眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#4 大捕獲

 翌日、ドラウディロンは昨日よりわずかに露出を減らしたドレスを着ていた。

「神王殿。昨夜はすまなかったな」

「いや。こちらこそウチの配下の者がすまなかった。これを御することができなかった私の不徳だ」

 神王はムスッとした寵姫の頭を抑え、いつでも頭を下げる準備があると示していた。

 例え神王の元に嫁入りしたとしても、後宮に入れられたまま老いていくだけの形上だけの婚姻もあり得ると思っていたが、既にいる側室と共に一国の王が頭を下げると言っているのだ。

 正妃として迎えられてもおかしくはない。

 そうでなくても後宮での確かな地位は保証されているだろう。

 

「いや。気にすることはないとも。君は本当に誠実な男なんだな」

 ドラウディロンは昨夜から引き続き神王の評価をぐっと上げた。

 昨日は覚悟が決まっていないことを見抜き、焦らなくて良いと示したその紳士的な態度は、これまでロリコンセラブレイトや横暴な宰相ばかりがその身の回りにいたドラウディロンに衝撃を与えた。

 

「このくらい別に普通だろう?」

 極め付けはその謙虚さだ。

 何故漆黒聖典の者達があれ程までにこの王に惹かれるのかがわかった気がする。

「ふふ。君みたいな男は初めてだよ」

 ドラウディロンはジッと目の前の偉大な王を見つめた。

「……そうか?まぁいい。ドラウディロン・オーリウクルス殿」

「ドラウディロンで結構だよ。貴殿にはその権利がある」

 ドラウディロンは少しの緊張感を持ちながら神王に告げた。

 異性の王が他所の国の王を下の名前で呼ぶなんて非常識だ。

 これでまた断られれば恥ずかしいが、きっとこの王は女のプライドを傷付けるような男ではない。

「それではそうさせて貰おう。ではドラウディロン殿」

 やはりとドラウディロンは笑みがこぼれそうになった。

 

「シャルティアの失態を許して頂けると言うことだったが、こちらとしてはやはり示しが付かんのでな。互いの為にも今日は漆黒聖典と共にこれをだそう」

 神王が寵姫の頭にポンと手を置くと、予想外の出来事にドラウディロンは宰相と目を合わせた。

「ま、待ってくれ。そこまでされる必要はないとも。本当に私はもう良いんだ」

 いくらなんでも死んでしまうのではと心配になるが、考えてみたら後ろから指示を出すだけかもしれない。

 

「いいや。こうさせてくれ。――クアイエッセよ」

 後ろに控える漆黒聖典の中から一人師団が一歩前に出て膝をつくと、見たこともない程にやる気に満ち満ちた様子で応えた。

「は!クアイエッセ、御身の前に!!」

「今日シャルティアはビーストマンを拘束する。お前はそれを回収してフラミーさんとシャルティアの開く転移門(ゲート)へ入れろ」

「は!」

 一人師団の力強い返事に神王は満足げに頷いた。

 ドラウディロンは捕虜を取ってそれを人質にできるなら良いかもしれないと思うが、恐らくあれらはそんな事で立ち止まる存在ではない。

 

「さて、どれ程生かしたものかな。人間種からの評判が悪いから悩むな」

 神王が呟くと悪魔が優雅に歩み寄り何やら耳打ちした。

「そうか。いつの間にそんな手を回していたんだ?」

「は。御身よりシャルティアと共にこの旅に誘われた時から、既にアインズ様のお考えに気が付きまして」

「……そうか。ではオス一万、メス二万ほど捕獲しろ。最初にあまり殺すと恐れをなして逃げてしまうからそこだけ注意が必要だ。今日シャルティアは捕獲に留めておけ」

「畏まりんした」

 

 何の気負いもない寵姫の反応にドラウディロンはまさかと目を剥いていると、それを気にも止めずに神王は続ける。

「隊長、お前達は普通にあいつらを狩ってくれ。ただ、お前達が死なない程度でいいからな。蘇生はできるがフラミーさんの手間だ」

「承りました」

 恐ろしいその会話は死を超越した神々だからこそなのか。

 死の神は満足げに頷くと、すぐ隣に控えたままの悪魔を見た。

「デミウルゴス、後はそちらで質を確認して適宜間引け。一先ずあちらへ行くことを許す。間引いた者はきちんと使い切れ。それが供養という物だ」

「畏まりました。お任せください」

「よし。では始めるか」

 話が終わったようで神聖魔導国の面々が行動を開始しようとすると――

「お、お待ち下さい!」

 宰相が声を上げていた。

「一人師団殿のお力は重々存じ上げておりますが……三万を捕獲とは一体……それにブラッドフォールン様は……」

 寵姫だと思ったはずの女は口元を裂くように笑った。

「その程度、妾の前では些事。わたしは残酷で冷酷で非道で――そいで可憐な化け物でありんす」

 

