってるんですか?」

 フラミーにはこれまでナザリックの運営に関わらせて来なかった。働きたいと言われても断って来たのだ。

 故に、フラミーの決まっている仕事は三つだけだ。

 朝は第六階層の可愛らしい仔山羊達と双子と遊ぶ。

 日によって神都大聖堂の写真を撮りに行く。

 アインズと喋る。

 以上だった。

 後は小学校中退故に勉強をすると最古図書館(アッシュールバニパル)に籠ったり、彼女なりに忙しく過ごしていた。

 アインズは伸び伸びとこの世界で生きているフラミーを見守るのが――幸せそうにしているギルメンを見守るのが心底癒しだった。

 一度も一緒に働いて欲しいと思ったことはなかった。

 守護者が至高の御身はいてくれるだけでいいと言う気持ちが、アインズにはよくわかる。もちろんよく分からない事を質問されるのが辛いと言うのもあるにはあったが。

 

 フラミーは照れ臭そうに笑うと両手の指先をチョンチョンと触れさせた。

「ははは、アインズさんが一日にこなす十分の一もできてないです。」

 よく見ればフラミーの首にはうっすらと見慣れない傷跡があった。

「良いんですよ。じゃあ後は俺が引き継ぎますから。」

 するとデミウルゴスが書類から目を上げた。

「アインズ様。評議国の案件はフラミー様がご担当されると仰っておりまして、今の所責任者としてフラミー様を据えております。切り替えますか?」

「そうだったか。私が眠っていた間滞ってしまってはいけないからな。今後は――。」

「あの、私!」アインズの言葉を遮ったフラミーは手を挙げ、真剣な顔をしていた。「私、やります。アインズさんのこと手伝います。」

「…何度も言ってますけど、俺は別にフラミーさんにやってもらわなくても全然平気ですよ?」

 アインズがそう言うと、フラミーは切なそうな目でそれを見た。

「そんな寂しい事、お願いですから…言わないで下さい。私、もうちゃんとできますから…。」

 アインズの左右の女子と双子がうんうんと頷いている。

「ふらみ…はは…。」

 濡れるような睫毛を前に、なんとなく照れ臭くなったアインズは何を言えばいいのか分からなかった。

 

「…それでは、フラミー様が今後も評議国を持つ、と言うことで変わりなく進めさせて頂きます。」

「あぁ。そうしてくれ。」

 アインズはぽかぽかと温まる胸に心地良さを感じていた。

 デミウルゴスは頭を下げ、読み終わったのかそれまで手元にあった書類を自分の無限の背負い袋(インフィニティハヴァサック)にしまった。

「それではフラミー様、参りましょう。」

 デミウルゴスが立ち上がる。

 

「ん?アルベド、お前じゃないのか。」

 アインズが自分の傍に視線を向けると、アインズに寄り掛かりその骨の指で遊んでいたアルベドがアインズを見上げた。

「アインズ様。フラミー様にはあの男が四日前から付いております。」

 吐息がかかるんじゃないかと言う距離で話すアルベドに僅かにどきりとする。

 もう少しこの瞳を見ていようかと思うと、フラミーはさっと立ち上がり、扉の前でそれを開けようと待っていたデミウルゴスを追った。

 何故かツアーもそちらへ歩き出し、三人は出て行った。

 

「…私も行くかな。フラミーさんは初めての仕事に戸惑っているだろう。」

 アインズはアルベドとシャルティアから腕を引き抜くと、足下で床に座って本を読むパンドラズ・アクターを両手で退いて退いてと軽くポンポン押した。

「ほら、パンドラズ・アクター。」

「しかし父上…。」

 もう少しと見上げる可愛くない可愛い息子の頭を帽子の上からくしゃりと一度撫でた。

「退きなさい。」

「…かしこまりました。」

 パンドラズ・アクターは渋々頷くと立ち上がり、セバスの横に控えた。

 アインズは漸く腰を上げると、シャルティアがアインズの手を取り引き留めた。

「アインズ様?あの男…デミウルゴスを叱ってくんなまし」

 アインズは特別仲が悪いはずでもないシャルティアの突然の提案に首をひねった。なんと言ってもペロロンチーノとウルベルト、アインズの三人はかつて無課金同盟と言うものを組み――ペロロンチーノの裏切り課金によってなくなったが――創造主同士も相当に仲が良かった。三人でよくバカをやった事は今も昨日のことのように思い出せる。

