眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

89 / 426
#19 夢の人

 アインズは飛竜騎兵(ワイバーンライダー)の集落のとある石塔の中で生ける屍のように――まさしく屍姿でボーッと過ごしていた。

「陛下?お疲れですか?」

 ティトの声にアインズはあぁ…と生返事を送った。

「アインズ様ハ今日モアノゴ様子カ。」

「まぁ、父上の場合眠る前にも夢を見られるならそれが一番でしょう。」

「コキュートス将軍閣下、パンドラズ・アクター殿下。僕、皆に今日の謁見はおしまいだと言ってきます。」

「スマナイナ。ティト。」

「いえ。でも、如何に陛下とは言えあれだけ復活させれば流石にお疲れにもなりますよね。」

「………そうですね。」

 パンドラズ・アクターはそうなのだろうかと思いながらも取り敢えず同意しておいた。

 

 飛竜騎兵(ワイバーンライダー)の集落では過去に寿命や病気以外で死んだ者まで蘇り、墓からは人間がボコボコと出てきていた。

 一定より昔に死んだ者は如何に骨があろうとも流石に蘇らなかったが。

 生命力の損失なく行われた復活は、蘇った人々に大量の生命エネルギーを注いだようで皆がピンピンとしていた。

 中には若くして亡くなったと聞いていた曾祖父が自分より歳下の体で蘇った者もいる。

 あまりにも多く復活しすぎた人々は、一棟倒壊している事もあり飛竜騎兵(ワイバーンライダー)の集落の許容値を大きく上回ってしまっていた。

 当然のように大量の飛竜(ワイバーン)も復活した為竜舎もとんでもないことになっている。

 

 今回の災害以外で死んだ者達は現代の集落に居場所のない者もいたため、ザイトルクワエ州エ・ランテル市のザイトルクワエに移住する事を決断する者が多くいた。

 エ・ランテルではそれを受け入れる為ザイトルクワエのくり抜き作業が急ピッチで進んでいた。

 山小人(ドワーフ)達と土堀獣人(クアゴア)達が穴掘りなら任せろと、初めて手を取り合って作業に取り組む姿は町の人々を大いに和ませた。

 頂上に暮らす霜の竜(フロスト・ドラゴン )達が最初それを渋った事は言うまでもないが、ライダー達と飛竜(ワイバーン)は頂上から定められた距離に許可なく近付かせないようにすると約束が交わされた。

 霜の竜(フロスト・ドラゴン )はすっかり気に入った新天地の我が家が守られた事に安堵し、交渉にきた神王の息子に感謝した。

 その境界部分には分かりやすいようにと集眼の屍(アイボール・コープス)が目をつぶって浮かび続け、赤く点滅する永続光(コンティニュアルライト)を纏って一定の間隔で光っているとか。

 その後この集落がどうしたかと言うと、魔導国の飛び地として吸収されたのは言うまでもない。

 地名を何とするかの会議は神官長達を大いに悩ませたが、しばらくは仮称として復活の丘と呼ばれるようになった。

 後に近くのとある国が魔導国に正式に吸収されると、その国名を戴いた州名と、神の真の姿を目にして尚誤解せずにその地へ連れてきた者を讃え、ティト市と正式に名付けられるようになるが、それはまだもう少し先のお話。

 

 外からタタタと走る音が聞こえると、アインズは我に帰ったようにハッとし、高速で身なりを確認した。

 すると足音の正体は無遠慮に部屋に入って来た。

「アインズさん、石塔の耐震補強の書類読みました?」

「これはフラミーさん。まだですよ。」

 突然へべれけ状態を脱してキリッとする王を見るとティトは少しおかしそうに笑い、守護者二人と共に王から少し離れ――それぞれが頬をかいたり腕を組んだりしながら宙を見た。

