アインズは出発の準備を始めていた。
想像以上に
わずかに風には秋の匂いが混ざり始め、フラミーは以前通りのローブオンローブ姿に戻っていた。
フラミーは中のローブは日々変えているが、紺色のローブはいつも着ていて、アインズはあんな地味な色じゃない、もっと好きそうな色やデザインの物を贈れば良かったと思った。
(あの時は勢いだったからな…。効果しか考えていなかった…。)
フラミーに次何か渡すとしたら、またローブにしようと思った。
デミウルゴスのような繊細な気の利いた物は難しい。
「よし。では行くか。ティト、最後の仕事だ。頼むぞ。」
アインズは
ティトは少し寂しそうに返事をすると、来た時にも使用していた角笛を取り出して強く吹いた。
音が響き渡ると、ティトの竜舎からたった五頭の竜達がこちらへ向かって来た。
「アインズさん、人になっておいた方が。」
フラミーの声に頷くとアインズは人化した。
陽光聖典達はフラミーの召喚した天使達が行なっていた倒壊した建物の解体と継ぎ接ぎ作業を引き継ぐために居残りとなった。
皆が一緒に行きたいと言ったが、神都から来た神官長達に「私達だって神といられない事を日々我慢しているんだから我儘を言うな」と言う謎の叱られ方をしてすっかり大人しくなっていた。
マッティは弟の栄えある最後の仕事に少し感動してから、人の身に変わったその王に近付いた。
一緒に立っていた、復活した両親も胸を熱くしているようだった。
「神王陛下…この度の私のご無礼を、どうかお許しください…。」
「マッティ。気にすることはないさ。世話になったな。半日とは言えお前の観光案内は実に面白かったぞ。」
マッティは慈悲深き王に深々と頭を下げた。
「…神王陛下。図々しいお願いかとは解っているのですが…ティトを、弟を共に連れて行っては頂けませんか。」
王はマッティとティトを交互に見た。
「ティト。お前は私たちを送った後も共に来たいのか?」
ティトは悩んだ。
両親が復活した以上、ここの仕事と竜はもう安心だ。
広い世界を見に行っても何の問題もない。
王は別にいいけど…と言う雰囲気でティトを見ていた。
一生に一度のチャンスかも知れない。
しかし――。
「いいえ、陛下。やめておきます。ここには美しい空と土がありますから。僕はここで生きていきます。」
あの日めちゃくちゃになった塔は、金継ぎされて少しづつまたその背を伸ばして行っている。
以前よりももっとこの街を美しくしていきたい。
(ティト、お前にはまだ難しいだろう。それは失うまで気付ける物ではない。)
もっと深い意味のある言葉だったのだろうが、ティトにはまるで今日の日を予言されたように感じた。
「そうか。次はミノタウロスの王国だからな。お前は一緒に来ればきっと食われてしまうだろう。」
優しい神のいつもの冗談に皆が神と共に笑い声を上げた。
「そうだ。ティト、お前は今度マッティと共に神都に騎乗指導に来てくれ。うちのじゃじゃ馬娘三人組に
ティトはハッと顔を上げた。
こんな一介の小僧に気を利かせてくれる王の優しさに痛み入った。
「へ、陛下…!宜しいんですか!!」
「もちろんだとも。ご両親も良いかな。」
ティトは少し祈るような気持ちで父を見ると、父は母と頷きあった。
「勿論です。帝国のロイヤルエアガードには再び私が指導に行きますし、竜の世話も妻が行いますので、何も問題ございません。」
「父さん!母さん!ありがとう!!兄さんも本当にありがとう!!」
ティトは喜びに三人の胸に飛び込んだ。
「…あいんずさん、なんて良い話なんでしょう…。」
フラミーは感動してボロボロ泣いていた。
「はは、大丈夫ですか?ほら。」
アインズがフラミーの目をぬぐうがフラミーの涙は止まらなかった。
「私、両親なんて一度も見たことなかったから…こう言うの弱いんですよぉ。」