 女神と竜王が楽しげに会話する声だけが響いた。

 

+

 

 シャルティアは紅い鎧に身を包んでいた。

 本当は武装を整える意味もないが、見栄えと言うのは大事だ。

「フラミー様。シャルティア様。整いました」

 隊長の声掛けに振り返れば、ギガントバジリスク達がクアイエッセと共に、命令を今か今かと待ちわびているようだった。

 

「すみませんね。私が天使を呼べば済むって言うのに」

 フラミーはアインズにわざわざ弱い漆黒聖典を出す必要も無いのではと言ったが、竜王国の民に武器(・・)を見せたいという事で漆黒聖典は全員が出ていた。

「とんでもございません。こうしてお仕えする機会を頂戴でき幸せにございます。それに、折角神王陛下より賜ったこれらも使われなければ泣きましょう」

 漆黒聖典達は皆その手にルーンの刻まれたユグドラシル産の武器を持っていた。

「ありがとうございます。もしルーン武器を借りたいと言う者が現れたらアインズさんに伝えるので教えて下さい」

 隊長が深々と頭を下げると、フラミーはツアーへ目を向けた。

 

「ツアーさん、本当お城にいたって良いんですよ?」

「いや。僕はシャルティア君の力を見てみたいからね。それにドラウディロンは僕が近くにいると興奮する」

 フラミーはこんな調子で本当に始原の魔法の腕輪を女王から貰って、製作者の竜王の元へ行けるのかと心配になる。

 しかし最初に何でもくれると言ったのだから、もし嫌だと言えばデミウルゴスの言う通り最後は拷問して竜王の場所を吐かせ、殺して奪えば良いのかもしれない。

 

「アインズさん、上手にお願いできてると良いなぁ……」

 フラミーは遠くに見える城を軽く見上げた。

「アインズなら大丈夫だと思うよ」

 鎧はフラミーの肩に手を置いた。フラミーは中身のない鎧を見上げ、頷くと宣言する。

 

「じゃあ、始めますか」

 

+

 

 その紅い鎧を着た人間は突然現れた。

 これまで余裕を持って人間を食いながらジリジリと戦線を追い上げて来たと言うのに、次々と仲間を、特にメスを執拗に捕らえている。

 オスは流石にメスよりも力が強い為捕らえるのが難しいのかもしれない。

 ビーストマン軍の隊長を国より仰せつかっている者はその様子を苦々しげに眺めていた。

「あれは何だ!これまであんな人間はいなかったはずだぞ。全く!あんなのに捕らえられるとは情けない!」

「は!戦闘能力は持たないのか捕縛ばかりを行っているようです!捕縛された者達はギガントバジリスクによって謎の闇に連れ攫われています!」

 以前戦線を離れたはずの強き人間が戻って来ている以上再び戦線は膠着しかねない。

 それをもう一押しするためにこちらの戦力を少しでも削ごうと言うのか。

 すると、紅の人間は声を上げた。

『ここで最も強き者は誰でありんすか!!』

 一騎打ちでもしようと言うのか。声はあたりに響き渡っていた。

「隊長!どうしますか!」

 隊長は獣のように喉をグルルル……と鳴らして笑った。

 

「相手は私を捕らえてここの戦線の崩壊を望んでいるのだろうが――良いだろう、受けて立つぞ!!」

 隊長が激しく咆哮すると、それを聞いた周りのビーストマン達も興奮し共に咆哮を上げた。

 咆哮が咆哮を呼ぶ連鎖だ。

 それだけで周りのビーストマンはこれから何が行われるのかを察し、道を開けていく。

「あれだけ若い女だ!さぞ美味いに違いない!!行くぞ!!」

 隊長は数人を伴い、紅の人間へ近付いていく。

 紅の人間の周りは捕獲された仲間が多く転がっていた。

 そして確かにギガントバジリスクによって謎の闇に放り込まれていく。

 紅の人間は遠くから見た時よりも余程華奢な体つきをしているように見えた。

(防御力も攻撃力も低い故のこの見事な装備か)

 勝てる。

 隊長は確信した。

 これは満を持して出した人間の最大の隠し球に違いなかった。

「卑怯な戦い方をしているようだな!人間!俺こそここを預かり持つ――」

「黙りんせん」

 それは名乗りを上げようとするのを止めた。

 周りのビーストマンからブーイングが上がった。

 戦士として戦う気のない卑怯な弱者をなじる声が響く。

 

「アリの名など興味ありんせん」

「何だと?この俺よりもお前が強いとでも言うのか!!」

 これまでただの一匹たりとも紅の人間には殺されていない。

 余程強い捕獲魔法を持つ奢りか。

「そんな事より、おんしが一番ここで強いビーストマンで間違いありんせんね。」

「その通りだ!お前は生きたまま食ってやろう。ハラワタを引きずり出し、意識を失うその時まで自分が食われる様を見るのだ!!」

 隊長の宣戦布告に床に転がる者も含めビーストマン達が笑い声を上げる。

「いざ!!」

 隊長は地を蹴り、人間を遥かに凌駕するスピードで紅の人間に迫り、殺さない様に脚に向けてその鋭利な爪を突き立てようと腕を振りかぶった。

 

(反応もできまい!!いける!!)

