俺の名前は轟焦凍。
つい先日雄英高校に入学し、1-Aに席を置いている。
昼の時間俺は食堂に居た。
「雄英歴代最高得点主席合格、体育祭全種目一位を経て優勝、職場体験ヒーロー事務所オファー数史上最多…」
ーーこの声爆豪か?
「…それがこいつの二年前だ」
俺は偶然にも数分前に教室内で何やら騒いでいた爆豪たちの近くに座っていたようだった。爆豪の他に切島、それともう一人…クラスメイトではない女子生徒。俺も切島と同じようにその女子生徒を教室内で見た時、妙な既視感があった。
ーー柊空…。見覚えがあったのはそういうこだったのか。
普段テレビや雑誌をあまり見ない俺でも名と経歴を聞けばすぐに思い出せるほど、二年前の世間の柊空に対する注目度は非常に高かった。テレビ内で見る柊空は“雄英始まって以来の天才”だともてはやされていることに、心底迷惑そうな素振りをよく見せていた印象がある。
あぁそれと、二年前の体育祭終了後クソ親父が彼女に職場体験のオファーを出したとも言ってたか。
俺が彼女について他に知っていることは、間も無くして突如メディアから姿を消したことくらいだ。世間では散々騒がれたために柊空の名と顔は無意識にも俺の記憶に刻まれていたのだろう。
ーーまぁ、俺には関係ないことだ
今の自分には関係ないと直ぐに悟る。
昼食も食べ終わりその場を立とうとした時
《セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんはすみやかに屋外へ避難してください》
あの警報が鳴り響いた。
警報音が鳴り響いてから十数分後、空はほぼ誰もいなくなった食堂を見回っていた。
「ひっ…くっ………」
「落ち着け、大丈夫だから」
残っている生徒たちは全員避難口に向かおうとしている。パニックになっている者がいないことを確認すると、自分も遅れてはいけないと急いで避難口に向かおうとする空。しかし、食堂を出る際、女子生徒と思われる鳴き声とそれをあやしてるのであろう男子生徒の声が聞こえた。
「大丈夫だ、安心してくれ」
「………ひっ…っ…」
女子生徒の側に居たのは赤と白の髪を併せ持ち、顔にある痛々しい火傷の傷跡が特徴的な少年。何度声をかけても泣き止まない呼吸の荒い女子生徒にこれ以上なにをすればいいか分からなくなっている様子だ。
「過呼吸だね」
「……!柊…空」
少年の隣から声を上げ、近寄る空。振り返った彼は空の姿を見るなり少し驚いた表情をし、彼女のフルネームを直ぐに言い当てた。
何故私の名前を知っているの、と空は一瞬疑問に思ったが、今はその時間も惜しいとそれを口に出すことはしない。
「えっと…君。名前は」
「轟だ」
「轟君、優しくこの子の背中をさすってて」
轟は空に言われた通りに女子生徒の前にいた位置から背後へと移動する。
「急な警報で過度のストレスがかかった所為だね」
空は簡単に少女の身に何が起きてるかを判断し、真っ先に優しいげな視線を彼女へおくった。
「パニックで過度に酸素を取り込んだようだね。息を吸うんじゃなくて吐いてみようか。ゆっくりね、10秒以上かけて…そうそう上手い上手い」
相手を刺激しない、自然と落ち着くような不思議な優しい声。少女は空の言葉通りに息をゆっくりと吐き出し始めると、少しずつ苦しげな呼吸が楽なものになっていった。
「大丈夫だよ。敵が侵入してきた気配はないし、ここには優秀なプロヒーローがたくさんいるし、例えば今何かあったとしても私とこの男の子が全力で君を守るから、怖がる必要なんて無いんだよ」
空は安心できるような言葉を的確にかけ続けていく。
俺が何度声をかけても苦しげな呼吸は治らなかったのに、柊が現れ、処置をした途端女子生徒の呼吸は楽なものに徐々になっていった。
まるで子守唄のような柊のかけ声が、女子生徒を挟んで自然と聞こえてくる。パニックの女子生徒とは違い、平常心の俺には眠気を誘う薬のような声だった。
「ありがとうございます」
女子生徒が話せる状態まで回復した時、警報は綺麗に鳴り止んでた。どうやらマスコミが学校敷地内へ必要以上に侵入したことが原因だったらしい。
念のために彼女を保健室まで送ろうと言った柊に賛同し、俺たち三人は保健室がある方向に進んで行った。
「ありがとう、轟君。君のおかげで処置がスムーズになったよ」
歩いている時、柊が俺にそんなことを言っていたが、その意味が全く分からなかった。無力だった俺への気遣いかと思い、「世辞はいい」と言うと柊は少し驚いた顔をした後
「本当だって直ぐわかるよ」
と言う。
その言葉も意味が分からないまま保健室へと到着した。
「何もできなかった、すまない」
俺は自分の無力さを噛み締めながら、女子生徒にそう告げた。女子生徒は涙目をしながら勢いよく首を縦に振り、慌てた口調で話し始める。
「違うんです!全然そんなことなくて…急な警報でパニックになって…怖くて震えて動けなくて、それでもみんな自分のことに必死で私のことなんかに気づいてくれなくて…そんな時貴方が声をかけてくれて…呼吸ができなくて苦しくても貴方のおかげで怖くはなかったです!何もできなかったなんてそんなことありません!」
「…………」
「私があの場でこの子を安心させるより早く処置をできたのは君がこの子の側に付き添ってあげていたからなんだよ」
女子生徒はありがとうと、満面の笑みで俺たちに言った後、保健室へと入って行った。
「フフッ。ね?嘘じゃ無いって言ったでしょ」
二人の協力あってこそだね!、と柊は俺の手を取る。
俺の手に触れる柊の体温と、数秒前の女子生徒の笑顔と礼の言葉。それが久しく忘れていた“その感情”を俺の心へと運んできた。
「……………あぁ、いいもんだな。人助けって」
そして俺は無意識にそんなことを呟く。自分でもそんなことを言うなんて驚いた。
「柊、ありがとうな」
「…?」
俺が突然告げた礼の理由を、首を傾げ疑問に思っている様子の柊だったが、俺は答えを口にしない。
家族のことで毎日毎日毎日…気分の悪い泥々の感情しか湧かなかった俺が、今日だけは、この時だけは、
全てを一瞬忘れ、ただのヒーローになれた気がした_____。
その機会をくれたのはお前だ、柊。
だから、ありがとう。