デミウルゴスは二人が静かになった為ようやくフラミーの耳からそっと手を離し、謝罪した。
「申し訳ありませんでした。あまりにも見苦しい争いだったもので…。」
「もう。本当に。何なんですか一体。」
フラミーはデミウルゴスの傍から向こうを覗くと、すっかり静かになって床に正座させられている女子二人が見えた。
いつの間にか後ろにいたツアーがフラミーに声をかけて来た。
「アインズはどういうつもりなんだろう。一度は受け入れていたように見えたけれど。」
何をだろうと思っているとフラミーの頭越しにデミウルゴスが応える。
「御身のご計画にはこの修正が必要、という事でしょう。アインズ様は無駄を嫌いますからね。」
「そうかい。僕は抑制の腕輪が手に入れば何でも良いけど。」
知恵者と鎧がうーんと悩む。
意味がわかっていないフラミーもまるで同じ事を悩むような顔でうーんと一緒に唸った。
「はぁ。ドラウディロン殿。分かってくれたかと思ったと言うのに。」
「…分かるも何もない。」
座ったまますっかり拗ねてしまった女王にアインズはやれやれと首を振って宰相を見た。
「神王陛下、申し訳ありません。女王陛下はちょっと結論を急ぎたがる癖がありまして…。」
「そのようだな…。」
ここの真の竜王と会う約束は出来たのだからまだ良かったと言う気持ちと、何でもくれると言ったのに目の前にぶら下がる人参を見せてもくれない女王にツアーに似たものを感じる。
竜たちは気まぐれだ。
自分の物だと思うものに触れられるのを余程嫌がるらしい。
正座する二人に視線を合わせる為しゃがむと、アインズはシャルティアにフラミーの下へ行くように言った。
頭を下げてシャルティアが立ち去りフラミーの後ろに控えたのを見ると、アインズは小さな声でなだめるように――胡座をかき出したドラウディロンに語りかけた。
「君にはもうそれは必要のないものだろう?」
「なっ!」
ドラウディロンは驚きに目を剥いた。制御の腕輪を必要としない理由など一つしかない。
やはり見抜かれてしまっていた。
(ではひいお祖父様の下へ行きたいと言うのは私の力を取り戻す相談に一緒に行ってくれると言うことか…?)
智謀の神と聞いていた通りのその観察眼にドラウディロンはゴクリと唾を飲んだ。
智謀の神はドラウディロンの腕をそっと取ると、何か魔法をかけたのか腕輪は青白く光った。
「…これは………。ドラウディロン殿。私はこれと引き換えにこの国を救おう。」
「…私じゃなく…これなんだな…。」
それはそうだ、ドラウディロンではなく始原の魔法を嫁に迎えたかったのだから。
王としてもそれを知って、"始原の魔法を持つ女王"と偽ってドラウディロンを嫁に取ることはできないだろうし、必要もないだろう。
そんなことはわかり切っていたのに、それでも口にされると傷付く。
ドラウディロンは、例え目の前の王が何も持たなかったとしてもそばに居ても良い、その孤独を癒したいと思ったというのに。
「これを有効活用する為なんだ。わかってくれ。」
神王の言葉にドラウディロンはハッとした。
始原の魔法の力を抑制するこの腕輪なんか神王は必要とするわけがない。
つまり有効活用とは何か深い意味があるはずだった。
女王が始原の魔法が使えない現状、価値も折り紙付きでこちらに最も迷惑のかからない品はこれだ。
であれば、一先ずこれを国家間の言い訳にして、国を救ってもらえればそれは誰も使えない腕輪の有効活用ではないか。
しかし力が戻れば、これはまたドラウディロンに必要だという事を神王は当然知っているはず。
まだ見ぬ我が子も始原の力を持っていればこれを必要とするだろう。
「…私に力が戻ったら、返してくれるんだよな…?」
確かめるようにドラウディロンは目の前に燃える瞳を覗き込んだ。
決して揺らぐ事のない決意に満ちた瞳に吸い込まれそうになる。
国家間の約束の上報酬として得た宝を返却する事などできはしない。
つまり、これを返すと言うことは力の戻ったドラウディロンを
「あぁ。君に力が戻る日が来れば必ず返すとも。」
