イギリス・ヘリフォード。源太に自室の掃除を頼まれたアナスタシアは彼の部屋に入ることになった。六畳ほどある部屋には、仕事で使う銃の手入れをするための大きめの机に、あまり使われていないゲーム機とテレビ、彼が好んで読む小説や漫画が収まっている本棚が置かれている。初めて入ることもあって、とてもドキドキしながら入ったアナスタシアは、とても嬉しそうにしていた。
「ふふ、男の人の部屋ですね、ミクが言うにはいかがわしい?本が隠されているって言ってましたが、どうなんでしょうね」
思った以上に片付いていた部屋だったので掃除を早く切り上げ、一冊の小説に手を伸ばす。
「ハチマキ巻いたサムライさんと、カワイイメイドさんが表紙に描いてますね?」
「おぉ、剣聖王物語じゃないですか!」
あやめが背後から現れ、小説の表紙を見て楽し気にしている。
「ケンセイ?」
「はい、全15巻あるファンタジー物の最新作なんです。剣術に自信のある若者、ヤマトが旅先で政治腐敗した国に到着して、その国のレジスタンスと組んでたまに対立しながらも革命を成功させるのですが、レジスタンスリーダーが血迷って恐怖政治を敷こうとするんです。旅に戻ろうとした主人公はそれを聞き、今度は自分が単身で挑んでリーダーを斬り捨て、政治に苦心しながらも徐々に成長していって、最後には天下統一するんですよ・・・あ、ごめんなさい、ネタバレを・・・」
「良いんです。でも意外ですね、もっと殺伐としたものが好きかと」
「まぁラノベ史上最高の泥臭さと汗臭さがありますから、結構好みが分かれます。表紙のヒロインは王道ですが」
アナスタシアは剣聖王物語の一巻を読む。一般的な小説の厚さがあるため決して薄い本ではないが、スラスラと読みふけっている。
「・・・」
「どうです、そろそろ一巻を終えますが?」
「おぉ・・・忍者出ませんね?」
「あはは・・・まだ登場は先でして」
順々に読みふけってしまい、気づいたら夕方になっていた。その頃になると最終巻の最後辺りまで進んでおり、部屋の主が帰ってくるかもしれなかったが、それでも。
「ただいま。って、二人であれ読んでるの?」
源太が基地から帰ってきた。
「おかえりなさい源太殿。どうでしたか?」
「仕事の事は言えないけど、明後日にはまた離れる。アーニャちゃん、この物語どうだった?」
「・・・女の子には厳しいです」
「まぁその、2ページ使って単騎で30人斬捨てたかと思ったら、別の巻では敵の大軍を狭い谷に誘い込んでから動きにくくなったところを鉄砲と弓矢、魔法による挟撃で撃破。謀略を駆使して無血開城。性格、戦闘面に関しては男性の憧れと言える主人公ですね」
「うーん、なんかゴメン・・・それ書いた知り合いに伝えとくよ」
作業机にアタッシュケースを置き、中の得物を確認する。
「また仕事でしばらくいないから、留守番よろしくね。心配ない、この町は平和さ」
「早く終わって欲しいです。せっかくの新婚なのに」
瞳に寂しさと悲しみが映っていた。源太自身もアナスタシアと同じことを思っているが、敢えて口には出さない。
「今度はどこ行こうか、新婚旅行の続き」
「え?・・・ダー、イタリアの海を見たいです」
「行くとしたら夏かな。わかった、夏までには終わらせるさ」
ヘリフォード基地。ハリーの部屋に呼び出された源太は、部隊にいる寛二の働きぶりや態度はもちろん、小さな悩みは無いかと様々な事を聞かれる。
「ふむ。カンジは変わらずそそっかしいが、それでも被弾率や勝手な行動は抑えられているんだね」
「まぁエアボーンの際は舌を噛み切らないか心配になるほどはしゃいでいたのだが」
「それは心配だったね。個人的にもっと心配なのは・・・」
「捕虜への攻撃?」
「いや、あやめが入浴中にわざとではないにしろ堂々と入ってしまったことかな。事故とはいえ、もう少し注意深い行動を取っていれば、桶を投げられてはいないからね」
この前の珍事に思い出し笑いをする。
「確かに。でも、面白いことがあるんだ」
「気になる」
「俺らのいる前で責任取るって誓わせた後、彼女にプロポーズしたんだ。さすがの俺も、ヨハンも、果ては一緒にいた志希とちとせも呆然としてたんだ」
「おぉ・・・クレイジーな選択だ」
「っで、あやめも満更じゃあないときた。不束者ですが、よろしくお願いいたしますって返事を」
「まさかのOK!?なんだか心配になってきた、先輩既婚者から見ても、こんな変わった告白なんて聞いたことも見たこともない」
ヘリ内でのやり取りを見ていた源太も驚きと笑いが入り混じり、思わず吹き出してしまったことを思い出し笑ってしまった。
「ふーむ実に興味深い。実はね、夜な夜なジャンとちとせが一緒に屋上へ行って月光浴をするんだ。これがまたお似合いなんだよ、美女とオタク系地味男子ってさ。オタクで引っ込み思案なジャンが異性と一緒に外に出ること自体が奇跡なのに急接近してるみたいでね」
「これは・・・あ」
笑顔から一転、真剣な眼差しになる。
「どうしたの?」
「チームシュバリエが崩壊しませんか?」
「・・・!?まずい、カルロスがボッチだ!このままではウチの約1名除く女性隊員みたいに婚期を彷徨うモンスターになってしまう!」
ドアが一気に開き、婚期逃した代表であるアッシュが笑顔で眉間に深い皺を作って現れた。
「さぁって、どっちが先にシメられたい?」
指の関節を鳴らし、恐怖を演出する。一気に顔が青ざめる二人は勢いよく同時に頭を下げ謝罪した。先ほどの毒気が抜け、普段の真面目な彼女に戻る。
「はぁ・・・まぁいいわ。ハリーに相談しに来たんだし、良いかしら?ウチの人事についての相談だけど」
「何かな?」
「彼を再び呼びたいの。フローレスの男を」
ホワイトマスク事件時より少し前、アルゼンチン・ブエノスアイレスのフローレス地区で噂になった腐った金持ちから金品を盗み、貧しい人達に分け与えた義賊がいた。通称、フローレスの男は正体がバレて逃亡することになった時、アッシュと出会い匿ってもらったことがある。ロサンゼルスに移った彼はフードトラックで商売を始め、そこでも義賊稼業を続け、将来の安定を夢見てレインボーへ入隊した。ホワイトマスク事件の後、彼は自分の夫と共にロサンゼルスで義賊稼業から足を洗って暮らすという理由から、危険が伴うレインボーを去っている。
「良いけど、本人が縦に首振らないと入隊はできないよ。今はロスにいるんだよね?」
「そうね、彼なら了承すると思うわ。何故なら・・・彼の母親が襲われる遠因が、ハイドラにいるからね。相手の素性もわかってるわ、ウチのラボにいるシキの父、ドクター・イチノセ。タケが一ノ瀬家に行って空振りだったのは納得できるわね」
「なるほど。でもシキのパパがどう関係してるの?」
「彼の母の死因が、ドクターの作った安楽死のための睡眠薬。規定されているものの数倍以上の効果があるわ」
「さすがに一般には流通はされていないよね。わかった、フローレスに声を掛けてよ。念のため、シキの事は伏せておいてね」
「ありがとうシックス。広いロスを探し回るわ」
アッシュは司令室を去った。源太もタイミングを見て自分のブースに向かい、次の作戦の準備を始めることにした。
フローレスの噂
同じサングラスが300以上あるらしい