「ここが…吸血鬼の廃城…」
ある日の昼間、私服を着たユーノは砂利を踏みしめながら城を見上げた。その城の前面には、まるで龍が首をもたげて眠っているかのような彫刻があった。
後ろからバリアジャケットを纏ったはやてがついてくる。
「なぁユーノくん、ほんまに大丈夫なん?」
「大丈夫かは見ただけじゃ分からないよ、はやて。」
そう言いながら探知魔法を発動し、踏み入る。発動された探知魔法は範囲を狭め、より敏感なセンサーのようになった。その探知魔法からあふれでる光が、周囲を柔らかく照らしている。
踏み入った廃城の中は、人が住めるほどに広かった。
「なんや、広いとこやな。」
「廃城って言うぐらいだからね。でも罠がないとは限らない、慎重に行くよ。」
「了解や。」
ユーノたちは回廊を進む。その端には扉のようなものが周囲にあるが、どれも開く気配がない。
大階段に差し掛かったところで、はやてが口を開く。
「しっかし、やけに整ってへん?廃城っちゅーからもーちょいボロボロなん思っとったんけど…」
「もしかしたら中にまだ誰か居るのかも…」
「ひぃっ!?ほんまに!?」
「かもしれないね」
「もー脅かさんといてーな…」
はやてが息を吐き、額を袖でぬぐった。
そして歩き続け、その突き当たりに身長の2倍はあろうかと感じさせるほど大きな扉を見つけた。その扉は他の灰色扉とは様相を変えており、押してしまえば開きそうな扉となっていた。
「ほな…いくで…」
はやては高鳴る鼓動を抑えながら、大きな扉を押す。ギギィ…と音を立てながら、ゆっくりと開いていく。
━その部屋はまるで王の部屋だった。
左の壁あたりには人魚のような像が、右の壁あたりには逞しい図体の像が、そして玉座の右には人狼のような像が鎮座していた。
部屋の中央には宿り木に留まるコウモリの像が異様な雰囲気を放っていた。
ユーノたちはそのコウモリに近寄る。
「これは…」
「それはキバットバットⅢ世、我が子孫だ。」
「誰や!姿を表さんかい!」
不意に響いた声に驚きながらも、はやてはデバイスを構える。
「ここだ、小娘。」
そう言って上から現れたのは、黒と赤のコウモリだった。
「コウモリ!?」
「あなたは…」
「我が名はキバットバットⅡ世。キバット族の名門、キバットバット家のひとりだ。」
「キバット…バット…」
「お前のその本は…ベルカの本だな」
「何で…!」
「何で分かった…か?匂いで分かる。我が子孫を封印し、このような様を晒させたベルカの魔力ならば…な。まぁだからと言って争う気はない。」
「ほんまか?」
「あぁ、だが条件がある。」
「条…件…?」
「そうだ。」
キバットバットⅡ世はバサバサと翼を動かし、封印されたⅡ世がいない方の宿り木へととまった。
「俺はこいつの封印を解除出来るのだが今の俺単体では力が足りない。そこで…だ。お前らの内どちらか、俺にお前らが持つ魔力を寄越せ。そうすれば戦わずにいてやる。」
「…分かった。」
「ちょっ、ユーノ君!危険や!もし罠だったら…」
「はやてを危険にさらす訳にはいかない、だから僕がやるんだ。大丈夫、信じて。」
そう言ってユーノは前へと歩み寄る。
「それで…何をすれば…?」
「そうだな…手を噛ませろ。」
「手を?」
「あぁ。」
「…分かった。」
ユーノは左手を前に出す。その出された手に、キバットバットⅡ世が噛みつく。
「っぐ…!」
噛まれた瞬間に魔力が持っていかれる感覚が、ユーノを襲った。
しばらくしてキバットバットⅡ世が手から離れる。
「はぁっ!」
紫と赤のオーラを纏いながらキバットバットⅡ世がⅢ世に食らいつく。
灰色だったコウモリに色が戻っていく。
「俺!ふっかーつ!」
「戻ったか、Ⅲ世。」
「お前が解除してくれたのか?あんがとよぉ!そんじゃあ改めて、俺の名はキバットバットⅢ世様だっ!」
すると突然空間が震えた。その震えが収まると共に現れたのは、2体の対色をもつ化け物だった。
「なんやぁ!?」
「あれは…!」
「げげー!ファンガイア!よりにもよってこのタイミングでか!」
「ともかく!こいつら倒すで!」
はやてはそう言ってデバイスを構えた。その途端に、
「あ!俺いいこと思い付いた!」
いきなりキバットバットⅢ世が声をあげた。
「まて、何をする気だ。」
「決まってらー!こいつをキバにするんだよ!そうすりゃこいつらを倒して助けられる!」
「こいつをって…僕!?」
「それでもし資格が無ければ…!」
キバットバットⅡ世がファンガイアたちの足止めをしながらⅢ世に向かって吼える。
「そんときはそんとき!いいかよく聞け!大事なのは守りたいって心だ!誰かを守りたい!大事な誰かを守りたいって強い思いが必要だ!いいな!」
「…分かった。」
そう言ってユーノは右手を差し出す。キバットバットⅢ世がその手に収まると羽を納めた。
「そのままもう1つの手に俺を噛ませるんだ!」
その言葉を聞き終えたと同時に、勢いよく左手に噛ませる。
「ガブッ!」
その瞬間、首もとからステンドグラスのような模様が浮かび上がる。
「っづ…!」
腰元に鎖が巻き付けられ、ベルトが形成された。
「俺をベルトにつけるんだ!逆さまにだ!」
「逆さに…こうか。」
言われた通りに、棒のようなところにキバットバットⅢ世を引っかける。
(はやてを…絶対に守る…!守るんだ…僕が…!)
