眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#8 姉妹はその姿を夢に見て

 ──ナザリック第九階層、モモンガの執務室。

 

 モモンガとフラミーの目の前に浮かぶ鏡には、二人の顔ではないものが映り込んでいた。

 そこにはおぞましい光景が広がっていた。

 遠隔視の鏡(ミラーオブリモートビューイング)

 このアイテムには指定したポイントを映し出す力があった。

「……これは?」

「お祭りですね!」

 モモンガの呟きに、返したフラミーの言葉には一切何も感じていないという雰囲気があった。

 多くの人々が忙しなく行き交っている。しかし、それは祭りと言うにはあまりにも違和感のある光景だ。

 村人のような粗末な格好をした人々が、騎士達により切り捨てられているのだから。

 

 二人の背後に控えるセバスは、鏡の中の状況にも、そしてフラミーのあっけらかんとした様子にも心を痛めた。

 

 一方モモンガもフラミーも生まれて初めて見る人の血を前に、恐怖も憐憫も憤怒も焦燥も、何も感じなかった。

「助ける理由も価値もないですね」

 フラミーが「ですね」と同意し、モモンガが鏡の中に映る光景を切り替えようとする。

 セバスは──自分は何故このナザリックに善なる存在として生み出されたのだろう、と、心の中で今は姿を見せない創造主を想った。

 

「たっちさん……」

 そう静かに漏らしたモモンガに、セバスは自分の考えた事を見抜かれたと思った。何も言えず頭を下げる。

「恩は返します。──……フラミーさん、この世界での我々の戦闘能力を確かめに行ってみませんか?」

 モモンガは支配者と鈴木悟の入り混じる雰囲気で提案した。

「ん、そうですね。そう言う事も必要ですよね。でも、私弱いからな……」

 フラミーが未だ装備を集めている途中だった事を知っているモモンガは僅かに不安になった。

「確か……フラミーさんの持っている装備とは違う効果がたっぷりついたローブがここら辺に……」

 ごそごそと空中に手を差し込む姿を眺めるとフラミーは尋ねた。

「モモンガさん、私の装備の効果覚えてるんですか?」

「ははは、ほとんど一緒に探しに行ったじゃないですか。その耳飾りなんかも。あー、ヘロヘロさんとウルベルトさんと四人で行ったの楽しかったですよね。綺麗な草原でしたし」

 モモンガはもう何年も前の話をつい昨日の事のように語った。

 側に控えていたセバスと一般メイド達は至高の四十一人の話を聞き逃さぬよう、特にヘロヘロに創造された者は全神経を耳に集中させていた。

「モモンガさんって記憶力良いんですねぇ。魔法も何百個も覚えてますし」

「はは、そんな事ないですよ。好きな事しか覚えられないです」

 フラミーに感心されながら、モモンガは目当てのものを見つけ、空中から群青の羽織るタイプのローブをズルリと引き出した。

「──あったあった!これです。ちょっと翼が窮屈かも知れないですけど、差し上げます」

「え?差し上げって、そんな、もらえないですよ!」

 何と言っても、ユグドラシルのアイテムは二度と手に入らないかもしれないのだ。

「良いですから、俺はもう使いませんし。さ、時間がありませんから行きますよ!」

 モモンガはフラミーに押しつけるようにそれを渡すと「<転移門(ゲート)>!」と唱えた。

 闇に塗りつぶされた楕円が目の前に現れる。

 

「着られたら転移門(ゲート)くぐって下さいね。セバスよ、フラミーさんを守るようアルベドを呼べ。完全武装で来るようにな」

 

 そう言い残してモモンガは闇を潜った。

 

 潜った先では鏡の中で追われていた少女達が傷を追い、互いを抱き合っていた。

 呆然と自らを見上げる騎士へ手を伸ばす。

 ──<心臓掌握(グラスプ・ハート)>

 それはモモンガが最も得意とした死霊系の魔法だ。いとも簡単に騎士の一人はぐらりと倒れ伏した。

 震えるもう一人へ指をさす。

 ──<連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)>

 迸る雷光に貫かれた騎士もすぐにその命を手放した。

(……弱い。弱すぎる)

