保護から約三週間後のヘリフォード基地・医務室。普段は訓練で負傷した新兵やベテラン達が通っていて賑やかなハズなのだが、最近保護した女性、黒埼ちとせが入院患者として入室しているため、訓練以上に気を使って静かにしている。何故そうなっているのか、それは護送前に仲の良かった人物の衝撃的な事実を知ってしまい、どう接していけばわからず、柄にもなく悩んでしまっているからだ。カウンセラーを担当しているパルスですら手を焼くレベルで落ち込んでおり、基本的に誰とも話をしようとしない。
「昼飯だ、少しでも良いから食べておけ」
「やだ」
「・・・君は自分の身体の事を知ってるだろう、食わなきゃ弱るだけだ」
医務室の主であるドクがテーブルに昼食を置き、自分の事務机に戻る。
「私は医者だ、患者の病気を治療したり健康を促進する仕事だ。だが、自分の健康を守れるのは自分だけだぞ」
「・・・」
やはりそっけない。346プロからの情報と正反対な性格に見える。
「何かあったら呼んでくれ。すぐ駆けつける」
だがそんな折にもかかわらず医務室のドアを勢いよく開ける一人の男がいた。メカニックのジャンだった。
「たのも!新しいオプションパーツを持ってきたんだ、試してくれ」
「おいジャン、あまり土足でズカズカ入ってくるもんじゃない」
「だってよ、ひとりぼっちは寂しいだろ」
「ハァ・・・なるべく手短にな」
ジャンは例外にちとせの様子を明るい雰囲気で接してくれている。彼女を暗くさせないため、小人型コミュニケーションロボットや画面タッチの簡単操作でインターネットやテレビの視聴、動画配信も一個で可能な多機能ディスプレイなど、自分が作ったメカを持参してお見舞いに来てくれる。この日はディスプレイの拡張パーツに外付けハードディスクを持ってきてくれたようだ。
「じゃあ俺は行くね」
「待って。どうして私に気を使ってくれるの?」
「あぁ、ゲン達から事情を聞いてさ。オイラでもできる、君が元気になれそうな方法がこれしかないから。3日かけて作ったロボットのブラウニー君を受け取ってくれた君の顔、すごくうれしそうだった・・・ごめん、ブサイクに言われても嬉しくないよね」
「・・・ジャン、また何か出来たら私にくれる?」
「の?」
ジャンは少し驚く。これは脈ありと下心を隠したまま。
「ディスプレイ使ってだけど、千夜ちゃんと話ししたんだ。千夜ちゃんは千夜ちゃんってわかってるのに、ひどい事言っちゃって、また落ち込んで迷惑かけてばっかり。志希ちゃんにもドク先生達にも迷惑を」
「・・・迷惑なんて、誰でもかけてるよ。オイラもゲンやドク、他の仲間達に迷惑かけたことある。前に単身で人質救出行って地雷引っ掛かって足やられちゃってさ、何発ゲンコ食らったか覚えてない。でも目標があるんだ、発明品とリハビリでもう一度現場復帰するって夢。推しメンの水谷絵理ちゃんの握手会にも行きたいしさ」
「へぇー。じゃあさ、目標をもう一つ持たせてもいい?私のファンになるって目標」
「え?」
「これでも魅力に自身があるの、必ず射止めてあげるんだから」
彼女が久方ぶりに笑顔を見せた。それを見てジャンも不意にときめいてしまう。
「そ、そっか。じゃあオイラまた開発に戻るね」
医務室を出ようとドアを開けると、タチャンカをはじめ、ジャッカル、スモーク、リオン、カルロスが聞き耳を立てて話を聞いていた。
「おうおうこりゃいい酒の肴ができたぜ。よし、任務なかったら飲みに行くぞ。ジャンには徹底的に吐いてもらうぞ」
「そりゃいい。恥ずかし話は面白いからなぁ」
「・・・もういや」
その寂しそうな背中を、ただただ見届けるしかできなかったちとせであった。
(ねぇ。魔法使いさんも見てる?私、今も生きてるよ)
研究棟では志希がフィンカと一緒にワクチンとちとせ用の栄養剤を開発していた。フィンカは最初、彼女の能力を疑っていたが手際の良さを見て、考えを改めた。
「ねぇフィンカ。どうして科学に興味を持ったの?」
「突然何かしら?」
「亜季ちゃんから聞いたんだけど、あなたのいたスペツナズってなんだか人間らしさのない組織だなって思って。でもフィンカは思いやりのある女性だニャーって」
「・・・そうね、使命かしら。あなたもわかるようになるわ」
(うわーわかんないなー)
志希が気まぐれな猫なら、フィンカは誇り高き狼だろう。フィンカはチェルノブイリの影響下で生まれた被爆二世で、生まれつき病気を抱えて生きてきた。自分の発明である亜鉛製ナノマシン、アドレナリンサージは、元々自分の病状を改善するためのもの。
「アンタも友人が倒れたら心が痛むでしょ?」
「そ、そうだけど」
