1
「行ってきます。」
「行ってらっしゃい、車に気をつけるのよ。」
蝶ネクタイをしている眼鏡の少年、江戸川コナンはエプロンを着たロングヘアの優しそうな女性に見送られながら小学校へ行くため雑居ビルの3階にある居候先の家を出た。彼を見送ったのは当然母でも姉でもない。居候先の毛利家の一人娘で、高校生の毛利蘭だ。
コナンを見送った彼女も直ぐにエプロンを脱いで高校へ行くための身支度を整え始める。と言ってももう着替えもしているし、髪のきちんとセットしてあるので後は鞄を取って来て朝食を作っている間にどこか汚してないか鏡で確認するぐらいだ。
蘭が洗面所の鏡で身だしなみをチェックしていると父の小五郎が大口を開けて欠伸をしながら起き出してきた。
「おはよう、お父さん、私もう学校に行くけど、朝ご飯はもう居間に用意してあるから、あとお昼ご飯は冷蔵庫に入ってるからレンジで温めて食べてね。」
洗面所から出た蘭は小五郎に今から学校に行くことを伝えて、鞄を持ち玄関に移動する。
蘭が「行ってきます」と家を出ると玄関を閉める間に小五郎が「おう、きーつけてな。」と言っているのが聞こえた。
2
家を出た蘭は学校に向かい歩いている。
通っている道は何時もどおりの通学路だが最近何だか静かに感じる。
同じ道のはずなのに前より静かに感じるのは何時も二人で歩いていた道を今は1人で歩いているからだろう。蘭はこの間まで一緒に登校していた幼なじみの工藤新一の顔を思いだし少し憂いを帯びた顔に成る。高校生探偵の彼は難事件に遭遇し忙しいと言う事になっていて学校にも来ておらず、蘭も最近顔を見ていないのだ。
「はぁ。」
蘭はため息を吐いた。その後、顔を上げるともう蘭の通う帝丹高校の校門が近づいていた。いくら感じ方が変わってもやはり同じ通学路だ、考え事をしていても当然の様に足が動き学校に着いてしまう。
丁度校門の所に着いた時、蘭は呼び止められた。
「蘭。」
蘭が振り向くと蘭と同じ制服姿のカチューシャをしたボブカットの少女がいた。
「おはよ、園子。」
その少女は何の親友の鈴木園子だった。
「おはよう。」
蘭に挨拶を返した園子は、「うん」といい、何かに気づいたのか蘭に顔を寄せる。
「蘭、何だか今日は元気ない?」
流石親友である。蘭の様子が普段と違う事にすぐ気づき心配した様だ。
「そんなことないよ、ただ少し考え事してただけ。」
「ははーん、さては新一君の事考えてたのね。」
園子はニヤついた悪戯っ子の顔で蘭をからかっていた
だが蘭はプイッとそっぽを向いて「違うわ。」とつれなく否定する。
「照れなくってもいいじゃない。」
しかし園子もそこで引かず、蘭の前に回り込む
「「あぁ、愛しい旦那さまは何処に?」って感じだったんでしょう。」と言って園子は両手を組んで上目使いをして、園子が想像した蘭の姿を真似て見せた。
「だから私はあんな推理バカの事なんかなんとも……」
蘭がむきになって否定の言葉を紡いでいると言い終わる前に校舎の玄関にある下駄箱の方からドカンと大きな爆発音がして焦げ臭いにおいと煙が漂ってきた。
蘭と園子は爆発があった方向を見る。下駄箱が爆破され、玄関の窓ガラスも衝撃で割れていた。
普通こんなことが起きれば普通、混乱するものだが帝丹高校の面々は爆音などに驚いているものはあれど、取り乱しているものは誰も居ない。最近の帝丹高校の人間にとってはこれぐらい日常茶飯事だったのだ。
「あれって、やっぱり。」
「あんなことするのはあの戦争バカだけでしょ。」
蘭に同意を求められた園子はなにを当たり前のことをと言わんばかりに同意し、爆発を起こしたであろう人物の事を戦争バカと称した。