 モモンガは死体を見下ろし、次の実験を行った。

「<中位アンデッド作成>。死の騎士(デスナイト)

 モモンガは悍ましいアンデッドを生み出すと、つい今しがた殺した男を指さした。

「この村を襲っている騎士を殺せ」

「オオォォォォァァアアア──!!」

 激しい咆哮を上げると死の騎士(デスナイト)は猟犬のように走り出し、側から立ち去っていってしまった。

「──え?いなくなっちゃったよ……」

 アインズがゲームとの違いに愕然としていると、転移門(ゲート)から完全武装のアルベドと、いつもの白いローブワンピースの上から先ほどのローブを羽織って杖を握りしめたフラミーが出て来た。

 その杖は白い珊瑚の骨を削り出して作られたもので、先っぽには細長く青いクリスタルを抱いた白いタツノオトシゴが絡みついている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「お待たせしました、モモンガさん。ほんと、これありがとうございます」

 はにかむフラミーに「いえ」と返事をしようとすると、色っぽい声が届いた。

「ああ、フラミー様!何と羨ましい……!私もモモンガ様ご愛用だったお洋服を頂きたい……!いえ、フラミー様ご愛用のお洋服もいただきとうございます!」

 クネクネするアルベドにフラミーは困ったように笑うと、足元でこちらを伺う傷ついた少女達に目を向けた。

「ああ……私がグズグズしていたせいで……」──貴重な情報源が。

 

 フラミーは二人の顔を覗き込んだ。

 金色の瞳に覗き込まれた二人はゴクリと生唾を飲み下した。

 怖がられているか?とフラミーは少し思う。何と言っても悪魔なのだから。ユグドラシル時代、悪魔は人間の街には入らなかった。

 まさか、作り物のアバター(CG)の持つ超越した美に一瞬怪我の痛みすら忘れそうになっているなどとは、フラミーは思いもしなかった。

 少女は叫ぶ。薄紫の肌と言う聞いたこともない種類の森妖精(エルフ)から発せられる優しげな雰囲気に賭けることにしたのだ。

「あ!あの!魔法詠唱者(マジックキャスター)さんと騎士さんですよね!?村を、お母さんとお父さんを、どうか助けて下さい!!」

 この世界にも魔法詠唱者(マジックキャスター)という概念があるという事が分かったモモンガとフラミーは目を見合わせ頷き合った。

 これをここで野垂れ死させるのはもったいない。

 クネクネしているアルベドを無視し、フラミーの使える<大治癒(ヒール)>で()()()を回復すると、モモンガは身を守らせるのにちょうど良いアイテムを二つ二人に放り、三人は村へ向かった。

 

 殺戮を楽しむように過ごす死の騎士(デスナイト)を止め、モモンガは事態を収束させた。

 

+

 

 仮面をつけた怪しい魔法詠唱者(マジックキャスター)

 フルプレートに身を包む女戦士。

 そして尖った耳を隠すようにフードを深く被り、素顔をただ一人晒す菫色の森妖精(エルフ)

 ──それがこの村、カルネ村の者達から見た一行だった。

 アインズ・ウール・ゴウンを名乗る仮面の魔法詠唱者(マジックキャスター)一行は遠い地からやって来たと言っていた。

 恐らく全員が世俗に疎い森妖精(エルフ)なのだろうと村長は納得し、通貨から近隣各国に至るまで人間社会の多くのことを語った。

 

「いいんじゃないですか。アインズさん」

 少し離れた場所で村民の葬儀が行われている。それを眺め、ふふと笑うフラミーにモモンガ──いや、アインズは頭を下げた。

「勝手にすみませんでした……。もう自分はナザリックを……皆の子供達を……フラミーさんを、ギルメンを……全てを守っていく為に生きるんだと思ったら……モモンガでいるだけじゃいけないような気がして……。それに、この名前を広めようって思って……」

 心底申し訳なさそうに様々な理由を話すアインズを、フラミーは正面から見据えた。優しく、真剣な目をして。

 

