日本・東京。首藤葵は346プロ寮にある自分の部屋にあるベッドの上で考え事をしていた。
「ウチってもう結婚していい歳だよね。事務所も恋愛OKになって、五郎さんに積極的に迫ってペンフレンドになって・・・でも五郎さんは・・・」
普段の明るく元気な顔ではなく、今にも泣きだしそうな顔をしてしまう。久しぶりの電話で、仕事の都合でしばらくは会えないと聞かされ絶望し、SNSでメッセージを送っても返信は皆無に等しい状態だった。彼が仕事が理由で殉職するかもしれないと、自分の中では覚悟は出来ていたつもりだった。しかし、実際にはどうだろうか、殉職してないとわかっていても、もう二度と会えないのではないかと思ってしまうほどの悲しみで押しつぶされそうになっていた。
「ううん。泣いちゃダメ、泣いちゃったら、また・・・」
ドアのノックが聞こえた。姉貴分でもあり、ルームメイトである丹羽仁美がドア越しに声を掛ける。
「葵っち、ドア開けてよ。鍵忘れちゃってさ」
「!?・・・ちょっと待ってて」
鍵を開け、仁美を迎え入れる。
「どうしたの葵っち、辛そうだけど大丈夫?」
「だ、大丈夫だっちゃ。さぁ明日もあるから早く寝るっちゃよ」
「あのねぇ、焦ったら眠れなくなるよ。あるんなら私に心の内を話して?」
誰から見ても様子のおかしい彼女を落ち着かせ隣に座る。
「ウチね、怖いんよ。初めて恋した男性が倒れて、その次は仁美さんやあやめさん達がいなくなるんじゃないのかなって・・・」
「それで?」
「力になりたいのに、どうやったらいいんだろうって。ウチらは歌って踊ってでしか支えになれないの?」
「う、うーん」
抑えていたとうとう気持ちが爆発し、仁美の胸に泣きついた。
「五郎さんの側に行って支えたい!待ってるだけなんて嫌!」
優しく抱擁し、葵を安心させる。
「そっか葵っち、やっぱり我慢してたんだ。そうだよね、わかるよ、私も好きな人が出来てその人が戦場に行ってしまったら心配だもん。イギリス行っちゃったアーニャちゃん達も同じだと思う。じゃあさ、私もゴロリンの帰りを待っていいかな?」
「え?」
「一人で待つのが辛いなら、二人、三人で待てばいいわけ。葵っちはセンゴク☆華☆ランブの妹ポジションだよ、年長者の私がさらに泣かせちゃいけないでしょ?・・・こんなかわいい子泣かせるなんて、全く罪作りな男だよね、ゴロリンはさ」
葵の顔に涙はなかった。その代わりにヒマワリにも似た明るい笑顔がそこにはあったのだった。
五郎はギリシャ・ピレウスの地元大手銀行付近におり、チームと離れて別行動していた。夜間における潜入任務をユーリが指示し、ある人物と待ち合わせしていたからだ。待機中、スマホに送られたブリーフィングを確認している。
気配を感じ、目線をスマホから気配の方向へ向ける。闇夜から現れた三つ目の暗視ゴーグルが鈍く光っていた。南米で出会った伝説のエージェント、サム・フィッシャーだった。
「よぉあの時の日本人か。俺の足を引っ張らないようにするんだな」
「あっ、はい。では行きましょう」
初めてのスニーキングスーツを纏い、周囲の状況を確認する。ビルの壁には排水管はもちろん、死角のなさそうなカメラの配置に思わず固唾を飲んでしまう。救出任務ならカメラを破壊して敵の目を潰すのが定石だが、今回は見つからないようにするだけでなく、警備員もテロリストとは関係ない連中なため、破壊や殺傷を控えていく必要性がある。
(俺が潜入・・・まるで泥棒みたいだ。警官の経験で防犯にも精通してるつもりだったが、あの鉄壁をどうしろ・・・な!?)