「だよね。」
蘭も件の人物を思い浮かべる。
「ねぇ、蘭。推理バカでも戦争バカよりはましなんじゃない。」
「アッハハハハ。」
完全に同意だったがその戦争バカと良い雰囲気の友人を思い出し、肯定することも憚られた蘭は苦笑するしかなかったのだった。
3
少し傷んだ黒いざんばら髪にへの字にしっかり閉じられた口、人が射殺せそうなほど鋭い視線、頬の傷痕、そんなどこにでもいる、とは言い難い風貌の少年、相良宗介は帝丹高校2年-B組に通う高校生だ。だが当然ただの高校生ではない。実は彼はクラスメイトの千鳥かなめを護衛するために秘密の傭兵部隊ミスリルから派遣された
「交信終了。」
朝の定時連絡を終えた宗介は目の前にある衛星通信の機械の電源を切る。
「さて、そろそろ行くか。」
左手につけた腕時計で時間を確認した宗介は学校に向かうことを決めた。
通学鞄に用意しておいたもの、教科書、ノート、筆記用具、自動小銃、コンバットナイフ、手榴弾、サバイバルキット、予備弾倉、等々を詰める。
最後に愛用の拳銃グロック19を弾倉に弾が入っているか確認した後腰に差す。
「では、行ってくる。」
家を出て学校に向かう宗介に言葉を返す者はいない。彼が語りかけたのは壁に貼り付けた色あせた写真、その中で
4
「むっ。」
高校に着いた宗介は自分の下駄箱の異変に気づく。昨日扉に挟んでおいた髪の毛がなくなっていた、要するに誰かに開けられた形跡があったのだ。
「何か仕掛けられたか。」
宗介はあたりを見回してみるが不審な人物は見つけられなかった。
しばし考えた後、宗介は鞄から粘土の様な物質、所謂プラスチック爆弾を取り出し、下駄箱の扉に貼り付けてからリモートコントロールできる信管を埋め込む。
宗介は勝手に開けられた下駄箱に不審物、爆弾や毒物などのトラップがあることを想定し爆破処理することにしたのだ。時間があればトラップの解除も試みたかもしれないがそろそろ登校してくる生徒の多くなってくる時間が迫っていたのだ。大勢の生徒がいる中でトラップの解除に失敗し多くの生徒を危険にさらすリスクを取りたくなかった宗介は
「今から10秒後に下駄箱を爆破する。全員離れて物陰に隠れろ!!」
宗介が大声で叫ぶと皆妙に慣れた感じで言われた通り離れていく。
皆宗介の行動に慣れてきたのだ。
皆が離れたことを確認すると宗介自身も物陰に隠れて起爆するためのリモコンのボタンを押し込む。
ばぁんっ!!
青みを帯びたオレンジ色の閃光と玄関ホールに反響したけたたましい爆音が辺りに満ちる。辺りにまき散らされた衝撃は直接爆破された下駄箱以外も押し倒し、玄関ドアのガラスにも罅を入れていた。
宗介が下駄箱を確認に行くと爆薬を仕掛けた部分が壊れ燃えていたが別段問題なさそうだった。
「よし。」
「よしっじゃない!!」
パシッという音と共に宗介の後頭部に痛みが走る。
宗介が振り返ると焦げ茶色の瞳に怒りの色をありありと滲ませた黒いロングヘアの少女がハリセンを振りぬいていた。彼女こそ宗介の護衛対象千鳥かなめだ。
「痛いじゃないか千鳥。」
「朝っぱらから何やってんのよ、あんたは!!」
宗介の苦情には一切耳を貸さずかなめは宗介を問い詰める。
「誰かが俺の下駄箱を勝手に開けた形跡があったのだ。 仕掛け爆弾の可能性があったので安全の為に爆破処理した。」
どこか誇らしげにそう言う宗介と日本の常識との齟齬にかなめは頭痛がしてきた。
「この平和な日本で高校の下駄箱に誰が爆弾なんて仕掛けるっていうのよ!!」