 捕獲魔法は術者によってその強度も違うと聞いた事がある。

 この程度の相手ならば、万一それを食らったとしても振り払えるだろう。

 

「<集団全種族捕縛(マスホールドスピーシーズ)>」

 瞬間隊長は身動きを封じられ、激しい勢いのまま転げると顔を擦りながら地に伏せた。口の中が切れ、血の味が広がった。

「な、なんだと!?く、想像より強力だったか。しかし、たとえ私を封じたとしてもこれしか能のない貴様では我らビーストマンは止められまい!お前たち、やれ!!」

 周りで見ていた者が飛びかかるのを隊長は今か今かと待つ。

 その鎧が剥ぎ取られ、血を吹き出し絶望しながら食われていく様を想像して昂ぶる。

 ――が、一向に誰かがそれに襲いかかる様子はなかった。

 土を噛みながら再度「やれ!!」と叫ぶと、体を持ち上げられた。

「なん!?」

 ギガントバジリスクによって持ち上げられて見えたそこには、自分の近くにいた者達まで身動きを封じられていた。

 少し遠くには、恐れる様にこちらを見ているビーストマン達がいた。

「お前達、捕らえるだけのこいつを恐れるな!!それしか出来ない故に発達させた能力だ!!」

 ビーストマン達の瞳に再び戦闘意欲が戻ったのを見ると、隊長は闇に放り込まれた。

 

 ズシャッと床に顔を突っ込み、わずかな痛みが襲う。

 顔をあげれば、そこは、見たこともない草原だった。

「やあ。君があのビーストマンの中で一番強い者という事で間違い無いのかな?」

 そこにはまたしても赤い服に身を包む人間の男と、多くの身動きの取れない仲間達がいた。

 何故か誰も一言も口をきかなかったが、確かに全員が生きているのが分かった。

 殆どの者達は武者震いして、男に視線を注いでいた。

「その通りだ。我らを捕らえ、それで戦線を戻せると思ったら大間違いだぞ。我らは貴様ら人間とは違ってオスメス全てが戦士だ!」

 後から放り込まれてくるビーストマン達がグルルル……と喉を鳴らしている。

 

「そうかい。ミノタウロスは人間の男を好んで食べると聞くからね。筋肉質の方が好きなんだろうと思うんだけど、君はどう思うかな?」

「はん!女子供を食べないでくれとでも言いたいのか?」

「いえいえ。君達はミノタウロスにくれてやる予定だからね。当面は。」

 ミノタウロスはかつて口だけの賢者が残した強大な武器(・・・・・)によってギリギリでビーストマンの侵攻を食い止め、以来未だに睨み合っている。

 ミノタウロスと共同戦線を敷く為に捕虜として連れて行かれるのか。

「我らは軟弱なお前達と違ってそんな事で止まるほど優しくはないぞ」

 隊長の声に後から続々と増えてくる仲間が「そうだそうだ」と声を上げる。

 

「私達の国には既に人間種が増えすぎた。ならば反感を買わないで済む者と交換した方が楽。そうだね?」

「どう言う意味だ!ここはミノタウロスの陣地なのか!」

 人間の奴隷の代わりに奴隷として差し出されるとでも言うのか。

「なに、直ぐに分かりますよ」

 話は終わったとでも言うような様子に、自分の後から来た者達が吼え出した。

「隊長!!食らいついてやれ!!」

「人間が俺たちを抑えきれると思ってやがるぜ!!」

「俺たちを捕らえるなんて考えた愚か者を――」

 パンと軽快な音がなると、一匹の頭が吹き飛んでいた。

 あるべきものを失った首からは激しく血が吹き出すと、その者は糸の切れた人形のように倒れた。

 誰もが何が起きたのか分からず、混乱から悲鳴が上がる。

「全く。肉質が良いものは出荷したいと言うのに、あまり無礼な口を利く様なら殺しますよ」

「な……なんなんだ……。なんなんだ一体……。お前は……ここは……」

 口を聞けない者達が皆荒い鼻息を吹いている。

 よく見ればそれは武者震いではなく、心底怯えきっていると言うことがようやく分かった。

 

「だから、ここは牧場ですとも。私は飼育員ですよ」

 

 その男は見たこともないような邪悪な顔で笑った。




次回 #5 ドラウディロンの暴走

飼育員さん、新しい家畜が増えてよかったね!
シャルティアの「一日に一回は妾と言う」の設定、いつも"妾"にするか"私"にするか悩まされます笑
あー嫌な予感の次回予告だなー。

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