当たり前だろうとでも言うように笑う神王は、あまりにも男らしかった。
これは王同士の、未来を誓い合う約束だ。
そんな事にも気がつかず喚いてしまった自分が恥ずかしい。
先程の心底がっかりしたとでも言うような魔導王のセリフを思い出す。
(分かってくれたかと思ったというのに…。)
「私の愚かさを許してくれるか…?」
「…できれば二度としないでほしいけどな…。」
呆れたような声音に、もっと賢くなろうとドラウディロンは決めた。
であればこちらも宰相に示しを付けなければ――。
ドラウディロンは一度咳払いをして、周りが話を聞くようにする。
「これは我が国の唯一無二の秘宝だ。これの価値は計り知れない。…これを報酬とし、我が国を救ってくれ。」
全員にその声が確かに届く様に言うと、王は静かに頷いた。
「任されようとも。」
これで王同士の儀式は済んだ。
昔もっと竜王の血が濃かった
そこからは数えきれないアンデッドが沸きかけたが、それの掃除の為にキュアイーリム=ロスマルヴァーと呼ばれる朽棺の竜王が魂を吸い上げに来たりと大騒動を巻き起こした――が、全ては歴史の闇の中だ。
その腕輪は以来全ての偽りにして真の竜王達を経て自分に受け継がれてきた。
偽りにして真の竜王達は力が蔓延ることを危惧して皆一人しか自分の血を持つ者を残さなかった為、たった一本の腕輪は秘宝として受け継がれてきた。
ドラウディロンは物心ついた時から着け続けた腕輪をゆっくりと抜いた。
その手から神王が腕輪を受け取ろうと手を伸ばしたが、ドラウディロンはヒョイと手を上げてそれを躱した。
「…何だ?」
神王は儀式が終わったはずなのに渡されないそれを訝しんだ。
ドラウディロンは後一つだけ確認したかったのだ。
「一緒に…我が曽祖父の下へ行ってくれるよな…?」
最初に提案してくれた通り、一緒に力を取り戻す方法を――ドラウディロンが嫁入りするにふさわしくなる方法を――探しに行ってくれるだろうか。
「当たり前だろう。それは私が望んだ事じゃないか。」
ドラウディロンは花のように笑った。
「ふふ。ありがとう。王とは…そう、やはりままならないな。私も貴君も…。」
ドラウディロンはそっと王の手の上に、大切なお守りを置いた。
その瞬間神王は契約は成ったとばかりにガバッと立ち上がり、ドラウディロンの頭を撫でた。
「よくできたな、えらいぞ。ドラウディロン。」
「あ…ぅ…。」
真意に気付くことができたドラウディロンを神王は褒めた。
初めての呼び捨てにドキドキと胸が高鳴った。
「お前達、明日ビーストマンを根絶やしにするぞ。その後死体はコキュートスの元へ送り凍結する。いいな。」
漆黒聖典と守護者は声を揃えて応えた。
「「「「は!!」」」」
「ツアー、文句はないな。」
鎧はふぅ、と溜息を漏らした。
「当然あるけれどね、あったとしてもどうせ君は止まらないだろう?」
「ふふ、わかって来たじゃないか。お前もドラウディロンを見習って早く
そう言うと神王は「フラミーさん」と声をかけて守護神と共に玉座を出て行ってしまった。
呆然とその背中を見た後、宰相は未だ床であぐらをかいている女王に話しかけた。
「女王陛下…良かったのですか…?あれは大切な…。」
宰相の声にドラウディロンはゆっくりと立ち上がった。
「うるさい。これは…神王殿と私だけの…秘密の約束だ…。私は……私達は……そう…どこまで行っても王なんだ…。」
ツアーもドラウディロンと、何かを考える宰相をちらりと見ると玉座を出て行った。
アインズはその腕輪を持って与えられた部屋へ戻った。
「これが始原の魔法の力を抑制する腕輪でありんすか?」
ぱっと見何の力も感じないその竜の彫られた金の腕輪をシャルティアがジッと見る。
「これはすごいぞ。ユグドラシルの力では決して再現できないだろう。早くビーストマン共を蹴散らして竜王にアイテム製作について聞きたいものだ。良いか、これは――」
アインズは興奮しているようだったが、水を差すようにノックが響いた。
「――ツアーだろう。入れてやれ。」
