その野に並ぶ大量のビーストマンを前に、ドラウディロンは民兵達が如何に恐ろしい戦地でこれまで戦っていたのか改めて知った。
神王に「守ってやるから一緒に来い」と言われたその戦場は今にも血の匂いが漂って来そうだ。
民兵は前日ビーストマンを数え切れないほど捕らえたシャルティアの登場を大歓声をもって迎えた。
女王の存在にも皆気付いてはいたが、幼子だと思っていた為何となくイメージが違いうまく受け入れられないようだった。
「さて、シャルティア。お前一人でどこまで狩れる。」
今日も鎧にその身を包んだシャルティアは、遂に訪れし力を存分に振るえる機会に優雅に頭を下げた。
「全て。このシャルティア・ブラッドフォールンが全てを葬ってご覧にいれんすぇ。」
その瞳は血を求めて爛々と輝いていた。
「よし、では見せてやれ。お前を侮る全てを薙ぎ払え。但し狂乱は抑えろ。」
シャルティアは必勝の笑いを浮かべる。その前に立ちはだかるように白い輝きが集約し、人の形を象っていった。
光の人は鎧も肌もぼんやりと白く光っており、
「"エインヘリヤル"か。」
当然アインズはその名前を知っている。
エインヘリヤルは一部の魔法行使能力や
「それでは、御前失礼いたしんす。」
その瞬間シャルティアはエインヘリアルを連れ、突撃して行った。
単純計算で百レベルが二人だ。
「ここからは作業だな。デミウルゴスよ、民兵の撤退は順調に進んでいるな?」
「はい。漆黒聖典が今も撤退をサポートしております。」
アインズは満足げに頷くと、知恵者に尋ねた。
「ここも我らの手に入ると思うか?」
「はい。間違いないでしょう。国民は皆漆黒聖典とシャルティアを強く讃えているようです。特にシャルティアは、紅蓮の戦姫と呼ばれ始め、半ば神格化されています。」
デミウルゴスは今後何が起こるのか考えていた。
状況によって的確に計画を書き換えながら進んで行くこの平和的な侵略にその身を歓喜に震わせた。
視線の遠く、シャルティアが通った跡からは猛烈な勢いで血が湧き出し、重力や力学を無視してその頭上に溜まっていく。
シャルティアは溜まった血の中に手を突っ込むと眷属たちを呼び出し、更に殲滅のスピードを上げていった。
「あれは本当にすごいね。ナザリックでどれほどの強さだい?」
フラミーはツアーの疑問にうーんと唸る。
「場合によってはコキュートス君やマーレ、セバスさんの方が強いかもしれません。でも、皆適材適所ですからね。」
「そうかい。少なくとも彼女はフラミーより強そうだね。」
「…私はどうせ弱いですよ。」
「弱いとは言っていないだろう?」
「言ってますもん。」
頬を膨らましてぷいと顔を反らすと、女王とパッと目が合った。
「あ、はは。恥ずかしい。」
フラミーは、美しく大人な雰囲気の女王と比べて、いつまでも子供染みた自分を恥じた。
(アインズさんはアルベドさんやこういう女王様みたいな人がきっと好きなんだろうなぁ。)
突然浮かんだ自分の前に立つ仲間の顔にありゃ?とフラミーは首を傾げた。
アインズはデミウルゴスと何かを話しながら殺戮ショーを眺めている。
「フラミー殿は、神王殿とどのようなご関係なのか、改めてお聞きしてもいいかな…?」
女王の突然の問いに意識と視線を戻し、ニコリと笑った。
「仲間ですよ!私達ずっと一緒にやって来たんです。」
「そうか!仲間か!なぁ、神王殿は、その、やはり体はシュッとしている方が好みだろうか。」
フラミーは先ほどの自分と同じ疑問を持つ女王に少し親近感を覚えた。
「うちにすごく綺麗で、憧れちゃうようなプロポーションの守護者が居るんですけど、きっとアインズさんはああいう…成熟した…豊満な体が好きだと思います。」
フラミーは言いながら少し気落ちした。
割とつるりとした自分の体と、未だ当然生え続けるぶくぶく茶釜を思い出した。
「そうか!そうだよな。だからブラッドフォールン嬢もああやって必死に盛っている訳だもんな!ふふふっ。」
嬉しそうに笑う女王にフラミーはモヤモヤとしたものが広がるのを感じる。
(…幾ら何でもコンプレックス抱きすぎかな?)
