眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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試される竜王国
#1 僕も連れて行け


 ツアーは視界を確認するくらいしか出来ない鎧の操作にため息をついた。

 この世界のどこにそれがあるのか感じることができない位階魔法を、ツアーは形だけの魔法だと思っていた。

 真なる魔法、始原の魔法とはやはり違う。

 

「おいツアー。お前聞いてるのか?」

 イビルアイの不愉快気な声にツアーは目を開いた。

「ん?ああ。聞いているとも。」

 リグリットと模擬戦を行う鎧を動かしながらもう何度聞いたか分からない話に片耳だけ向ける。

「そうか?まぁいい。それでな、陛下方はその時も仰っていたんだ。自然を守るというのは植物という命を守る事なんだろう。ああ、なんて慈悲深いお方々なんだ!特に神王陛下は素晴らしい…ああ…陛下…。」

 イビルアイの言葉にツアーはやれやれと鎧を止め、リグリットを見る。

「…まぁ、そういう訳じゃな。しかしツアー、お主鎧を動かすのも随分上達したのう。」

「まぁね。流石にあれから二週間だから。」

 鎧の手をパンパンと払うと、鎧越しに二人に頼む。

「そう言えば君達、アインズかフラミーに一本伝言(メッセージ)を送ってくれないかな?」

 

「「はぁ?」」

 

 二人の心底何を言っているんだと言う声にツアーは少しだけ気分を悪くする。

「なんだい。僕はまだ伝言(メッセージ)を使えないんだから仕方ないだろう。」

 鎧が腰に手を当てる様子を見た二人は顔を見合わせた。

「なぁツアー。お前陛下方に手を上げた事を忘れたのか?それをいくら従属したからって伝言(メッセージ)を送るってのは…。」

「…それは悪かったと言っているだろう。それにアインズがもう僕を許したと言ったんだ。神様に二言はないはずさ。」

 二人は悩んだが、リグリットが口を開いた。

「陛下が良いと言うなら良いんじゃがな…。しかし陛下方がどれだけの距離にいらっしゃるかまるで解らないからのう。遠ければ音声も乱れるだろうし…そもそも繋がるのか…。」

「フラミーはここに来た時には普通に伝言(メッセージ)でナザリックと呼ばれる場所へ連絡を取っていたよ。」

 ツアーの発言に二人はすっかり呆れ返ってため息をついた。

「陛下方のお力で出来ても、私達にできない事は数えきれんぞツアー…。」

「後は転移魔法を覚えるかだのう。作られ始めた新街道の関所のポイントポイントで飛んでエ・ランテルに行けるようになれば神殿で謁見を申し込めるじゃろう。」

「…じゃあ、今度は転移魔法を教えてくれるかな。明日には飛べるだろうか。」

 このドラゴンは割と位階魔法を舐めている。

「そんな訳ないだろう…。急ぐならとりあえず手紙を出せ。フロスト便が評議国も始まったんだろ?」

「あぁ……そうだったね。」

 ツアーは若僧(オラサーダルク)の身内のことを思い出した。

 

+

 

 神都には竜王国より連日助けを求める書状が届いていた。

 それは最後は何でも差し出すとでも言わんばかりになっていて、アインズは国内の滞っていた仕事を何とか片付け終わった今日、出発の準備を行っていた。

 それがなくてもアインズは冒険にいこうと思っていたが、助けを求められて行くに越したことはない。

 

 アインズの執務室にはフラミーとシャルティア、デミウルゴスが訪れていた。

 跪くシャルティアは再び訪れたこの機会で絶対に他の守護者をあっと言わせる成果を上げて見せると燃えに燃えていた。

「それにしてもデミウルゴス。またおんしでありんすの。」

 ちらりとデミウルゴスを見る目はすっかり邪魔者扱いだ。

「私は御方にお呼び頂ければどこにでもどこまでも行くとも。」

 アインズとフラミーは聖王国の時の反省を生かして知恵者を一人は連れて行こうと決めていた。

 アルベドの近頃のアインズへの迫り方は激しく、ここで更にシャルティアとセットになるとアインズが疲れる為に相変わらずナザリックの運営を任された。

 フラミーはあまり外に出られないパンドラズアクターを推したが、やはりこちらもアインズが、いつでも父上と呼ぶようになった可愛らしい息子と共に何日も過ごすことを嫌がった。

 

