「じゃあ目つぶって下さい。」
「はい。」
「行きますよ?」
「ん…。」
「はは、何か緊張しちゃうな。」
フラミーの髪の毛がパラリと落ちていった。
アインズはパンドラズ・アクターがマップの清書をしている間に二度目のヘアカットに勤しんでいた。
顔がにやけそうになるのが嫌なので既に骨の身に戻っている。
「オォ。フラミー様ノ御髪ハイツモアインズ様ガ?」
「いつもと言うか、まぁ、そうだな。」
髪の毛が落ちていく様子を興味深そうに眺めるコキュートスの問いに、これからも毎回自分が切っても良いかもしれないとアインズは思った。
前髪を切り終わると、アインズは少し顔を赤くして目を瞑る髪を下ろしたフラミーを眺めた。
これで守護者達がいなければなぁと思ってしまう自分が浅ましい。
「ん…終わりました?」
「いえ、もう少しです。」
終わっているがアインズはしばらくその顔を眺めた。
「…アインズさん?」
何も起こらない事に違和感を覚えたフラミーがちらりと目を開けるとアインズが自分の膝に肘をついてこちらを見ていた。
「な、なんですかぁ。」
フラミーはもじもじすると椅子の上に体育座りした。
「いえいえ。後ろも切るかなーって思って。」
「あ、はい。切ります…。」
アインズは
「じゃ、後ろは一年って事で十二センチくらい切るんでいいですか?」
髪の毛は一月一センチと聞いた事があるのでこれで元のアバターの長さになるはずだ。
「あの、アインズさん。」
後ろに回ったアインズを見上げるフラミーに首を傾げた。
「あ、整えるくらいがいいですか?」
「ううん、あの…アインズさんは長いのと短いの、どっちが好きです…?」
恥ずかしそうに聞いてくる揺れる瞳にアインズは胸を押さえた。
「……っう……なんでも…なんでも良いです……。」
「そんな…。」
「え、あ、いや!違うんです。俺は、そうだな…。アバターくらいが…いいかなぁ…?」
「えへへ、それじゃあ、"ふらみー"でお願いします!」
アインズは少し笑ってから頷くとフラミーに前を向かせて散髪していった。
仲睦まじい支配者達の光景をコキュートスとパンドラズ・アクターはうっとりと見入った。
「素晴ラシイ光景ダ…。」
「シャルティア様がいないのが悔やまれますねぇ。」
二人が話す横で、散髪は終了した。
「はー!頭軽くなりました!」
くるくる回って嬉しそうにするフラミーをアインズが優しい気持ちで見ていると、パンドラズ・アクターが魔法でできた椅子と机から離れた。
「父上、こちらも完成しております。また続きを歩きますか?」
「そうだな。じゃあ、皆ロープを置いてきた所に戻るか。」
コキュートスは床に散らばる銀色の髪の毛を丁寧に拾い集めてしまった。
一行はせっせとマッピングを進めた。
フラミーは自分もできると言ってロープを魔法で作ると、親子とコキュートスとは違う方に向かって進んでいった。
疲労無効、飲食不要等の効果の付いた指輪をごっそり取り出し、その指には大量の指輪が輝いていた。
(多少下手でもズアちゃんがちゃんと書き直してくれるから大丈夫だよね。)
自分の描き起こしていく下手くそな地図に苦笑しながら進んでいくと、無意識にペンを持つ手で唇を触っている自分がいた。
それに気づくとフラミーは顔を耳まで赤くして苦しそうに声を上げた。
「ウゥ…。ただのしょうどくなのに…。」
心配性のアインズのためにも甘えていないで早く出なければいけない。
余計な事を考えないようにプルプルと頭を振った。
「私って…どう思われてるんだろう…。」
少しでも好かれたい、触れていたいと思う一方、アインズの罪悪感を利用してお情けでキスさせてからというもの、アインズはずっとフラミーをおちょくっていた。
年下の女の我儘に仕方なく付き合ってくれているなら、本気になっている自分がバカらしいし、結局最後は振られるなら、その時には「本気じゃなかったしね」と自分に言い訳をしたかった。
今ならまだそう言って忘れられるかもしれない。
後でアインズに聞いてみようと決めるとフラミーは今更振られる恐ろしさに気が付いた。
幸せいっぱいだったさっきまでの気持ちは梅の花がこぼれるように落ちていく。
しかし、もしアインズも自分を同じ意味で好いてくれていたらと思うと、フラミーは胸からドキドキと鳴ってくる音のあまりの煩さに首を振った。
今までちゃんと考えようとして来なかったが、よくよく考えてみたらそれもそれで辛いかもしれないのではと気が付いた。
人の身を手に入れたアインズはこの先ドラウディロンやアルベドを筆頭に、多くの妃と側室を迎え、ナザリックの為、国の為、子供をたくさん儲けようとするだろう。
