数日後、竜王国には多くのアンデッドが行き来する様になった。
神聖魔導国からは神官や、
他にも似た境遇を憐れんだエ・ランテルの人々、力の強い亜人等多種多様な者達がボランティアに来て、竜王国は俄かに活気付き始めた。
食事は炊き出しが行われたが、そこには妙に固く筋張った肉が入るようになった。
それは何でも、聞いたこともない竜王国両脚羊と言う家畜らしく、独特のクサミがクセになる味わいで、特にボランティアに来ていた亜人からは大絶賛されていた。
ドラウディロンは神聖魔導国の傘下に入れと言われるとすぐ様受け入れた。
元から女王が嫁入りする事で同一の国として扱って貰おうとしていたのだ。
誰も何も思うところはなかった。
町には民兵だった者達の手によって所々に紅蓮の戦姫の像が建ち初め、未だ未完成だと言うのに人々は美しく強かったその人へ憧れ神殿でもないのに祈りを捧げた。
神聖魔導国の神官長達は守護神よりもそれを遣わせた神々を崇めるようにしたかったが、戦姫の人気は止まるところを知らなかった。
町の様子を城の建つ丘の上からアインズは満足そうに見ると、馬車へ視線を戻した。
今回馬車は三台で――アインズとフラミー、ドラウディロン、ツアーが乗り込む馬車、守護者が乗る馬車、そして荷馬車だ。
相変わらず漆黒聖典が護衛に着くためアインズとフラミーはキャンプを楽しみにしていた。
馬車にはアインズとフラミーが隣り合い、ドラウディロンはツアーと隣り合って座った。
ドラウディロンが後で席替えを提案しようと心に決めた事を知る者はいなかった。
アインズとフラミーは実に楽しそうに窓から外を眺めていた。
鳥が飛んでいるとか、雲の流れが速いとか、真夏なのに蝉が鳴いていないとか、そんな事ばかりを話していた。
「はぁ、暑くないけど気持ち的には暑いなぁ。」
フラミーは熱耐性を持つ為何ともないが、着込んでいた紺色のローブを脱いで闇にしまうと、白いチューブトップに赤紫のアラジンパンツというこざっぱりした格好になった。
「フラミー殿は変わった服を着るんだな?」
ドラウディロンは見たことのないその服装をまじまじと見た。
「あれ?そうですか?あんまり似合わないかな。」
翼で自分を扇ぎながら聞いたその姿は異国情緒に溢れていた。
「似合ってますよ、フラミーさん。今日のいいじゃないですか。髪もポニーテールなんて珍しいですし。」
「中東感出しちゃいました!ふふ。サウジアラビア〜!」
「サウジアラビアはムスリムの国ですからそんな露出しないですよ。」
「ははーん、また無知を晒してしまいました!アインズさんは賢いです!」
「ははは、そんな事ないですよ。」
二人が仲睦まじく笑い合ったのを見るドラウディロンはすっかり妬いていた。
「…二人の話は聞いたことのない言葉ばかりだ。せみとか言う鳥もさうじなんとかも。」
ムスッとするドラウディロンに、黙っていたツアーが応える。
「仕方ない。あれは世界を渡る力を持っていたんだから、僕たちの知らない世界の話をしてもおかしくはないさ。」
ツアーなりのフォローにドラウディロンは頬を膨らましてふんと顔を窓の外へ向けた。
アインズとフラミーは知らず知らずに疎外感を与えていたことを少し反省していると、馬車が昼食のために止まり、ドラウディロンはプンプン怒って降りて行ってしまった。
それを見送るとフラミーは気まずそうに呟いた。
「…やっちゃいましたね…。」
「アインズ、人化の魔法を
ツアーは人の身になれば少しでも精神が善に振れるかもしれないとその魔法には大いに期待していた。
結局帰還を先延ばしにし、一緒に竜王の下へ行くことになったのだった。
場合によっては説得すると。
「珍しくおっしゃる通りで…。」
