眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#29 母さん

「貴様!?まさか迷宮から!?」

「落ち着け弟者。あの蟲が何体かいる可能性もある。」

 いつの間にか開け放たれていた扉の向こうにはコバルトブルーの蟲が立っていて、王と王弟は身構えた。

「オ前達。抵抗モデキヌ女相手ニ恥ズカシク無イノカ。」

 そう言うと体を小さくして扉を潜るように家に入り、玄関に掛けてあった赤いマントを掴んで近付いてくる。

「…それ以上来るな。この奴隷が大事なようだな。近付けば首を落とすぞ。」

 顔を上げられた老婦は歯が折れ、既にボロボロだった。

 王は何の躊躇いもなく首筋に剣斧を当てた。

「ミノス…にげ…にげて……。」

「母さん!!」

 

 アインズはコキュートスの手の中にある赤いマントから、人間の親を持つミノスと呼ばれる者が話の通じるミノタウロスだった事にようやく気がついた。

 首に当てられた刃はかなりの切れ味らしく、軽く触れただけて女の首からはツゥ…と血が流れた。

「卑怯者メ。コノ者達ガ何ヲシタト言ウノダ。」

「自分の兄弟に聞いてみろ。」

「何ダト?ドウイウ意味ダ。」

「しらばっくれているのか知らんのか…。しかし、ここにこの生き物が居たのだ。充分罪を立証できる。」

 コキュートスは白く煙ったような冷めた息を吐き出した。

 

「お、おれのつみ…?それにこいつは迷宮に行ったんじゃ…。」

 痛みが治まってきたのかミノスは母親と王、コキュートスを順々に見た。

 心底何が起きてるのか解らないと言うような瞳は不安に震えていた。

「茶番だな。興ざめだ。」

 賢王は吐き捨て剣斧をミノスの母に向かって思い切り振るうと、町中に響いたのでは無いかと思わせるほどの激しい音が鳴った。

「ヤメロ。法ニ背クツモリハ無イガ、訳ヲ聞カセロ。」

 瞬き一つの時間もなく急接近したコキュートスのハルバードがその刃を止めていた。

 

「…ほう。いいだろう。聞かせてやる。」

 王がゆっくりと剣斧を下ろしたのを見ると、コキュートスは老婦に掛かるように赤いマントを放り投げた。

 

「お前の親戚が連れていたアンデッドとそこに転がるゴミが共謀して国家転覆を狙った。だからこれは法に則った裁きだ。」

 それを聞くとコキュートスは王を冷たく見据えた。

「謁見シタノハ私ダ。シカシ私ハコノミノタウロストハ要塞壁ノ外デ始メテ会ッテ捕ラエ――」

「黙れ!!これ以上私を不愉快にさせるな!!」

「…話シ合エ。オ前達ハ誤解シテイル。」

「誤解で済めば法はいらん。裁きに口を出すな。」

 

 王はミノスに近付き膝をつくと後頭部の毛を掴んで顔を持ち上げた。

「お前、よくこんな魔獣を従える事ができたな?お前は殺そうと思ったが、母親の命で勘弁してやろう。――今後私達に再び忠誠を誓うと言うのならな!!」

 そういうとミノスの顔を思い切り床に叩きつけた。

「グゥゥゥ……け、賢王…俺はずっと…あなたに忠誠を…。」

 口からだらだらと血を流すその者の言を王は聞く気もないとばかりに立ち上がった。

「母親を殺して食わせろ。」

「王よぉ……。」

「静かにしていろ。コウモリが。」

 ミノスは再び王に蹴り上げられ、床に転がった。

 

「おい。奴隷、最後に声をかける事を許してやる。」

 王は様子を見ているコキュートスの脇を通り抜け母親の前に立った。

「賢王様…ありがとうございます…。ミノス…母さん、あんたと生きられて本当幸せだった…。最後にあんなに綺麗な物も貰えて、母さん、母さん…あの日お前とここに来られて…幸せだったよ。」

「母ざん……やめてくれ……。だのむ……。」

 

 コキュートスは悩んだ。

 命令されればそちらに即座に従うが、どうしたら良いか解らなかった。

 冤罪だろうが、法の裁きには違いないと分かったのだ。

 コキュートスは辺りを見渡し、ここに居るであろう主人の気配を必死に探し始めると、誰かに呼ばれる感覚からこめかみへ手を当てた。

『どうした?何かやりたかったんだろう?お前の思う通りにしてみるが良い、コキュートス。』

 コキュートスは慈悲深い神の声に一度息を吐き、赤毛の王の肩を掴んだ。

「コノ世ニ誠正シキ法ハタダオ一人ノミニアル。」

「何?」

 コキュートスはそれだけ言うと王を外に投げ飛ばした。

 外で王はひらりと着地すると、王弟もそれを追うように外へ駆け出した。

「兄者!!」

「この蟲が!!王になんて無礼な!」

 家に残っていたミノタウロス達は全員武器を抜いた。

「スマナイ、パンドラズ・アクター。ソレガ殺サレナイヨウニ見テイテクレ。」

 パンドラズ・アクターが染み出すように姿を現わすと、ミノタウロス達は一瞬ざわめき今まではいなかったはずの異形に向けて剣を構えた。

「…我らの()は何と?」

「フフ。思ウ通リニシテミロ、ト。」

「そうですか。では任されます。」

 パンドラズ・アクターは帽子を脱いで美しく頭を下げると、襲いかかろうとジリジリ近づくミノタウロスに視線を向けた。

 

