眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#5 ドラウディロンの暴走

 城からシャルティアの働きを見ていたドラウディロンは驚きのあまり言葉を失っていた。

 遠く米粒のようなサイズで見えるそれは、次々とビーストマン達を無力化して行く。

 女神は少し離れたところからツアーと共にその様子を見ている様だった。

 

「すごすぎる…。」

 ドラウディロンから思わず漏れたその言葉に宰相が頷いていた。

「そうだろう。あれは気立ても良いし何にでも一生懸命によく働く。」

 神王の寵姫を手放しで褒め称えるその声にドラウディロンはわずかに胸の内がざわめいた。

「…そうか。働き方は違えど私も精一杯神聖魔導国の為に働くつもりだぞ。」

 神王は窓からドラウディロンへ視線を向けた。

「それは嬉しいな。」

 微笑んだ様な雰囲気にドラウディロンは何故そんなにも真っ直ぐでいられるのだろうとその恐ろしいはずの王をもっと知りたくなっていた。

「神王殿…その――」

「ん!?」

 突然神王は声を上げ、窓に張り付くようにして外を眺めだした。

 視線をそちらから離さずに闇から何やらごそごそと取り出し目に当てた。

 その先を見れば、そこにはビーストマンが寵姫に近づく事を諦めたのか女神に襲いかかり出した姿があった。

 アレだけ華奢な生を司る女神がビーストマンに太刀打ちできるとは思えなかった。

「あ!危ない!!フラミー殿はお呼び戻しした方が――な!?」

 すると女神は無造作に杖を振り、向かってきたビーストマンを殺し始めた。

 

+

 

「今日はまだ殺さない予定なのに!来ないで下さい!!」

 フラミーは襲いかかってくるビーストマンを遠くに投げたり、杖で撲殺したりしていた。

 その身は血にまみれ始めていたが、近くに立つツアーは何もする気は無いらしく腕を組んで様子を見ていた。

「もー!!ツアーさんも働いて下さいよ!!」

「こんな事で死んだり傷付いたりする君じゃないだろう。今の僕の鎧は以前使っていた物よりも弱いし、僕は今も君達の世界征服には懐疑的なんだよ。三万生かしてくれると言うのは感謝するけど。」

「もう!分からず屋!」

 背後の事態に気がついたシャルティアはドン!と地を蹴りフラミーの前に来ると一薙ぎで大量のビーストマンを殺した。

 

「フラミー様!失礼しんした!!」

 シャルティアは即座に頭を下げ、血に塗れたフラミーにいそいそとタオルを出して渡した。

 礼を言って受け取り顔を拭くと、フラミーは血生臭い自分の様子と大量の死体の山に「あぁあ」と声を上げた。

 女王が腕輪を渡し、竜王に会わせる約束をするまではなるべく殺戮を抑えなければならなかったと言うのに。

「後どのくらいで集まりそう?」

「はい。もうじき終わりんすので今しばらくお待ち下さいまし。」

「じゃ、チャチャっとお願いします…。<転移門(ゲート)>。」

 シャルティアはサッと頭を下げ、フラミーが近くに開き直したそれに、フラミーの周りで襲いかかろうとするビーストマンを捕らえ放り込みだした。

 シャルティアの<転移門(ゲート)>には先に捕らえたビーストマン達をギガントバジリスクが放り込んでいる。

 本当は支配の呪言で手伝っても良いが、シャルティアは自分の仕事を取らないでくれと嫌がった為ただ眺める。アインズにもNPC達の仕事はなるべく取らないようにしようと言われているし、フラミーは今手持ち無沙汰だ。

「…終わったらナザリック戻ろうかなぁ…。」

 フラミーは血のついたローブを軽くつまむと溜息をついた。

 

+

 

