眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#70 閑話 支配者たちの勉強会

 すっきり顔のフラミーは軽く腰を浮かせ身を乗り出してツアーの前に置き去りにした書類を取り、大量の謎の数字とグラフが並ぶ書類を広げた。

 そして闇に手を突っ込むと触りすぎてヘニャヘニャになり年季が入り始めた大学ノートを取り出した。

 ノートのページをパラパラとめくって行き、目当てのところを開いてテーブルに置く。

 びっしりと何やら説明が書かれていると思われる見慣れた執務書類を手にして、よーし!と気合を入れた。

 アインズは想像以上にしっかり仕事をしている様子に驚いた。

 

 どんな案件なんだろうと横からフラミーの手元を覗き見る。

「エ・ランテル市からアーグランド評議国への直通街道計画…と…それに伴う通過地点・王国保有村等へのストック効果及びフロー効果………。」

 アインズは読まなければよかったと思った。デミウルゴスがうんうんと頷いている。

(ストック効果って…フロー効果ってなんなんだ……。)

 そう思ったのはアインズか、フラミーか。

 

 しかし、何でもないと言うような軽快な声が響いた。

「あぁ。それね。楽しみだよ。転移魔法を覚えるまではきっと僕もそれを通ってエ・ランテルに行くことになる。何で許可が下りないんだい?」

 ツアーは知っている計画らしく、フラミーとデミウルゴスを交互に見た。

 アインズはもしかしてこの竜は意外と使えるんじゃないかと思った。砕けた言葉を話すこれにあとでうまく説明させようと決めた。

 デミウルゴスは軽く一人掛けソファを引くと話し出した。

「まさに今許可が下りるところだよ。ツァインドルクス=ヴァイシオン。」

「それは嬉しいね。僕も向こうで貰った概要を見たけれど、積算価格が想像よりずっと良い数字を出していて驚いたよ。」

「そうでしょう。アンデッドを用いる利点が最も出るのがこう言った都市計画とアグリ事業だからね。」

 謎の言葉で話し始めた二人に、フラミーは困ったように書類から視線を上げた。

「あ、あの、デミウルゴスさん…ちょっと難しいです。」

「失礼いたしました。どちらをご説明致しましょう。」

 デミウルゴスがフラミーの方を向いて書類を覗こうとすると、ツアーがフラミーの目を通していない書類をその手から抜き取った。

 デミウルゴスが不敬だと言う声が響いたがツアーは無視した。

「――これはぷれいやーの文字か。僕には読めないようだ。フラミー、ちゃんと区間ごとに関所を設ければ神聖魔導国も亜人やアンデッドが居るんだから何も難しくないだろう?」

 ツアーはそう言うとぺらりとフラミーに書類を返した。

 フラミーは救いを求めるようにアインズとデミウルゴスを見た。

「んん。フラミー様は書類に書かれている言葉がうまく頭に入って来ないそうなのでこうしてお手伝いしながらやっているんだよ。あまり御身を急かさないでくれるかな。」

 フラミーは恥ずかしそうに自分の頭に手を当て、へへへと笑っている。

 

「これは…――」アインズはゴクリと喉を鳴らすような気持ちで続ける。「これは…もしや執務兼勉強会なのかな……?」

「その通りでございます。」

 デミウルゴスの返事にツアーはそろそろ勉強の時間だからと帰って行くフラミーの姿を思い出した。

「そうか、そうか。……それは実に面白そうな会だな?デミウルゴスよ。」

「はい。大変やり甲斐がございます。」

「この一週間ずっとやっているのかな…?」

「いえ。アルベドから秘書業務を引き継いだ四日前より始めました。」

 アインズは背中が汗でびしょびしょになるんじゃないかと思う気持ちでデミウルゴスに尋ねる。

「なるほどな…。これからは私も執務のない時に参加しても…?」

 デミウルゴスは顎に少し手を当てると、すぐさま頷いた。

「そう言うことですか。たしかに御身がフラミー様にお教えになった方が確実でしょう。」

 一番まずい展開だった。

「ち、違う!いや、お前の理解がどこまで深まっているのか、そしてどれだけ教える能力があるのか確かめたいのだ。わかるな。」

「なるほど。それではこのデミウルゴス、御身にご納得頂けるように精一杯務めさせて頂きます!」

 試練に燃えるような瞳を見せてから頭を下げる守護者に安堵のため息をつきそうになる。

「よし。私はこの先、お前を試すために初歩的な質問をするだろう。赤ん坊に戻った気持ちでお前の教えを受ける。良いな。」

「畏まりました。フラミー様もよろしいでしょうか。」

「もちろんです。でも、アインズさん起きたばっかりなのに良いんですか?」

 見上げるフラミーにアインズはもちろんと頷き、フラミーの前に広がるノートをとり目を通した。

「……フラミーさん、よく勉強してますね…。」

「え?えへへ。そうでしょうか。アインズさんのレベルにはまだまだ程遠いですけど。」

 照れ臭そうに笑うフラミーに、アインズは胃が痛くなった。

 