 フラミーはアインズの元に近付くと書類の向きを変えて差し出した。

「私これやっぱり不十分だと思うんです。一応目を通してください。ここはきっとまた強く揺れますから。」

 アインズは書類を出してくる細い腕と腰を引っ張って、フラミーを自分の片膝に座らせた。

「じゃあ、読み上げて下さい。」

「ははは、へいかおたわむれを。」

 フラミーは膝の上で楽しそうに笑うと、簡易玉座の傍に置かれている大量の手紙を発見した。

「あ、まだ開けてないんですか?あれ。」

 アインズは骨の顔が緩みかけていたが、途端につまらなそうに頬杖を着くと翼を撫でて弄んだ。

「…ツアーからの手紙なんて何が書いてあるか十分想像がつきますから。」

 はぁ、とため息を吐く骸骨の頭をペチンッとフラミーは叩くと立ち上がった。

「もーちゃんと働いて下さい。それにツアーさんの事呼ぶって言った揺れの日からもう何日経ったと思ってるんですか。」

「うーん。寝てたんで分かりかねますねぇ…。」

 フラミーはじとっと腑抜けた支配者を見ると言った。

「<転移門(ゲート)>。」

「あ!?」

 すると、上半身だけそこに突っ込んだ。

 全身を入れないのは、彼女なりの多くの反省故だろう。

「はー働くか。仕方ないな。」

 

 フラミーが闇から顔を引き抜くと、中からは心底不愉快とでも言うような白金の鎧が現れた。背中からマックス不機嫌オーラが染み出している。

「アインズ………君は何をやったか分かっているのか……。」

「どうも…。お世話になっております…。」

 アインズに竜王は指をさしながらガンガン近付き怒り出した。

「僕が!!何のために!!君にその腕輪を持つことを許したと思っているんだ!!第一また骨の姿じゃないか!!人の身はどうした!!」

「あぁ…私も本当にすごく反省してると言うか…。」

「どこかで発生した世界を揺らす激しい力は全ての竜王が感知したぞ!!皆始原の魔法(アレ)を失った事を必死に隠しているが、魂が震える程の力を使ったのは誰だと評議国では連日その話題で持ちきりだ!!終いには最近よく鎧で出かけていたからと僕がそれをやったんじゃないかと言う永久評議員まで出ているんだぞ!!」

 ツアーは竜王を始めとする評議員達に、自分が負けたせいでこのままではぷれいやーと大々的な戦争になってしまうと話し、戦争を避けるにはぷれいやーの望む属国化に協力してくれと言ってここまで漕ぎ着けたのだ。

 当然、全竜王達が"お前が余計な事をしたせいで"とツアーに悪態をついたが、皆力を失った事を隠し、自分以外の竜王はまだ力を持っているような雰囲気の中、ぷれいやーと戦争になった時一番に死ぬのは自分になると恐れ首を縦に振った。

 評議国の竜王達は腰抜けしかいない為簡単にツアーの思惑にハマったのだった。

 竜王ではない、別の亜人の評議員達は力関係からそう多く口出ししなかったが、皆竜王の横暴だと評議国議会の空気は最悪だ。

「そ、それは…なぁ?元を辿ればツアーのせいだし…。」

「あぁ!!くそ!!何でこんなことに!!」

 ツアーは乱れた口調で吐き捨てると、頭を抱えながらウロウロと自分のやった事を再び反省し始めた。

 

「あ、あの陛下…この方は…?」

 ティトは神を平気で呼び捨てにする鎧の男を少し不愉快に思った。

「あぁ、こいつは評議国のツァインドルクス=ヴァイシオンと言う竜王なんだが…少し厄介な男なんだよ。」

「誰が厄介だ!!!やっぱりその腕輪は僕が持って帰る!!」

「ははは。ツアーさんって本当面白いですね。」

 楽しそうに笑うフラミーを心底恨めしいと言う風にツアーは見た。

「フラミー、君が付いていながら何でこんなことになっているんだ!君がアインズの抑制装置としてちゃんと働いてくれると思ったのに!!」

 微妙にフラミーを叱り始めたツアーにアインズは少し気を悪くした。

「落ち着けツアー、そんな事よりな。」

「そんな事だと!!ああ!手紙も開けてないじゃないか!!」

 

「静かにしろ。真面目な話をする。お前はこの世界のどこに竜王達がいるか知っているか?」

 

 送ったが開けられていない手紙を前にツアーはピタリと止まり、静まった。

 

「どうしてそんなことを聞くんだ、アインズ。皆七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)のように甘くはないぞ。」

