イギリス・ヘリフォード。夫が任務で帰って来ず、一人の時間がアイドル時代より増えたアナスタシアは、里奈と一緒に近所の保育園でボランティアとして歌や踊りを教えていた。彼女の人となりのおかげで保育士と園児はもちろん、近隣の住民達にも好印象を得ていた。一方の里奈も英語が喋れないなりに得意の力仕事や絶えない笑顔でアナスタシアとは違う意味で人気を得ていた。
「リナも英語、うまくなりましたね。アーニャ、驚きです」
「アーニャンが通訳してくれるからポヨ。それに、チョ~いい人達でよかったポヨ~!」
真田家とシーボルト家の住む地域はヘリフォード基地に近いだけでなく、仕事などの理由で移住する外国人が多く住んでいた。そのためアナスタシアも里奈も当然のように迎え入れてくれたのだ。
「ダーリン帰ってこないかな~、リナリナのマジヤバ手料理に、グルメなダーリンチョー笑顔!」
「アーニャも、気持ちわかります。源太さんをゆっくりナデナデしたいです」
銃と手に戦うことのない彼女達は、愛する者が疲れ果てて帰ってくる家を守るという任務を請け負っている。それは誰にも代われない、非常に重要な仕事だ。
「さてと、もう休憩は終わり、今からお歌の時間ポヨ」
「はい。みんなと一緒に楽しみましょうね」
その頃夫達は、中国・成都郊外にある二階建て家屋に、一人の日本人を人質にとったハイドラ構成員の排除及び人質の解放任務についていた。ドローンによりニトロセルを大量に装着したベストを纏った自爆兵の存在も確認し、今回は3人あまり離れずに行動することにした。待ち伏せしていた兵士がこちらを見つけ発砲してくると、すぐさま反撃し、遮蔽物に隠れる。外から足音が聞こえ、寛二は遊撃防止として窓の下に跳躍地雷をセットする。案の定、窓を割って入ってきた敵に反応しダウンを奪うと、源太は追い打ちとばかりにグレネードランチャーを撃ち込んだ。階段を上る途中、重装備の自爆兵と対峙した際はグレネードランチャーを撃ち込み怯ませたあと、ヨハンが頭を撃ち抜き自爆を阻止、そのまま2階へ行く。人質がいるであろう場所にフラッシュクリアで突入し、素早く鎮圧した。ドローンを使って他にいないか確認すると、人質を縛る縄をほどく。
「あぁ助かった。どうなるかと思いましたよ」
「これから脱出する。ついて来てくれ」
増援に来た敵を排除しつつ、迎えのヘリに乗り込む。寛二が仕上げとして固定機銃で掃射し全滅を確認すると、ようやく落ち着いて人質から事情を聴く。
「身元を確認します。喜多見三郎、埼玉で妻と娘の3人家族で暮らしており、今回は成都の町へ単身商談に行っていた。間違いありませんね?」
「間違いありません。ですが、どうして私だけ狙われてたのでしょうか?東京の大手商社で働いてますが、特にこれといったものは作ってませんよ?」
「喜多見さんは何の商談を?」
「最新の花火打ち上げ装置です。祭りで使う装置が壊れて使えないと言ってきたので五日の出張で来ました。はぁ・・・家に帰りたい」
「その装置の設計図のコピーをいただけませんか?ハイドラが相手ですので少ない資料もほしいのです」
「わかりました、上に掛け合います」
上海を経由し東京に戻ったアルファチームは、喜多見からUSBを入手。一足先に日本に来ていたジャンと合流し設計図を確認する。
「だいたい高さ150センチメートルほどだね。直径は余裕で4尺玉が入る大きさ、重さ40キロ。でも変だな」
「何がおかしい?」
「無駄に分厚いし、打ち上げ花火の筒にしては長い。それを9本しか作っていないってのは不自然だ、最初から別の用途で作ってもらったとしか思えん」
「別の用途?」
「夜中に民衆に向かって撃ちこむように角度をつけて信管を調整すれば、遠距離攻撃が可能になる。筒も資材と偽れば通せるレベルだし、装置もPCで着火する仕組み。信管はまぁ、不発弾撤去のボランティアに扮して盗めばいい。誰だよこんな物騒なもん注文したの」
「ハイドラしかいないだろう。関教授の件といい、今回といい、なんかまとまりがない。これは俺の想像だが、花火を打ち上げる時間を利用して発射角度次第で街にパニックを起こせる」
「うわぁマジかよ、危うくパンデミック発生するかもしれなかったのか。あぁその、教授の研究してた薬剤ってのが抗うつ剤なんだ」
「そんなもん使ってテロ?わけわからん」