+

 

「本日は以上です。お疲れ様でしたフラミー様。」

「あ…ありがとうございました…。」

 青くなった新しい友人にツアーは笑いながら声をかけた。

「君は苦労人だねフラミー。確かに考えてみたら神様が書類を見る姿なんて少しも想像できない。世界創造に税金もないだろう。納得したよ、ははは。」

 フラミーは恨めしそうにそれを見るとプイと顔を逸らした。

「ツァインドルクス=ヴァイシオン。君ははっきり言って先程から不敬にも程がある。」

 デミウルゴスの不愉快そうな声に、ツアーはこれは失礼、と一言言うと笑うのをやめた。

「それにしても…午前中に属国化案の確認をしていた時も思っていたけれど、デミウルゴス君は実に賢いようだね。アインズのようだ。」

 その言葉はデミウルゴスとアインズを一瞬惚けさせた。

 ツアーはこの勉強会を見ながら、アインズがどう言う人物なのか改めてわかった気がしていた。

 フラミーがわからないであろうタイミングで的確な質問を飛ばし、フラミーの理解を深めさせようとデミウルゴスを手伝っているアインズの姿に心底感心していた。

 何が解らないかも解らないような状態のフラミーの解らない事を指摘するのは至難の技だ。

 デミウルゴスもそれに気付いているのか軽く自嘲している。

 確かにデミウルゴスはアインズ程賢くないかもしれない。

「…いえ。私はアインズ様の足下にも及ばぬ愚者ですよ。今夜もアインズ様が手伝って下さったお陰で、フラミー様はいつもよりも多く学ばれたご様子でした。」

 そう言いながら机の上の書類を回収し、自分の無限の背負い袋(インフィニティハヴァサック)にすっかりしまった。

「それでは本日はこれにて私はお暇致します。」

 デミウルゴスは恭しく頭を下げ立ち上がった。

 フラミーと二人で過ごす四日は甘く幸せだったが、やはり慈悲深き支配者が目覚めて共にいてくれると言うのは格別だった。

「あぁ。また明日も頼むぞデミウルゴス。」

「お任せください。明日は聖王国へ出張に行った後にでも。ツァインドルクス=ヴァイシオン、君もそろそろ帰ったらどうだね?」

 ツアーも頷き立ち上がる。

「それもそうだね。今日は中々面白かったよ。それじゃあまた。」

 フラミーが慌てて立ち上がり転移門(ゲート)を開く。

 

「あ、待てツアー。」

 闇をくぐりかけた鎧は足を止めた。

「なんだい?」

「私も一度お前の家を見てみてもいいか?」

 デミウルゴスは立ったままその様子を見た。

「……悪いけど、アインズはぎるど武器を壊しそうだから断るよ。」

 それを聞くとアインズはため息をついた。

「…そうか。しかし、私はギルド武器を壊さないぞ。壊す必要があるのはフラミーさんだからな。」

「…フラミーがギルド武器に目もくれなくて良かったよ。」

「ははは、私はそれどころじゃなかったですもん。」

「そうかい。じゃ、僕はこれで。フラミーまた何か困ったらいつでも来るといいよ。君の存在はアインズを孤独にしない為にも必要だ。」

 ツアーは力を奪われた今、百年ごとに訪れる揺り返しのためにもアインズを守るしかないと思っていた。

 手を振るフラミーと、不愉快そうな骸骨と悪魔に背を向け、ツアーは帰って行った。

 

 その後メイドとアサシンズ以外誰もいなくなった部屋で、アインズは正面に座り直したフラミーに深々と頭を下げた。

 

「フラミーさん…これから寝るときノート貸してください…!」

 

 アインズはこれまでよくわからなかったが聞けずにいた事たちが次々と解けていく感覚に歓喜していた。

 

 その後アインズはフラミーが寝る時には、一日フラミーが学んだノートを写したり読み返したりし、少しづつ賢くなって行くとか、行かないとか――。




若干消化話感ありましたね!
新章前に70話で終わらせたくて( ̄∇ ̄)ははは

次回 #1 僕も連れて行け
やっと新章だぁ(*゚∀゚*)テンポよくいきたい所ですね
ここから先はアンケートの結果を書くために恋愛重視で頑張ります!!

そして現在の神聖魔導国の状況です!

【挿絵表示】

ユズリハ様いつもありがとうございます!

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