 コキュートスは仲間に二人の罪無き命を任せ外に出ると、手に持っていたハルバードで地をドンと突いた。

 それだけで地は僅かに揺れた。二本の腕をゆっくりと組む様子は堂々としていて、蟲王(ヴァーミンロード)として生み出されただけはある――王者の風格だった。

 

「赤毛ノ王ヨ、私ガ勝テバ私ノ言葉ヲ信ジロ。」

「ふ、蟲風情がいい気になりおって。いいだろう。しかし、私が勝てば母親もミノスもお前もまとめて殺すと先に言っておこう。」

「兄者、俺も加勢するぞ。…こいつからは少しヤバい気配がする。」

王が剣斧を構える隣で王弟も剣を抜いた。

「良イダロウ。悪イガ、御身ガオ待チダ。決着ハ早メニ付ケサセテモラウ。」

「ぬかせ!!」

 王は駆け出すと瞬時に距離を詰め、自慢の剣斧をコキュートスの脳天めがけて振り下ろした。

 コキュートスはそれをハルバードで受けると、その一撃の想像以上の重さに笑った。

「ヤルナ。イヤ、武器ノ(チカラ)カ。」

 この剣は自分を確実に傷つける、いや、至高の御身すら傷付ける危険な物だ。

 王は軽々と受け止められたことに僅かに驚いてから一度引くと、影から王弟が姿を見せ、脚を切ろうと横に寝かせた剣を手に、姿勢を低くしてコキュートスの脇を駆け抜けた。

 コキュートスはすぐさまハルバードを返してそれを防ぐと、研ぎ澄まされた刃はハルバードを撫で、キィーーーーンと甲高く透き通った音が響き渡った。もしこんな場面でなければ聞いていたいと思わせるほど。

 この剣は王の物よりは弱い――しかし、コキュートスや支配者達を傷付ける事はできるデータ量だ。

 

 日が昇り始めた世界で、近所のミノタウロス達は何事かと窓の隙間からその様子を伺った。

 

「打ち返せんだろう!!蟲が!!」

 王は叫んでその武器を輝かせると地を切り裂くように突き立てた。

 繰り出される波動に合わせ、地面はバキバキと音を鳴らしながら一直線に刃のような盛り上がりを無数に生み出して行く。

 コキュートスは癪だったがそれを飛んで避けると――地から苦痛を抑え切れないような声が響いた。

「ッガァ!!」

 反応しきれなかった王弟が肘から下を失ったようで、腕を抱え血飛沫が吹き上がっていた。

「貴様、実ノ弟ニ何テコトヲ。」

「弟者!?何故避けない!!」

 コキュートスは弟を犠牲にしようとしたわけでは無さそうな雰囲気に首をかしげると、目の端に迫り来る一瞬だけキラリと光ったものを捉えた。

「ソウイウ事カ。」

 飛来物。コキュートスの喉元を狙った一撃だ。弟の赤黒い血にまみれて暗殺者のように迫った剣をハルバードで弾くと、自由落下を始めたコキュートスの眼前には飛び上がった賢王が迫っていた。その顔は怒りに燃え上がるようだ。

 一太刀交わしただけで弟は相手の力量を見極めた。腕と引き換えにコキュートスの意識を少しでも引き、兄の一撃をサポートしようとした。

 コキュートスは落下しながら中空から剣を引き抜く。

 空間の中に隠し持っていたかのように見えるは刀身百八十センチを軽く超える大太刀。

 銘を斬神刀皇(ざんしんとうおう)。コキュートスの所持する二十一の武器のうち、鋭利さではトップの武器だ。しかし、刀は抜かなかった。

 鞘に収めたままの斬神刀皇で賢王を弾き飛ばすと、ひらりと着地し王弟に向かって指を指した。

「オ前ハココマデダ。」

 王弟は腕を失った肘を抱きながらまだ戦うとでも言うような顔をしていたが、キンッと眼前に弾かれた剣が突き立つと、その場にへたり込んだ。

 