アインズは頭をかいて隣で苦笑いするフラミーを見た。
「…それにしても本当今日のフラミーさん新鮮で可愛いな。ははは。」
アインズがポニーテールに指を絡ませると、フラミーはハッとアインズを見て、手を胸に置いた。
「…これは…?」
「どうかしました?」
「あの…いえ…どうしたんだろう…?」
何かを確かめるようにアインズをじっと見るフラミーに、褒める言葉が間違っていたかなと考え始めると馬車の外からシャルティアが声を掛けて来た。
「アインズ様、フラミー様、お食事でありんすぇ?」
「あ、うん!」
アインズはフラミーが軽やかに馬車を降りる背を見送ると、降りる様子のないツアーに尋ねた。
「私は間違ったかな?」
「いや?正しい女性の褒め方だろう?君達には生殖しないで貰いたいけど。」
ツアーに聞いたのが間違いかとアインズは少し悩みながら馬車を降りた。
(生殖って、このトカゲはフラミーさんと俺のことを何だと思って――…俺のこと何だと思ってるんだろう…)
自問し、精神を癒す女神に視線を送る。
「これはフラミー様。ローブを脱がれたのですね。一段と魅力的です。」
フラミーはデミウルゴスに褒められ、へへへと肩にかかる長いポニーテールに手ぐしを通しながら喜んでいた。
アインズはうーんと悩みドラウディロンの隣に座った。
「なぁドラウディロン。」
「なんだ?」
まだ少し不機嫌そうな様子に苦笑する。
「なんて褒められると嬉しい?」
アインズの問いにドラウディロンは顔が熱くなった。
「そ、その、そうだな…。美しいとか麗しいとか…愛おしいとかかな…。」
それを聞いたアインズは前者二つはまぁ良いとして後者はどうなんだろうと思った。
「愛おしい…。」
試しに口に出して見ると、やはりキザすぎる気がするし、果たしてそれがフラミーに受け入れられる言葉なのかも解らなかった。
再び悩みかけると、隣でドラウディロンが鼻血を噴いて倒れた。
竜王国から二日かけて南下した一行が辿り着いたそこは国境の湖だった。
どこまでも広がる湖には二つの島が見えていた。
アインズとフラミーの
ドラウディロンの先導で深い階段を下り切ると、そこは大広間だった。
中は美しい柱が何本も建ち天井を支えていて、魔法の灯りが前方の丸くなっている爬虫類の背中を美しく照らしていた。
当然来訪には気付いていたようで、睨みつける様に目を開いてこちらの様子を伺う巨体にドラウディロンは声をかけた。
「ひいお祖父様。ひいお祖父様ドラウディロンです。」
その声にゆっくりと顔を上げると一瞬だけその眼光は和らいだようだった。
「ドラウディロン…私の可愛いドラウディロン。」
竜王は起き上がるとドラウディロンと共にいる邪悪な四つの存在と、その奥にいる複数の人間達へ鼓膜が破れるかと思う程に咆哮した。
ビリビリ空気が震え、地鳴りすら起こそうかという勢いに天井からはパラパラと土埃が落ちてきた。
漆黒聖典は皆武器に手をかけて軽く腰を落とした。
「ドラウディロン。その後ろの者達は何だ。」
「こ、この方は神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導国の王、アインズ・ウール・ゴウン陛下と、そのお仲間の皆様です。」
「陛下だと?」
アインズは一歩前に出てドラウディロンと並ぶ。
「お初にお目にかかる。
竜は目を細めた。
「その魔導王が私と、私の可愛い子にどんな用だ。」
「単刀直入に言おう。私は始原の魔法について聞きたい。」
「断る。」
当然のように返された言葉に、やはりとその場の全員が思った。
「場合によってはドラウディロンの知り合いでも私は容赦なくお前達を殺すだろう。」
敵意むき出しの竜王にアインズは落ち着いた様子で返した。
「