「私達の"アインズ・ウール・ゴウン"を名乗るのにあなた以上の人はいませんよ。私、全てを守るって言ってくれるあなたに、どこまでも付いていきます。ギルドマスター」

 

 アインズは訳もなく目頭が熱くなり、涙がこぼれるかと思い慌てて顔を逸らすと、昂ぶった感情が沈静化された。

 自分がアンデッドとなった事をつい忘れてしまっていたようだ。

 涙の出ない体で良かった。

 沈静化されるも優しく凪いだ心が温かい。

「きっと守り抜きます。愛する子供達も、家も。大切な友人であるフラミーさんも」

 そう言い切るアインズにアルベドが急接近した。

 目の前、今にも触れるような距離だというのにアルベドは更に一歩、二歩と迫ってきた。

「アァインズ様!!愛する!!愛するというのは!!この私もですよね!!」

「あ、ああ。子供達皆を、皆をだぞ」

「ああぁ!愛する……愛する……愛する……愛する……」

 アルベドはトリップし、アインズはこのNPCの事を少し理解し始めた。

 愛する……と言い続けるアルベドの顔の前で、フラミーが見えているのかと手を振っていると、色々なことを教えてくれた村長が駆け寄って来た。

「ゴウン様!」

「今度はなんだ?どうかしたか」

「謎の武装集団が──!」

 

+

 

 戦士長、ガゼフ・ストロノーフは森妖精(エルフ)の集団だと思われる三人によく礼を言った。

 違う種族だというのに助けてくれる者達がいる一方で、これから同族の殺し合いをしに行く己を恥じた。

 リーダー格だと思われるアインズ・ウール・ゴウンに協力を願い出たが、種族間のバランスや政治的情勢に思い至ってか、断られてしまった。

 

(あの御仁は紫色の肌の森妖精(エルフ)達の王に当たる方なのかもしれんな……)

 素顔を晒せない訳に想像を膨らませながら、決して破られることのないであろう慈悲深き約束が──村の者達の命を守ってほしいという約束が思い出される。

「私も、もっと励まねばならんな!」

 種族は違えど"王"に会ったせいか、必ず生きて帰り己が王に忠義を尽くしたい、今日会った王のことを話したい、そう思いながら迫るスレイン法国の者達の元へ踏み出したのだった。

 

+

 

 ──そろそろ交代だな。

 

+

 

 戦士長が率いていた戦士達の血に濡れる大地は翳り始めた太陽に照らされ、どこまでも血の海が広がるようだった。

 

森妖精(エルフ)風情が!!」

 ニグン・グリッド・ルーインは叫ぶ。

 森妖精(エルフ)は人間よりも寿命が長い為、魔法に長ける者が多い。

 それにしてもこの相手達は何かがおかしい。そう思わずにはいられない。

「こんな亜人どもに遅れをとったままでいられるか!最高位天使を召喚する!!時間を稼げ!!」

 

 最高位天使──その言葉にアインズは手の中の杖をギュッと握りしめた。

「あれはまさか……魔封じの水晶! 熾天使級(セラフクラス)が出るとまずいな。フラミーさん、悪魔は特に相性が悪いですし退避しますか?守りながら戦うとなると、前衛が不足するかも知れません」

「いえ、私も戦います。私だって、守りますよ!アインズさんのこと!」

 命のやり取りをするかも知れないというのに張り切るフラミーに恐れはないようだった。

 それでも退避した方がいいんじゃないかとアインズは理性で思ったが──ギルメンに守ると言われた喜びと、久しぶりのギルメンとの共闘に胸が踊るのを抑えられない──と思ったら沈静させられた。

 それでも次から次へと押し寄せるこれから始まる戦いへの期待にアインズとフラミーのボルテージは最高潮だった。

 

 ニグンの手の中でクリスタルが砕け散り、あたりにまばゆい光が満ちる。

 

「アルベド、特殊技術(スキル)を使用しフラミーさんを中心に守りながら私の詠唱の時間を稼げ!」

 冷静さを保ったまま早口に指示を出したアインズは、輝きが引き天使の全貌が明らかになった瞬間──全てのやる気を失った。

 フラミーも口を開け、体の芯から熱が引いていくのを感じた。

 

