眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#25 蕾

 <転移門(ゲート)>も開かず、僕や悪魔の召喚も叶わなかったのでアインズ達は諦めて真面目に迷路を歩く事にした。

 システム・アリアドネ―― ユグドラシル時代に存在した拠点の監視システムが起動していない点から確実に出口はあるはずなのだ。

 アリアドネはプレイヤーが入り口を塞ぐなどで「絶対に落とせない拠点」を作らないよう、拠点が入り口から心臓部まで一直線に繋がっているか、内部の距離や扉の枚数は適正かを監視していた。これに違反するとギルド資産が一気に目減りするという恐ろしいペナルティがあった。現在もこのシステムが生きているかは不明ではあるが――アインズにそれを実験する勇気はないし、恐らくこの迷宮の主もそうだったであろうと思えた。

 

 アインズは長い長いロープを三本魔法で生み出すと、魔法で作った大きめの岩にくくりつけた。

「取り敢えず、歩き回るしかないな。」

 ローラー作戦だ。

 縄がマックスまで伸びたら一度ここに戻って互いの情報共有をしようと約束した。

 三組でマッピングを数度繰り返せば割と早く出られる気がする。

 戻ってくるときには縄を置いてくればセーブ地点になるし、もし出口が早々に見つかれば皆それを辿ってすぐにでも出られる。

 アインズは守護者二人にロープを渡すと神話級(ゴッズ)アイテムのローブから行動速度の上がるこざっぱりしたローブに着替え、フラミーにも行動速度上昇の腕輪を渡した。

 

「あら?私のロープは?」

 三本のロープは守護者とアインズの三名で分けられてしまった為フラミーの分はなかった。

「あーフラミーさんはロープがあっても道に迷って帰って来られなそうと言いますか…ちょっと心配なので…。」

「えっ!こ、子供じゃないですよ!?」

 ペンと紙を守護者二人に渡すとアインズは驚いているフラミーの背中を押しながら出発した。

「じゃ、お前たちマッピング開始だ。出口があったり、何かあれば伝言(メッセージ)を送れ。なるべく急いで向かってやるが、まぁ危険はないだろう。薄暗いから足元には気をつけろよ。」

 

 パンドラズ・アクターとコキュートスは支配者のその台詞に、どちらが守護者か解らないと苦笑して、ロープを手に別々の道に進みだした。

 

 パンドラズ・アクターはサクサクとマッピングを進めながら、この先どんな素晴らしい計画が待っているのかワクワクした。

 デミウルゴスの話を聞いて身震いし、今度はそれを自分が側で見られるのかと思うと実に愉快だった。

 しかし、アインズとフラミーが縄につくと言うのは反対だった。

 コキュートスは自分は一振りの剣だとか何とか言って御心のままにモードだった為一緒に反対もしてくれなかった。

 もっと他にやり方があったんじゃないかとパンドラズ・アクターは考える――が、この罠にかかる事自体がアインズの計画に必要な事柄なのだろうかと思うとそうも言っていられない。

 完全不可知化で入っていればギルド拠点の発見は時間がかかっただろう。

 パンドラズ・アクターは僅かに不安になった。

「この先…私如きにできることがあるんでしょうか…。」

 その後足下に転がるミノタウロスの頭蓋骨を蹴りながらマッピングを続けた。

 

+

 

 アインズとフラミーが進んでいると、こちらにもミノタウロスの骨が落ちていた。

 生身で一人何の道具も食事も無く閉じ込められた者にとってここはただの地獄だった。

 当然壁も傷つかない為目印も残せない。

「わぁ…デミウルゴスさん好きそう。」

 まじまじとツノのついた頭蓋骨を見ているフラミーに、またデミウルゴスかとアインズは心の中の黒い炎がチリッと燃えた。

 細い骨を拾ったフラミーはそれを手の中で弄び、蕾のことを考えているようだった。

 

(…これは大失態だ…。)

 フラミーはデミウルゴスの事を心底気に入っているし、蕾も心底気に入っている。

 三度目の眠り以来、フラミーは自分のもののような気がしていたが、二人でそう言う話(・・・・・)は一度もした試しがなかった。

「フラミーさん、デミウルゴスの蕾…すみませんでした…。」

「え?いえ!全然。蕾は私の不注意ですから。」

「…探すの、手伝いますよ。」

「ありがとうございます!一緒に探して貰えたら百人力です。」

 嬉しそうにするフラミーを見ると胸が痛む。

「フラミーさん。あの蕾って…そんなに大事ですか?」

「えへ?そりゃあ大事ですよ。あれって触ってるだけで落ち着くし、思い出もたっくさんですもん!」

 照れたように笑うその人をナザリックの自分の部屋に閉じ込めて置けたらどれだけ良いだろうかと思う。

 自分が側にいることよりも大切かもしれない蕾が憎たらしかった。

 フラミーとデミウルゴスの間に積もっているであろう思い出について考えかけると、アインズは悪い感情が次々と膨らみ始めたため精神抑制を使った。

 平静を装いながらマップを書くその手は行動速度上昇のローブによって早められた。

 