「ドラウディロン、代々子供達が着けてきた腕輪をそれにやったのか。」
竜王はまるでアインズの言を無視するようだった。
「は、はい。これと引き換えにビーストマンを駆逐して貰いました。」
「町と国など捨ててここで暮らせばいいと言ったのに。」
「出来ません…。私はこれでも女王です。」
漆黒聖典がヒソヒソと自分達の慈悲深い王とは違う竜王の噂をしている。
平気で命を見捨てろと言うその様子は、まるでツァインドルクス=ヴァイシオンのようだと。
「全く竜王は皆同じような奴らなのか?」
アインズがやれやれと吐き出した言葉にドラウディロンは恥じ入った。
「すまない…。」
アインズはツアーと視線を交わした。
今回のツアーは協力者だ。――人化の魔法しか聞く気は無いだろうが。
「
ツアーの馴れ馴れしい口調に竜王は憎たらしそうにそちらを見ると、それが何者なのか気付いた。
「…
「僕は世界を守っているよ。相変わらずね。」
「世界を守ると言うお前が何故これ程までに邪悪な存在とともに在る。」
「色々あったからね、話せば長い。ところで、そんな事よりも君の持つ人化の術を教えて欲しいんだけど。」
アインズは初めてツアーを連れてきてよかったと思った。
分からず屋同士のため、お互い分からせようと言う気がないのか意外と話のテンポが早い。
「なんだ。お前も人を愛したか。」
「そんな訳ないだろう。でもこうして鎧で彷徨い歩いていれば人間の身も良いかも知れないと思ってね。」
ツアーは、アインズが魔法を竜から奪ったと言うのは伏せたかったし、アインズにも伏せるように言ってある。
「全く何を考えているんだかわからない奴だな。ツァインドルクス=ヴァイシオン、こちらへ来い。」
ツアーは頷くと皆を後ろに取り残して歩き出し、近くに寄る――と、竜王は鎧に向かって手を挙げた。
振るわれた手から出る爆風にドラウディロンが転びかけると、アインズはドラウディロンの肩を引き寄せ支えた。
ツアーはヒラリと避けて着地するとため息をついた。
「何をするんだい。全く。」
「お前は私に何か嘘をついているな?バレないとでも思ったか。」
ツアーは人間と交わる耄碌者でも流石に竜王か、と睨みつけた。
「教えなければ君はきっと記憶を覗かれた挙句に殺される。僕は君のことも守ってあげようと親切で言っているんだよ。」
嘘偽りのないその言葉に竜王は忌々しいアンデッドを睨み付けた。
が、アインズの胸の中にいるドラウディロンはその顔を見る事はなかった。
「落ちたものだな。命惜しさにアンデッドに恭順したか!竜帝の息子の名が泣くわ!」
再びゴォッと空気を切り裂くように手が震われると、ツアーは体の前で交差させた腕でそれを受け止めた。
衝撃波と共に埃が舞い、階段の外から落ちてくる光が筋になって見えた。
「やめんか!!!」
響き渡ったアインズの声に、竜王達は驚き顔を向けた。
「全く野生動物かお前達は。ツアー、どうだ。自分と話してるみたいだろ。」
「…君は僕を何だと思ってるんだい?」
ドラウディロンを放すとアインズは竜王に近付いていく。
「まぁいい。
「それを知ってどうするのだ、邪悪なる者よ。」
ドラウディロンはアインズに駆け寄ると、その腕を取り叫んだ。
「それを知って、私達は結婚するんだ!!」
「「「え?」」」
次回 #10 始原のレシピ
おや?開戦しなかった(*゚∀゚*)ドラちゃんできる子!!!
アラジンの公開始まりましたねー!
https://twitter.com/dreamnemri/status/1139026343528620032?s=21
フラミーさんに良いなぁと思って着替えてもらいました!
ユズリハ様も描いてくださいました!かわいいねぇ!
【挿絵表示】