ある日、ジャン・カンテはドクから足の具合が良くなったため部隊復帰してもいいと言われた。必死になってリハビリを行い、元気な上半身を鍛えることを怠らず、かと言ってガジェット開発も怠らない日々がようやく実ったと言える。しかし、今までなかった感覚が脳内によぎる。
「おい、しっかりしろ、何をボケっとしてる?」
ドクに声を掛けられ、ふと我に返る。
「またチトセの事を考えていたのか。気持ちはわからんでもないが、ぼーっとしてたら今度は死ぬぞ」
「あ・・・すんまそ」
再びカルテに目線を移して小さく笑う。
「フフ、随分と変わったな」
「え?」
「ずっと前なら機械が恋人なんて言ってたお前が、今じゃ可憐な女性に魅了されて呆けているんだ。それを変わっていないなんて無理だろ」
「俺ずっとボッチで陽キャなんて縁がなかったから、人間に恋するなんてなかった。応援はあったけど、一緒にいたいって気持ちは初めてだから戸惑ってしまって」
自分の顎を触って考えをまとめるドク。
「これが魅了されたってことなんですかね?」
「それもだが、諦めも半ばあったんじゃないか?自分には機械いじる才能しかないって」
「うん」
「だが、チトセにとってお前は笑顔を取り戻してくれたヒーローだ。わかるか、お前もまた彼女を魅了している。絶対に裏切ったりするなよ」
「はい!」
作戦服に着替え、自分用ブースでファマスとP228を手入れをし射撃訓練場へ行く。ポップアップ式ターゲットが出てくる瞬間を狙って撃ち抜き倒していく。100枚ほど倒すと今度は弾がどこに当たったかを確認すると、実戦にいた時よりも頭に当たった数は18枚と大きく減り、代わりに肩や胴体に当たった数が増えていた。
(うわぁ落ちたな腕・・・)
渋い顔をしながら空薬莢を箒で掃いて後片付けをする。射撃訓練での決まりごとの一つだ。使ったら片づけるのルールは最初こそモメにモメたものの、今では誰もが受け入れている。
「まぁいつか戻るっしょ。いや、早く戻らなきゃ、彼女を守れるシュバリエになるって決めたんだ」
一通り片づけを終え、研究開発部へ向かう。自分用の棚から開発途中のガジェットを取り出し、開発机に展開、ハンダ籠手に熱を持たせる。
「ジャン・カッテだ、こんちわー」
「ジャン・カンテだ!誰だそんな呼び方教えたの!」
自由奔放な猫以上に自由な保護対象、一ノ瀬志希が声を掛けてきた。大声でツッコミを入れつつ作業を止めずにひたすらハンダ付けを続ける。
「聞いちゃったんだよね~ちとせちゃんと夜の屋上でラブラブしてるの」
「グホッ!」
思わず手を止め志希の方を見る。
「その言い方はマジやめて、まるで彼女を大事なものを奪ったみたいなこと!」
「え~そーなんだ?じゃあオイラが今日から君の騎士になるって言うのも嘘って言うの?」
「あ・・あ、そ、そ、その・・・」
熟したリンゴよりも真っ赤に頬を染め、たとたどしくなったところで普段着姿のスモークが現れる。
「そのくらいにしておけよ。コイツを使って遊んでいいのは俺らだけだぜ、良いから、治療薬開発に戻れ」
「ちょっとポーター、せっかくいいとこ」
「じゃあな、早く復帰しろよ」
そう言うと志希を連れて生物研究室へ引っ張っていく。
(・・・魅了されてるだけなのか、本当に)
3日後。イギリス・オックスフォード・ハリーの自宅。自分が今現在抱いているちとせへの好意と今の自分にあるギャップをハリーに話をした。千夜が良いタイミングで紅茶を運んでくる。
「ふーむ夜の屋上で月見デートして自分が騎士になると・・・でも今の自分では守れないと不安である・・・実に興味深いな。あの機械ヲタクにしてAIの心の研究で博士号を得たジャンがこんな事に悩んでるなんて」
「お嬢様に何を吹き込んだのか知らないが手は出していないよな?」
「そんなことするわけないでしょ!確かに身体能力こそ全盛期ほどにないけど、現場で戦えるほどにはあるってデータでわかったんだけど、もし、死んでしまったら、彼女を裏切ってしまうのではと」
