アインズは猛暑の湖畔で立ち上がった。
「よし、じゃあ力の選択もイメージ出来てきたし、やってみるか。」
「抑制の腕輪は今は外すと良いよ。」
隣にいたツアーはそう言って手を伸ばしたが、アインズは悩むように固まった。
「どうしたんだい?まだ碌に力も使えないんだ。それは足枷になる。」
「いや、これは…そのな、実は抑制の腕輪じゃなくて制御の腕輪だったみたいなんだ。」
デミウルゴスから良いのかと送られてくる視線に頷いて続ける。
「抑制することも開放することもできる。黙っていて悪かったな。」
殊勝な雰囲気にツアーは顎に手を当てた。
「いや。気にしないでいいよ。教えてくれてありがとう。」
「…ドラウディロンに返せとか、持ち帰って保管するとか言わないのか?」
ツアーは首を左右に振った。
「君の体を駆け巡る力が抑えられている事に変わりはない。肝心な時に魔法が発動しないより、どちらも選べる方が良いのかもしれないね。魔力弁だったわけか。」
「あぁ。安心したよ。ありがとう。」
「まぁ、少なくとも百年は抑制と人化の為だけに使って欲しいところだね。」
二人は少し笑い合った。
命を奪い合う苛烈な争いを繰り広げたとは思えない――いや、だからこそいつでも本気でぶつかり合えると思っているのか。
それとも最悪腕を切り落として持ち帰ればいいと思っているのか。
「じゃ、水を差して悪かったね。集中して、自分の魂の力を集めてくれ。」
アインズは頷いてツアーの話を思い出しながらイメージする。
「……ンン…。」
目当ての力がうまく捕まえられずに少し声を上げた。
「――そこだ!!」
アインズの大きな声に遊んでいた面々が一斉に顔を向けた。
その身は光り輝くと――アインズは久々の肉体がある感覚にすぐに気が付き喜んだ。
「やった!やったぞ!!」
「おぉ、アインズ様!なんと…!」
デミウルゴスの声にくるりと後ろを向くと、想像以上にその存在が大きくてアインズは一瞬驚いた。
ツアーは失敗だと顔を覆った。
「アインズ。喜んでる所悪いけれど、下手にドラウディロンの話を聞いたせいで幼くなっているよ。」
そこには銀髪の、目の上下に縦線が入る少年がいた。
「何?……確かに少し小さいようだな。では次――。」
全てを言い切る前にドラウディロンが突っ込んできていた。
「あわわ!アァインズ殿!!!なんて可愛らしいんだ!!!!」
「や、やめないかドラウディロン!!邪魔をするんじゃない!」
アインズは抱き締められて顔に押し当てられる胸に溺れそうになった。
呼吸しなくても生きていられた体とは違うようだ。無理矢理押し返したりすれば、その身の柔らかなところに触れてしまいそうで、アインズは逃れるに逃れられなかった。完全に拘束されれば、その瞬間自動で逃げ出せると言うのに、相手が下手に弱いせいで拘束への完全耐性が働かなかった。
「シャルティア!ドラウディロンを退けろ!!」
「あぁいんずさま!!!!なんて素晴らしいんでありんしょう!!」
シャルティアもダメだった。
ばふんっと横からさらに胸が増え、アインズはこのままでは
シャルティアを引き剥がそうとデミウルゴスが動き出しているが、
「ふ、ふらみーさーーん!!」
情けない少年の声が響き渡ると、ヒョイと体が持ち上げられた。
フラミーの煌く金色の瞳が至近距離でじっと見つめる様子に、アインズは言葉にならない声を上げた。美しかった。
「あ…あぁ…あの…。」
フラミーは瞬きもせずに見つめ続け、その名前を呼んだ。
「アインズさん?」
「…は、はい!はぁ、助かりました…。」
アインズが安堵のため息をつくと、その小さな体は途端に抱き締められた。
「へっ?」
「可愛い!アインズくんだぁ!」
フラミーはアインズの頭をよしよしと撫でながら頬擦りした。
「あ、あの、フラミーさん!ちょ!」
あわわわと慌てていると、アインズは精神の鎮静が働いていない事に気が付き更に焦る。
「…どうやら見た目だけでなく精神も幼くなったようだね。」
