悠時は目を覚ました。5時半ぴったり。
いつものように顔を洗い、いつものようにトーストを作った。
そして、いつものように扉を開けると……。
「出てきたね、【時】の勇者」
魔王の娘がいた。
悠時はクォーリアの姿を見て30秒ほど固まると、
「…………」
「……っておい!何しめてるんだよぉ!」
本能に従い、扉を閉めた。
バンと開かれる扉を前に、悠時は冷や汗を垂らしながら両手を上げる。
「なんで、ここにいるのかなぁ」
「昨日逃げられたから、戦いに来たんだよ。戦いは早めに終わらせたほうがいいから」
そういって胸を張るクォーリア。すでに戦闘服に着替えており、しかし悠時は寝巻きのまま。
悠時は振り返って時計を見る。
「まだ八時じゃないから帰ってくれないかなぁ」
「ほぇは!?」
まさか拒否されるとは思っていなかったクォーリアは目を丸くすると、
「え、なんで!?なんでなんで!?」
とまくし立てる。
「いやだから、まだ出勤の時間じゃないんだよ」
「出勤!?」
「勇者としての意欲とか力が顕現するのは八時からなの。だから、八時からなら相手してあげる」
「いや、目の前に敵がいるんだよ!?せめて警戒心とか出そうよ、撃つよ!」
「そしたら偉大なる魔王の娘、クォーリアさんは、全力を出せない勇者を一方的にボコった魔族の英雄として後世に残されるわけだな」
「…………!?」
悠時は何かを数えるように沈黙した後、
「朝飯あるけど食うか?」
と問うた。
「朝ごはん?……ふん、敵の施しなんて受けな───」
クォーリアの腹の音とトースターの音が同時になったのは、決して偶然ではなかった。
◇
「それじゃあ、手を合わせてください。……いただきます」
「……いただきます」
互い、カリッというトーストの音がなる。
クォーリアはどこか釈然としないながらも朝食を口に運び、目の前の男を見る。
先日戦った時の覇気は全く感じられず、特徴的な金髪も黒髪になっていた。
今なら簡単に殺せるだろう。
しかし殺さなかったのは。
「(殺せない……)」
殺すことなど不可能ではないのかという───隙の多さ。
隙が多すぎる故に、どこで殺せば良いのかがわからない。
生唾を咀嚼したトーストと一緒に飲み込み、クォーリアは口を開いた。
「ねえ」
「んお?」
「なんで君は私に食べ物を出すんだい?君は勇者だ。魔王の娘に、そんな施しなんて……」
「……んー。俺は八時から二十時までの12時間が勇者なんだよな。だから、今は勇者じゃない。おけ?」
「え、ええ……」
「俺は【時】の神さまに忠実なの」
【時】女神クロノス。
それこそが、悠時が契約した女神であり、彼の剣である【時剣クロノス】に宿る神である。
その鍔にあしらわれた時計の針が八時を指したとき、その力は全て悠時に流れ込む。
それが、【時】の勇者の恩恵である。
「……それ、話しちゃっていいの?」
悠々と語ってみせた悠時に、クォーリアはぽかんとした様子で聴く。
「話したところで急に何かが変わるわけでもないし」
「魔王軍が攻めてくるかもよ?」
「そこで死んだら、俺はその程度だったって話。俺は定時で働いて定時で帰るんだから。時間外労働なんてまっぴらごめんなの」
ポットからお茶を注いでカップに入れ、クォーリアに差し出す悠時。
クォーリアはやっぱり釈然としない気持ちを抑え、お茶を喉に流した。
「美味しい。何のお茶?」
「ここの名産だったんだって」
「ここ?」
「正確には、魔王城手前のサイゴって名前の村。魔王軍が初めて攻めた場所だ」
「お茶を作って、のんびりと過ごしていた……そんなことは聞いたけど」
「知ってるんだ。そう、その村だ。今は俺がここにいるから、茶葉の生産を再開したみたいだぞ」
「…………」
カップを両手で抱えるクォーリアに悠時は苦笑しながら、
「武力で攻めるのはいい。植民地にするのも結構だ。……けど、攻める前にでいいから考えて欲しい。その可能性っていうのかな、ソレを」
茶葉の詰まった袋を差し出した。