「何故だ?あれは良くやっているだろう。」

「あれは毎夜毎夜執務の終わったフラミー様のお部屋で一時間、人払いをして何かやってるんでありんすよ。」

「は?ここ四日間か?」

 アインズはシャルティアに体ごと向き直ると、アルベドが頬を膨らませていた。

「そうですわアインズ様。あれは取り込み中とか言って来客の一切を断って、アインズ様が眠っているのをいいことにフラミー様とあんなことや、こぉんなことをしてるんです!私がフラミー様にお情けを頂こうとしたのを邪魔したくせに!!」

 キーとハンカチを噛むアルベドに、それは正解だと思いながら、何となく気持ちが焦る。

「と、兎に角話を聞いてくる。さっきも言ったがお前たちは好きなだけここにいなさい。」

 そう言うとアインズも足早に部屋を出て行った。

 背中には「はーい」と揃った返事をする愛らしい子供達の声が降り注いだ。

 

+

 

 フラミーは部屋につくと、ここ数日定位置になり始めたデスクに座った。

「ツァインドルクス=ヴァイシオン。君も来ることはなかったんだけどね。」

 デミウルゴスは忌々しげに鎧を眺めた。

「僕はあのアルベド君が苦手なんだよ。まぁ、別に君も好きではないけどね。」

「それはどうも。」

 少しピリピリとする二人を無視してフラミーは自分のノートとペンを取り出した。

 ツアーは世界も国も破壊すると言ったアルベドが心底苦手だった。

「さーて、続きでもやりますかぁ。」

 デミウルゴスはフラミーのその声に頭を下げ、先程までもう一度隅々まで確認をし、問題がなかった評議国の属国化に伴い同時にスタートする計画の書類をフラミーの机に置いた。

「かしこまりました。この竜はこのままでよろしいですか?」

 フラミーは頷いて苦笑する。

「はい、ツアーさんの国のことでもありますしね。」

「助かるよフラミー。」

「別にアルベドが嫌いならもう巣穴に帰れば良いだけの話ですがね。」

 ツアーもそれはそうだと思うが、アインズが起きたと言うのに未だに自分を責めているように見えるフラミーが心配だった。

 

「フラミー、君は何を考えているんだい?」

「…進まないお仕事について考えてます…。」

 フラミーは、ひーんと鳴き声を上げながらデミウルゴスに出された書類を見始めた。

「そうじゃない。君は――。」

 ノックもなしにガチャリと扉が開く音に、鎧と悪魔は振り返った。

「フラミーさん、俺もいいですか?」

 顔をひょこりと覗かせる愛らしい支配者にフラミーは手を振った。

「良いですよー!でもアルベドさん放っておいていいんですか?なんかアインズさんの子種が欲しいってここの所ずっと言ってましたよ。」

 書類に視線を戻しながらクスクス笑うフラミーにアインズは子種なんかねーよ!と心の中で突っ込む。

「…そうですか、はぁ。皆こんな体の俺から何が出ると思ってるんでしょうね。」

 執務机の周りはツアーとデミウルゴスがいる為少し離れたソファにどっこらせとアインズは座った。

 