ツアーの冷静な、微妙に間違っている考察にアインズは恥ずかしくなった。
「フラミーさん、よして下さい!俺の方が大人です!」
フラミーはアインズを抱いたまま一度首をかしげると楽しそうに答えた。
「ふふっ。私の方がお姉さんですよっ!」
フラミーはアインズの鼻と自分の鼻の先を触れ合わせると嬉しそうに笑った。
「な……な………!」
アインズはあまりの恥ずかしさと胸から聞こえてくる爆音の鼓動に頭が真っ白になって行く。
これも
仕方ない。
「デミウルゴス!何をぼーっと見ているんだ!!早く私を下ろさせろ!!」
「あ、あぁ!これは失礼いたしました!只今!!」
デミウルゴスはフラミーからゆっくりアインズを取り戻し、地面に下ろした。
「まだ遊びたい。デミウルゴスさん。」
「なぁ?ちょっとくらい遊ばせてくれても良いのにな。」
「全くでありんすね。やっぱりあれは敵のようでありんす。」
不服そうな女子達を無視してアインズはボフン!と元の姿に戻った。
「……ツアー、私はやっぱりこの体が一番かもしれん……。」
よろよろと椅子に腰を下ろすとツアーはその肩に手を置いた。
「何を言っているんだい。子供になった君を見て僕は確信した。人の身になれば人の身に精神は引かれると。さぁ、泣き言を言わないで早く。」
アインズはうぅ…と声を上げると、もう一度集中する。
「子供の部分は拾わないように気を付けるんだよ。あれじゃあそれこそ魔法を暴発させて世界を破壊しそうだ。」
ツアーのサポートの声に耳を傾けながら、再び魔法を使う。
「………これだ!!」
その身は再び輝くと――漆黒聖典がオォ!と感嘆した。
「あぁ、それなら良さそうだね。しかしまだ若いんじゃないか?」
ツアーの声にアインズは振り向く。
「そうか…。まだ若かったか。どれどれ。」
手の大きさや身長的にはちょうど良さそうだが――と思いながら
顎と鼻はシュッとしていて、涼しげな黒目の上下には骨に入っていた亀裂と同じ線が入っていた。
最初の感想は誰この人、だった。
(顎の形や目の形から言ってあの骨にまんま肉体がついたのか…微妙にいけすかない顔してるな…。)
モモンガ玉は見当たらず、恐らく体内に取り込まれた。
「あー、歳はこんなものじゃないのか?デミウルゴスはどう思う。」
フラミーよりお兄さんで、尚且つ身近な仕事のできる男であるデミウルゴスと同い年くらいの見た目を狙ったのでアインズ的には大成功だった。
「は。私もそのくらいでよろしいかと。」
悪魔に頷くとサラサラと目にかかってくる前髪を後ろに送りながらアインズは考える。
(この顔もやっぱり運営の設定なのかなぁ。)
「そうなのかい?セバス君より上を目指すのかと思ったよ。長いヒゲが生えて、シワが多い方が神様っぽいじゃないか。」
謎のステレオタイプの神様に仕立て上げられそうになっていた事にアインズは苦笑する。
「まぁ、とりあえずこんなもんか。」
「それが…鈴木さんのお顔?」
フラミーはアインズをじっと見ていた。
「いえ。これは…きっとオーバーロードの顔ですね。」
「アインズ殿の骨に肉体がつくと…こ、これほどまでに……。」
ドラウディロンがハァハァと息を荒くしている隣で、シャルティアは不服そうだった。
「妾はいつものアインズ様の方が好みでありんすねぇ。ショタもいけんしたが…。」
シャルティアが駆け寄ろうとしたドラウディロンの首根っこを押さえているのを見ながらアインズは自分の中に存在しているだろう"精神抑制"を探す。
(…………これだ。)
これは余程のことがなければ必須だと解った。
始原の魔法の使用から、それを見つける事が出来るようになっていた。
「…取り敢えず…守護者達を呼ぶか。」
湖畔には異形が集まっていた。
「アウラ、マーレ、コキュートス、アルベド、そしてパンドラズ・アクター。よく来たな。」
何も言われずとも自然とアインズに頭を下げるその者達に、どうして自分がアインズだとわかるんだろうと思う。
「アインズ様にお呼び頂ければ、守護者一同即座に。」