「私のいたスペツナズはクールな連中が多いのは事実よ。でも、仲間の死を悲しむわ。公には泣かないけど」
「ふーん」
「出たな、わかろうとしないフリ。ここにいる間に、答えが出るといいわね」
そう言って作業の手を止め、深々と椅子に座る。
「ごめん、冷蔵庫のレッドウィング取って来て。アンタも疲れたでしょ?」
「えぇ~フィンカの方が近いのに」
「ちぇっ仕方ないか」
冷蔵庫から赤くて長細いアルミ缶入り飲料を二本取り出し、一本は志希に渡す。フィンカはクルトップを勢いよく開け、一気に飲み干す。
「これ飲んだから寝る。起こさなくていいから」
(・・フィンカの身体も、良くなるといいなぁ)
ブラボーチームの指揮官がユーリからマエストロに変わった。娘夫婦の家に居候が任務上の都合で保護されているからだ。任を解かれ、夕方、その足で娘夫婦の家へ向かう。
(ママをヘリフォードに呼んで早々、いろいろあったな。アーニャの新婚旅行もクズ共のせいで台無し。さぞかし落ち込んでいるだろう)
そう思いつつインターフォンを鳴らすと、すぐにアナスタシアが迎えてくれた。
「パパ、お仕事終わったのですか?」
「あぁそうだね。少しでも家族と過ごしたいとわがままを言ったんだ」
「??今日は、あやめと肉じゃが作ってます。ママも呼んで食べたいです」
「そうか。あぁ・・・そうだ」
「源太さんもお休みもらえて帰ってきます、賑やか、ですね」
とても幸せそうな笑みを見たユーリは、思わず涙を流す。
(あぁ落ち込んでいない、よかった。婿ともうまくやってるみたいだし、嬉しすぎて涙が)
「パパ?」
「あ、あぁすまん。じゃあママ呼んでくるから」
真田家は非常に賑やかだった。普段なら二人だけの夕食のハズなのだが、今日は源太の部下である望月寛二とアナスタシアの両親、そして、新しい居候である浜口あやめがテーブルを囲っている。
「義父上、義母上、共に食事できたこと、非常に感謝します」
「あらあら相変わらず礼儀正しいのね、源太君。娘とはうまくいってる?」
アナスタシアの髪と瞳を黒くした、落ち着きのある女性がアナスタシアの母だ。
「はい。俺が仕事で帰れなくなっても連絡は入れています」
「ウチのパパなんて時差も忘れて電話してくるの。そのくらい、愛されてるって実感があるわね」
「う、うぅ・・・なんて恥ずかしいのだ」
どっと食卓に笑い声が飛ぶ。
「なんだか素敵ですね。アーニャ殿のご両親がこんな方々なんて。ところで、源太殿のご両親は」
あやめの質問に、今まで笑顔だった源太が一瞬真顔になる。
「あやめ、源太さんの」
「アーニャちゃん、大丈夫だよ。・・・俺の両親はもういない、空の上だ」
「あ・・・ごめんなさい、とんだ無礼を」
「構わないよ。さぁ冷めちゃうから食べよう」
アーニャママは隣に座っていた夫に小さい声で質問する。
「もしかして、あの時に」
「あぁ。葬式でも泣かずに喪主を務めて、伯父に通夜を頼んで仕事に戻ったんだ。出来た男であると同時にストイックすぎるのが玉に傷でな」
ユーリは心配そうに呟いた。
「だが決して冷血ではない。だからお見合いを薦めたんだ」
「そうだったの、私ったら」
「なに、そんなことで目くじら立てる男じゃない。彼の言う通り、温かいうちに食べよう」
オックスフォードのハリー宅。千夜はネット電話でちとせに会うことにした。
「お嬢様、お身体はどうですか?」
「落ち着いてきたわ。・・・さっきはゴメンね、心無いこと言って」
「良いんです、私も、自分の出自を知ることができました」
「この事件落ち着いたら、また一緒に暮らそうよ。やっぱり、千夜ちゃんがいなかったら寂しくて」
「ふふ、それは私もです。ハリーの家はとてもいいですが、何か足りない感じがします」
「やった!じゃあ3人で暮らそうね」
「そうですね3に・・・ん?」
千夜が一息つく。
「お嬢様、お戯れを。もう一人はどなたです?」
「ふふん、良く聞いてくれました。その相手はね」
ちとせが紙にアルファベッドでその人物の名前を書き、それをカメラに向ける。
「・・・はぁ、私が聞いた中で一番のお戯れですね」
「一見免疫なさそうだけど頑固で仲間思いな彼と一緒に暮らせたら、長生きできそうな気がする」
そう言って嬉しそうに笑う。
「あの組織の隊員と家族になるのは、自分も危険に身を晒すのと同じです。その覚悟がありますか?」
「日本で病院から脱走した時から腹は括ってるよ。千夜ちゃんも協力してね?」
「わかりました。私も全力を尽くしましょう」
そう言って接続を切った。千夜も思わず微笑む。
(お嬢様が笑顔になった。アイツには一応感謝しておくか)
タチャンカのうわさ
最近は自分がアイドルになって歌って踊る夢を見るらしい