サムは一足先にカメラの死角へ入り、排水管を昇っていく。カメラの向きに注意を払いつつ進み、2階の窓に到着、ガラスカッターで窓ガラスを切り、鍵を開け堂々と入っていく。
(なんてことだ・・・あんなに早く。くそっ、やってやる)
ぎこちなさが見てわかるが、それでもアラートを鳴らさずに排水管まで進む。四苦八苦しながらも、サムとは違う方向の窓まで移動し、どうにか潜入に成功した。
『無事か小僧。アンタのその位置は一番警備が薄いが最も遠い位置だ、早く地下の金庫前まで来い』
(ぐ、ぐうも言えない・・・)
足音やカメラ、警備員の動きに注意して合流地点に移動していると、進行方向から警備員二人が歩いてくる。ひとまず物陰に隠れ、やり過ごす。
「なぁ聞いたか、地下金庫にヤバイもんが預けられてるって話」
「知ってる。なんでも、東豪寺って奴の名義で預けられてるって話だ。頭取も少しは取引相手選んだ方がいいと思うよ。テロリスト疑いなんだって?」
「噂だけどな、ウイルス研究の結果を保管してあるってさ。スイスでも取り合ってくれなくて、国債買ってるギリシャに預けるって決めたんじゃね?」
足音が遠くなっていくのを確認し、用心深くその場を去っていく。頭に叩き込んだ地図を思い出しながら、どうにか地下まで移動できた。自分達は既にクロとして追っているが、民間視線では未だグレーであり
、疑いレベルである東豪寺。そんな男が地中海の一国に隠した研究結果が保存されているという噂に、心の中が混沌とした。
「あんまり待たせるな。さっさと探すぞ」
「す、すいません。途中、変な噂を」
「噂が真実が否かは保管されてる物を見ればわかる」
サムが指揮していた組織、フォースエシュロン所属のハッカーが遠隔操作で金庫を開き、中にある東豪寺名義の引き出しを探す。サムはそれを探し当て、入っていた複数のUSBメモリとラップトップを回収する。
「こん中に足掛かりがあるんですかね」
「お前んとこのハッカーに頼んで解析してもらえ。さぁ出るぞ」
その時だった。けたたましくサイレンが鳴り、ランプが赤く点滅し始めたかと思えば、外で待機している回収班のリーダー、アンナ・グリムスドッティアから通信が入る。
『二人共聞いて、タイミング悪く強盗グループがアラームを鳴らしたみたいなの。奴らに買われた連中かもしれないから、手段を尽くして脱出して』
「治安の悪いことで」
「いや違うな。連中が俺らの動きを察して攻撃を仕掛けてきたんだ。裏の駐車場から出るぞ、そっからグリムに回収してもらう」
外では銃撃戦が繰り広げられており、警備員全員が強盗グループと交戦していた。その隙に裏口へ移動し職員用駐車場へ出る。また別のグループが駐車場を占領しており、迂闊には動けない状態だった。
「敵は8人。サム、これでは」
そんな危機的状況でも、伝説と言われた男は落ち着いていた。
「相手は手分けして活動している。だったら、頭も二つあるってことだ」
指差す先に一人だけ最新モデルのアサルトライフルを持った男がいる。
「あんな高級品、三下が持つなんて考えられない。つまりコイツを抑えれば弾を使わずに制圧できる」
サムはそう言うと車を盾に身を隠しながらリーダー格の背後を取るように動く。五郎は引きつけ役として敢えて敵の前に現れ、無抵抗を装うために銃を置いてハンズアップする。
「撃たないでくれ。俺しがない泥棒ちゃんだ」
「手を挙げて膝をつけ、動くんじゃねーぞ!」
膝をつこうとしたその時、リーダー格が悲鳴を上げる。サムが背後から忍び寄って拘束し、自慢のナイフを首に突きつけていた。
「コイツの命が惜しけりゃ武器を捨てて降伏しろ。さもないと」
敵が一斉に武器を捨ててハンズアップする。五郎は7人を持っていた手錠で拘束し無力化した。
「さて、誰から雇われたのか聞かせてもらおうか」
「チックショー、やっぱり乗るんじゃなかった・・・」
「さっさと吐け」
「眼鏡かけた日本人だよ。いい歳こいてんのに俺らの趣味わかってくれるだけでなく、日本でのメジャーデビュー約束してくれたんだ。だけど、ヒュドラのタトゥーが袖から見えてて武器用意してくれて強盗の計画をなんて、可笑しいと思ったんだよ」
「あぁ・・・それは残念だったな」
ナイフの柄で後頭部を殴り気絶させ、少し離れた場所にあるワゴンに乗り、作戦地域からの脱出に成功した。
車内で敵が吐いた情報に該当する人物をビッグデータを使って調べてみる。すると、一人の人物が合致した。
「五十嵐章三。大手テレビ局元局長、五十嵐幸夫の息子で多くの汚職にまみれたがバレてしまって芸能界追放、ODT事件には直接参加してないがテロに手を貸した容疑があり国外逃亡、クレタ島で姿を確認。以後は地下組織のメンバーとして活動していると思われる・・・今回の件でクロ確定ですな」
「世間ってのは狭いもんだな。またどっかで会おう、お前には影の薄さに才能がある」
「は、ハハハ・・・」
イギリス・ヘリフォード。ジャンによるデータ解析の結果。ルーマニアに伝わる伝承と薬品についての研究記録だったと判明、とある一族に伝わるもので、人間のみならず動物にも効果があり、一族は被験者達を自由に操れる方法を持っていたという。しかし、肝心の精製方法や治療法、操る原理についてはほぼ記載されていなかった。
「鍵の握るのは一ノ瀬志希と黒埼ちとせか。彼女達が無事ならいいんだけど」
「でもよ、なんで俺らに保護を求めなかったの?」
「見極め・・・俺らを試している可能性が高いな。今はルーマニアでの成果を期待するほかない」
ふと五郎は葵の顔を思い浮かべる。自分達が止められなくて、あの眩しい笑顔を二度と見れなくなったら、操られて背負いきれない罪を被ることになってしまったら、と、あらぬ方向に考えてしまう。
「ちょっと休んでくる」
「おうしっかり休め」
自室に戻り、ベッドにダイブする。
(昔はそういうこと一切なかったけど、なんだか重たいな。これが、寂しいってことなのかな。あぁ・・・葵ちゃんが作ってくれた料理が食べたいなぁ)
サム・フィッシャーのうわさ
娘には軍関係の人間とは結婚してほしくないらしい