怪しそうに睨むヨハン。
「まぁ聞け。研究の抗うつ剤ってのは気分を高揚させるタイプで沸点が10℃と低く、ボンベを使って歯茎から吸収するタイプだ。入院レベルの患者に使うほど強くて効果時間も半日もつほど。入院患者専用で製造には低温環境が必須だから生産性はないが、密封して低温を保てば持ち運べる」
「つまり、ハイテンションな集団に撃ち込めば暴徒と化すってか」
「日本のハロウィンという混沌と化してしまう前に押さえられてよかった」
「まだハロウィン慣れしてないだけだからなアレは」
源太の拳骨がジャンの頭上に炸裂する。
「相変わらず痛い・・・」
23時。ブラボーチームの情報から、東京・町田にいる実業家、押田心太を拘束せよと本部から指示が下る。今回は指揮官であるサーマイトことジョーダン・トレイスが突入チームに加わる。ヘルメットに専用のゴーグルをつけた彼は、普段の気だるい雰囲気とは違う、熱い男の顔になっていた。
「よし、確認するぞ。平屋の一軒家にいる押田を拘束するが、敵は予想通り厳重な警備態勢だ、待ち伏せに爆弾ベスト持ちと盾持ちもドローンで確認。地元私服警官隊も外側で待機している、思う存分戦え」
オレゴンの民家を平屋にした造りのこの家には、総勢30人がところ狭しと配置されていた。各々突入し、自爆兵が複数現れ危うく起爆されかけたこと以外は特に危機もなく制圧できた。しかし、肝心の心太がおらず、ヒートチャージやグレネードランチャーで穴だらけになった民家を探すことになった。
「思う存分戦えと言ったがな、何もチーズにする必要はないだろう」
「あなただってノリノリで強化壁を破壊してたでしょう。俺だけのせいにしないでくださいよ」
師弟が口喧嘩しながらキッチンに入り床を調べると、クマの毛皮が敷かれている箇所に気づく。戦闘中今までなかったものがそこにはある。
「なぁここにフゥーズがいたら喜ぶか?」
「えぇ。マトリョーシカの実験に使えるって言いながら」
毛皮をどかすと床下貯蔵庫を発見。少し開け、スモークグレネードを隙間から入れ再び閉める。煙で燻されてせき込みながら出て来たのは眼鏡とチェック柄の服、カールかかった長い髪の男。源太は手錠で彼を拘束した。
「押田心太、お前を拘束する」
「俺がいなくたって組織はなくならない。ってか俺を羽虫みたいに燻すんじゃねぇよ・・・」
「大人しく同行してりゃ、そうならなかったんだよ」
「武装した連中が攻めてきたら隠れるだろうが」
その後も減らず口は収まらず、延々と聞かされて我慢の限界になった寛二は後頭部目掛けてハイキックをお見舞いする。一撃で気絶し糸の切れた人形みたいになった心太を小脇に抱えて護送車に放り込んだ。
「ずいぶんとワイルドになったな。あとでドクに診てもらった方がいいんじゃねか、首の骨イってるぞ」
「手加減は、したよな?」
「いろいろ聞き出したいので」
ヘリフォードに帰還後、働き詰めだったアルファチームは3日間の休暇を与えられ一時の安息を与えられた。しかし、捕虜に対して過剰な攻撃を加えた寛二には罰として千夜の監視兼護衛を命じられた。検査で異常のなかった心太はカベイラの尋問を受け幹部の一人、黒井崇男と次合う約束の日付と場所、時間を吐いた。ブラボーチームに任せる予定だったが、彼らもアルファチームと同じぐらい動いていたため、彼らにも3日間の休暇を与えることにした。代わりに潜入捜査のプロ、バンディットを派遣し周辺を見張らせることにし、若手達をじっくり休ませるようにした。
そして休暇初日の早朝、妻帯者の二人は、それぞれ帰るべき場所に帰り、まだ眠っている愛する妻の寝顔を見て一安心する。その穏やかな寝顔は疲れ果てて帰ってきた自分達に癒しと英気を与え、次の任務への糧となる。
(なんて美しさなんだ。俺はそれを知らないで生きようと思っていたのか)
起こさないように足音に気をつけながら自室へ戻ろうとすると、妻が自分の手を掴む。夫の名前を言ったかと思えばすぐに寝息を立て眠りに戻る。
(起こしてしまったか。短い休暇だが、せめてこの時だけは戦士ではなく一人の男としていさせてほしい)
手を振りほどかずベッドに腰掛ける。その後、目が覚めた先に夫が帰ってきたことに歓喜し抱きついたのは言うまでもない。
スモークのうわさ
博士号を得たいと思っているらしい