「…お前、あれの手の者ではないな。これ程の力の者があれに従うとは思えん」

「ヨウヤク解ッタカ。ソウイウ事ダ。」

「しかし、やめんぞ!!弟にあの選択をさせた恨み!!くらえ!!」

 王は剣を無造作に振ると、細い二本の竜巻が起こりコキュートスに迫った。

「<マカブル・スマイト・フロストバーン>!!」

 コキュートスも渾身の一撃を繰り出し、二つの力はぶつかり合って消えた。

近くの数軒の屋根が吹き飛びパラパラと降り注ぐ。

「コレデ決着ダ。<不動明王撃(アチャラナーダ)・倶利伽羅剣>。」

 家の破片の雨が降り注ぐ中、背後に現れた不動明王とともにコキュートスは切りかかった。

 カルマ値が善性の者には大して効かない攻撃だが、ちょうどいい。

 滅茶苦茶にしてしまうには――(余リニ惜オシイ!!)

 コキュートスは誠意を持って斬神刀皇の刀身を抜いた。

 王の――弟と反対側の剣を持たない腕にスルリと食い込んだ刃は、水面を進むような軽い動きで容易くそれを断ち切った。

 

「ヌグッ…!!」

「痛ミニ叫バヌカ。オ前達ハ良キ戦士ダッタ。」

 コキュートスは地に膝をついた王の首根っこを掴むと、集り始めた観衆を無視して屋根の一部なくなったミノスの家に入った。

 

 外に放っておかれた弟は慌てて兄の元へ行くと自分のマントを千切り、残った手と口で生傷を縛り上げた。

「うぐぅ…!!」

「安心しろ兄者!これで大丈夫だから!!」

「あぁ!あぁ!ふぅーー……!私はなんともない!お前こそ腕は!」

 弟は優しく微笑むと、すでに止血処理を済ませた肘をみせた。

 

 中では無力化された部下達と、血にまみれた汚ならしいミノタウロスがその母親と抱き合って震えていた。

 王は肩で息をしながらボロボロの親子に向かった。

「…お前が我々を殺そうと自ら計画を立てたわけではないと言うことは分かった。しかし、お前が蕾を私たちに報告しなかった罪と、あのアンデッド達に利用され、事実私たちに危険を齎した罪は依然としてある。」

「あ…あ…蕾…。」

 赤マントは無力化されている副リーダーを見て、全てを察すると手を握り締めた。

 

「武人。…私はお前の話を信じると言う約束は守るが、守った上で事実と照らし合わせ法を執行する。」

 コキュートスは入り口で腕を組んで頷いた。

「母親よ。ミノスの罪の為にお前の首を刎ねる。そこに横になれ。痛みなく一撃で行う。」

 母親は笑顔になり、一度息子の頭を抱え角にキスして横になった。

「うぅ……っく…。」

 ミノスが目を閉じ――開くと、そこにはもう首の落とされた母親が眠っていた。

「母さん…ごめん…ごめん………。」

 王は涙を落とすミノタウロスに母の首を抱かせた。

 

「お前はこれで許す。…さて、副リーダー。」

「は、はい!!」

 捕獲魔法をかけられている様子の副リーダーを苦々しげに睨みつけ、失ったのが利き手じゃなかった事に感謝しながら、そのミノタウロスの首も即座に刎ねた。ごろりと首が落ちると王はふんと鼻を鳴らした。

「己が地位のために仲間の罪を騙って売るような真似を私は許さん。――武人と、そこの卵頭。今すぐこの国を去れ。」

「ソレハデキナイ。」

 コキュートスが間髪おかずに答えると、王は牙を剥いた。

「王の命令だ。国外へ出ろ!」

「私ノ王ハタダ一人ダ。」

 

「コキュートス。お前の戦いぶり、見させてもらったぞ。」

 突然姿を現したアンデッドと紫の存在に王は腰を抜かした。

「まさか…!本当にあの迷宮を抜け出したと言うのか…!!」

「当たり前だろう。さて、敗者よ。お前の持つギルド武器を渡せ。これ以上戦うことも意味がないとわかるな。」

 王は自分の手の中のぎるど武器を握り締めた。

 これには絶対に勝てないと謁見の間でのやり取りで理解している。

 

「お、お前は一体何者なんだ…。」

「私は神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王だよ。本当はこの国に死を齎しに来たのだがな。しかし、計画は変更だ。」

「貴様が噂の死の神だったか。…手紙を寄越していたな、最初から祖王の遺したこれが目的だったか…。」

「そう言う事だ。さて、無駄話はここまでだ。お前が今その母親を断罪したように私もお前を断罪する必要がある。喜べ。我がナザリックへご招待だ。」




ご招待ご招待!!
と、昨日は日刊四位に載ったそうで、いつもお付き合いいただいている皆さま、本当にありがとうございます( ;∀;人
10人くらいが見てくれたら嬉しいななんて始めたお話だったのに、本当にありがたい気持ちでいっぱいです!

それでは明日の次回予告行きましょう!

#30 オ願イシタイ義

コキュートスぅ!?

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