冬の冷え込みが厳しくなったポーランド・ボサック家。ゾフィア、エラ姉妹の実家である。現在、二人の日本人を保護しており賑やかになっているハズだった。
「パパ~おねえちゃんたちおきない~」
「え?パパが見るからおばあちゃんのところ行ってて」
ゾフィアの夫にして一家の大黒柱である彼が、恐る恐るドアを開けると、実年齢より幼い雰囲気の女が静かに眠っている。
(りんだけか、ともみはいないのか?)
部屋には二人分のベッド以外になく、隠れる場所は無いハズ。注意を払いながら、りんと呼んでいた女の布団を思いっきり捲り上げる。反応がないため手首の脈を計るが、全く反応がない。瞳孔を見ると濁りが確認された。気に留めていなかったがカーテンが外されており、外を見るとそれを伝って脱出したのがわかった。
(あぁそんな・・・これは一大事だ)
地元警察とゾフィアに連絡し、検死のできるドクを派遣してもらった。検死の結果、薬物注射による毒殺であることが判明、至急行方不明になった三条ともみが指名手配されることになった。事情を知ったハリーはボサック家に謝罪しに行く。
「ボサックさん、このような事態になって本当に申し訳なく思っています」
「あなたは悪くないですよ。ですがまさか、ともみがりんを毒殺なんて、想像もできませんでした」
ハリーの頬が赤く腫れていることに気がついた。
「あの、それはもしや」
「ゾフィアから右フックが飛びました。これで済めば軽いぐらいです」
「あぁ、妻が本当に申し訳ありません」
話に出ていたゾフィアが現れる。その顔は心配と安堵が混じり、怒りも含まれていた。
「無事を確認してきたわ。あの子に何かあったのでは遅いから」
「もう暴力はやめてくれよ、十分痛いんだ」
「わかってるわ。それで、情報は?」
「死亡推定時刻からして、ポーランドにはいないかもしれない。りんの布団と頬から、ともみのものと思われる涙が検出されたと報告もある。相当な負担が彼女に掛かっていたんだろう」
「どうだか。ウソ泣きってこともあるわよ」
実家で殺人を犯したともみに怒り心頭のゾフィアはそっぽを向いて自分の得物を手に取る。
「自力で探すわ、エラにもおっ母は無事って伝えといて」
ゾフィアが勝手に行動したことはヘリフォード基地でも耳に入る。三条ともみ保護作戦にアルファチームとレインボーオペレーションスタッフとして、サム・フィッシャーが司令室に招集された。
「さて、アルファチーム諸君は初めてだったよね。今回はジョーダンとサムと一緒にゾフィアより先に彼女を確保し、事情を話してもらう。彼女が先に見つけたら、躊躇なく殺されることになる。それだけは絶対に避けてほしい」
「場所はわかっているのですか?」
「オーストリアの黒い森にある別荘だ。2階建てで遮蔽物も多い、大富豪に人気の避暑地だよ。僕も行ってみたいぐらいだ」
源太は内心、アンタも相当稼いでるハズだろうがとツッコミを入れる。
「まぁ僕の感想は良いとして、ヘリを待たせてるから早速向かってくれ」
ヘリでロンドン国際空港まで向かい、そこから輸送機で上空7000メートルを維持しながら目的地まで飛行。エアボーン装備で任務に向かうことが初めての寛二は興奮を隠しきれていない。
「訓練でしかやったことないんで、すっげえ興奮するっすよ。うはぁ思ったより寒い」
「バカ言ってないで落ち着け。降下中に舌噛んでも知らないからな」
機内で無言を貫いていたサムが初めて口を開いた。
「まだマシだぜ。あのブラジルの若造よりも見込みがありそうだ」
「アイツもアイツで、優秀って認められてるからレインボーいるんですけどね・・・たぶん」
「そういえばアイツどうしてスカウトされたんだ?」
「知らん。スカウト時のファイルは見れないからな」
降下地点接近のアナウンスが流れ、降下準備を始める。赤のランプから青に変わった瞬間、一斉に駆け出し、大きく跳躍する。地上では味わえない風圧と重力を肌で感じ、1500メートルほどでパラシュートを開き、体勢を整えながら事故もなく着地した。各々は突入場所に移動し、自分の判断で攻撃を開始した。
最初に行動したのは1階の駐車場から突入したジョーダンだった。補強された金属の壁に、自慢のヒートチャージを設置し起爆。爆発音で遊撃手が動き、注意が向き、迎撃態勢入った源太とヨハンが敵を攻撃、先鋒を殲滅させた。その隙を点いてサムが2階書斎から潜入、背後から忍び寄り、ナイフを首に突きつけて尋問する。
「お前たちの仲間の女がどこ行ったか知ってるか?」
「ぐっ・・・2階のロビーだ。そこで拘束している」
「拘束?」
「アイツは抜けるって言ったからな。今さら善人面しやがってアマが」
「だからモテないんだろうな」
聞き出したため、首を絞めて気絶させる。情報を元に天井のパイプを伝って移動。見つかることなく目的地点に到着した。しかし、そこで見たのは、既に薬物自決して見るも無惨にこと切れた、ともみだったものがあった。
「サム、こっちはど・・・ダメでしたか」
他の敵を排除し終えた4人が駆けつけた。
「あぁ。瞳孔の開き具合からして、俺達が突入する少し前に死んでいるな。見ろよ、血を吐き出して、苦しみながら亡くなってる。まだまだやり直せる年齢なのにな」
サムらしくない、感傷的なセリフだった。大きく開いた瞼を閉じ、安らかな表情にしていた。
「年頃の娘っ子が亡くなったニュースを見るとな、どうも胸が苦しいもんだ。俺も齢かねぇ」
「・・・ひでぇことしやがる」
「クソが」
「東豪寺の奴め、酷いことさせやがって」
遺体を袋に入れ、黙とうを捧げる。その途中、ゾフィアが現れ事情を説明した。
「そう・・・私決めたわ、娘には二人のことを悪くは言わないようにする」
「ゾフィア。ひとついいか、もし俺らよりも早く来ていたらどうしてた?」
「わからないわ。あの子と一緒に遊んでくれて感謝もしていたし、もしかしたらあの子も手に掛けていたかもって恐れも抱いてた」
「そうか」
「私も冥福祈っていいかしら?」
「あぁ」
朝比奈りん・三条ともみの死は麗華の双肩に重くのしかかった。自分の父親が間接的な原因とはいえ死なせてしまったことにショックを覚え、業界から姿を消したという。その数週間後、麗華も後を追うように亡くなった。その遺体の顔には、涙の痕がくっきりと残っていたらしい。
メルシのうわさ
フランス語圏には長く居たくないらしい