「どうした柊。お前がよそ見なんてなんて珍しいな」
轟の声かけに何でもない、大丈夫と返す空。
現在、空と轟は互いの職場体験場所であるエンデヴァー事務所へと交通機関を使って向かっていた。そんな道の途中でこれまでに計三回、空は階段で足を踏み外したり、何かに躓いたりして転びそうになっていた。三度もあって傷一つ負っていないのは、その度に彼女の横にいる轟が、腕を引っ張って転ばない様に支えているからだ。
普段、転ぶことなど想像もつかない彼女が、数十分の間に何度も危なっかしそうになっていることに轟は流石に可笑しいと思い始め
「やっぱり可笑しいぞ。もしかして具合でも悪いのか?」
と言って、ほぼ無意識に空の額に自分の額を当てた。流れ的に体温確認のつもりなのだろうが、突然近距離となった轟の整った顔立ちに流石の空も反射的に頬を少し染め上げる。轟自身も赤くなった彼女の頬を見ると、やっと自身の大胆な行為を自覚して、今ある彼女との距離に気づき勢いよく後ろへと退いた。
「悪ィ」
「あ、いや…」
少し気まずい空気が両者の間に流れる。
しかしそれは正確に言えば、この時が始まりではなく体験場所が同じ故に、皆と別れ二人きりになった時からだ。
原因は明確だ、体育祭の最後にあった“空の拒絶”である。
「轟君はお父さんの事務所を選んだんだね、先進しているようで良かったよ」
「…あぁ」
必死話題を探す空。それにぎこちなく答える轟。その先は、今までは何ともなかったはずの沈黙。しかし、今は両者とも言葉にし難い想いを抱え、ただの沈黙が我慢ならないものに感じてしまう。
「……ごめん、轟君」
何に対してなのかわからない謝罪が空の口から出る。その言葉に対して轟が顔を上げ、彼女の顔を見ると、斜め下に視線を送り、どうしていいか分からないような困った表情の空がいた。
轟にとってこんな表情の彼女は初めてだ。そんな顔もするのか、と少し驚くが
(そんな顔をさせたのは俺か)
と直ぐに落胆が押し寄せてくる。ただ彼女の笑顔を見たかったはずなのに、今は困らせてしまっているだけ、そんな罪悪感を持つ轟。自身の想いは自覚したとはいえ、今まで他者との交流を殆ど断ってきた彼が、この状況の解決の糸口を直ぐに見つけられるはずもない。
空は、轟を幼馴染とはまた異質な存在として感じていた。少し似た境遇を持ち、理由は違うにしろ世間から注目されていることなど、上げれば他にもたくさんある。自分と彼を重ねたことすらある。
(だからこそ、“君を見てると私が痛いたかった”……)
体育祭トーナメント戦で彼に告げた言葉を思い出す。
長年の付き合いの中で彼女の重荷を察し一歩先に進むことのできない幼馴染ではなく、自身が救われた故に、相手を知りたい、救いたいと率直に想いを伝えた轟。
その両者の違いが、空の心を大きく揺らした__
空が作ろう闇にも似た壁など気にせず、突き進んできた轟。そんな人間は彼女にとって初めてだった。例えるならば、優しくされてどう受け取っていいか分からない幼い子供。
彼女も、また彼もどうしていいか分からないのだ。
だが、そんな空の気持ちを知るはずもない轟は、明らかに可笑しい様子の原因を語らない彼女の態度を拒絶の延長だと感じてしまう。
空は、心配してくれたのに悪い態度を取ってしまったと反省しながら一言ポツリと答えた。
「その…委員長どうしてるかなって心配で、考え事してたの」
「………そうか」
轟も飯田のことはずっと前から気になっている。轟もまた飯田の顔には自身と重なるものがあるのだろう。轟が「俺もだ」と付け加えた言葉を最後に、二人の会話は終わりを迎える。
そのままの空気感で二人は目的地へと到着した。
職場体験自体は空自身が体験した二年前と大きく変わったものなどはなかった。強いて変わったことをあげるなら、エンデヴァー自体の雰囲気がほんの少し柔らかくなったように見えたことと、息子の轟が居るため何処か良いところを見せたいといつも以上に動いていたことくらいだ。
エンデヴァーに言われたことを忠実に熟していく轟と空は、サイドキックたちが感心する程優秀だった。
「柊ちゃん休憩中も真面目だねぇ」
「あ、いえ。これは…」
時計が十二時を超えた時、サイドキックの一人が何かの資料をまとめている空に声をかけた。今は昼休憩で職場体験中とはいえ、任された仕事をしなければならない状況にない。
「ちょっと友達が心配で作ったものです」
サイドキックが覗き込んだ空の手元にあったのは、ヒーロー殺しと書かれた書類。
「っ!?、まさかあなた…」
「はい、そのつもりです」
瞠目したサイドキックに、もう決めたことですと覚悟の据わった顔を向ける空がそこには居た。
エンデヴァーの前に立つ空。何かを感じさせる彼女のその雰囲気にエンデヴァーは訝し気に眉をひそめた。
(柊…?)
