賢王の称号を継ぐ者は、必ず前王より秘宝を継ぐ。
厳正なる儀式によって受け継がれるそれは、たった一人の王の言うことしか聞かない真なる王の証だった。
「お前たち二人は兄と弟とは言え、同じ日に生まれた…。本当は二人に継がせたいが…証がそれを許さんのだ…。」
「いいのです父上。俺は兄者の助けになります。」
「私もこの力で弟者を守って生きてゆきます。」
「お前たちがよき兄弟で私は嬉しい。では…お前をぎるどの者だとこれに認めさせなければな。行くぞ。」
兄は頷き、弟に心の中で謝って父について行った。
赤毛の王は昔の事を思い出していた。
「そうか。奴は蕾を受け取ったか。」
副リーダーを任せている目の前のミノタウロスに褒美の金を渡した。
「あれ程の力を持つ者が縄についていたなどおかしな話だと思っていたぞ。よくやったな。」
「は。全ては御身のご安全のためです。」
「許せんな、あの男。しかしお前がいて助かった。」
王は怒りに震え、頭を下げ金を受け取ったミノタウロスは口角を上げ野獣のような顔で笑った。
「いえ。最初からあのアンデッドを庇うようで怪しかったので。」
「そうか。お前のような者こそ私達に仕えるに相応しい。金の他に、お前には新たな地位を授けよう。夜明けにでもあれの家へ行くぞ。我が手で直々に葬ってやろう。」
「俺もいくぞ兄者。あいつはずっと権力を欲しているようだったが、よもや暗殺とはな。」
王は弟と国を守らなければならないし、弟は王を助けなければならない。
ミノタウロス達は裏切り者を葬るための準備へ立ち上がった。
アインズ達は枯井戸の底に出た。
見上げれば、丸く切り取られた外は日が昇る前らしく、風のざわめきしか聞こえなかった。
「…ふむ。ここから先は不可視化で行くか。パンドラズ・アクター、お前は私になれ。」
「かしこまりました。」
パンドラズ・アクターはすぐさまアインズに変身した。
魔法を持つ三人は不可視化の魔法を掛け――大袈裟な動きの自分を見るとアインズは沈静されそうになった。
「コキュートスにはこれをやろう。」
昔双子が法国に潜入した際に掛けていたものと同じシリーズの透明マントを
「オォ…アインズ様…。有リ難ク拝借イタシマス。」
受け取ったコキュートスは恭しげにそれを羽織り、不可視化した。
「よし、行くぞ。」
不可視化していても全員がそれを看破する瞳を持つ為、アインズは一瞬透けてないのではと不安になった。もちろん杞憂だったが。
誰もいないことを確認すると井戸を出た。
「それで、どうします?」
足音がたつのを恐れてフラミーは浮いたまま訪ねた。
「そうですね。二手に別れます?ギルド武器を探す者と――」
「アインズ様!武装シタ者ノ足音ガ!」
「なに!」
コキュートスの警告にアインズは浮いているフラミーを引き寄せ掻き抱くと
パンドラズ・アクターも慌ててコキュートスの腕をひっ掴み不可知化となった。
暗い廊下の先から王と王弟、赤マントと一緒にいたミノタウロス、そして数人の兵士のようなミノタウロスが近付いて来るのが見て取れた。
アインズはまさかこれ程早く気が付くような強者だったかとわずかに焦った。
コキュートス達はどこだろうかと見渡したが、不可知化した二人を見つけることは出来なかった。
ギュッとフラミーを抱きしめアインズは息をひそめた。
「奴隷はあいつの目の前で料理してやろう。コック!準備はいいな!」
「おまかせ下さい。」
「兄者は情け深いな。最期の食事に初めて人間を食わせてやるなんて。」
ミノタウロス達はアインズ達とまるで関係のなさそうな事を話していて、アインズはふっと安堵のため息を吐いた。
フラミーの下ろしたままの髪の毛が肋骨の隙間を撫でて少しくすぐったかった。
「…大丈夫みたいですね。驚かされましたけど。」
「ミノタウロスってもしかして早起きなんですかね?」
腕の中のフラミーを見ると、アインズはこんな時だと言うのに、その瞳に吸い込まれそうになった。見上げてくる顔を軽く撫で、息子に邪魔をされた
ミノタウロス達の笑い声が上がるとハッとした。
「――んん。それは流石にないんじゃないですか?最期の食事って言ってましたし、死刑執行日とかかな?」
「こんな早朝からお仕事で王様も大変ですねぇ。」
二人は何だろうねと和やかに話し始めたが――
「あの蕾は、取り返したら弟者にやろう。」
王の言葉を聞くと、二人は目を見合わせた。
それが想定している蕾かはわからないが、このタイミングでまさか別の蕾だとも思えなかった。
「良いのか?兄者の見事な赤毛にこそあれは似合うだろう。」
「ふふふ。私には祖王の残したこれがあるのだから。それくらいお前にやるとも。」
その手の中には剣とも斧ともつかぬ巨大な武器があった。
剣の先端に斧がついたような剣斧は禍々しく、黒の刀身に金の装飾がついていて、刃の
この世界の技術力で作り出せるものには見えず、アインズは目を細めた。
「あれは……。」
今すぐ開戦して奪うか悩んだが、蕾の場所まで案内させてからでも遅くはあるまい。
地図がない以上
アインズはこめかみに触れた。
