霊廟を出たモモンガは空の美しさにブループラネットを思い出していた。
興奮して自然について語る彼は、普段はバリトンボイスだと言うのに、声を高く高くして一生懸命色々なウンチクを語ってくれたものだ。
広がる夜空は感嘆せずにはいられない、素晴らしいものだった。
「仮想世界でもここまでのものは……」
ため息のように言葉を紡ぐと、月と重なるように二つの影が見えた。
「アルベド、飛べるか?」
「勿論でございます」
アルベドが腰から生える黒い翼を大きく広げながら応える。
「ふ、よし」
アインズは<
初めて感じる感触は、大気。
リアルでは防護マスクなしでは表へ出る事など許されなかったモモンガは、今日の日の空への小さな冒険を忘れたくないと思った。
遠く小さかった影は次第に大きくなりはじめ、フラミーの翼よりハラハラと落ちてくる銀色の羽と輝きが舞いながら中空で消えていっていた。
支配者らしい低い声を出すことを心がけながら、呼びかける。
「フラミーさん」
「モ、モモンガさん!出てきてたんですね!」
慌てて目元を拭うような仕草に違和感を覚えるも、普段と同じ態度を取ろうとするフラミーに合わせ、いつも通りを演じた。
「はい。フラミーさんの少し後に入れ違いになったようでした」
「あぁ、こんな事なら最初からモモンガさんに
「本当に。俺も
この空への感動を、同じ世界を生きていた者と分かち合いたかった。
笑い合う至高の存在達を横目に守護者も語らった。
「あらデミウルゴス。奇遇ね」
「全くですねぇ、アルベド」
「私は今霊廟からここまでモモンガ様と少しデートしてしまったわ。あまり言葉は交わせなかったけれど、素晴らしいひと時だった……」
「そうですか。それは良かったですね。私もフラミー様の初飛行に立ち会わせていただきました」
デミウルゴスに自慢されたのかと思ったアルベドは対抗するように続けた。
「私もモモンガ様のこの世界初めての飛行に立ち会わせていただいたわ!ああ、今夜あなたと防衛について話し合う約束をしていて本当に良かった。くふふふ」
「全くですね」
デミウルゴスは返事をしながら、その聡明な頭脳を以ってフラミーが一人で上がってきた理由を考えた。
(最初から悪魔同士で飛行訓練をしようと思ってらしたのか)
モモンガとフラミーは遠く地平を眺めていた。
死の化身と、ぱっと見だけは美しき清浄な天使のコントラストは神話の始まりのようで、気づけばデミウルゴスとアルベドは言葉を忘れ見とれていた。
空などナザリックが第六階層に広がる物に比べればチンケなものだと思ったが、支配者達の姿は何よりも尊かった。
「キラキラしていて、まるで宝石箱のようですね。これが本物だなんて、信じられませんよ……」
優しい鈴木悟の声でつぶやくモモンガに、フラミーは涙を堪え頷いた。
「本当に……。こんなの……すごすぎますよね……。モモンガさん、世界ってこんなに綺麗なんですね……」
深く吸い込まれた空気はフラミーの肺を汚すことなく体中を廻り、ふぅーっと吐き出されていった。
「この世界が美しいのは、至高の御方々を飾る宝石を宿しているからに違いありませんわ」
「ふ、アルベド。私達だけではなく、ナザリックを、そしてお前達を飾るためだろう」
「ご許可さえ頂ければ、ナザリック全軍をもってこの宝箱全てを手に入れて参ります。そしてモモンガ様とフラミー様へ捧げさせて頂ければ、このデミウルゴス。これに勝る喜びはありません」
スッと頭を下げる悪魔に、私が言いたかったと言わんばかりの視線をアルベドが向けた。
それに努めて気づかないふりをし、モモンガは返した。
「ふふふ。この世界には私達より強大な何かが潜んでいるやも知れんぞ。だが、そうだな。世界征服なんて、面白いかも知れないな」
「あら、素敵ですね!」
軽快なフラミーの返事に「しかもアインズ・ウール・ゴウンの名が轟けば、他にも来てるかもしれない仲間が見つかるかもしれませんよ」と心からの笑顔――を乗せた声でモモンガは応える。
ユグドラシルのように会話を続けるふたりは、守護者の顔に浮かんだものに、少しも気付きはしなかった。
(きっと名を轟かせ、皆の帰還を助けるんだ)
そう決意したモモンガがナザリックへ目を向けると、地表が津波のようにナザリックへ迫る一大スペクタクルが行われていた。
フラミーもモモンガの視線の先に気付くと、わずかに自分を恥じた。
「マーレ、すごいですね。私なんかさっきもう寝ようとしてたのに……」
「御身は休みたい時に休まれれば良いのです。このアルベド、御身を煩わせぬよう守護者達を統括して参りますのでどうぞご安心下さい」
