眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#9 法国の罪

 ニグンは薄暗くなり始めた荒野で考えていた。

(確かにあれだけの力……。神か……従属神か魔神で間違いない……か)

 辺りの隊員達は神の使いだと喜んでいる。

 しかし、神の縁者だとすれば、何故法国へすぐに来ずに、自分たちの道を阻むのか分からなかった。

 落ち着きを取り戻し始めたニグンは、空間にあけた小さな闇に手を入れている使徒のように見える者をじっと観察した。

 姿形だけならば美しく、清廉であるが──ハルピュイアやセイレーンなども翼は持つ。

 

 ニグンは心を決め、一歩前へ進む。

「お聞きしたいのですが、どなた様に使わされたのでしょうか?」

 

 そう尋ねると、よく聞こえなかったのか、暫定使徒はこちらに紫色の顔を向け、キョトンとした。

 もう一度、今度は確実に聞こえるようにニグンは声を張った。

 

「どなた様のお使いなのでしょう」

 

 使徒のように見える者は、意味がわからないとでもいうような顔をした後、背を向け仮面のマジックキャスターの元へ行った。

 

「お使い……?うーん……見てわかる通りこの人の仲間ですけど……」

 

 やはり神の使いではないのか、もしくはあの仮面の邪悪極まりない魔法詠唱者(マジックキャスター)こそが神とでも言うのだろうか。

(そんなばかな……。荒唐無稽すぎる)

 

 魔神で間違いないと判断をしようとした瞬間、空にはガラスを割ったかのような黒い亀裂が入り、すぐに消えた。

 

「……なんだ?」

「ふむ。何者かが覗き見でもしようとしたのか。何。大したものは見えなかったはずだ。さて、確かこうだったな?無駄な足掻きをやめ、そこでおとなしく横になれ。せめてもの情けに苦痛なく殺してやる」

 

 ニグンは世界にこれほど深い闇があったのかと思わされた。

 無骨すぎるガントレットがはまる手は滑らかにその顔にかけられた仮面へと滑り──仮面はそっと外された。

 

「な──」

 

 ニグンは団員全ての呼吸が止まったのを感じた。

 仮面を外した魔法詠唱者(マジックキャスター)は、母国で崇め奉られる闇の神──スルシャーナ。その人だった。

 最後まで人類と共にあった慈悲深き死の象徴。

 

 理解した瞬間、ニグンは言葉にならない言葉を叫んだ。

「まままま、ま、ま、まって!!いえ!!どうか!!どうかお待ちください!!」

 神は人類の守護者が人類を殺す姿を見て我らに神罰を下そうとしている。

 先程ガゼフ・ストロノーフにニグンが言った言葉を、まるで皮肉のように投げかける神に、全員が武器を投げ出し口々に贖罪の言葉を叫んだ。

「お許しください!!」「お戻りください!!」「どうか法国を──!!」「人類をお守りください!!」「どうか再びのご慈悲を!!」

 喉から血が出るのではないかと思われるほどの懺悔に、神と従属神だと思われる二人はただこちらを見ていた──。

 

 他方──男達の懺悔が響き渡る野で、アインズは骨の顎に手を当てた。

「なんだ……?様子がおかしいな?フラミーさんの姿を見て天使だと思い込んだだけにしては妙だ……」

「アインズ様。これこそが人間たちの取るべき正しき姿かと」

 アルベドの声音は実に平坦なものだった。

「それはそうだがな。薄汚く命乞いをするのかと思えば、法国を許せ、お戻りくださいとは一体何事だ?」

「どうします?殺さずにナザリックに全員一度連れて帰りますか?」

「フラミー様。畏れながら、申し上げます。このような下賤な人間どもに神聖なるナザリックの地を踏ませるのはいかがなものでしょうか?」

「アルベドよ、お前の言うこともわかるがフラミーさんは──」

 アインズが咎めようとすると、フラミーは慌てて手を振った。

「あぁ!良いんです良いんです!アルベドさんの言いたいことが分かりました。これだけの大人数の汚いおじさん達を自宅に入れるのは確かに気持ち悪いですよね」

 

 相手の集団は確かに土埃に汚れていた。

 

「ご賛同頂き心より感謝申し上げますフラミー様。しかし、至高の御身のご決定に口を出した我が身にどうか罰を」

「いえいえ。もっともですもん。罰なんていいですよ。ばっちぃのが嫌な気持ちはとってもよく分かりますもん」

「ありがとうございます。まさしく下劣な者共でございます」

 少しずれながら、女性同士でなにかをわかり合ったように二人は話し続けていた。

 

(き、汚いおじさんって……。ばっちぃって……。俺は大丈夫なんだろうか……。骨とは言え風呂にはちゃんと毎日入ろう……)

 アインズは人知れずゾッとしていた。

 フラミーに「アインズさんってばっちぃですね…」と言われる姿を想像したところで──その身を襲っていた恐ろしい想像や背筋を凍らせていた物は霧散した。鎮静されたのだ。この体は便利らしい。

 

 アインズは咳払いをし、二人の注目を集めた。

「それじゃあ、ここで少しだけ話を聞いてやりましょう。アルベド、代表者をもう少し見られる程度に、()()()、そう。()()()不快感を抱かない程度に身なりを整えさせろ。そして連れて来い」

