眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#23 初めての牢獄

 アインズ達は背中側で肘を触るように組まされた手を、首にかけられた縄と繋げられ、牢に放り込まれていた。

 顔には麻袋がかかっていて、如何にも囚人と言った雰囲気だった。

 

「全員いるな。」

 アインズのその声に三人はそれぞれ返事をした。

「不愉快ナ者共デスネ。」

 コキュートスの怒りの声にアインズは全くだと言うと縄を簡単に引きちぎり、目隠しの麻袋を外して放り投げた。

 すると気配を感じたのかコキュートスとパンドラズ・アクター達も自由を取り戻し始める。

 アインズは一先ず仲間の安否確認をと思い視線を彷徨わせると、フラミーが縛り上げられ牢にもたれ掛かる様子に再び怒りが湧いてきてしまった。

「フラミーさん、もういいですよ。」

 なるべく落ち着いた声を出そうと思ったが、その声は怒りより低くなってしまい、守護者達をわずかに身震いさせた。

 フラミーの縄を軽い力で切って袋を外すと、プハッと息を吐いてから「アインズさん」と言って女神は微笑んだ。

 麻袋はわずかに臭った為息を止めていたのかも知れない。

 こんな状況だが、懐くような瞳にアインズは心が和らいだ。

 

「なんだかこう言うイベント初めてじゃないですか?ふふ、ちょっとワクワクします。」

「はは、そうですね。こんなイベント二度といりませんけど。」

 自分をくんくん確認するフラミーの乱れた前髪をなで付けていると、アインズは違和感を感じた。

「…ん?フラミーさん、デミウルゴスの蕾が…。」

「え?」

 フラミーは慌ててお団子をペタペタ触るとその顔を青くした。

「わ、私どこかに落として来ちゃった…!?」

 そう言うと、あわあわと立ち上がりどこかに行こうとした。

「落ち着いてください。今探しますから。」

 慌てる腕を取ると、フラミーは少し落ち着いたようだった。

「<探知対策(カウンター・ディテクト)>、<偽りの情報(フェイクカバー)>――――」

 アインズは"それはそれで"と少し良くない感情を抱きながら十にも及ぶ魔法を唱えていく。

 情報収集系の魔法を使うときは敵の対策魔法への対策を十分に行ってから使用するのが鉄則だ。「戦闘は始める前に終わっている」と言い切ったギルドメンバー、ぷにっと萌えが考案した『誰でも楽々PK術』によるギルドの基本戦術にも書かれている。

「パンドラズ・アクター、私に特殊技術(スキル)による強化と対策を。」

 ぬーぼーの姿のままでいるパンドラズ・アクターは頭を下げ、必要なものをアインズへかけた。

 無数の防御魔法によって守られると、最後にようやく<物体発見(ロケートオブジェクト)>を発動させた。

「…大丈夫です。そう遠くありません。」

 地図がない為はっきりした場所はわからないが、割と近くにあるようだった。

「はー良かった!そっか、魔法があるんですもんね。」

 フラミーが胸を撫で下ろしたのを見ると、やはりまた良くない感情が胸の中をゾワリと動いた。

 大切な息子の工作を無くなっていいと言う父親はいないだろう。

 いや、いてはいけないのだ。

 しかし、アインズはデミウルゴスがフラミーの首に触れた時の二人の様子を思い出していた――そして湖でフラミーの漏らした言葉も。

 アインズは一歩踏み込んでしまったせいか、これまで努めて無視してきたものが目につくようになってしまっていた。

 

「父上、フラミー様。私が回収して参りましょう。弐式炎雷様になりここに影武者を置いて行きます。」

「……いや…ぬーぼーさんの力は王に会う時に必要だ。取り敢えずスキルを用いてこの一帯の強敵を探せ。」

「かしこまりました。」

 パンドラズ・アクターはすぐにスキルを使用した。

 ダンジョンに皆で潜る前によく目にした光景だ。

 アインズは懐かしいな、と自分のやった事から目を背けるためにもその様子を眺め続けた。

 

