鬼滅の隻狼   作:たい焼き屋台

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第3話

 鬼殺隊。その数、およそ数百名。政府から正式に認められていない組織。だが、古より存在していて今日も鬼を狩る。

 

 鬼。主食、人間。身体能力が高く傷などもたちどころに治る。太陽の光か、特別な刀で首を切り落とさないと殺せない。

 

 鬼殺隊は生身で鬼に立ち向かう。人であるから傷の治りも遅く、失った手足が戻ることもない。それでも、鬼に立ち向かう。人を守るために。

 

 鬼殺隊の要。最高位の柱の一人である富岡義勇は目の前の男に足止めされていた。男の後ろには未だ鬼の気配があり、どうやら一般人もいる。一刻も早く鬼を切り捨てに行かなければいけない状況下の中、義勇は動けずに居た。

 

(この男、隙がない……)

 

 強者は相対した時点で、ある程度相手の力量を推し量る事が出来る。互いに刀を構えいつでも仕掛けられるようにする。

 

(目的は時間稼ぎか)

 

 攻めてくる様子を一向に見せない男に義勇は内心舌打ちをする。守りを固めた強者を打ち崩すには圧倒的な力が必要だ。しかし、僅かの油断も無くこちらを見据える男と、己の力の差は隔絶してはいなかった。

 

 戦いは不意に始まった。

 

(しち)ノ型・雫波紋突き」

 

 (じゅう)の数ある水の呼吸の型の中で最速の攻撃。神速の突きが狼の腕を狙う。狼は攻撃を受け下がるのではなく、前に踏み出す。

 

ダンッ!

 

(っ!?)

 

 音を置き去りにするほどの突きを放った剣は、狼の足の下にあった。迫り来る刃に自ら踏み込み、自らの足で受け止める。ほんの少しでもタイミングがずれていれば、己の体に風穴が空いていたであろう。

 

(ろく)ノ型・ねじれ渦」

 

 崩れた体制をそのまま技に繋げる。上半身と下半身の激しいねじりによって生み出された強い渦動が狼を飲み込む。

 

 上下左右絶え間なく襲いかかる剣戟を弾く中、狼の動きは最適化される。一撃目より二撃目の動きは小さく、速く、正確に。

 

 数十もの打ち合いの末、いつしか攻守は入れ替わっていた。

 

(……これほどとは)

 

 攻められながらも義勇は焦ることはなかった。水の呼吸はその名の通り、水の如く変幻自在。どんな相手にも対応できる。

 

 ふと、義勇は戦いの最中であるにも関わらず刀を下げた。

 

 反対に、狼は初めて攻めるための構えを取った。剣を正面に、両手で高く掲げる。

 

「全集中・水の呼吸拾壱(じゅういち)ノ型……」

 

「葦名流……」

 

 

 

 

 

 

「凪」「一文字」

 

 ――大気が震えた

 

 

 

 

 

 

「お前は、なぜ鬼を守る」

 

 衝撃で腕が痺れているのを隠しながら義勇は問う。凪は全ての攻撃を無にするのだが、完璧に相殺することが出来なかった。

 

「恩人の為」

 

 表情一つ変えずに狼は答える。体幹を著しく奪い去る技を放ってもなお、立ち続ける義勇に警戒を続ける。

 

「恩人が見知らぬ他人を喰ってもいいのか」

 

「させぬ」

 

 問答は無用とばかりに再び構える。今度こそどちらかが死ぬと思った刹那、

 

「狼さーん! 禰豆子が大きくなったり小さくなったりするんですけど……」

 

 場違いな明るい声が響く。炭治郎となぜか小さくなった禰豆子が手を繋いで現れた。

 

「それが鬼……か?」

 

「禰豆子は人間です! それで貴方は誰ですか?」

 

 先ほどまでの剣呑な雰囲気は彼方へ消し飛んだ。義勇は刀を収める。

 

(明らかな飢餓状態のはずなのに人を襲わぬ鬼など聞いたことがない)

 

 炭治郎にピッタリとくっついている禰豆子は知らない人からすれば、ただの子供にしか見えない。今まで出会ったことのない鬼に困惑していた。

 

「その娘はお前の家族か」

 

「そうです! 禰豆子は俺の妹です!」

 

「ならば、お前は妹の生殺与奪の権をその男に委ねるのか」

 

「え……」

 

 訳が分からないという顔の炭治郎に怒りが湧き起こる。

 

「お前は妹が人を喰らった時どうするつもりだ!」

 

「禰豆子は人を食べたりしません!」

 

「何故言い切れる! そんな楽観的希望だけで鬼を野放しになど出来るものか! お前は妹を止める力を持っているのか!」

 

「!? それは……」

 

「鬼から妹を守れなかったお前が、鬼の妹を御することなど不可能! ならば万一の時にはそこの男に頼むしかあるまい、妹を斬れとな」

 

 炭治郎は思わず狼を見る。狼は、否定しなかった。誰も禰豆子を守ってくれない。

 

「お、俺が鬼から元に戻す方法を見つけます!」

 

 力のない炭治郎の台詞はあまりにも無力であった。しかし、禰豆子を見捨てることなど出来るはずもなかった。

 

「だから、どうか……どうか……俺から家族を奪わないで下さい」

 

 冷たい雪の上で炭治郎は地に頭を擦りつけた。もはや、自分に出来ることは許しを請う事だけだと思った。脳裏に浮かぶ冷たくなった家族達。炭治郎はこれ以上家族を失いたくなかった。

 

「他人に生殺与奪の権を委ねるな! 惨めったらしくうずくまるのはやめろ! 弱者には何の権利も選択肢もない! お前が妹を守るためにすることはそんな無様な姿をさらすことなのか!」

 

 力なきものは淘汰される。大事なものは奪われる。狼も一度は全て失った。

 

「……戦え」

 

 楔丸を差し出す。心優しい炭治郎には酷かもしれない。しかし、戦わなければ何も取り戻せない。

 

 楔丸に込められた願い。

 

 ――忍びは人を殺すが定めなれど、一握の慈悲だけは、捨ててはならぬ……

 

 刀とは殺める為だけに振るうものではない。何かを守るためにも振るう時がある。

 

「お主が、禰豆子を守るのだ」

 

「……はい!」

 

 炭治郎は楔丸を受け取り立ち上がる。その目は、弱者の目ではなかった。

 

「来い! 貴様の力を示せ!」

 

「いきます!」

 

「ううううう!」

 

 不格好ながらも構えた炭治郎に付き添い、義勇を威嚇する禰豆子。

 

 狼は若き剣士が生まれる瞬間を見た。

 





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