 俺も同じ気持ちだよ、汚いのは嫌だよね、と遠回しに表現してみた。

「かしこまりました」

 アルベドは胸に手を当て優雅に頭を下げると巨大なバルディッシュを手にしたまま気楽な足取りでおじさん集団へ向かって歩いて行った。

 土下座するような勢いだった者達は希望に満ちた顔をし、空気が一変したのを感じた。

 大将格の坊主頭も向かうアルベドに小走りで近付いて行き、なにやら話しをした。

 すると一も二もなくその男は薄汚れた服を脱ぎ捨て、周りの者たちに身体中をよく拭かせ始めた。

 

「……は?」「……え!?」

 思わずアインズとフラミーの口からは疑問が声になって出た。

 呆然とする二人の下へ全裸の男を引き連れたアルベドが戻って来た。

 こんな状態の男に何を言えば良いのかわからなかったが、アインズの気持ちは鎮静され、途端に凪いだ。

「──……アルベド、何の真似だ」

「これに御身と言葉を交わすに相応しくなれと言うのは無理があると思い、せめてあの土にまみれたゴミにも劣る服を脱がせました」

 アルベドは清潔にさせました、とでも言うような雰囲気だ。

 フラミーは口をギュッと締めると顔を背け、アインズは固まった。

 

「は!も、申し訳ありませんでした!」

 何も言わぬ二人に弾かれたように謝罪を口にしたアルベドに、ようやく気付いてくれたかと黙っていた二人は苦笑を交わした。

「早く跪きなさい。それに少し近いわ。貴方は全く御方々と言葉を交わす姿勢がなっていない」

 斜め上すぎる発想にアインズは眩暈を覚えた。

「どう言う──……んん!いや、アルベド。私は不快感を抱かぬようにさせろと言ったはずだ」

 黒い布を空間より引き摺り出して放ると、アインズは目の前に落ちた布を眺め動かぬ全裸男に告げる。

「それを使え」

「おお……!!神よ……!!なんと、なんという……!!」

 見苦しく不快感しかない男が喜びながら腰に黒い布を巻きつける姿にアインズは少しほっとした。

 

(神様に感謝するほど喜んでるよ……。そりゃ骸骨に急所なんか見せたくないよな……)

 可哀想にと動かぬ眉間を押さえた。

 

「な!?あ、あ、アインズ様!!そのような物を!!私も脱げばアインズ様から布を頂き秘部を覆えるのでし──」

 アインズは突然おかしくなったアルベドの肩を掴み、腰巻男とフラミーから慌てて離れた。

「落ち着け!アルベド!!」

「アインズ様!ローブが欲しいとは言いません!私も布で良いので──」

「いいか!?アルベド、お前が脱いでも絶対に何もやらん!!だから、至高の支配者からのお願いでも命令でもいいからさぁ!……せめてフラミーさんの前でそれはやめないか……?」

 支配者らしかったはずの声音は最後弱々しくなっていった。

「アインズ様、それは……全裸で居続けろと言うことですか……?」

 アルベドの反応に流石に女性に悪かったかと思いかければ──

「アインズ様ったら……大胆……!」

 アインズは確信した。

(こいつダメだ)

 

 いそいそと鎧に手を掛けるアルベドを、アインズは少し強い口調で咎めた。

「よせ!よすのだアルベドよ!今はそのようなことをしている時間はない。いいか、侮られるような真似は絶対に控えろ。……わかったな」

 眼光を強め──瞳の緋が僅かに輝きを増した。

「も、申し訳ありません!己が欲望を優先させてしまいました」

 アルベドはその様子にサッと頭を下げ、落ち着きを取り戻した。

「……よし。では行くぞ」

 黙って立っていられそうな雰囲気になったのでフラミーと腰巻きの下へ踵を返した。

 アルベドを作ったタブラ・スマラグディナはギャップ萌えだったが──(なんて迷惑なNPC作ってんだ……。タブラさん……)

 フラミーは半裸の男を前に心底困ったような顔をしていたが、アインズが戻ってくるとほっと息を吐いた。

 

「んん。失礼したな。で、お前は何なんだ。簡潔に答えろ」

 

 そう問われた男は自らを見下ろした。

 

 神より投げられる質問の意味を考える。

 見苦しくないようになれと言われたと思えば、裸になり少しでも体を清潔にするように指示をされたニグンは、恥じる気持ちもあれど、神の言葉には従うのみだと思い実行した。

 そうして、団員に汚れが一つも残らぬように身体中を拭かれ、生まれたままの姿で神の前に立ったとき、この行動の真の意味がわかったのだ。

 

 何も持たず、何ひとつ身につけぬ自分は「ただの生き物」だった。

 国もない。

 金もない。

 生まれもない。

 守りたいものも守れない。

 弱く、救いのない生き物だった。

 

 神の前に膝を突くと、神は「人間」としての尊厳を与えるが如く、秘部を隠す布をニグンに与えたもうた。

 そして、自分のことを「なんなのだ」と尋ねている。

 

 神を待ちきれず、勝手に再臨されないと決め付けた法国。

 多くの命を奪い、正義のフリをし続けた無価値な自分の命。

 

 その全ての罪を簡潔に表す。

 答えは、ひとつしかない。

 

「貴方様の救いを待つしかない、弱く無価値な人間にございます」

 

 神の眼光が揺らぐ。

 償いきれない罪を繰り返した弱いニグンと、法国を哀れむように。

 鎧の従属神は応えた。

 

「その通りよ。あなた、わかっているじゃないの」

 

 ニグン・グリッド・ルーインは頭をただただ下げ続けるしかなかった。




2019.06.04 kazuichi様 誤字報告ありがとうございます!適用させて頂きました!

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