眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

92 / 426
試されるミノタウロス王国
#22 忌むべき生き物


 遡る事数年前――。

 

「耐えろ!もう少しで帝国の村だ!!」

 ニグン率いる陽光聖典は急成長を始めたトロール国に戦いを挑み――土砂降りのその日、敗走していた。

 トロール達は力こそ全てだと言う種族で、数年に一度武道会を開いては勝者が政治を預かり持って部族を引っ張っていた。

 それまでトロール達の集落を"国"などと呼ぶものはいなかったが、今回の為政者はどうやらあたりだったらしく、国と呼ばれるほどに大きくなり始めていた。

 這々の体で辿り着いた帝国領の村で、ニグン達はすっかり世話になった。

 村人達は甲斐甲斐しく聖典に世話を焼いてくれ、ニグンは一刻も早くこんな優しい人々を育てることが出来る帝国に、どうしようもない王国を飲み込んでもらいたいと思った。

 

 世話になること数日、ニグン達はその地を立ち去る準備を済ませ、村人達に礼を渡そうとすると――村人達は神妙な面持ちで頼みごとをしてきた。

「実は…この村の地下にはミノタウロスが監禁されているんです。どうか…それを殺しては頂けないでしょうか…。」

「何ですって?ミノタウロスが…?」

 聖典達は顔を見合わせた。

 牛の体でありなから、人間のように二足歩行を行う呪われたその生き物達は――かつて人里に現れて男をなぶり殺し、女を陵辱し快楽の限りを貪ると*村人を男女問わずに攫っていったそうだ。

 奴らは黒い体毛に覆われていて夜闇に乗じて現れた為、村人達の力では止められるはずもなかった。

 足には蹄がついているのに手は五本の指が生えていて、手先が器用なそれは無駄に文明も発達している。

 

 その時身篭ってしまった女達が産んだのは全て牛頭の獣だったらしく、殆どの子供は出産と同時に殺されたが――地下に囚えられていたミノタウロスはたった一匹、その時に見逃された子供だった。

 母親はきちんとその子供が人肉を求めないように育てて見せると懇願し、村人は渋々了承した。

「しかし、この村では近頃稀に人が消えるのです!そんな日の夜には決まって屈強なミノタウロスがうろつくのを見た村人が多くいます…。もう、もうこれ以上こんな事が続いては、我々は母親を殺めてしまいます!!」

 ニグン達は当然殺害を決定した。

 一度、村を出たふりをして闇に紛れてその場所に行くと、呪われた子供は自分をかばう母親を人質に逃げ出して行った――――――。

 

 神々は殲滅するか悩んでいたが、ニグンとしては断然殲滅を勧めたかった。

 部族程度の規模ではないあの生き物達はとても陽光聖典の力では殲滅など不可能だった為、国へ向かって行ったそれを深追いはしなかった。

 ニグンは天使に建物を金継ぎさせながら、ミノタウロスが殲滅される姿を思い浮かべていた。

 自分も行って是非殲滅作戦に参加したかったと、悔しさに拳を握った。

 

「ニグン隊長どうかしました?」

 副長のイアンの声にニグンは金の線の入る塔から視線を外した。

「あぁ。ちょっとな。…これは不敬な考えやもしれんが、ミノタウロスが陛下方のおっしゃっていた数々の大罪のどれか一つでも犯してくれていると良いなと思ってな。」

 あぁと納得した副隊長も当然ミノタウロスが嫌いだった。

「神に楯突くなといつもは思いますが、今回ばっかりはたっぷりそうして貰いたいところですねぇ。ガハハ!」

「ふふ。その通りだ。そうでなければ我らが神聖魔導国に、あの野蛮な奴らが加入してしまいかねんしな。」

 二人と、その話を聞いていた周りの聖典は愉快げに笑った。

 

+

 

 

【挿絵表示】

 

 

 要塞壁の物見塔から目を細めて様子を伺うミノタウロスがいた。

 黒い体毛に覆われた体、くるりと丸まった角、太く屈強な腕にはブレスレットがハマっていて、身分を表すように赤いマントを掛けている。

 その手には血のように真っ赤なワインが入った木のタンブラーがあり――ある日を境にビーストマンが撤退してからの平和なミノタウロス王国を物語るようだった。

「馬車なんて珍しいな。それにあの馬はなんだ?」

「初めて見る馬ですね。どうしますかリーダー。ビーストマン達ではないと思いますが。」

 班のリーダーの任に就くミノタウロスの呟きに、控えていた副リーダーのミノタウロスが応えた。

「捕らえて俺らの班で使うか。他の班と差を付けられる。手柄になるぞ。」

「ふふ、いい案ですね。」

「よし、他の班の奴らに気付かれる前に行動しようじゃねぇか!」

 頭を下げると副リーダーは一足先に行動を開始した。

 リーダーは残っていた酒を飲み干すと、自分の身長ほどもあるかと思われる両刃の斧を手に取って塔を下りた。

 

 すでに兵が出て行った扉のそばで腕を組む副リーダーがリーダーをちらりと見ると不愉快そうな声を上げた。

「リーダーあいつら馬車も馬もどこかに隠したようです。」

「何だと?魔法詠唱者(マジックキャスター)か。それで、相手はどんな奴らだ。」

「人間の男が一、翼を持つセイレーンのような女の亜人が一、見たことも無い亜人が一、巨大な異形が一。全員馬車と馬を隠した以外は何もせずに突っ立ってます。」

「……人間か。面白い。どこにやったのか聞いてみよう。場合によっちゃあ見えた二頭より多く持っているかもしれん。」

 リーダーは不敵に笑い、肩にかかった赤いマントを翻しながら戦場になると思われる荒野へ歩み出した。

 