孤児院育ちで小学校卒業前にそこを蹴り出されるように社会に出たフラミーの身の上を思えば仕方のない事かとアインズはフラミーのお団子をポフポフ押した。
アインズも両親を早く亡くしているため、その温もりを思い出すと、少しだけ寂しさを感じた。
「…いつか子供を持ったら、きっと沢山愛してやりましょう。」
「え?」
フラミーは涙を止めてアインズを見ていた。
「あ、いや!いやいや!!俺たちって事じゃなくて、守護者達とか!あの、子供を持ったら!ほら、ツアーの子供なんかもね!愛してやりましょう!!」
しどろもどろのアインズにフラミーは嬉しそうに笑って頷いた。
「早クオ世継ギガオ生マレニナルノヲ…爺ハ…爺ハ…。」
パンドラズ・アクターは隣の青い塊がウロウロするのを尻目に支配者達に近付いた。
「さぁ父上、そろそろ参りましょう。」
「そ、そうだな。さぁ、ティト。頼むぞ。」
「はい!!じゃあ、父さん、母さん!兄さん、皆!行ってきます!!」
集落の人々と、新たに配された
「だから私なんかどうなるのよ!!」
ナザリック地下大墳墓第九階層のバーに統括の嘆きの声が響いていた。
「まぁ落ち着きたまえ。アルベド。悪いねピッキー。」
「いえ。お気になさらず。デミウルゴス様。」
副料理長はグラスを磨きながら守護者達の様子を見守っていた。
「ずっとこっちで執務とナザリックの管理だけして…たまにお帰りになるアインズ様はあなたかパンドラズ・アクターとばっかりお仕事をなさるし!!」
「ナザリックの管理は何よりも大切なことでしょう。それにアインズ様が君を避けるのはすぐに押し倒すからですよ。」
「シャルティアだってアインズ様に口付けを送ったと言っていたわ!あのアウラですら抱き締めて頂いたとか!!あなたがあの時もあの時も邪魔しなければ私だって!!私だって!!」
アルベドは荒れていた。
支配者は自分の前で人化しようとしないし、シャルティアにはどんどん差を付けられるし、このままでは本当に第二妃として貧乳が収まってしまうのではと気が気でなかった。
「もしかしてアインズ様はあまり胸が大きくない方がお好きなのかしら…。」
「…アインズ様は奥ゆかしい女性がお好きなんだと思いますよ。君はフラミー様を少しは見習うんだね。一度でもフラミー様がアインズ様に迫ったのを見たことが…――あ。」
デミウルゴスは肩を落とした。
「なんなの?はっきり言ったらどうなの。」
「いえ、この間竜王国で始めてお二人がキスする所を見ましてね。フラミー様からねだられたようでしたので。」
「当たり前のことじゃない。たまにはお外でだってキスくらいしたくなるものよ。」
「はぁ。私もいつかフラミー様にお情けをかけて頂けないだろうか。」
デミウルゴスはやっぱり竜王国の時一緒に飲めばよかったと思った――が、それを実行できないのがこの男の悲しい性だった。
「無理でしょうね。あなたに情けをかける時間があったら私がお情けをかけて頂くもの。」
「…妙につっかかるじゃないか。」
「全く、ずっと御方々と一緒にいながら何をやっているのかしら。私があなた
だったら、もっとフラミー様に迫るわ。」
「そんな不敬な。アインズ様にもフラミー様にも不敬でしょう。」
「愛は不敬を超えるのよ。」
デミウルゴスはずれたメガネを押し上げた。
「まぁ…気持ちの表現はそれぞれですね。」
「…デミウルゴス。竜王国と言えば、アインズ様は飲酒を所望してらっしゃったと言っていたわよね?」
「そうですが…なんですか。アルベド。」
「私と組んで企画しない?御身をご満足させるのよ。」
「はぁ。悪魔の囁きですね。それによって君が何を得ようとしてるのかが透けて見えるようだ。」
ピッキーは理性的な常連客に絶対やめたほうがいいと心の中で忠告した。
アインズ達はミノタウロスの王国まで一時間ほどの所に降ろされ、別れを惜しむティトの背を見送った。