しかしこの場を放置することもできなかったかなめは、もう一度は宗介の頭をハリセンで叩き「行くわよ。」とこういう時頼りになる生徒会長の林水に相談しようと生徒会室に宗助を引張って行った。
5
朝のホームルームが終わり一限目の授業までのわずかな間、窓際の最後尾にある蘭の席で蘭と園子が他愛無い話に興じていた時、教室の後ろのドアから宗介とかなめが入って来た。
教室に入ってきたかなめは蘭と園子がいるのを見つけ、「おはよ。蘭、園子。」と彼女たちの名を呼びながら小走りで駆け寄っていった。
「おはよう、かなめちゃん、宗介君。」
「おはよ、おそかったじゃない2人とも。」
蘭と園子もそれぞれ挨拶を返す。
「ちょっと生徒会室に寄っててね。それより聞いてよ、2人とも宗助の奴、また下駄箱爆破したのよ。」
「うん、爆発の音、聞こえてたよ。」
「またやっちゃったみたいね。」
「ほんと最低よ。」とかなめが蘭の机に突っ伏しているとかなめの後ろに付いていた宗介が「最低ではない、あれが不審物処理の最善の方法だ。」と訂正を入れてくる。
しかしかなめが最低と言ったのは不審物の処理方法の事ではなく宗介の行動そのものだ。
「爆破の後始末自体は林水先輩が学校側と協議してくれて、丸く収まったんだけど。」
「あぁ、それで生徒会室に行ってたんだ。」
蘭と園子はなるほどとうなずき納得した。
「うん、そうなんだ、それでその時、代わりにめんどくさい仕事頼まれちゃって。」
「めんどくさい仕事って?」
「最近ね、この近くで痴漢事件がたくさん起きてるらしくて、その注意喚起と情報をまとめた配布物を作れって言われてるの。」
かなめがそこまで言いうと一限目の開始を知らせるチャイムが鳴った。
「そう言うわけだから二人とも気をつけてね。」
そう言ってかなめと宗介は席に向かった。
6
放課後、女子空手部の活動が長引いてしまった蘭は帰るのが遅くなってしまった。彼女が学校を出る時には、すでに少しあたりが薄暗くなってしまっていた。
薄暗い夜道を一人歩く蘭は不意にかなめが朝に言っていた痴漢の事を思い出した。
空手都大会優勝の実力者でコンクリート製の電信柱も拳一つでへし折る蘭にかかれば実際たいていの痴漢など一蹴してしまうのだろうがそれでも彼女も女の子、痴漢と言う言葉自体に恐怖と嫌悪を感じずにはいられなかった。
漠然とした不安に蘭は背筋を震わせ少し早足に成る。
蘭が丁度学校と家の中間ぐらいにある公園まで来た時、公園から人が出てきた。その人物は黒いコートにひょろ長な体形で妙にリアルな馬のマスクをかぶっていた。痴漢かどうかは置いておくとしても間違いなく不審者だ。
不審者は蘭の方を見るとおもむろにコートのポケットに手を突っ込み中からヘアブラシを取り出す。その時ブラシに引っかかったのかポケットから赤いリボンと針金が少しはみ出していた。
不審者は「ぽに。」と意味不明な声を発し、ブラシで髪をとく様な動作をしながら蘭に近づいてくた。
奇妙な格好と意味不明の行動に困惑するも蘭は相手が痴漢であることを察する。しかし恐怖にすくんでしまい思う様に体を動かせなかった。
痴漢の馬マスクが近づいてくる、距離がだんだん近づき蘭まで残り一メートルを切った。そこまで来てようやく蘭の身体も動き出した。
「きゃー、だれか!? だれか助けてぇ~」
蘭は踵を返し叫びながら走り出す。しかしもう遅かった痴漢は逃げようとする蘭の手を掴み自らに引き寄せ後ろから抱きつき蘭の口元に麻酔薬のしみ込んだ布を当てる。
「だれか、た…す…け…。」
蘭の意識は抵抗する間もなく眠りに落ちて行ってしまうのだった。
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