「おまえ・・・!」
怒りを露わにする千夜をハリーは止める。
「待って。決して臆病になったわけじゃない、彼には守りたい人が出来たんだ。でもどうやって守って行ったらいいかわからない。違うかな?」
「・・・」
ジャンは静かにうなずく。
「結論から言うといつもの自分で良い。シュバリエメンバーの皆に開発した機械を自慢して賞賛されている自分も、チトセの前で鼻の下を伸ばしている自分も、ジャン・カンテという人間だ。無論、レインボー隊員として仲間と戦う自分もそう。問題なのは見せる自分を間違えてはいけないことだ、レインボー隊員で戦う自分を全面的に見せて彼女を怖がらせてもいけないし、デレデレしてるところを隊員たちに見せて拳骨を食らってもいけない。君も重々承知してるハズだよね?」
「自分を見失ってはいけない。ありがとう、ハリー」
「いやなに、人生の先輩としてのアドバイスをしただけさ。さぁ君の仲間達が外で待ってるから急ぐといい」
静かにジャンを見送ると、千夜が苛立った様子で尋ねる。
「正直、アイツが憎い。お嬢様をたぶらかしたような感じで。でも実際は違うというのはわかってるのにどうして・・・」
「これはね、嫉妬だよ。誰にだってあるんだ、自分にはないものを見せられたら誰だって感じる普通の感情。・・・せっかくだからさ、この国やウチの隊員達と見て帰るといい。全員が仲良しじゃないし、かと言って無駄に憎み合ったりしない、程よい関係をね」
その夜。許可を得て以前から予約していたレストランでちとせとデートするために、着馴れないタキシードを身に纏い、髪型もこの日のためにロマンス映画の俳優のように綺麗に整えた。戦場とは全く違う緊張を肌で感じながら基地前の門で待機していた。
(うぅ・・・なんだか緊張が・・・)
手の震えもピークを迎えたその時、背後から綺麗なフランス語で話しかける女性の声が聞こえた。
「ごめんね、待たせちゃった?」
振り向くとハリウッド女優が着てそうな、胸元が大きめに開いた赤いドレスを纏ったちとせがそこにいた。普段から美人であった彼女がいっそ華やかに見える。
「い、いや、その・・・待ってません」
「ふふ、ジャンったらかわいい。さ、早く行きましょ」
いざ席につき料理が運ばれ、今後の事を話そうとすると、緊張のあまり言葉が出ない。
(ひょえー誰か助けて~)
須賀川の某当主みたいな顔になりかけているジャンを心配するちとせ。
「ジャン汗すごいよ、疲れてるの?」
「い、いや、その、なんだろう、こんな素敵な店、初めてだし、女の子と一緒に外食デートなんて初めてだしで・・・なんでだろ、ゲームじゃあいっつも成功させてたのに・・・」
「もしかして、気を遣わせちゃった?ごめんね」
「そんなことないよ。大事な、話もあるし」
大きく息を吸い、いつになく真面目な顔になる。
「俺、仲間達と戦いに行くよ。いつまでも任せっきりじゃカッコつかないし、いる意味もない。もし、生きて帰ってきたら」
「待って。これ以上はダメよ、続きは帰って来てから聞くから、ね?」
危うくフラグを踏みかける彼をどうにか留めることに成功した。
「あ・・・うん、必ず帰ってくるよ」
心配そうな彼女がようやく笑顔になる。ジャンは安心したのか、普段の穏やかな顔になった。
「ジャン、私からもいい?これ、ずっと身に着けてね」
手渡されたのは長い紐が付けられている手のひらサイズの小さな布袋。日本語で総無事と書かれていた。
「いつか来るんじゃないのかなって思って、千夜ちゃんにアドバイスもらって作ったの。待ってるからね、約束、守ってもらうんだから」
「ちとせ・・・あぁ、もちろんさ」
翌日。ジャン・カンテはアルファチームに合流する形で前線復帰を果たす。彼のファマスには、ちとせからもらった御守りが付けられていた。
ジャンの噂
人生初めての一目惚れをしたらしい