 輝く翼の集合体のような天使を前に、二人は最早先ほどのやり取り全てが恥ずかしいと思った。

 それは威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)だった。

 

 フラミーはハァ……とため息をつき膝を抱えるようにしゃがみこんだ。

「なんだか……がっかりです……」

「ははは」

 アインズは乾いた笑いを返しながら、相手のレベルを看破する能力を持たないために未だやる気に溢れ、バルディッシュを隙なく構え続けるアルベドの肩に手を乗せた。

「すまないな、アルベド。わざわざ特殊技術(スキル)まで使わせたというのに。お前は外で戦ったことがないから知らないかもしれないが、あんなものははっきり言ってお遊びだ」

「とんでもございません、アインズ様。しかし、あの天使は一体……。フラミー様もそんなに落ち込まれて……」

「アルベドさん、もう大丈夫です。ありがとうございました」

 しゃがんだまま見上げるように喋るフラミーにアルベドは視線の高さを合わせ慰めるようにフォローしていると、天から光の柱がゴシュウと落ちてきた。

 とは言え、攻撃を浴びるような事にはならなかった。アルベドは攻撃の気配を感じた瞬間に立ち上がり、余裕をもって二人を守った。

 大した力も感じさせないその攻撃は数秒経ち──消えた。

 

 フラミーはゆっくりと立ち上がりながら、その場にいる全員によく聞こえる声で言葉を紡いだ。

「貴方達は最高位天使と言うものが何だか解っていません」

 

 アインズとアルベドを後ろにおいたまま、数歩前へ進む。

 かつて最高位天使たる熾天使になり、イベントを行い堕天したフラミーはビッと杖で格下の天使を指し示した。

 

「<内部爆散(インプロージョン)>!!」

 

 瞬間、天使はブクブクと膨らみ出し──激しい音を響かせながら爆散した。

 大量の美しい翼が辺りに散らばり舞い降りた。

 まるでそこには初めから何もなかったかのように昇り始めた月と星が世界に戻ってきた。

 

「おー!」とアインズとアルベドの嬉しそうな声と、ガントレットがぶつかり合う──拍手というには固すぎる音が静寂の中に響いた。

 

 フラミーは舞い散る翼の中ローブを脱ぎ去ると、最高位天使の名残たる翼を晒した。

 大きく広げられたその背に輝く三対の翼は、辺りに残る主天使の翼よりも一見清浄だった。

 翼より絶え間なく舞い落ちる光の粒は地面に触れ合う前にすぅ……と消えていく。

 

 目の前の光景に陽光聖典達は全員が地に膝をついた。

「そんな……神の使いだったのか……」

 誰が漏らしたかわからないその言葉は、団員達の胸にスッと沁みこんだ。

 

 勢いよくローブを脱いだはいいが、せっかくもらったローブを蔑ろにはできず、フラミーはせっせと丁寧に畳んだ。

 団員達の様子を気にもせず。




1話で私の中のサタンはデビルマンだとお話ししましたが、
ここでご存知ない方の為にwikiから引っ張って来たものを貼らせていただきます。

サタン
元々は天使であったが、自ら創り出した生命であるはずの悪魔達を恐れ忌み嫌い滅ぼそうとする神たちに反逆し堕天使となった者。

と言った具合です。
永井豪先生のサタンの設定、美しいですよね〜。
なのでフラミーが悪魔なのに回復魔法や天使の持つような技を持っているご都合キャラでもお許し下さい。
(懺悔)



2019.05.20 杖を一月越しによく考えました。白くてタツノオトシゴのついてる杖ってこんな感じでしょうか?
なんとなくアインズ様が蛇杖持ってるので動物で細長いのが良いなぁー!の結果ですたい!
https://twitter.com/dreamnemri/status/1130251093500280832?s=21
2019.05.28 valeth2様 ご連絡ありがとうございます!魔法の矛盾を訂正致しました!≪神炎/ウリエル≫→≪内部爆散/インプロージョン≫

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