「ふむ。マーレの陣中見舞いに降りるとしよう。何かいい褒美の案はないか?」
「モモンガ様の慈悲深さにはただただ頭が下がります。ですが、お二人がお姿を見せるだけで十分かと愚考いたします」
デミウルゴスの言葉にそうかと返し、四人でマーレの下へ降りた。
トン、トン、と着地する足音が続く中、マーレは木の杖を抱きしめ、たったったと四人の下へ駆け寄った。
「も、モモンガ様!フラミー様!よ、ようこそおいでいただキます!」
「マーレ、そう焦らずとも良い」
「は、ハ、はい!と、ところで、モモンガ様、フラミー様。どうしてこちらに……?ぼ、僕……何か失敗でも……」
マーレが叱られるのではとビクビクしていると、フラミーがその頭をさらりと撫でた。手の中を柔らかな髪が滑る。
「マーレは偉いねって、空で話してたんだよ」
「ふ、ふらみーさま……」
マーレの顔はうっとりとし、わずかに上気した。
モモンガはうんうんとうなずき、指輪を一つ取り出した。
「そんなお前に褒美を与えよう。受け取ってくれるな」
そう言い差し出された物へ、アルベドとデミウルゴスの視線がギンッと釘付けになった気がした。
たらりと背を冷や汗が伝う幻想を感じる。
「も、モモンガ様!!取り出されるものが間違って、ま、ます!!う、う、受け取れません!!こ、これは至高の御方々のためのアイテムです!!」
ガタガタと震え出したマーレを前にモモンガとフラミーは目を見合わせた。
「……良い。受けとれ、マーレ。フラミーさんも賛成しているはずだ。ねぇ?」
「はひ。マーレ、もらって?」
「あ、あ、あの、で、で、でも」
「……この指輪を受け取り、さらにナザリックの為、私達のために貢献せよ。これは私とフラミーさんからの命令だ」
マーレは震える手で
「も、も、も、モモンガ様っ!!ふ、ふら、フラミー様っ!!こ、今後もこの宝にふさわしいだけの働きを!お、おみせっひっ、し、したいと思います!!」
「頼むぞ、マーレ」
「もう十分だけどね」
「とんでもありません!頑張ります!」
はっきりと答えたマーレは格好こそ少女のようなものだが、その顔は決意に満ちた少年の凛々しさがあった。
なんとか受け取ってもらえたとホッとし、帰ろうとフラミーに声を掛けようとすると、アルベドの顔の尋常ならざる様子が目の端に映った。
零れんばかりに見開かれた瞳はギョロリとマーレの指輪を捉えていた。
モモンガはアルベドを直視すると、まるで先ほどまでのことは夢か幻だったのではないかと思うほどにアルベドはいつもの美しい顔に戻っていた。
「……いかがなさいましたか?モモンガ様。フラミー様」
フラミーも同じものを一瞬見たのか、呆然としたような顔をしていた。
「い、いや……あー、お前にも、これは必要なアイテムだな」
モモンガは指輪を一つ差し出した。
「……感謝いたします」
すんなりと指輪を受け取られ、先ほどまでのマーレとのやり取りが嘘のようだった。
「……忠義に励め」
その様子を見ていたフラミーもその手に指輪を取り出した。
「じゃあ、デミウルゴスさんには私から」
「よ、よろしいのでしょうか……?」
「良いんですよ!私の予備ですけど、使ってください」
デミウルゴスはフラミーに見上げられると即座に膝をついた。
「お、御身の……つ、謹んで頂戴いたします」
深々と頭を下げ、両手を差し出し、受け取った。
手袋をする右手の薬指にそっと入れると、指輪は魔法の効果を宿しぴたりとその手にフィットした。
「――じゃあ、そろそろ戻りましょうか。フラミーさん」
「そうですね、お外楽しかったですねぇ」
「本当ですね。次は一緒に出ましょう」
「はひ!」
至高の支配者達が自室へ戻っていくと、三人はそれぞれに歓喜に沸いた。
マーレはウットリと左手薬指のそれを眺めた。
「僕の……僕の指輪……。モモンガ様とフラミー様が下さった……僕の指輪……」
アルベドはオッシャー!と一度雄叫びを上げ、全力疾走した後のように肩で息をした。
「ふぅ……ふぅ……くふっ、くふふっ!もうこれは結婚したと思っていいのよね!!」
一人で虚空に向かって既成事実だと騒ぎ出した。
デミウルゴスは絶対なる支配者のモモンガと、至高なる主人であるフラミーの二人より指輪を賜ったマーレに羨ましさを感じながらも、自分も下賜された右手薬指のそれを大切そうにそっと撫でた。
デミウルゴスはいつかモモンガから更に指輪を下賜される日が来るかも知れないと、左手の薬指は敢えて空席にしたのだった。
マーレくんちゃんさん、すごい