 コキュートスは、耳をすませていると遠くから複数の足音が近付いて来るのを聞き取り、強者探しを行うパンドラズ・アクターの代わりに弱者の接近を告げた。

「アインズ様。複数ノ者ガ来マス。」

「そうか、思ったより早かったな。」

 コキュートスとアインズが話す横でパンドラズ・アクターは一通り近辺の様子を伺うと、結論を告げた。

「父上。八十五レベル程度の者が二体。」

「そうか…。プレイヤー達か子孫か…はたまたその両方か。」

「何にしても大したことはなさそうですね?」

 フラミーに頷きながら、油断はしないでほしいと思った。

 

 蹄が石の床を叩く音が近付いてくると、赤マントと複数のミノタウロスが姿を現した。

「ん?勝手に拘束を解いたのか。」

 赤マントが繁々と牢の中を伺う様子にアインズはたっぷり嫌味を込めて返事をした。

「袋が臭くてな。」

「ふふ。それは悪かったな。さぁ、出るんだ。」

 アインズ達が立ち牢を出ると――意味はないかもしれないが、と言いながら赤マントは再び四人の手を前で縛り直した。

 

 アインズ達は窓のない薄暗い廊下を進んで行った。

 壁にはトーチがかけられているところから見ても、文明はやはり然程進んでいないようだと安堵する。

 これなら種族コンプリートができるかもしれない。

 一階分上がると、そこは赤茶けた石で出来た広い廊下で――巨岩を削り出した巨大な柱に支えられた建物は光で溢れていた。文字のような彫刻があちらこちらに刻まれていて、ビビッドな色使いで絵が描き込まれていた。

 赤マントについて進んでいくと、美しいオアシスのような中庭があり、そこでは雌のミノタウロス達が井草でマットを編んでいた。

 雌のミノタウロスは雄と違ってすらっとした手足に細い面をしていて、白い毛並みが美しい。

 

「雌っているんですね。」

「はは。本当ですね。考えたこともなかったな。」

「黙って歩け。緊張感のない奴らだな。」

 フラミーとアインズへ赤マントが呆れ混じりに注意を飛ばす中、中庭をぐるっと回るように進むと、一行は大きな両開きの扉の前で止まった。

 その扉は、ヒエログリフがたっぷり彫られた荘厳なものだった。

「連れて来たとお伝えしろ。」

 扉の左右に立つミノタウロスが一人小さな扉を使って中に入って行くのを見送ると、ぬーぼーの姿をしたパンドラズ・アクターが耳打ちした。

「アインズ様。この先の二名です。」

 アインズはちらりと赤マントを確認してから応えた。

「良くやった。」

 

「おい、だから黙れと言っているだろう。本当に殺されるぞ。」

 赤マントが注意していると小さな扉からミノタウロスが戻り、巨大な扉は左右のミノタウロスによって押し開けられて行った。

 アインズはどこの国もこう言う面倒臭い事をして扉を開けるものなんだなと内心苦笑する。

 

 扉が開くと、一番奥、三段程度の階段の上にこれまでとは全く違う赤毛のミノタウロスが二体いた。

 その床には先程の雌牛達が編んでいた井草で織られたマットがしかれ、大量のクッションと食事がマットの上に直に置かれている。

 一体は真ん中でクッションに背を預けるようにだらしなく座り、一体は真ん中から少し避けて片膝を立てて座っていた。

 他のミノタウロス達の角は円を描くような形だったが、この二人の持つそれは軽いカーブを描きながら天に向かって真っ直ぐ生えている。

 着ているものは魔法の装備だと一目見てわかる物だ。

 それは実用性よりもデザイン性を重視したような作りで、ユグドラシル時代のあらゆる装備を思い出した。

 