フラミーは頬をポリとかいて、こんな時は悪魔に慰めて貰おうとデミウルゴスの隣に移動して行った。
ツアーはあまり見たことのない雰囲気のフラミーに首をかしげる。
「…よし!私もこんな所で油を売っていないで少しでも愛される為に動くか!」
ドラウディロンはあの恐ろしい迄に美しい女神は"仲間"だと言ったが、寵姫と同じく強敵だと思った。
(強いフラミー殿も下手したら神王殿の心を動かしてしまうからな。)
ドラウディロンもツアーを置いてアインズの下へタタタと駆け寄っていった。
力が戻るより先に子供ができたらそれはそれで嫁入りできるに違いないと胸を躍らせて。
「…僕もそろそろお嫁さんでも探したほうがいいのかな。」
ツアーの呟きに応えるものは一人もいなかった。
アインズは横にぴたりとくっつく様に立つドラウディロンにアルベドに近いものを感じた。
「…ドラウディロン殿、どうかしたかな?」
「ふふ、昨日の様にドラウディロンで構わないんだぞ?」
殿などと言う敬称はこれまでの人生で仕事の手紙でしか殆ど使ったことの無いアインズとしては助かる提案だ。
「そうか、ドラウディロン。」
ドラウディロンはニコリと笑った。
最初に会った時は妙に露出の多い変わった女王だと思ったが、きちんとした格好をしていれば普通に美しい女性だった。
「なぁ、神王殿。私もまたアインズ殿と呼んでもいいかな?」
「あぁ。構わないぞ。むしろその方が良い。」
キャッと喜ぶドラウディロンを見て、アインズはやはり王様も堅苦しい言葉を話すのは疲れるんだろうなと思った。
(早く支配者のお茶会を開かなければな。カルカ殿からも楽しみにしていると手紙が来ていたし。)
ふと視線を感じてデミウルゴスの向こうに目をやるとフラミーが女王をまじまじと見ていた。
「ねぇデミウルゴスさん。」
ピンピンとスーツの袖を引っ張りながら、視線はドラウディロンから離れなかった。
「は、はい。如何なさいましたか?」
「…やっぱり女の人はお胸がたっぷりあった方がいいんでしょうか?」
「へ?いや、以前もお話ししました通り、身体的特徴は――」
「ナザリックとか置いといて、やっぱり女の人は胸ですか?」
うーんとデミウルゴスが悩むと、良いことを思いついたとばかりに告げる。
「フラミー様でしたら、その身が一番でございます。」
それを聞いてフラミーはまじまじと悪魔の瞳を覗き込んでいた。
微妙にドギマギするデミウルゴスをちらりと見ると、アインズが続けた。
「…フラミーさん、ドラウディロンの体が羨ましくなったんですか?」
アインズの言葉にフラミーは不思議そうに頷いた。
「うーん、やっぱり私女王様に憧れてるのかなぁ?」
ドラウディロンは目を輝かせた。
悲しいことに今まで幼女の自分しか必要とされた事はない。
「わ、私のこの体に憧れてくれるのか!」
「はい。女王様本当に綺麗ですよね。私キャラメイク間違ったかなぁ?」
デミウルゴスの向こうでうんうん唸るフラミーにアインズはくすりと笑った。
「デミウルゴスじゃないけど、フラミーさんは今が一番良いですよ。キャラメイクも大成功です。」
フラミーは暫くその言葉を咀嚼するとふーむ、とデミウルゴスの袖に掴まったまま悩みだした。
いつもなら「そうですよね!」と明るく笑う人だというのに、アインズはデミウルゴスと目を合わせて首を傾げた。
「フラミー殿は誠に美しいお心をお持ちだな、アインズ殿!」
ドラウディロンは自分をアインズの前で褒めて上げてくれる女神を好きになった。
昼過ぎから始まった殺戮は世界が夕暮れに染まる頃に終わった。
フラミーとデミウルゴスの呼び出した最低位の悪魔たちが二人の指揮の下せっせとビーストマンの遺体を回収していく。
この世界の夏の夕暮れの香りはいつでも血の匂いとともにある。
アインズはそれを眺めながら戦士長を思い出した。
「ランポッサ殿とストロノーフ殿から見舞いの品と手紙が来ていたな。久しぶりに会いに行ってもいいものか。」
アインズの呟きに着替えを済ませて戻ってきたシャルティアが頷いた。
「御身がお望みになるならば、文句を言う者などいようはずもありんせん。」
よく働いた親友の娘は紅蓮の戦姫などと呼ばれる様になったため、今日は赤いドレスだ。
「シャルティア、戻ったか。お前の働きぶりは誠見事だった。素晴らしかったぞ。よくやったな。」
「ありがとうございます!アインズ様!」
嬉しそうにするシャルティアの愛らしさにアインズは頬を緩めた。
「そう言う格好もよく似合うな。」
そう言うとアインズは再び赤く染まる地平に向き直った。
夕陽に赤く染まる美しき支配者を眺めると、シャルティアはゆっくりとアインズに近付いた。
「あいんずさま…。」
「ん?」
「あの、あいんずさま…その…。」
何か内緒話でもあるのかアインズのすぐそばに来ると、精一杯背伸びをしながらアインズの肩に手をついた。
アインズはふふふと笑いながら、娘の内緒話を聞いてやろうと少し屈んでシャルティアの顔に耳を近付けた。
するとシャルティアはその頬に口付けを送った。
「「は!?」」
その声はドラウディロンの物と重なっていた。
アインズがシャルティアをパッと見ると、ドラウディロンがシャルティアを突き飛ばした所だった。
「な!?おんし!!なんて無礼な!!」
「はっ!やってしまった!つい体が動いていた!」
「はぁ!?」
シャルティアとドラウディロンが喧嘩を始める横で、アインズは口付けのあとの頬にまだ残る柔らかな感触に軽く触れると、妙に視線を感じて振り返る。
「…なんだよツアー…。」
「羨ましい限りだね。君の知り合いに美しいドラゴンはいないのかい?僕もそろそろお嫁さん探しでもしようかな。」
「…パッと思いつくのはドラウディロンしかいない。」
アインズがぶっきらぼうに応えるとドラウディロンが悲鳴を上げた。
「何!?嫌だ!!嫌だ嫌だ!!私は絶対あいつの所になんか嫁に行かないぞ!!」
「ははは。僕も君みたいな混じり気のある感じはちょっと。」
「ぷぷ、雑種でありんすね。」
「お前ら、覚えてろー!!!!」
戦姫が王へ送る祝福を民兵は戦争が終わった合図だと歓声を上げた。
悪魔二人は血濡れの大地からその様子を見上げ――フラミーはうーんうーんと唸るのだった。
次回 #8 閑話 戦勝祝い
閑話なので12:00です!
シャルティアやるじゃん!!!
統括もいきなり子作りじゃなくてゆっくり距離詰めればいいのに!