キスさせていたシャルティアも、偶にえっちな触れ合いを重ねるアルベドも、嫁ぐと宣言しているドラウディロンも、皆アインズの友達以上奥さん未満の存在だとぼんやり認識していた。
そういう人達の中に飛び込んで受け入れていく覚悟が果たして自分に持てるのだろうか。
ナザリックの為にフラミーとデミウルゴスの繁殖を勧めていたくらいだし、きっとあの人は気にもしないだろう。
フラミーは自分と悪魔のその様子を想像しながら、ペンをおでこにグリグリ押し当て歩くと、目が熱くなる感覚に悔しくなってゴシッと袖で顔を拭った。
こんな時に蕾があったら、自分で元気のおまじないをするのに。
アレに触れて少しでもアインズといる気になりたかった。
ずっと誤魔化してきた自分の気持ちが辛かった。
しかし、ハッキリさせずに今のまま触れ合いを重ねたら、ダメだった時に引き返せなくなる。
それは万年生きるであろう二人の関係の終わりに繋がる。
振られてもフラミーが何でもない顔をしていられたら、二人の関係は変わらずに続くだろう。
一度休憩しようと膝を立てて壁を背に座ると、膝に顔を埋めて少し泣いた。
まだ何も聞いていないのに、よくない想像ばかりが浮かぶのは自分がアインズに釣り合う素晴らしい女性じゃない自覚があるせいだ。
フラミーはため息をついて顔を上げると、壁に背を預け――ようとしたが、その壁は幻術だった。
無様に後ろに転がると――
「やんなっちゃうなぁもう………あ!?で、出口だ!!」
そこには巨大な扉があった。
扉の前にはいくつかミノタウロスの骨が落ちていた。
皆ここまで来て、最後の最後で扉を開けられずに絶命したのだろうか。
フラミーは慌てて起き上がると、砂埃を払いもせず扉に向かった。
押し開けようとすると、扉には文字が並んだ。
<One who wish to go inside, should show sword and a ball of Ariadne's thread.>
「…何もわかんない…。」
フラミーは自分の無知を呪って
「あ、もしもしアインズさん?私です。出口があったんですけど…なんか扉が開かなくって…。」
すぐに全員がフラミーの糸を伝って幻術の壁の中から現れると、そこに映る不可解な文章を読んだ。
「アインズ様…コレハ…。」
守護者達は当然知っている文字だが、特別読めるようにインプットされていないため単語が読める程度だった。
アインズはゴソゴソと英和辞典を取り出した。なぜそんな物を持ち歩いているのかは謎だ。
「ちょっと待て…私も英語は…。」
この三人の前で無様なところは見せられないと小卒の男は少し慌てた。
セバスからいい加減モノクルはちゃんと返してもらおうと決めながら、バラバラとページをめくって必要な情報を取り出していく。
「中に入る事を望む者、剣とアリアドネの糸玉を見せるべし…。」
「中にってことは、これ出口じゃないんですね。扉だったんでつい私…。」
せっかく見つかったと思った扉の前でフラミーはため息をついた。
しかし、アインズは出口より余程良いものだということに気が付いていた。
「かくて汝、全世界の栄光を我がものとし、暗きものは全て汝より離れ去るだろう。」
パンドラズ・アクターがハッと顔を向けた。
「ここはまさか。父上。」
「間違いないだろう。こういうギルドメンバーにしか通じないギミックを入れる所は人に入って欲しくない所だ。ワンフロアと地上部しかなさそうなギルドだしな。」
まだわからない様子のコキュートスにアインズは告げた。
「この先は宝物殿だ。」
アインズ達は扉の前で悩んでいた。
「剣は恐らくギルド武器だろうがアリアドネの糸玉というのがわからんな。」
「父上、アリアドネとはギルドの出入り口を監視するシステムの事ですよね…?」
「そうだ。アリアドネは外から最奥まで一本の糸で繋がるように作られているかを監視している。」
「出口ヲ使ッタ事ガアルモノトイウコトデハ?」
「それは糸玉と言うには少し違和感があるな…。」
あーでもないこーでもないと悩む男子達にフラミーが口を開いた。
「少なくともギルド武器がないと入れないここにはギルド武器はなさそうですね。」
確かにと皆が頷いた。
「…一度マッピングに戻るか。ここに宝物殿があるなら出口は反対側がセオリーだ。一度マップを共有してから反対に向かって歩くぞ。」
四人は頷きあった。
次回 #27 閑話 告白
12時でやんす。
どんどんやってください(え
はぁ、でも、アインズ様に告白してほしいよねー。