「――パンドラズ・アクター。あれを追うぞ。フラミーさんの蕾の在り処に案内させる。――ははは、もう鑑定したのか。その後奪うぞ。」
街に出ると、二人乗りの手押し車が控えていて、王と王弟はそれに乗り込んだ。
ミノタウロス達は手押し車を使用するのが日常なのか、どの家にも手押し車が表に置いてあった。
手押し車は真ん中に線が入っている、二車線に分けられた道の左側通行で進んでいった。馴染み深いルールに、ここを率いていた者が自分達と同じ故郷を持つという実感が湧いた。
「――こう言うリアルの制度は入れてもいいかも知れませんね。」
「本当ですね!交通ルールとか自分で考えられる気もしませんし。」
どの建物も地面と殆ど同じ色をしていて、街には平屋建ての四角い建物が並んでいた。
オレンジがかった壁には、 血と砂を溶いて作る真っ赤な塗料で描かれた模様や謎の文字がどの家にも描かれている。
恐らくそれは表札だった。
建物に近づき中を見ると、肉屋だったようで中には皮を剥いで血抜きを済ませて食肉用にされた人間が吊るされていたり、奴隷商のような所では裸にされた女と男が手を縛られ足枷を嵌められて地面で眠っていたり――興味深くはあったが、何の変哲も無い砂町にアインズ達は拍子抜けした。
「全然殲滅対象じゃなさそうですね?」
「本当ですね、俺たちちょっと怖がりすぎだったかな。」
第一村人のミノタウロスは、算盤で肩を叩きながらオープン型の冷蔵庫に魚を並べており平和な雰囲気だ。
賢王の存在に気がつくと、ぺこりと頭を下げる理性的な姿は、殲滅の対象からは程遠かった。
考えてみれば相手は"口だけ"の賢者だったのだ。
石油だの電気だのと、アインズ達も言葉は解っても、じゃあ石油を探してくれと言われてもわからないし、石炭のある場所もわからない。
発電方法に至ってはさっぱりだ。
自分達を省みればすぐに分かった事だというのに、つい恐ろしいと思ってしまうとその想像が大きくなっていたことに二人は笑い合った。
「よかったです。過剰反応で済んで。私本当嫌だった。」
「怖かったですね。でももう大丈夫ですよ。」
アインズもフラミーもひとつ肩の荷がおりたと言う雰囲気だった。
「あの王達はナザリックに送りますけど、ほかのミノタウロスは魔導国コレクションに加えようかなー。」
「赤毛、珍しいですもんね。」
「ふふ。殺さないようにたっぷり痛めつけてやりますよ。」
フラミーはナザリックに送りたい理由が蒐集の為ではないとわかって笑った。
「ふふっ、じゃあ私ニューロニストちゃんと一緒にいじってみようかなぁ!」
「…それはやめて下さい。フラミーさん、お嫁に行けなくなっちゃいますよ。」
フラミーは口を開けてアインズを見た。
しばらく王一行を尾行していくと、一同は大通りから数本入った庭付きの小さな家の前で止まった。
フラミーはソワソワし始めていた。
「ここに蕾があるんでしょうか?」
王と王弟がドッと足音を鳴らして地面に降りると、赤マントと一緒にいたミノタウロスが扉をノックした。
「リーダー、俺です。」
中からガタガタと音がすると、一頭のミノタウロスが扉を開けた。
「副リー…な、賢王。このようなところにどのような御用――」
王は扉の向こうのミノタウロスを蹴り上げると、扉を無理矢理開いた。
「どのような御用だと?笑わせる。」
蹴られたミノタウロスは痛みに激しく苦しみヨダレを垂らしてうずくまった。
一行はズカズカと中に入って行き、軽く扉は閉められた。
「…行きます?」
アインズは特別気持ちのいいシーンでもないので少し躊躇ってからフラミーに聞いた。
「行きましょう。あ、扉が…。」
扉は不自然に開いて、まるでどうぞお入り下さいとでも言うようだった。
「はは。コキュートスかパンドラズ・アクターか。」
二人は
部屋はキッチンダイニングで、昨日の夕飯の残り物のようなものがおたまを入れたままの鍋から見えた。部屋には冷蔵庫や魔法の蛇口があり、興味深かった。
不可知化中はそう多くの魔法は使えないが、鑑定してみようかとキョロキョていると、途端に騒がしくなった。
「やめて!やめてください!!」
蹄が床を叩く音の中、部屋の奥から女の悲鳴が聞こえてきた。
「なんだなんだ?ここは罪人の家か?」
アインズはこんなところに蕾があるのかとため息をついた。
「賢王!おりました!」
顔を腫らした老いた女が髪を掴まれて出てきた。
「ほう。奴隷の癖に一丁前な物を着ているな。やれ。」
女は服を引きちぎられると殴られ始め、ぼろぼろと泣いた。
「賢王…な、なぜ…。…おやめください…。」
蹴られて床に這いつくばるミノタウロスが口から血を垂らしながら訴えている。
あまりにも気分の悪い光景にアインズはちらりとフラミーを確認した。
フラミーも視線を逸らして居心地悪そうにしていて、こういう趣味はないのかとアインズは少し安心した。
「フラミーさん、出ましょうか。」
頷いたフラミーを見たアインズは立ち去ろうと少し降下すると――
「ヤメロ。オ前達。」
武人が姿を見せた。
次回 #29 母さん
コキュートスゥ…!