アルベドが代表してそう言うと、皆が頭を下げた。
「あぁ。皆楽にしろ。見てわかる通り私は取り急ぎ始原の魔法で肉体を手に入れてみた。お前達の感想を聞かせろ。」
これでもし顔の評判が悪ければ顔面には幻術を展開しようかと悩んでいた。
「シャルティアは子供の方が良かったと言っていたな。アウラ。」
「涼しげな目がとーってもかっこいいです!アインズ様!」
「…マーレ。」
「あのその!ぼ、僕もそんな風になりたいなって思います!!」
双子は瞳を輝かせていた。
「コキュートス。」
「人間ノ美醜ハ解リマセンガ、力強サヲ感ジサセル瞳デス。」
「はは、それはそうだな。パンドラズ・アクター。」
「んんん父上様!素晴らしいお顔に、お身体!!このパンドラズ・アクターにその姿になることをお許しください!!」
上機嫌にひらひら踊る姿に鎮静され、パンドラズ・アクターまで呼び出したのは間違いだったと思った。
「…それは必要になったらな…アルベド。」
「アインズ様がかつてリアルでヒトを名乗る神だったとは聞いておりましたがまさか……。」
最後の最後で少し良くない反応かとアインズはやっぱりこの顔はいけ好かないよねと思った。
「あぁ、やはり顔に問題があるか?」
「とんでもございません!!これ程までに美しいお姿だったなんて、私、私もう我慢できませんわ!!」
言い切るとエイっとアインズを地面に押し倒した。
「な!?や、やめんか!」
アインズは精神抑制があって良かったと思った。
骨の時とは違ってダイレクトに感じるその胸の柔らかさと、女性らしい匂い、少し汗ばむその身の感触に抑制されている今もマズイ気がした。
しかしアルベドはすぐにコキュートスに引き剥がされて行き、アインズは地面にあぐらをかきながら砂まみれになった自分の頭をわしゃわしゃと触って砂を落とした。
少し離れた所でドラウディロンが怒っているのをシャルティアが止めていた。
「あー…ではお前達的にはこの顔は有りなんだな。」
「「「有りです!!」」」
守護者達はどんな顔でも有りだと言いそうなのが怖かったが、守護者が集まるまでに聞いた漆黒聖典の反応は「神々しい」だったので及第点だろう。
「では、必要時には私はこの姿になろう。」
そう言ってからフラミーの感想を聞いていなかった事に気が付いた。
シャルティアに捕獲されるドラウディロンの隣で隠れるようにアインズを見ているフラミーをちょいちょいと手招きした。
ドラウディロンと目を合わせてからフラミーは自分のことを指差すとテテテと駆け寄ってきた。
「フラミーさんどう思います?」
「あ、あの…。よろしいかと…。」
妙に煮え切らない様子にアインズは頷いた。
「ふむ、少し俺たちの感覚から言ったらいけ好かない顔ですよね?」
「いえ、そんな事はないです。ないですけど、なんだか知らない人みたいで…。」
あぁとアインズは頷くとフラミーの紫色の手を取って引き寄せた。
「あ…あの…。」
あぐらの間に膝をついて片手を口の前に当て、気まずそうに視線をそらすフラミーが面白くて顔を両手で挟んだ。
「ははは、今更人見知りですね。変なの、はははは。」
「…おちょくってるとチューしますよ。」
「はは…は?」
アインズは精神抑制が付いているというのに顔が真っ赤になるのを感じた。
「なんてね、うそぴょん。」
フラミーは緩んだ手からぴゃっと離れて会話が聞こえていない距離のドラウディロンの隣に戻っていった。
アインズはフラミーの顔を挟んでいた手を暫く下ろせなかった。
あぁ〜〜正規ヒロイン!!!アインズ様ぁ!!!!
フラミーさん早くチューしてくれ!!!!!(発狂
黒髪赤目に悩みましたが、銀髪黒目にしました。
なぜなら中二病だから。にっこり。
怒ると目が赤くなるとか良くないですか?(えぇ
次回 #13 仲間
この話が閑話だったのでストーリー12:00更新にしまーす!
次回はドラウディロンが…( ;∀;)
2019.06.17 ミッドレンジハンター様!誤字修正ありがとうございます!