そんな彼女を遠くで気づいた轟。
(まだ渡された仕事は終わっていない、それに午後からは市内の見回りの予定もある。でも…)
空は今から自分が言うことに少し怖気づいてしまうが、それでも捨てられない考えを持っていた。
「エンデヴァーさん、お話があります。…ヒーロー殺しステインについてまとめた資料です」
先ほど作っていた紙を提出する空。エンデヴァーは何も言わずそれを受け取り、一枚二枚とめくっていく。
「すみません、職場体験に集中しようと何度も思い直したのですが…友人が大変な状況だと思ったらどうしても…」
何も飯田が家庭内の諸事情などで困っていたのなら、力にはなろうとしても求められるまで動きはしないであろう空。自身がそうであるから当たり前なのだが、今回は違う。ヒーローの職場体験において関係なしとは言えないヒーロー殺しという事件、飯田が体験先に選んだ保須市。その二つが、空の頭から離れなかった。
「ヒーロー殺しは、現れた街で平均して二、三人のヒーローを襲っています。保須市で襲われたのはインゲニウム一人、なら…と思いまして」
ーー今、ヒーローを体験するために
「私は出張調査をここに提案します」
「「「!!!?」」」
その場にいたすべての人が驚愕した。体験に来た生徒が自ら何かを提案するなんて聞いたことがない。
そしてここは、保須市までそう遠くない位置にはあるが、それでも自然と事件関わるほどの近所にない。空が提案したことはこの上なく驚くことだった。サイドキックたちは今も黙るエンデヴァーを固唾を飲んで見守る。
「……………フン、流石だな。二年前と変わらない優秀な考察力だ。実は俺も同じことを考えていた」
「!!」
待ってた彼の答えは皆が考えていたようなものではなかった。微かに口元に笑みを浮かべ言い放ったのは提案の合意による返事。
エンデヴァーはすぐさま立ち上がり部下たちに命令を下す。
「今、柊君が語った通りだ!前例通りならヒーロー殺しは再び保須に現れる!しばし保須に主張し活動する!市に連絡しろ!!」
家庭内では父としてあるべき姿を見たことは一度もない。しかしNo.2ヒーローとしてここにいるエンデヴァーは認めざるを得ない判断力と行動力を持っている。
そう感じながら彼を見つめる轟。そんな彼を提案が通った喜びを胸に、横目で目をやる空。
こうして彼らは飯田のいる保須市へと向かうこととなった。
「ありがとうございました!」
一般人が二人の高校生に頭を下げている。保須市内で出張活動中の轟と空だ。保須市にわたってから数日間、特に事件は起こっていないが、犯罪がなくなるわけでもなく、見回りをするごとに二人は一つまた一つと被害者を助けては敵を捕まえていた。
「やったね、轟君」
「あぁ。さっきの空間操作による防御、助かった」
「どういたしまして」
まだぎこちなさは残るが、この数日ずっと一緒にいた二人は当初よりは以前の雰囲気に戻ってきている。
「何もないこと喜ぶべきことなんだけどさ、ヒーロー殺し現れないね。読み間違えたかな」
「いや、クソ親父とはいえ、No.2ヒーローのお墨付きだ。それに柊の考えには俺も賛同してる」
「そっか…」
本日最後のヒーロー活動を終える二人は、夜空に輝く綺麗な三日月の月光が降り注ぐ中静かに歩いた。轟と空の前を歩くエンデヴァー、三人の後ろを歩くサイドキックたち、そんな構造だ。
「…」
「…」
少しの沈黙後、始めに口を開いたのは轟。
「なぁ、柊」
「何?轟君」
「職場体験が終わったら、話が…ある」
真面目な声と真面目な顔つき、女には決して出せない性別による迫力みたいなものが感じられた。
「うん。わかった」
轟の話が何であれ、もう戸惑うことなく受け止めよう。と決めた空は返事と共に笑顔を彼に向けた。久しぶりの自身への彼女の笑顔に轟は一瞬目を見開いた後、内心安堵したように微笑み返す。
そんな時__
「えっ!?」
突如として、爆発音が保須市全体に鳴り響いた。
視界に現れた黒い煙と赤い渦。それも一つや二つじゃない、いたるところで同時に起こった爆発。災害でも事故でも…無い。
(まさか、敵連合…?)