「…とにかく漆黒聖典の準備が済み次第カッツェ穀倉地帯の端に転移門(ゲート)で向かうぞ。お前達準備は万全だろうな?」

「「は!!」」

 守護者二名の返事が部屋に気持ちよく響く――と、セバスが入室許可を求めて来た。

 当然のようにアインズは入室を許可すると、入ってきたセバスの手の中には一通の手紙があった。

「アインズ様、ツァインドルクス=ヴァイシオンよりアインズ様宛に手紙が。」

「ツアーから?何だあいつ。今度は文通しようとでも言うのか?」

 許しはしたが、当然未だ好きになりきれない竜からの手紙を受け取り、アインズはペーパーナイフを机から取り出すと慣れた手つきで封を切って開けた。

「ツアーさん、なんですって?」

 フラミーが寄ってきてそれを覗き込むと、アインズが手紙を開き二人は目を見合わせた。

 

「「よめない…。」」

 

 自分達の声の重なりに支配者達は軽く笑い声を上げた。

「こ、これは失礼いたしました。」

 セバスは慌ててアインズから預かっていた魔法のモノクルを渡した。

 アインズはゴホンと咳払いをして読み上げる。

「あー何々?竜王国に行くときは僕も連れて行け…?全くこいつは仕方ないやつだな。えードラウディロンの曾祖父である七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)と面識がある。…それが子孫の為に作っていた…始原の魔法を抑制する腕輪は…世界のために君が持つと良い……ツァインドルクス=ヴァイシオン……。」

 まるでこの世界の物は殆ど自分の思い通りになるとでも言うような雰囲気が伝わってくる手紙に、アインズは溜息をついた。

 

「あのトカゲ。アインズ様のお力を抑えようなんて生意気にも程がありんすね。やはり殺してしまうのが一番かと思いんす。」

「シャルティアの言う通りですね。」

 シャルティアとデミウルゴスがうんうんと頷く姿に、アインズは告げた。

「始原の魔法でのアイテム製作が未だ成功していない事を思うと、この腕輪は確認のためにも手に入れておいても良いかもしれん。」

 アインズは目覚めてから、手始めにアイテム作成を試してみようとしたが――どんな材料があればそれが出来るのか、またどの魔法で出来るのか、いまいちピンと来なかった。

 出来れば色々作ってみたいとは思っているが、あのツアーが戦力増強に繋がるアイテム作成について口を割るとはとても思えなかった。

 

「おぉ!まさにその通りでありんす!」

「さすがはアインズ様。素晴らしいお考えです!」

「………お前らちょっと黙れ。」

 あまりにも熱い手のひら返しにアインズは苦笑した。

 

 その様子を見ていたフラミーがすぐ隣で口を開いた。

「じゃあ、腕輪の回収と、女王様のひいお祖父さんに会いに行きますか?」

「そうですね。そうしたいところです。ツアーも連れて行くかぁ。」

 頷くとフラミーは突然転移門(ゲート)を開いた。

「じゃ、私ツアーさん呼びに行ってきます!」

「え!?フラミーさん!行っちゃダメだって――!」

 フラミーは転移門(ゲート)に入って行くとすぐにそれを閉じた。

「ダメだって言ってんのに…。」

 止めようと伸ばした腕は宙ぶらりんになった。

 伝言(メッセージ)を送り、開いた転移門(ゲート)を潜らせれば済むだけの話だと言うのに、フラミーは迎えに行ってしまった。

 未だにアインズはツアーの真実の姿を見たことはないが、フラミーの話を聞くとやはりその竜はボスクラスだった。

 心底一人でそんな所には行かないでほしいと、腰を半分ソファから浮かした体勢のまま思った。

 

 シャルティアがアワアワしている横でデミウルゴスは目に手を当てて俯いていた。

「…デミウルゴス、お前には本当に苦労をかけたな…。」

 アインズはデミウルゴスが毎日胃を痛くしてフラミーの帰りを待っていたと話を聞いたとき、「うちの子が本当にすみません」と心底思った。

 

+

 

 ゴーレムの引く馬車は二台用意された。

 前を行く馬車はアインズがフラミーと二人で乗る予定だったがツアーも乗り、それを追うように走る馬車には守護者が二人で乗っていた。

先導するは漆黒聖典だ。

 

「君達の使う魔法は全くすごいね。」

 ツアーは関心しながら窓の外で働くアンデットと馬車の内装を興味深そうに眺めていた。

「アンデッドは素晴らしい労働力になるからな。燃料も食事もいらない上に疲労もしない。評議国にもいくらか貸したとアルベドに聞いたが、お前の所の亜人達は殆ど使いたがらないそうだな?」

「皆君を見た事がないからアンデッドが理性的なわけが無いと恐れているんだよ。今度パレードでもするかい?スヴェリアーは嫌がるだろうけど、必要なら竜王以外の永久評議員達から話を通すよ。」