 デミウルゴスは体ごと振り返りアインズに尋ねる。

「そう言えば、それこそアインズ様は出したり仕舞ったり出来るのでは?」

 フラミーが書類越しにジッとアインズを眺めているのを感じた。熱い視線だった。

「…デミウルゴス、お前は余計なことを言うな…。」

 叡智の悪魔は素晴らしい思いつきを叱られ頭をさっと下げた。

 フラミーは机の書類とペンを持つとアインズの正面のソファに移動した。

「デミウルゴスさんとツアーさんもどうぞ。気兼ねなく座って下さい。」

 ツアーは自分の質問を遮られた事に溜息をついてフラミーの隣に座った。

 デミウルゴスは一人掛けソファに座りながら、ツアーをじっとり睨んでいた。

 アインズもなんだか妙に距離が近いなと思いながら鎧とフラミーを眺める。

 フラミーはこの一週間毎晩その顔の脇に座って寄りかかって話しているので何の違和感もなかった。

 ツアーも当然別に何も感じない。

 ぐずるようなフラミーが竜の顔に顔を擦り付けてすごす夜もあった。

「フラミー、君はアインズが起きた今何をそんなに悩んでいるんだい。」

 フラミーは再び目を通そうとした書類を膝の上に置くと、目を閉じて鎧に寄りかかった。

 いつも大きいトカゲにしているように。

「ツアーさん…どうしてそんな事今言うんですか…。」

 アインズとデミウルゴスは目を合わせた。

「んん。フラミーさん、何か悩んでるんですか。」

 その声にフラミーはちらりとアインズを見るが再び書類を顔の前に上げて読み始めた。

 

(始原の魔法なんかいらなかった…。)

 フラミーは心底後悔していた。

 自分が言い出したそれはアインズの体を蝕んでいる様に見えた。

 アインズはさっきも体の中を力が暴れ回っているようだと言っていた。

 世界の理を書き換えようとしたフラミーの罪を糾弾するが如くアインズが眠り始めたあの日、ツアーの使いはフラミー一人を連れてツアーの家に行った。

 守護者はアインズをパンドラズ・アクターに任せ、フラミーと共に行くと食い下がったが、フラミーも使いもそれを良しとはしなかった。

 アインズが目覚めた今日、ツアーは属国化案の確認に来ただけではなかった。

 始原の魔法を失った竜は、「このぷれいやーが目覚めない様な事があれば次の百年の揺り返しに邪悪なものが現れた時、世界が耐えきれない」と、アインズの具合を見に来ていたのだ。

 ツアーはアインズの眠りを見ると、ユグドラシルの法則を一部外れた為と、始原の力をその身に最適化する為に起きている事ではないかとフラミーの部屋で話した。そして、始原の魔法は魂で行う魔法だから、魂の書き換えでもある――と。

 

「…フラミーさん?」

 フラミーは再び自分を呼ぶ声に視線をあげると、書類を置いて黙って立ち上がり、デミウルゴスの前を通ってアインズの隣に座った。

 膝と膝が触れ合う距離で、フラミーはアインズの太ももに置かれた片手の上に、その両手を優しく重ねた。

「フラミーさん…。」

 アインズはそれしか言っていない気がする。

 下を向きながらフラミーは小さな声で語り出した。

「私、怖いんです…。アインズさんが眠りだしてからずっと…。」

 自分の手の上に重なるフラミーのぬくもりにアインズは手の平を返して指の間に指を絡ませ握った。

「俺はもう起きましたよ。大丈夫です。」

 その目に溜まり始めた涙に止まれ止まれと念じながらアインズは優しく話した。

 フラミーの頬に手を当て親指でその頬をさする。

 強く握り返されるその手は震えているようだった。

「でもまたアインズさんは眠っちゃうかもしれない。そうなったら私、皆のために精一杯頑張るけど、だけど…だけど……。」

 顔に触れるアインズの手の上に、繋いでいない手を重ねるとフラミーは涙を零し始めた。

 アインズはフラミーが執務を行う理由に思い至った。

「全部私が悪いんです…。アインズさんが言ったように、何も相談しないで、勝手なことしようとしたせいで…。」

 フラミーはこれ以上涙をこぼすまいとゆっくり話したが、気付けばしゃくりあげていた。

「私のせいでっ…っひぅ…。アインズさんがまた眠りに落ちたりしたらっ…私のせいでっ…アインズさんの体が悪くなってたらっ…!アインズさんにも皆にも…なんて謝ればいいか分かんないですよぉっ。」