「ねぇ、アインズさん。あの蕾が始めて咲いた日のこと覚えてます?」

「何ですか。」

 聞きたくもないと、話を振った事をアインズは後悔した。

「デミウルゴスさんは私を見立ててって言ってくれたけど、私はあれアインズさんみたいだって思ったんです。」

「え?」

「白くて綺麗で、キラキラしてて、ひんやりしてて…骨ですしね。」

 はははと笑うフラミーをアインズは足を止めてジッと見た。

「アインズさんは、見せてって言ったけど、あんまり綺麗だから取られちゃうかと思ったなぁ。」

「そんな、とりませんよ。」

「ふふっ、可愛い息子の工作だから飾りたいって言いそうじゃないですか。」

 アインズを見る金色の瞳はそれこそキラキラしていた。

 

「それから、一緒に海で月を見たときにもこれが咲いて、これから私達がやる事は間違ってないって言われたみたいだった。」

「はは、それは都合がいいんじゃないですか?」

「都合のいい女なんです、私。」

「意味違いますよ。」

 二人は軽く笑い声を上げた。

 

「あとはアインズさんが髪の毛切ってくれた時、元気のおまじない、してくれました。」

「そうですね。フラミーさんかなり落ち込んでましたから。」

「ふふ、あの時のアインズさんすごくかっこよかった。デミウルゴスさんが元気のおまじないしてくれた時、すぐにアインズさん思い出しちゃいました。」

 嬉しそうに笑うフラミーの前髪をアインズはサラリと撫でた。

 デミウルゴスとそんな事があったのかと思いながら。

「あれからまた半年ですから、切ってあげましょうか。伸びてますよ。」

「いいんですか!」

 アインズは笑うフラミーの顔を見ると何故これが手に入らないんだろうかと心の闇が蠢くのを感じる。

 

「フラミーさん。今すぐにでもあれを取り返したいですか?」

「へへ、本当は肌身離さずずっと持ってたかったんですけどね。」

「…そうですか。」

 デミウルゴスには荷が重いと思ったが――助けてやれば上手くやれるかもしれない。

 アインズは自分の心の整理をするために一度息をフー…と吐き出した。

 しかし整理できる気配はなかった。

 それどころかフラミーとデミウルゴスが今後どうにかなるのではと思うと、あまりの苦しさに闇が広がっていく。

 あの日唇を重ねてしまったことを後悔し、どうしたもんかと悩み始めると、フラミーの話はまだ終わっていなかった。

 

「あれに触ってるとね、アインズさんに触れてるみたいな気になれるんですよ。」

「…ん?」

 

「冷たくて優しくて、すごく安心しちゃいます。本当はずっとアインズさんに触れていられたら良いのにね。はは、ただの骨でも同じだろって笑われちゃうかな。」

 

 恥ずかしそうに地図で口元を隠しながら笑って語るフラミーをアインズは一瞬惚けて眺めると――堪らず引っ張り寄せて抱きしめた。

 床にペンが二本落ちると、その音は遠くまで反響したようだった。

 アインズの脳裏には手に入れた時から何かあるたびに頭から引き抜かれて、くるくるとフラミーの手の中で弄ばれていた蕾の姿が映っていた。

 アインズは自分の腕の中にある小さな体に何から謝ればいいのか分からなかった。

「すみません。ほんとすみませんでした。」

「な、なんですか?あの…あいんずさん?」

「フラミーさん、俺ってほんと馬鹿だ。」

 

 フラミーは辛そうにする骨の背中に手を回して撫でた。

 トラップにはまったせいで蕾を探しに行けない事に苦しんでいるのだろうと。

「よしよし。たまには泣いたって良いんですよ?支配者だって罠に引っかかる事くらいあります。」

 アインズは光ると人化し、抑制も入れずに静かに涙をこぼした。

 やはり骨より人の身の方がずっと分厚い、フラミーはよく分からない感想を抱いた。

「アインズさん、大丈夫ですよ、本当きっとすぐに見つかりますから。」

「ゔぅ……ぞうですよね……。」

「はい。大丈夫ですからね。」

「…フラミーざん…すみませんでした……。」

「はは。こんな所すぐに出られますって。」

 フラミーは自分の腕の中の大きな子供の背中をポン、ポン、と叩き続けた。

 アインズから、押し殺した泣き声がわずかに漏れた。

 