「…それは…いい。…気長にやるか…。」

 アインズは呟くと瞳の灯火を消した。

「それはそうと、アインズ。ゲートの使い方を教えて欲しいんだよ。インベルンやリグリットの使う転移はその本人の身が転移してしまうことが解ってね。僕はゲートで鎧だけ移動させたいんだ。」

 ツアーはあまり教えるのがうまくないフラミーよりもアインズに聞きたかった。

 きっと物凄く教えるのもうまいだろうとあの日の勉強会以来思っていた。

 アインズはうーんと唸ると、首を左右に振った。

「悪いがそれはできない。今後お前が関所も通らず自由に神聖魔導国の出入りが出来るようになるのは流石に了承できん。」

「…そうか。それはそうだね。今は我慢するか。」

 ツアーは他に何か良い移動手段は無いものかと悩んだ。

 

 しばらく走るとその日のキャンプ地点に着いたようで馬車は止まった。

 竜王国にはカッツェ穀倉地帯から二日で行ける為、明日の夕刻には竜王国に入る。

 

 馬車の外から漆黒聖典隊長の声がかかった。

「神王陛下、光神陛下。粗末ではありますが夕食の準備が整いました。」

 アインズは食べる事はできないが、フラミーと共に降りる事にした。

「やっぱり魔法によらない移動って楽しいですね!」

 ウキウキと馬車を降りるフラミーの後を追って降りると、シャルティアとデミウルゴスが頭を下げて待っていた。

「お前たち偉いぞ。食事を取れる者はそうするべきだ。」

「は。畏れいります。…ツアーは如何なさいましたか?」

 デミウルゴスがチラリと馬車の中を見ると、隊長の後を歩きながらアインズは話し出した。

「あぁ。あいつも鎧を置いて向こうの体で食事らしい。ちょうど良い機会だからこの世界の美しさを教えてやろうと思ったのにな。」

「それは素敵でありんすねぇ!アインズ様。このシャルティアに是非世界の美しさをお教えくださいまし。」

 手を前に組んで淑やかに傍を歩き出した吸血鬼にアインズは微笑んだ。

「そうか?じゃあ、またお前に教えてやろう。」

 どんな話でも聞きたがるシャルティアを、アインズはクアゴア退治以来すっかり気に入っていた。

(キャンプにはシャルティアがいると盛り上がるなんて意外ですよ、ペロロンチーノさん。)

 焚き火の周りを漆黒聖典、守護者と囲むと、アインズは食事を取る面々をしばらく眺めた後空を見た。

 フラミーも食事をしながら空を見たり、たまに耳をすませて木々のざわめきを聞いているようだった。

 何度見ても美しいその空は、やはりキラキラと輝いて宝箱のようだった。

 

「全くツアーはこれが壊されても良いと思うなんてな。もったいないやつだよ。」

「陛下のお心は本当にお美しいのですね。」

 アインズの呟きに第五席次・一人師団のクアイエッセがうっとりと応えた。

「ははは。初めて言われたぞ。アンデッドに言うセリフか?」

 優しく心地いい声音に、漆黒聖典は辛く厳しい戦いが続いていたが竜王国の担当になっていて良かったと心底思った。

 その様子にシャルティアもほぅと甘いため息をついて食事の手を止めた。

「アインズ様こそ世界の美の結晶でありんす。御身の為にシャルティアは何でも捧げてみせんすぇ。」

「ふふ。何だか聞いたことがあるようなセリフだな。なぁ、デミウルゴスよ。」

 早々に食事を済ませていたデミウルゴスも穏やかに微笑み頷いた。

「はい。このデミウルゴス。アインズ様と交わした言葉は一言一句忘れたりはしません。」

「そうか。ふふ。世界征服なんて――」

 そこまで言うとアインズは体に電流が駆け巡ったかのように閃いた。

 ハッとしてフラミーを見ると、フラミーも同様だったのか食事中の手を止めて目を丸くしてアインズを見ていた。

 二人の視線の間には言葉が通った。

 

((あの時か!!))

 

 二人はいつの間にか始まっていた世界征服の計画の始まりがいつなのかずっと分かっていなかった。

 結果的に世界征服を行うことに二人とも納得していたが、初めてそれを聞いたときは一体いつ、何故、と二人で話し込んだものだった。

 

 ようやくスッキリした二人は顔を見合わせて笑い出した。

 アインズはすぐに鎮静されてはまた笑うという奇妙な様子だったが、皆穏やかな時間に浸ったのだった。




次回 #2 ドラウディロンの憂鬱

ドラウディロン来る!ドラウディロン来るよぉー!!

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