 あれは好んで人と交わりを持つし、頭が少しおかしい竜王だとツアーは思っていた。

「竜王達に何かしようって言うんじゃないさ。ただ、ここの近くに一人いるんだろう。」

「何故そう思うんだい。」

 ティトは二人から溢れる先程までとはまるで違う雰囲気にゾクリと身を震わせた。それは、絶対者達だけが放つ――命を鷲掴みにされるような圧倒的な存在感。

 外を飛んでいるであろう飛竜(ワイバーン)達は真なる竜王の放ち出した気配に怯えるようにギャアギャアと鳴き出した。

「邪神を討伐して竜の谷を生み出した竜神伝説を聞いてわからないほうがまずいだろ。」

 ツアーは頭を抱えた。

 このぷれいやーはいつも知らなくていい事を全て知っている。

「アインズ。確かにここの近くには竜王が一人いるしあの谷もそれが抉った。しかし始原の魔法(アレ)は奪ったんだ。それを君ともあろうものが何を恐れる。」

「俺は誤魔化されんぞ。」

 ツアーは本体で舌打ちをした。

「勘がいいのも考えものだぞ。アインズ。」

「詳しく教えろ。あそこで何があったのか。でなければ俺はあの一帯を絨毯爆撃する。お前達の大好きな始原の魔法とユグドラシルの魔法を掛け合わせたハイパーアルティメイトな魔法でな。」

 この男はやると言ったらやるだろう。

 ツアーは観念したようにため息をついた。

 

「僕の知る事もそう多くはない。伝説通りさ。三百年前にぷれいやーが現れたんだよ。それはここの竜王がたまたま目覚めたタイミングだったんだ。あの谷はそれを屠った跡さ。――たったの一撃でね。」

 

 アインズは口に手を当てて何かを考えだした。

「アインズ。あれに下手に関わろうとするな。」

「…聞いて良かったよ。ありがとう。」

 ツアーは途端に殊勝な雰囲気のアインズに近づいて行くと、細い腕を掴みアインズを立たせて拳で骨の胸をドンと叩いた。

 わずかに守護者達が身じろぎしたが、開戦の雰囲気ではない為姿勢を戻した。

「これで許してあげるよ。それで?君はどうするって言うんだ。」

「取り敢えず何もしない。」

 ツアーは手を離してアインズから離れるときょとんとした。

 

「何だって?」

「何もしないと言っている。」

 

 アインズは天井を見上げた。

「ただ…あいつの力は知っておかないと危険だ。」

始原の魔法(アレ)を奪ったと言うのにか。まぁ、次の目覚めはまだまだ何百年か先だと思うよ。」

 瞳からは灯火が消えた。

「あいつは始原の魔法(コレ)を持たなくても危険すぎる…。俺は多分、あいつを知ってる。」

 

「何?」

 

「あいつも俺を知っている。そして必死に探しているんだ。」

 

「…アインズ…君は一体…。」

 

「ツアー。俺がここで復活劇を行った日、この地は激しく揺れた。あいつは…必死に目覚めようとしているんだと思う。その前に揺れたのは、このティトの話によるとちょうど俺が評議国に行ったあの春の日らしい。」

 それはつまり、始原の魔法を竜王達から奪い取った日だ。

 言葉を失った竜王にアインズは燃える瞳で問いかけた。

「それを踏まえて、二つ目の質問だ。あれはいつ出てくると思う。」

「…わからない。でもそう簡単には出て来られないと思うよ。眠る事で普通よりも長生きしてきた竜王だからね。君が何を感じているのか知らないけれど…このまま百年単位で眠り続ける可能性もある。」

 

「そうか。名は。」

「名は知らない。ただ、常闇の竜王(ディープダークネス・ドラゴンロード)と呼ばれている。僕も数える程度しか会ったことがない。君が何千歳かは知らないけれど、少なくとも僕の数倍長く生きるあれは竜王の中でも僕の父と肩を並べて伝説的存在だ。」

「ふふ。恐ろしいな。お前みたいに優しくない気がするよ。」

「…あれは気まぐれだ。数百年に一度目覚めた時にしか世界に関わらない。もし君があれと戦う時は…僕も呼べ…。君に死なれたら困る。」

「仲間みたいだな、本当に。」

「本当に仲間なんだから爆撃するとか言わないで貰いたい所だよ。」

 

 ため息を吐くツアーの様子にアインズは少し笑うと手のひらを見つめて呟いた。

「あれが起きるまでに…力を集めなければ…。」

 

 ツアーは腕輪を回収する事をやめた。




よかった…まだほのぼのできそうだ…。

次回 #20 閑話 ツアーのお見合い

どこにも需要がなさそうなタイトルだ…!!
ツアーはほとんど出ません。
守護者とキャイキャイするだけのお話です!
12時に行きます!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。