「あー…あんなに汚されちゃって…。ツアーのやつは何故動かないんだ。これじゃ何のためにフラミーさんのそばに着くことを許したかわからん。」

 アインズは憤慨しながら覗いていたオペラグラスを下ろした。

「…フラミー殿もお強いのだな…。」

 ドラウディロンの呟きにアインズは当然だと頷いた。

「あの人は特別な存在だが、我がナザリックには力を持たぬ者はメイドくらいしかいないからな。」

 

 その言葉にドラウディロンは最初から嫁取りをしても良いとこの王が思っていた理由に思い至たった。

 全ては始原の魔法の力を手に入れる為だろう。

 寵姫ですらアレだけの力を持つこの国に、何の能もない女はおそらく必要とされない。

「私は……強くない…。」

 思いがけず漏れたその弱音に女王はハッと口を押さえた。

「ん?……そうか。しかし強さとは単純な暴力だけではないだろう。うちのデミウルゴスはまさにその筆頭だ。戦場とは皆それぞれだ。」

「あ…。」

 今一番欲しかった言葉にドラウディロンは始原の魔法を失って以来、ずっと不安だった心を優しく包まれたような気がした。

 この王は始原の魔法を失った事など知るはずもないと言うのに――いや、まさか気付かれてはいないだろうかと不安になる。

「…んん。あー…貴殿は強いのかな。」

「私か?まぁ、ほどほどだな。私より強い者などいくらでもいる。だからこそ力は求め続けなければいけない。あらゆる力をな。」

 始原の魔法を嫁に欲しいという事がこれではっきり分かった。

 それにしても一体この王はどれ程までに勤勉なのだろう。

 王とは本来こうあるべきなのだと思わされる。

 その点自分はどうだ。

 ドラウディロンは子供の姿でなければ親しみを覚えてもらえず、ずっと密かに孤独だった。

 強き竜の血を引く女王として君臨し続ける今後を、正直あまり想像できなかった。

「貴君は何故それ程までに力を求めるんだね?」

「子供達と――…大切なもの、それから美しい全てを守る為だよ。」

「美しい…全て…。」

 それに自分の名も加えて欲しいとドラウディロンは思った。

「あぁ。君達はきっとその価値を理解できはしないだろうがな。」

 あまりにも達観した儚い物言いに、ドラウディロンは神王の頬へ手を伸ばしていた。

 この死の神は自分とは違う形で、孤独なのかもしれない。

 若さも命も決していつまでも続くものではないし、きっとその側から多くの命が旅立ってきた事は容易に想像が付く。

 命の持つ一瞬の煌めきを愛しているとしか思えない発言はまさしく、神のようだった。

「貴君は、貴君は一体何者なんだ…?」

 美しい銀色のローブに身を包むその存在の頬は冷たく、驚いたように瞳の灯火は揺れた。

 一人じゃないと教えたい。

 一緒にいる時間はたった二日だと言うのに何故この存在はこれ程までに心を掻き乱すのだろう。

 アンデッドなんて御免だと思っていたのに。

「…私はタダの人間だよ。」

「ふふ。」

 冗談は苦手か。

 可愛らしい一面にドラウディロンは笑った。

 

「…ドラウディロン殿、いいかな。」

 一歩引いてドラウディロンに向き合う王は真剣そのものだった。

「あぁ。」

 ドラウディロンも手を下ろし、竜王国の女王として相応しい姿勢になる。

 神王がドラウディロンの今下ろしたばかりの手を取ると、心臓が早鐘を拍つ。

 王子様が迎えに来ると言うのは本当だったらしい。

「アインズ殿…。」

 初めて呼んだその名前の響きは美しかった。

 果たして誰がこの王にその名を与えたのだろう。

「君の曾祖父殿に会わせては貰えないかな。」

「ふふ、いいとも。」

 確かに竜王に結婚の許しを得るのがこの国では一番正しいだろう。

「そうか!それは助かる。」

 無邪気に喜ぶ王に思わず笑いがこみ上げて来てしまいそうだ。

「では、それに先駆けて。」

「あぁ。」

「君のこの始原の腕輪を見させて頂きたい。」

「もちろんだ――え?」

 ドラウディロンは期待していた事と違うその言葉にぽかんと口を開けた。

 