一番大きな馬車をナザリックから持ち出し、四人は乗り込むと少しだけ真剣な表情をしていた。
牧歌的だった集落から打って変わって、今度はプレイヤーの子孫が待つと思われる国なのだ。
「フラミーさんの最強装備、久しぶりにみたなぁ。」
「私もアインズさんの最強装備久々に見ましたぁ。」
フラミーは珍しく、アインズの正面にコキュートスと並んで座っていた。
アインズは久々に纏っている
体は竜に乗る為に人化したままだったので微妙に違和感がある。
実は神聖魔導王の名でミノタウロスの王には何度かアルベドが書状を出してきたが、全て無視されていた。
平和的に乗り込めるのがベストだったのだが、所詮相手は獣だったというわけだ。
ミノタウロスにアンデッドだと入国拒否されても面倒なので、アインズはこのまま人の身で行く事にしていた。
その錚々たる装備はこれから起こるかも知れない苛烈な争いを覚悟しているようだったが――
「はぁ、フラミーさんは本当…何着ても可愛いですね。」
アインズはやはり少し腑抜けていた。
パンドラズ・アクターももう癖になり始めていた小さなその体で父の膝の上にたまに頭を乗せたりして楽しんでいた。
アインズもすっかり可愛くなった息子の背に手を当ててトントンと寝かしつけようとしている。
「なぁ…んですかぁ。こんなのいつもの格好じゃないですかぁ。」
フラミーはアインズの罪悪感につけ込んでキスをねだってしまった日から、アインズにずっとおちょくられていると思っていた。
何も恥ずかしがる様子もないこのお兄さんは百戦錬磨なのだろう。
「ははは。可愛いなぁ。」
「もー!アインズさん真面目になって下さいよー!」
竜王国からの道中とは違ってまるで緊張感のない馬車は四十分程走ると、かつてのカッツェ平野のようなカラカラに乾いた大地の景色に変わって行った。
その先には巨大で古めかしい、直線的なデザインの要塞壁が見え、それは地面と同じくオレンジがかっている。
一定の間隔で物見用の塔が建っていて、その上で恐らくミノタウロスだと思われる影がゴチャゴチャと忙しなく動き続けていた。
「ふむ…今のところは何の変哲も無いな。では最後の確認をしよう。」
真面目になったアインズの言葉に、三人は真剣な面持ちで頷いた。
「今回はプレイヤーの国だ。全員装備を今一度確認しろ。」
フラミーの様子をちらりと見て、確かにフラミーなりの最強装備だと言うことを確認する。
「よし、では今回の作戦はまず第一にギルド武器の捜索だ。文明が如何に発展していても、ギルド武器の存在の有無が確認できるまで街の破壊は慎め。」
「「は!」」
「私に街とギルド武器をいっぺんに破壊できるだけの力があれば良かったんですけど…すみません。」
申し訳なさそうにするフラミーにアインズは首を振った。
「良いんですよ。俺だって法国にあった奴、何回叩いて壊したかわかんないですから。」
「ありがとうございます…。私、頑張りますよ!」
触れ合えない微妙な距離にアインズは少しだけもどかしさを感じる。
恐らくギルド武器は存在するなら王の近くにあるか、法国やナザリックのように拠点にあるだろう。
フラミーの火力ではギルド拠点ごとギルド武器を破壊する事は不可能だ。
街を破壊してからギルド武器の捜索をすればツアーが勘付いて余計な口出しをしにくる危険もある。
発見できるまではなるべく静かに行動しなければ。
とは言え、隠密能力に長けた僕だけを送り込めば万一相手が絶対強者の場合危険すぎる。不可知化して侵入すると言うのも、手の内を見せるようでイマイチ気乗りしない。
どんどん馬車が近付いて行くと、巨大な門扉が開けられ、要塞壁の中からミノタウロス達がワラワラと出てきた。
「お出迎えだな。」
次回 #22 忌むべき生き物
やっとミノタウロスの所につきましたー!!
フラミーさん!あんたおちょくられてないよ!!