自由な空   作:蓮薇

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十六章_今はそれだけで

無傷に等しかった空は一応の検査後問題なしと判断され、翌日には職場体験の続きをするべく、エンデヴァー事務所に戻っていた。

 

しかし今日、ヒーロー殺しに関する重要な話がある、とだけ聞かされ、緑谷たちの入院する保須市総合病院まで足を運んでいた。

 

 

「花なんて良かったのに…」

 

 

お見舞いも兼ねていた空は、三人の病室に入ると、すぐに自身が持ってきた花を花瓶に挿した。

 

 

「私のお見舞い、出久この何倍持ってきてくれたと思ってるの?少しはお返しをさせてよね」

「…ははっ……。ありがとう空姉」

「うん…。でも本当に、四人とも生きてて良かったねぇ!」

 

 

空はそう言って、ベットのそばに置いてある椅子に腰を掛ける。

 

 

 

「そうだね。最後にあんなの見せられたら生きてるのが奇跡だって…思っちゃうよね」

 

 

 

ステインの攻撃は、ほとんどが軽傷で済むような小型ナイフによるものだった。本気で戦っていたら、隙を見つけ際に小型ナイフなど使わずに、長物で足やら腕やらを切り落とすことも可能だっただろう。

 

それをしなかったのは、明らかに、緑谷たちを“生かす”ため。

 

 

 

「それでいても傷一つ負わなかった柊君は流石だな、奴の本気でも良い勝負ができたのではないか?」

「いやいや、そんなことないよ委員長。私だって必死に戦ってやっとって感じだったよ」

 

 

立地の関係で思うように個性を使えなかったとはいえ、空は正直な感想を語った。

 

 

「そういう飯田もあんだけの殺気を向けられて尚、立ち向かったのはスゲェよ。助けに来たつもりが逆に助けられた、悪ィな」

「いや…違うさ、俺は……」

 

 

飯田が言いかけた言葉を言う前に病室のドアがガラリと開けられた。そこにいたのは、轟、空を除く職場体験先のプロヒーローたち。

 

 

「おぉ、起きてるな、怪我人ども」

 

 

グラントリノ、マニュアル。そして見覚えのない人物が一人。

 

 

「保須市警察署署長の面構犬嗣さんだ」

 

 

保須市警察署署長と言う単語が出て、何事かと思う四人。顔は犬、そして身体は人間。そんな容姿を持つ彼が話し始めたことで、ベットに座っていた足を怪我している緑谷以外が立とうとする。

 

 

「掛けたままで結構だワン」

(ワン…?)

 

 

警察署署長、そしてこの少し重い空気感。

 

空はこの先に言われることを何かを察する。

 

 

「ヒーロー殺しの件だが、火傷に骨折となかなかの重症で、現在治療中だワン」

「………規則違反」

 

 

察した答えをポツリと呟いた空。

 

 

「その通り。資格未取得者が保護管理者の指示なく“個性”で危害を与えたこと。たとえ相手がヒーロー殺しであろうとも、立派な規則違反だワン」

 

 

面構が付け加える。

 

 

「例え、ヒーロー仮免許を持っていたとしてもね」

 

 

 

これは自分に言われていることだと空は自覚すると、反省の意を見せるため面構に向かってしっかりと頷いた。

 

規則に則り、四人の体験先のプロヒーローを含めた、7名には処罰が下されなければならない。しかし、あの場で飯田が動いてなければプロヒーローのネイティブが、緑谷が来ていなければその二人が、殺されていたという極めて真実に近い仮定。

 

 

「規則守って見殺しにべきだったって!?」

「結果オーライであれば規則を破っていいと?」

 

 

轟が声を張り上げたのを、焦ったように宥めようとする緑谷。

 

 

「ーーっ、人を助けるのがヒーローの仕事だろ」

 

 

真っ向からぶつかり合う両者の意見。掴みかかりそうな勢いの轟の腕をつかみ、待ったをかける空。

 

 

「……まだ話の続き、ありますよね?」

「…………本当に賢いね君は。そう、話しはまだは終わってない。ここまでは、警察としの意見」

「!!?」

 

 

処分云々は、ヒーロー殺しを資格未取得者が捕まえたと言う事実を公表した場合の話。

 

汚い話、この事件自体をエンデヴァーの功績としてすり替えて仕舞えば、この違反は揉み消せる、と面構は言う。

 

 

「一人の人間としては前途ある若者の“偉大な過ち”にケチをつけさせたくないんだワン」

 

 

どちらがいいと、聞かれれば間違いなく後者だ。

 

 

「よろしくお願いします」

 

 

空がいち早く頭を下げるとそれに続く他三名。

 

 

こうして、思わぬ形で始まった路地裏の戦いは、人知れず終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「飯田、左手に後遺症が残るそうだ」

「……そっか」

 

 

病院内の中庭にて、轟と空が話をしている。日中の暖かい光がベンチへと腰をかける二人に降り注ぎ、とても気持ちがいい。

 

 

ーー職場体験が終わったら、話が…ある

 

 

轟は、その言葉通り現在空を呼び出し、二人きりになっている。

 

 

「轟君は検査どうだった?」

「比較的軽傷、緑谷たちより早く退院できるらしい」

「そっか…」

 

 

入院することもなく、限りなく無傷に近い空の姿を改めて見る轟。

 

 

「どうしたの?」

 

 

その視線に気づいた空が質問する。

 

 

「柊は…強いな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーそれを何に使い、何を守るかはあなた次第…でしょ?轟君!