空はそんな不安を隠せないまま、煙の上がった方向を見つめていた。
「焦凍!事件だ。二人ともついてこい、ヒーローというものを見せてやる!」
職場体験中にあったのは高校生にも解決できる事件だけに、すべて空と轟に任せていたが、今回の事件はそうもいかないことは一目瞭然だ。やっと本来あるべき姿を見せることが出来る、と言わんばかりにエンデヴァーはそう言い放った。
が、空と轟の携帯が鳴ったのはそれと同時刻。空が携帯を見るより早く、轟が画面を開く。
「ケータイじゃない、俺を見ろ、焦凍ォ!」
「緑谷からだ」
「え、出久?」
エンデヴァーを完全に無視している轟は「柊の方もか」と空の携帯を確認する。メールの送り主は緑谷、そして内容は
「位置情報だけ…?」
緑谷がいたずらにこういうことをする人間ではない。そのことをよくわかっている二人は、お互いに顔を見合わせ、顔色から同じ考えを確認できると両社ともうなずいた。
そして二人は一斉に走り出す。
「どこ行くんだ!」
「江向通り、4-2-10の細道。そっちが済むか、手の空いたプロが居たら応援頼む。お前ならすぐ解決できんだろ」
(轟君…)
「友達がピンチかもしれねぇ」
緑谷がヒーロー殺し・ステインと対峙する飯田を発見したのはほんのニ、三分前。
殺人者の目…
心臓を鷲掴みされたような恐怖の中、緑谷は職場体験中生み出したワンフォーオール・フルカウルを駆使し応戦する。長物に対して一気に距離をつめた見事な判断が事を奏し、ステインの頭上に一発入れた。
(僕戦える!)
怪我無し、そして敵に自身の攻撃が通用した事実、その喜びから一瞬安堵した緑谷の隙を見計らい、ステインは個性を発動させる。
「んぐっ」
ゾワリとした感覚が緑谷の全身を貫いたかと思えば、全身から力がぬけ、地面に膝をついてしまう。
「パワーが足りない」
何事もなかったように立ち上がるステインは、その言葉通り、無傷に等しい。
緑谷の行動から、自分の動きを見切ったのではなく、視界からわざとはずれ、確実に仕留めるように画策したことを推理したステインは「おまえは生かす価値がある」とだけ言い、動けずにいる緑谷を通過していく。
刀を構えなおし、倒れた飯田へと近づいて行く。何を目的に接近するかは、想像にたやすい。
最悪の光景を浮かべた緑谷は、動けな体の奥底から叫ぶ。
「ちくしょう!、やめろ!!」
ここにステイン以外に動ける者はいない。
振り上げられた刀、万事休すかに見えた時_
灼熱の炎がステインめがけて放射される。
不意打ちにもかかわらずずば抜けた身体能力で、後ろへと退いたステインは無傷。
「次から次へと、今日は良く邪魔が入る」
「緑谷、こういうのはもっと詳しく書くべきだ。遅くなっちまっただろ」
「ふぅ、間に合ってよかった。やっと委員長と出久発見」
炎が消えた先に居たのは、息を切らしながらも安堵する空と轟の二人だった。