 ボロボロと涙を落としながら語るそれは懺悔だった。

「フラミーさん……。」「フラミー様…。」

「フラミー、やめるんだ。そう言う思いからぷれいやーは身を破滅させるといつも言っているだろう。」

 鎧は困ったなと言う具合に腕を組んだ。

 いつも、と言う程そんなにフラミーはツアーに会いに行っているんだろうか。

 それは危険だとアインズは思う。

 鎧に大した力はもう無くても、本体は魔法を失っただけで強大な竜だ。

「ツアーは少し黙ってろ。フラミーさん、貴女がしようとした事は早計だったかも知れないですけど、俺はなんとも無いですし、すぐにこの力を手に入れて良かったってきっと貴女も思います。それに俺自身がこの力を奪ったんですから。」

 アインズはフラミーの顔を両手で挟むと、上を向かせた。

 涙で顔と瞳は濡れて、髪の毛が少し顔に張り付く様は妙に艶めかしかった。

「俺は二度と眠りません。決して死にません。ナザリックを離れません。貴女との約束も破りません。一緒にここで生きていきます。」

 一息に言うと、アインズは何処からか湧いてくる謎の邪念をダメだダメだと振り払った。

「鈴木さんっ…約束ですよぉっ…。」

 フラミーはアインズの首に手を回してヒックと背中を震わせた。

 それをポンポン叩いて妹のような親友のような家族のような――もっと違う何かのような不思議なその人が落ち着くのを待つ。

 聖王国でその名を教えて良かったとアインズは思う。

 自分はきっとこの人にしかその名前をもう呼ばれることはないから。

「死なないで…ここにいて…。」

 フラミーは呼吸のように小さな声でそう言って泣くのにアインズは頷いて応えた。

 しばらくすると落ち着いたのかアインズから顔を離して静かに告げた。

「アインズさん…私の本当の名前を教えます…。」

 アインズは頷いた。

 デミウルゴスがそんな物があるのかと瞳を開いている。

 

 フラミーはアインズの耳元に再び顔を寄せると、小さな小さな声で言った。

「わたしは、村瀬文香。」

 アインズも確かめるようにその名前を小さな声で繰り返した。

「むらせふみか…むらふみ…フラミー…もしかして安直ネームですか…?」

 顔をアインズから離すと頷いた。

「ふふ、安直ネームです。」

 目尻にまだ涙が浮かぶフラミーはにこりと笑ってソファの上で大きく伸びると、アインズから少し離れて座り直した。

「はぁ…。スッキリしたから働きますかぁ。」

 いつもの後腐れのないその様子にアインズは心底安心した。

「手伝いますよ。なぁデミウルゴス。」

「もちろんでございます。」

「この一週間の僕の苦労はなんだったんだ。」

 不機嫌なツアーにアインズもデミウルゴスもざまぁみろと思ったのだった。




アーラアラフさんの名前に近すぎず、遠すぎない名前ないかなーと
フラミーと名付けてしまったせいで本名考えたことなかったですね〜。(聖剣伝説の二対の翼を持つ神獣
富良野美希 と 村瀬文香で悩みました。
ちょっと富良野さんはふらみ丸出しかと…笑
あまりにも丸出しで富良野さんって真剣なお話の中で出てきたらなんか笑っちゃいそうですよね?
村瀬で行きます!

アインズ様ヒロインルートに突入しました!

次回 #70 閑話 支配者達の勉強会
次回で閑話はおしまいで竜王国編にいきます!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。