 しばらくそうすると落ち着いたアインズはつぶやいた。

「…やっちまったなぁ…。」

 泣いた事もさる事ながら、蕾をあの時息子に取りに行かせなかった事も、幸せを感じた日を一度自分の中で否定したことも。

「スッキリしました?」

「…割と。ありがとうございます。」

 二人は両手を取り合って体を離した。

 

「ねぇ、アインズさん。あの、だからね。蕾が見つかるまでは、その、離れないでいたかったから…。本当は一緒のルートに来られて、私、私、良かったです!」

「…やっぱりもう見つからなくていいか…。」

「えぇ?何言ってんですかお父さん。」

「冗談です…。」――半分。

 ハハハと二人で声を上げると、アインズは真剣な顔をしてフラミーを見つめた。

 

「フラミーさん、いいですか?」

「ん?いいですよ。」

 何もわかっていないけど取り敢えず返事をした雰囲気のフラミーにアインズは悩んだ。

 繋いでいる両手の甲を親指でさすりながら考える。

 一度目はフラミーからねだられたような物なので一回分返してもらっても良いはずだし、今良いって言質はとったし――アインズはよく解らない理論で武装してからフラミーの頬を両手でそっと挟んだ。

「あ、あいんずさん。あの、私、その…触れてられたらって言ったけど…あの、そこまで…気を使っていただかなくても……。」

 察したのかフラミーの目は泳ぎ始め、もごもご何かを言い出した。

 牛達もこの光景を見たのかと思ったら再び怒りが湧いて来る。

 

「しっ。目ぇ閉じて。ただの消毒だから。」

 フラミーは一瞬不安そうにアインズを見たが、ギュッと目を閉じるとアインズは二度目のキスを送るために顔を寄せていく。

 呼吸が重なる距離になると、フラミーは一度震えるように息を吸って、止めた。

 アインズは薄目でその様子を見ると少し笑って唇を重ね――「父上!フラミー様!!」られなかった。

 あと何ミリと言うところで現れてしまった息子を、フラミーの顔を持ったままアインズは睨みつけた。

「………またお前かパンドラズ・アクター…!!」

「は、これは失礼いたしました。何かが落ちる音が父上達の気配のする方から聞こえたので…。」

「は…はわわわわわ…。」

 フラミーは顔を両手で覆ってその場でぺたりと座り込んでしまった。

「あ、ああ!フラミーさん!!」

「申し訳ありません、父上。フラミー様もこちらには構わずどうぞ続きを。」

 

「で、できるかーーー!!!」

 アインズは精神抑制が外れたままだった。

 

+

 

「オカエリナサイマセ。ム、パンドラズ・アクターモゴ一緒デシタカ。」

「そうなんだよ…。」呟いた声はがっかりし過ぎて無気力めいていた。

「――んん。では見せ合おうじゃないか。」

 四人は自分たちの書いて来たマップを見せ合った。

 パンドラズ・アクターのマップは几帳面にきちんと距離を確認しながら書いたのか、壁同士に破綻が生じずに見事に道が描かれていた。

 コキュートスのマップは大胆に紙いっぱいに書かれたところと、小さく描かれたところがあり、縮尺がよく解らない。

 アインズのマップは割とパンドラズ・アクターの描いたものに似ていたが、行き止まりじゃないところが行き止まりになっていてAとA'は繋がる、などの注釈が多く書き込まれている。

 フラミーのマップはそこで何を話したとか骨が何個落ちていたとか、不思議な挿絵の描かれているよく解らないものだった。

 三者三様に下手くそな地図を見せ合い、苦笑した。

「…パンドラズ・アクターのマップは一応私の物と繋がったな。向こうには私の持っていたロープとパンドラズ・アクターの持っていたロープを結びつけて置いてきた。」

「申シ訳アリマセン。アインズ様。私ノ地図ハアマリ…。」

「いや。私も人のことは言えん。一度休憩しよう。」

「畏マリマシタ。」

「はー…。パンドラズ・アクター、お前は罰としてマップの清書を行いなさい。」

 フラミーは微妙にアインズの死角になる位置を取り続けていた。

 

 帰路で割と怒られたパンドラズ・アクターは何故自分はこうも間が悪いんだろうと悩んだ。

 それが父親譲りの特殊技術(スキル)だとも知らずに。




次回 #26 出口の見えない闇
0時です!!

はむはむちゅっちゅ目指しました!!!!!
いやぁ君達ちゃんと告白し合ってからそう言う事してくれませんかねぇ。(歓喜
これで一期のデミとのイチャつきをようやく清算できました!
ひゅーやっぱり閉じ込められものはいいなぁ!

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