 包囲している仲間を掻き分け進むと、物々しい装備に身を包む四人組がいた。

 種族はてんでバラバラで、一体どこから来た者なのかまるで想像もつかなかった。

 しかし、その装備は馬なんかよりも余程価値がある事は一目でわかった。

 全て魔法の装備だ。

 しかも女は上玉。

 王に直接献上すればまた階級が上がるかも知れない。

 

「大人しくて助かったぞ。随分うまそうなのがいるじゃないか。男だけは奴隷屋に見つかる前に肉屋に連れて行くか?なぁんてな。」

 リーダーの声に周りのミノタウロス達が笑い声を上げた。

 ミノタウロスはビーストマンよりも発達した文化を持っているためその場で人間を貪り食おうとは思わない。

 いくら日本人が刺身を食べると言っても、釣れた魚を捌きもせず突然その場でかぶり付いて食べる者がいれば狂人だろう。

 リーダーは分かりやすく恐怖を与えるように威嚇したはずが、怯えた様子のない人間に違和感を感じた。

 何故逃げようとしない。

 女と装備を置いていくなら、人間の男は殺される可能性もあるため見逃してやりたかった。

 笑い声が収まり始めると、副リーダーが声を上げた。

「お前達馬をどこへ隠した。」

 

 どいつが喋るかと四人を順に見て行くと、魔法詠唱者(マジックキャスター)だと思われる人間の男が代表して応えた。

「帰らせたよ。私達はここの街を少し見て歩きたいだけなんだが…そうだな。馬をやろう。それで通しては貰えないかな?」

 帰らせたと言うのは放したと言う意味かと思い副リーダーをちらりと確認するが首を左右に振った。

「…街に入りたいとは随分変わったやつだな。ここは人の住む場所ではないぞ?」

「知っている。それで、馬をやれば入れてくれるのか?」

 

 何故か焦れた様子の人間に別のミノタウロスが声を上げた。

「そっちの女でもいいぜ。そのお上品な服を剥いで、ぐちゃぐちゃにしてやるよ。もっと下さいとおねだりするようになるまでな!」

 部下達から上がる笑い声の中、リーダーはこれまでの戦の経験からこの人間には何かあると思った。

 幾ら何でも怪しすぎる。

 装備もあの女の亜人も王を喜ばせるだろうが――思考に没頭しかけると煽ったミノタウロスが尻餅をついた。

「あ?お前何やってんだ?」

「リ、リ、リーダー!やめましょう!!こいつらはやばい!!やばすぎる!!」

 突然恐慌し始めたそれは口角に泡を吹きながら必死に訴え始めた。

「恐怖を与える魔法か。仕方ない…。お前達!これ以上やらせるな!!全員捕らえろ!!」

 その声に数体のミノタウロスが縄を手に包囲網から出てきた。

「女はどうするんで?」

「全員賢王へ献上する。お前達それを汚すなよ。」

 

+

 

 アインズは切れかけていた。

 相当時間はかかるが殲滅後僕を大量投入し、瓦礫の町からギルドとギルド武器を探してもいいかもしれない。

 注意するとしたらアインズの力によってギルド武器を破壊しないようにする事と、ツアーだ。

 リアルの禁断の技術を持っていなければ魔導国に全種コンプリートする為にも、入国拒否されないように身分も骨の姿も伏せ、こうしているが――そんな気も失せてくる。

「フラミーさん、こいつらやっぱり殺しましょうか。」

「あ、はは。いえ…。別に…何もされてませんし…。」

 その顔は引きつっていた。

 アインズは怒りが後から後から押し寄せて来る胸に手を当てた。

 レプリカの杖を取り出したくなる気持ちを何とか鎮める。

「……嫌になったら言って下さい。こいつら根絶やしにしますから。ツアーが文句を言って来ても殴って黙らせればいいだけの話ですし。」

「ふふ、何だかちょっとやまいこさんみたい。分かりました。嫌になったらちゃんと言います。」

 笑うフラミーにアインズの怒りは一時的に鳴りを潜めると、いかにも一兵卒ですと言うようなミノタウロスが叫んだ。

「おい!何をコソコソ話してる!!」

「お前達が薄汚い獣だと言う話をしていたんだ。そう喚くな。」

 苦々しげにミノタウロスが睨みつけてくる様をアインズは鼻で笑った。

 

「お前は余程自分の力に自信があるようだな。」

 理性的な赤マントのミノタウロスはアインズを上から下までじっくりと眺めた。

「お前達よりは強者だからな。」

「ハハハ!そうか。俺もそうかも知れんと思っていた。」

 相手の力を正しく見極める能力を持つものはそれだけで強者たり得る。

 アインズは赤マントをわずかに警戒した。

 

「しかし、驕っていられるのも今のうちだ。賢王はどんな者より、強く賢い。」

「…口だけの賢者はまだ生きているのか?」

 アインズ・ウール・ゴウンの目と呼ばれた、ぬーぼーの姿のパンドラズアクターが街の方へ視線を送った。

 このまま賢王のところへ連れて行ってくれるならそれに越したことはない。

「自分の目で確かめるんだな。さぁ、大人しく縄に付け。いくらお前が強いとは言え多勢に無勢だろう。それに女が傷付けば賢王からの評価も下がる。」

「お前は割と理性的だな。私達をかばっているのか?」

 アインズが相手を見極めようと目を細めると、赤マントは自嘲するように吐き捨てた。

「……俺は人を食わんだけだ。」




次回 #23 初めての牢獄
やっぱり野蛮な国に来たら捕まらなくっちゃ!!(えぇ

ミノタウロスってヘビーな生き物ですね?
*Wikipedia ミーノータウロス 逸話より

https://twitter.com/dreamnemri/status/1142453761538850816?s=21

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。