デミウルゴスは頭を下げてそれを確認に行くと、やはり入ってきたのは鎧だった。
「アインズ。それは力を抑える為にちゃんと着けておくんだぞ。」
ツアーは未だ手の中で装備されていない腕輪を見た。
「ははは。まるで親だな。着けるとも。」
ツアーは顎に手を当てた。
「妙に素直じゃないか。君らしくもない。」
「別に私は世界を滅茶苦茶にする為に力を求めているわけではないんだ。普段から力がギラギラと漲っている必要はないからな。」
アインズは鎧を睥睨するとそれを腕に通した。
すると目覚めた日から猛狂い、体の中で何かが暴れているようにすら感じられていた力が久し振りに落ち着いていくのが感じられた。
思わずほぅ…と安堵するような息が漏れてしまう。
「…素晴らしいなこれは…。」
「落ち着いたようだね。」
「お前、知って…?」
鎧は満足げに頷いた。
「君は起きた日に体の中を力が暴れ回る様だと言っていたじゃないか。それにドラゴンと言うのはそう言うことに敏感なものだよ。」
「…なんだか友達みたいな事を言うな。」
ツアーはデミウルゴスの隣で首を傾げた。
「何言ってるんだ。僕たちはもう世界を共に守る仲間だろう?」
「…なかま…。」
アインズはその言葉に一瞬惚けた。
「しかし一緒に来たけれど僕は何もしなかったな。」
その声にアインズはすぐに我に返って応えた。
「全くだ。フラミーさんと一緒に行かせたのに働かないし、女王にも嫌われているし…お前は何のために来たんだ。お陰でフラミーさんは風呂に行ったぞ。」
「ははは。本当だね。明日ビーストマンをどうやって狩るのか見たら僕は一足先に帰らせてもらおうかな。」
早く帰れば良いのにという守護者達の声を聞きながら、ツアーは改めて目にしたシャルティアの力を思い出していた。
アインズを殺そうとしたが、ナザリックに行ってこのぷれいやーの持つ戦力を正しく知った今、危ない橋だったとようやく理解して来ていた。もしあの時命を奪えていたら、この世界は焦土と化していただろう。
協力しながらすぐそばでその行動を監督し、次の揺り返しまで力を制限するようにして行くことが最適解だと結論付けた。
誤ってこのぷれいやーが殺されるような事があれば、瞬間世界は終わる。
食事にすると言ってツアーが出て行くと、デミウルゴスはアインズに問いかけた。
「アインズ様。本当にその抑制装置を着け続けるのですか?」
アインズはニヤリと笑った。
「着け続けるとも。ふふふ…普段力を抑制するのは間違いないが、解放することもできる。正しくはコントロール装置だ。術者に魔法を最適化させて、抑えたり爆発的に力を注いだりすることができる…――これは、ブレーキであると同時にブースターだ。恐らくユグドラシルの魔法も効果範囲だろう。」
シャルティアがおぉ!と声を上げる。
「それは想像以上に良いものでありんすね!しかし何故ブースト機能まで…?」
デミウルゴスはなるほどと頷いた。
「竜の血に混じり気があるとその力を行使するときに生贄を必要とする様になると聞くからね。恐らく竜王なりに考えた結果でしょう。普段は力を抑え暴発しないようにし、使用時には生贄を少しでも減らして魔法を効率よく行使できるようにと。それが元から生贄を必要としない御身にはブースターとして機能するんだろうね。この腕輪はこれまで半端者達の間を行き交い、初めて真の始原の魔法の使い手に出会った為ツアーも思いもしなかったんでしょう。」
アインズは納得し、やはりシャルティアを連れてきて良かったと思った。
なんならこの為にシャルティアと共に来たようなものだ。
「そう言う事でありんすか!アインズ様がわざわざ手に入れる程の物でもないと思っておりんしたが、納得しんした。」
「あぁ、アインズ様。あなたは最初からその事にお気付きだったのですね。だから貴方は…。」
守護者からのキラキラした目が痛い。
「…そ、その通りだ。フラミーさんもナザリックから帰ってきたら喜ぶだろう。」
守護者は嬉しそうに頷いた。
次回 #7 フラミーの憂鬱
力が戻ったら、返すよ。力が戻ったらね。(にっこり