+

 

 その日捕らえる予定数に達した為、出撃していた神聖魔導国の面々は城に戻ってきていた。

「これは…?」

 フラミーは玉座の謎の状況に首を傾げた。

 

「なんで!!なんでだよ!!このバカーー!!」

 そこではドラウディロンが顔を真っ赤にしてアインズをポカポカと叩き、それを取り押さえようと宰相が慌てている姿があった。

 

「「不敬な!!」」

 共に戻った二名の不敬警察が慌ててドラウディロンを引き剥がしにかかった。

 シャルティアが羽交い締めにすると、ドラウディロンが逃れようとしてもその腕はビクともしない。

「この雑種!!不敬でありんしょう!!」

「ざ!!雑種だと!!お前なんか乳がでかいばかりでガキンチョのくせに!!」

 醜く言い争い始めたシャルティアと女王をデミウルゴスは少しだけ呆れたように見ると、ハッとフラミーの方へ走って戻ってきた。

「あ、あの…デミウルゴスさん…これは…。」

「フラミー様!御身がお聞きになるようなことではありません!」

 デミウルゴスは醜い二人とフラミーの間に立ち、その耳を塞いだ。

「え?私今血で汚いですから。ちょっと。」

 手から離れようとするフラミーを前に悪魔はアインズへ振り返る。

「アインズ様!」

「あ…ああ!よくやったデミウルゴス!お前達、やめないか!」

 乳がなんだの、異種姦変態竜王の子孫だのと言い争う二人を止める。

 

「"やめないか"じゃない!!貴君が!貴君が申し込んでくれると思ったから私は!私は…!」

 ドラウディロンはシャルティアに羽交い締めにされながら耳まで赤くして叫んだ。

「申し込む…はん!おんしみたいな乳しか能のない女にアインズ様が申し込むはずありんせん!」

「く、お前!この!!」

 ドラウディロンが再びその腕から逃れようと身をよじると、シャルティアの二つの感触に違和感を感じた。

「――…これは!これは偽乳だな!?」

「な!う、うるさいでありんす!!これはそうあれと――!」

「まさか神王殿!!貴君はない方が好きなのか!?まさかまさか!セラブレイトの仲間か!!」

 知りもしない人の名前を言われてもアインズは何が何だかわからない。

「い、いや…そんな事は…。」

「では何故だ!あんなに!あんなにいい感じだったのに!!」

 アインズもあんなにいい感じだったのに何故女王が突然怒り出したのか分からなかった。

「いや…それはこっちのセリフで…。」

「雑種!身の程を知るでありんす!」

「うるさい!偽乳!!」

「この身は至高の御方にお作り頂いた物でありんすよ!!」

「どうせ私のこの豊満な体を羨ましく思ってるくせに!!」

 アインズは余りの状況に言葉を失い、チラリと救いを求めてデミウルゴスとフラミーの方を見る。

 

「デミウルゴスさん、こんな事してる場合じゃないでしょ?」

「いえ…そうは言いましても……。」

「ん?なんて?もう、とにかく離してってば。」

「フ、フラミー様、もう少し我慢なさって下さい。」

 噛み合うはずのない会話にデミウルゴスから投げられてくる視線も救いを求めていた。

 

 アインズは実に醜い言い争いの前、何でこうなるんだと心の中で嘆いてから声を張った。

「お前達一度黙れ!!」

 

 しん…と部屋が静かになる。

「え?なんですか?」

 何も聞こえていないフラミーの少し間抜けな声が響いた。




次回 #6 王達の約束

アインズ様…女王を弄ばないでください!

不敬警察出動!o(・x・)/

R15タグ付けてみました。
何故って、前回ビーストマンの首が吹き飛んだので…!

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