鬼滅の隻狼   作:たい焼き屋台

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第4話

 

『狭霧山の麓に住んでいる鱗滝左近次という、老人を訪ねろ。富岡義勇に言われて来たと言え』

 

 炭治郎、禰豆子と立ち会った義勇。炭治郎の機転の良さと、禰豆子の鬼になっても兄を守ろうとする姿勢に思うところがあったのだろう。二人を軽々とのした後、そう言うと霧のように消えた。

 

『妹を太陽の下に連れ出すなよ』

 

 言葉は少ないが、禰豆子を気にかけてくれたりと無表情だが根は優しい青年なのであろう。狼は炭治郎と共に竈門家にもどり、家族の埋葬を手伝いながら自身にだけ伝えられた言葉を思い出す。

 

『……もし、あの娘が人を喰うようであれば、お前が斬れ』

 

 家族の墓前を前に、祈ることもせず虚空を見つめる禰豆子。この娘に明るい笑顔がもどる事はあるのだろうか。

 

「狼さん」

 

 雪が降りしきる中、五人もの墓を掘った手は真っ赤に染まり、体は冷え切っていた。黙祷を捧げ炭治郎は決意を決めた。

 

「俺はこのまま狭霧山に向かいます。狼さんには世話になりました。この恩はいつか必ず返します」

 

 深々と頭を下げる。これ以上、他人に迷惑はかけられない。

 

 家族を失ったばかりの少年がこうまで他人を気遣えるものか。炭治郎はどこまでも優しい子供であった。

 

 ……どこであろうと、小さな体にも強い意志は宿るのかもしれない。

 

「恩を返すのはこちらだ」

 

 狼が思い返すのは暖かな日々。見ず知らずの男を拾い、家族の一員として扱われ、短い期間だったが平穏な生活を過ごした。戦場で、屍と共に育った自分にとっては初めての経験。

 

「恩義には、報いる」

 

 片膝をつき、頭を下げる。これは契約、ではない。しかし、自らの意志でこの少年の力になりたいと思った。

 

 それに、鬼は不死の存在に近い。不死断ちの手がかりを得られるかも知れない。

 

「わわ! 頭を上げてください!」

 

 慌てる炭治郎にぼーっとしている禰豆子。この二人は守ってみせる。固い決意と共に狼の眉間の皺が深くなったやもしれぬ。

 

 

 

 

 狭霧山を目指すに当たって、禰豆子は日の光の下を歩けないため、籠を作り日中はその中に入れて行動することになった。籠を頭から被った禰豆子を見て一人の男を思い出すが、頭の片隅においやる。

 

 義勇との立ち会いから炭治郎は強さを求めた。禰豆子を救うためには鬼と対抗するための力がいる。そのため、鬼と渡り合うことが出来た狼に教えを請うた。

 

 しかし、これが地獄の始まりだった。

 

「構えろ」

 

「はぁ……はぁ……」

 

 狼の師は幻術使いの忍びであった。忍びは、手取り足取り優しく技を教えることはない。実際に見て、聞いて、体に教え込む。つまりは実戦形式である。

 

 今までの狩りの仕方などという、気配の殺し方とは違う。ただの炭売りをしていた少年にとって狼との実戦形式の鍛錬は過酷であった。

 

「ぐぅっ!」

 

「遅い。温い」

 

 ――怖じ気づくと人は死ぬ

 

 迫り来る真剣は恐怖心を刺激する。恐怖は判断を鈍らせる。一瞬の過ちは死を招く。

 

 耳元を刃が通り、髪がはらりと舞う、剣を受けた腕は痛みで痺れ、呼吸が乱れ意識も朦朧とする。炭治郎は鬼と対峙したとき以上に死を感じた。

 

(頑張れ! 炭治郎はやればできるぞ!)