 牛達は品定めでもするように献上品を眺めると、赤マントに声をかけた。

「入れ。」

「は。失礼いたします。如何ですか。賢王、王弟。」

 赤マントと共に赤毛のミノタウロスに近付いて行くと、真ん中に寝転がる一体が鼻を鳴らし、愉快そうに話し出した。

「ふふ。良いじゃないか。次は何を望むつもりだ?お前ほど強欲なミノタウロスは見たことがない。さぁ、これらを連れてきた報酬に何を望む。」

「は。自分と副リーダーに更なる昇格を。」

 出世欲の強い牛達は恭しく頭を下げた。

「良いだろう。後で将を呼んで相談してやろう。」

 だらしなく座っていた赤牛は体を起こして座り直すとさっと手を払った。

 それを合図に赤マントは頭を下げて戻っていくと、四人に声をかけた。

「王のもとまで行け。」

 アインズは目の前の存在の力量を探ろうとじっと見つめた。

 おそらくユグドラシルのものだろうと思われる装備は聖遺物級(レリック)伝説級(レジェンド)だろう。

 

「…なるほど?確かに見事だ。見た目だけなら我らが祖王の遺した物に勝るとも劣らない物を身に付けているようだな。」

 アインズとフラミーはプレイヤーは死んでいると確信した。

「兄者、あの女は珍しい。紫か銀の毛を持つ子が産まれるかも知れんぞ。」

 隣で片膝を立てていた赤毛のミノタウロスが嬉しそうに話した。

「それは面白いな、弟者。二人で使って早めに孕ませよう。」

 賢王と弟は仲睦まじい雰囲気で笑い合った。

 アインズは自分を落ち着かせようとその手で精神抑制を使った。

 

「おい。もう少し近くに寄れ。」

 フラミーは我関せずとばかりに物珍しそうに建物の天井や柱を眺めていた。

「チッ。解ってないのか。お前だ紫。」

 フラミーはハッとすると階段のすぐ下まで近付いた。

 王と弟は立ち上がり近寄ると、王はフラミーの顎を持って物珍しそうに左右に顔を振らせて様子を見た。

「随分と美しいな…。弟者、やはり私が先に産ませてもいいか?」

 フラミーは嫌がるように顔を振って顎の手から逃れた。

「俺にもその前に一回くらいは使わせて欲しいところだな…見ろ兄者。口の中は赤紫だ。」

 弟が口の中に手を突っ込みフラミーの舌を引き出した。

「っんぁ…。」

「柔らかいし触り心地も悪くな――」

 そう言いかけると、二人は目を剥いて階段の上によろけて尻餅をついた。

 フラミーは舌を出したままウェーとでも言うような顔をしていた。

 

「な!?お!おい!!お前は何を連れてきたんだ!!」

 尻をついたまま無様に後ろに下がっていく王はフラミーではなくアインズを指差していた。

 赤マントはまた恐怖の魔法かと舌打ちをし、やめさせる為アインズに近付きかけると――続く王の言葉に足を止めた。

「アンデッドだと!?」

 副リーダーと共に慌てて振り返り身構えるが、何もいない。

 

「やっぱりお前達は殲滅だ。」

 

 アインズはそう言って手の縄を払うように簡単にちぎり、数歩前にいたフラミーの肩を引っ張って胸に収めると――腕輪を輝かせながら美しい魔法陣を出した。

 それはバチバチと音を鳴らして雷のような光が迸っていた。

 腕の中のフラミーは驚いたように自分を後ろから抱くアインズを見上げていた。

 

 王と弟は控える者に向かって絶叫した。

「迷宮に落とせ!!」「早く!!今すぐに!!」

「は、はい!!」

 ミノタウロス達は三秒にも満たないやり取りを行うと床は円状に青白く光り、アインズは瞳の炎を燃え上がらせた。

「強制転移トラップだと!?ではあの扉、やはりここが――!!」

 

 玉座の前にいた四人は消えた。




次回 #24 迷宮

ふー危うく街が壊されるところだったぁ!
あっぶなーい!!

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