 

 

轟の胸に深く突き刺さった体育祭での言葉。

 

 

(その言葉をくれた時、柊は泣いていた)

 

 

あの時は膨れ上がった憎悪で、自分のことしか考えられずにいた。長年の闇に一筋の希望の光がさしたような、そんな気持ちでいっぱいだった。

 

そして、今。母と再会し、向き合い、一歩前進した轟。

 

しかし、落ち着いた心持ちの中、記憶に焼きつく彼女の涙を思い出す度、記憶を振り返るような嬉しさに隠れ、彼女の心の根底にあったのは“悲しみ”だと思い知らされる。

 

 

 

どうしようもなく救いたくなった

 

どうしようもなく支えたくなった

 

どうしようもなく守りたくなった

 

 

 

 

彼女が自分を救ってくれたから?

 

いや違う。

 

 

ーーお前が俺を救おうとしてくれたように俺はお前を救いたい

 

 

そんな言葉、ただの前置きだ。

 

 

 

ただ、君がーーー

 

 

 

 

 

 

その先をこの場で声に出して言ってしまいたい。彼女がどんな反応だろうと、言ってしまいたかった。

 

だが、ステイン戦でも見たように、彼女は轟より強い。個性自体も強いが、緑谷のような状況に応じての判断力、行動力もある。

 

そんな彼女を守りたいと思った自分がとても恐ろしくなった。本当に今の自分で、彼女を守れるのだろうか?と、いたたまれない気分になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し空いた二人の間をそよ風が突き抜ける。

 

 

「あの話は忘れてくれ」

「え…」

「俺は今でもお前を知りたいし、できることなら救いたいとさえ思ってる」

 

 

空の脳内には体育祭の時の、“自分を知りたい”と言った轟の言葉が再生される。

 

忘れてくれということは、自分の過去をもう話してくれなくて良いということだろうかと空は考えた。

 

 

 

「だが、待つことにする」

「!!」

 

 

 

ーーカッコいい(ヒーロー)になりたいんだ!

 

 

 

緑谷との戦いで彼が口にした一言を思い出す轟。

 

 

 

 

 

あぁ、緑谷。俺もそうなりたい__

 

 

 

 

 

轟は、自分よりも小さく白い空の手を優しく握り、至近距離に顔を持っていく。

 

己の覚悟をより明確に示すために。

 

 

「柊、俺は強くなる。お前が頼りたくなるようなヒーローに」

 

 

 

 

それからでいい

 

君がもう泣かないくらい強い、最高のヒーローになれたら

 

その時に、この気持ちを___

 

 

 

「だから、例えお前が俺を嫌いでも、今まで通り話しかけていいか?」

「うん、もちろ…。…………。ん?」

「?」

「待って、今なんて言った?」

「今まで通り話しかけていいか」

「その前!」

「お前が俺を嫌いでも…」

「………なんで、そうなるの」

 

 

「私、轟君のこと好きだよ!」

 

 

至近距離のまま、大声で言う空。

 

 

「「……………」」

 

 

大それた事を言った事実に空の顔が真っ赤に染まっていく。

 

 

「あ、いやその、これは…友人としての意味で…」

「あ、あぁ。…っ分かって…る」

 

 

轟も頬を赤く染めながら、同様から上手く口が回らない。

 

 

 

側から見れば両者が嫌い合っているなどと誰も思わないだろうが、当人同士は違う。

 

轟は、優しくされてどう受け取っていいか分からない空の態度を、今言った言葉が無ければ、嫌われている、と感じていただろう。

 

空もまた、己を救いたいと言ってくれた人に対して完全なる拒絶を示したのだ、待つと言ってくれなければ彼女もまた、轟に嫌われていると誤解していただろう。

 

つまり、今この瞬間、両者の誤解が_数週間の気まずさが、綺麗に無くなったのだ。

 

 

お互いが口元に微かな笑みを浮かべている。誤解が解けた嬉しさと、こんなにも簡単に悩んでいた気まずさがなくなった呆気なさによるものだ。

 

 

「轟君…あのさ」

「なんだ」

「名前で…呼んでいいかな?」

「…………」

「私、轟君ともっと仲良くなりたいの。名前を呼んで距離が縮まるって少し安直かもしれないけど…」

 

 

空の予想もしない発言に少しの間だけ沈黙する轟だったが、

 

 

「フフッ、名前で呼んで欲しいとは思ったことはあっても、誰かを名前で呼びたいだなんて思ったことなかった」

 

 

その後に空が言ったこの言葉で、あることを聞いてみたくなった。

 

 

「初めて?」

「うん」

「……爆豪にもか?」

「……う、うん。なんでそこで勝己が出てくるのかわからないけど。出久と勝己は名前で呼びたいとか以前に、初めから名前呼びだったから」

「……そうか」

 

 

“初めて”そんな言葉を聞くだけで、轟の胸の底から温かい何かが湧き上がってくる。

 

一言だ。たった一言で、彼女の特別などにならなくとも、今はこれだけでいい、と、本気で思えてくる。

 

 

 

好きな人を前にすると人間は単純なものだ

 

と思いながら、轟は快く答える。

 

 

「あぁ。俺も名前で呼んでいいか?」

「もちろん」

 

 

手を差し出し、握手を求める空。

 

 

「?」

「……改めて、よろしくってことで握手しよう?」

 

 

轟は今日二度目となる彼女手に触れる。

 

 

「よろしくね、“焦凍”」

「…あぁ、よろしく“空”」

 

 

少しむず痒い気分を覚えながら、二人はしっかりとお互いの手を握っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いつもはクールな表情の表情の轟君ですが、心の底ではNo.1ヒーローへの情熱を抱えていますよね。だから、好きな子相手ならそんな気持ちを含めた思いを力強く、ハッキリと言うんじゃないかなと思って、この空と轟のシーンを書きました。めっちゃ楽しかった(笑)
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