 

 心の中で己を鼓舞し、雪で遊ぶ禰豆子を見て癒やされながら必死に鍛錬を重ねる。

 

 鍛錬の疲労は凄まじく、最初は終わる頃には指一本も動かせない様であった。そんな時は狼が持つ不思議な瓢箪を飲まされる。すると、体は元気になり再び鍛錬が始まる。炭治郎の心は死んだ。

 

 道中はこんな有様であったので狭霧山への行程は遅々として進まなかったが、炭治郎は確実に成長していた。

 

 次第に剣を弾いた腕は痺れを感じなくなっていた。呼吸も乱れず、鍛錬が終わっても立っていることが出来る。

 

 そしてついに、

 

「む……」

 

ガキィン!!

 

(とった!)

 

 一月も立つ頃。弾いた刃が狼にとど……

 

(あ、このままいったら狼さんが怪我をしてしまう)

 

「甘い」

 

「ぐへぇ!」

 

 ……いたのだが、炭治郎の甘さが出た。いつの間にか空中にいた狼の菩薩脚が炭治郎を地に沈める。

 

(飲み込みはいいが、詰めが甘い)

 

 ぴょんぴょんと菩薩脚の真似をする禰豆子を横目に見ながら狼は悩む。炭治郎は優しすぎる。優しさは美点であるが、戦いにおいては枷にしかならない。実戦でこの優しさが足を引っ張らなければよいのだが……。

 

 夜。今日も今日とて炭治郎は疲れた体を引きずり歩く。漸く狭霧山への行程が進むようになっていた。寝られそうな場所を探していると、灯りが漏れるお堂を見つけた。ホッと一息つくのも束の間、鼻が異様な匂いを感じた。

 

(血の匂い)

 

 誰かが山中で怪我をしたのかもしれない。かつての炭治郎ならばすぐにお堂の中に飛び込んでいたであろうが、狼との鍛錬を経て、戦闘の勘が養われた炭治郎は刀を抜いた。

 

 音を立てないように中を覗く。

 

くちゃ……くちゃ……

 

(鬼……!)

 

 中では予想通り鬼が人を喰らっていた。息をしているものは誰もいない。

 

「あー。やっぱ女の肉のほうが柔らかくて旨いな」

 

 人をゴミのように扱う鬼を見て炭治郎の頭がカッと熱くなる。

 

カタリ

 

「なんだ……あ、ごぺぇ!?」

 

 鬼が物音に振り向こうとしたときには首が落とされていた。音もなく背後から忍び寄り、敵の急所を貫く。血が噴水のように湧き、赤く染まったのは炭治郎であった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

(お、鬼とはいえ殺してしまった)

 

 炭治郎が初めて人を害したことについて戸惑う中、狼は炭治郎の覚悟の強さを見た。

 

 炭治郎は思いやりが強い子である。本当なら人を喰った鬼にさえ優しさをかけられるような子である。しかし、義勇との立ち会い、狼との鍛錬を経て、炭治郎は禰豆子のために戦う覚悟を決めていた。もし、禰豆子が人を傷つけたら自分が禰豆子を斬って腹を切る。決して、狼や他人に任せることなどしない。

 

 己の弱さを知った炭治郎は強くなった。

 

「狼さん。亡くなった人の埋葬を手伝ってもらっていいですか?」

 

「御意」

 

 鬼の脅威がなくなり、犠牲となった人達の埋葬をしようとした時、首のない鬼の体がピクリと動いた。

 

「ううううう!」

 

 瞬間、禰豆子が駆け出し鬼の体を蹴っ飛ばす。

 

「禰豆子!?」

 

「がっはぁぁぁ!?」

 

 首だけの鬼の断末魔。もはや鬼の体は関節が増えすぎて動くことが出来ない状態であった。

 

 ふんす、とやりきった表情の禰豆子に炭治郎は悩んだあげく褒めることにした。妹には甘い兄である。

 

「……いつまで見ている気だ」

 

 一人だけ戦闘態勢を解いていなかった狼の問いかけ。炭治郎が何事かと周りを見渡す。

 

「話に聞いていた様子とは違うが、お前が竈門炭治郎か」

 

 気づくと、天狗の面をした男がそこにはいた。……天狗の面。葦名にいた天狗と同じように、この男もただ者ではない。

 

 狼は奇妙な縁を感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 





鱗滝「義勇からの手紙の奴が全然来ないんだが……」


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