意志を固め、引っかけたまま倒した。
その瞬間にユーノの姿が変わる。
赤い胸に黄色の瞳。各所に鎖が巻き付けられたような造形。
この姿こそ…
「その姿こそがキバ!王を選定する鎧だ!名乗るならば、仮面ライダー…キバ!」
「これが…キバ…」
「さぁ!嬢ちゃんに見せてやろうぜ!お前の勇姿を!」
「…はぁっ!」
ユーノがその一息と共に構える。
その瞬間、周囲にヒビが入る。ヒビはどんどんと広がっていき、ついには砕けた。
「これは…」
そこに広がっていたのは今までのような灰色の景色とうって変わり、鮮やかで高貴さを感じさせていた。
昼間の太陽がステンドグラスで柔らかく部屋を照らしていた。
3つの像も今までの灰色はどこへやら。
人狼の像は蒼色へ、人魚の像は翡翠へ、怪力の像は紫へと色を変えていた。
「これこそがこの城…キャッスルドランの本来の姿だ。」
「キャッスル…ドラン…」
はやてがキバットバットⅡ世の言葉を反芻するように呟く。
「はぁぁぁっ!」
ファンガイアへと駆け出し、ユーノは格闘を始める。本来なら格闘をはじめとして戦いが得意ではないが、キバの鎧によるバックアップ。そしてキバットバットⅢ世による魔力から魔皇力への変換。それらによってそれを可能としていた。そして何より、
「分かる…僕にも戦いかたが分かる…!感覚的に解る…!これが…キバ…!みんなを守る力!」
自らの手を見返しながら、感覚に感嘆する。
ファンガイアが突如として反転し、逃走を試みる。
だが、ユーノはそれも許さず、追撃していく。蹴り、殴り、受け止めガード、そしてその果てに屋上に出た。
「おっしゃあ!一気にとどめだ!」
「とどめ?」
「そうだ!腰についてる赤い笛を俺に!」
「腰…これか!」
そう言ってユーノは腰からキバの顔のような造形がついた笛を取り出した。
「そうだ!それ!」
ユーノは赤い笛━━ウェイクアップフェッスルをⅢ世に装填し、押し込む。
「ウェイクアップ!」
音が鳴ると同時に、周囲が暗くなる。
ドアが開き、はやても屋上に追い付く。そして空を見上げ、驚愕の表情に変わった。
「なんや…外が…夜に…!?」
先程までの陽光はどこへ行ったのか、真っ暗な闇夜に月が怪しく輝いていた。
ユーノは右手をかざすと、緑の鎖がファンガイア2体を拘束する。
そして右足を振り上げる。
Ⅲ世がベルトから飛び出し、右足の鎖を噛みちぎる。その鎖が弾けとび、翼が現れる。
片足で高く飛び上がり、その右足で必殺の蹴り━━"ダークネスムーンブレイク"を放つ!
「ハァァァァァァァァッ!」
蹴りは2体のファンガイアに命中し、抗うまもなく砕け散った。
「はぁ…はぁ…」
息を整えた瞬間、闇夜は晴れて昼の輝きが戻る。
辺りに咆哮が鳴り響く。
はやてはユーノの元へ駆け寄り、共に音の元へ目を向けた。
「あれは…入り口の!」
「やーっと目が覚めたか!キャッスルドラン!」
Ⅲ世の言葉に応えるように、キャッスルドランが吠えた。
「アレが…キャッスルドラン…」
その城龍は新たなキバの誕生を祝うように、咆哮を響かせていた。
「お前が新たなキバか。」
ふと後ろを見ると、3つの異形が立っていた。
「貴方たちは…?」
「あー!あの像のやつちゃう?」
「俺はウルフェン族最強の戦士、ガルル。」
「僕はマーマン族の生き残り、バッシャー。」
「俺、フランケン族、ドッガ。」
「そういや聞いてなかったな、お前、なんて名前だ?」
「僕はユーノ・スクライア。司書長をしてるよ。」
「司書…ってこた、めっちゃ頭いいって訳か!」
「その反面、戦うのは得意じゃないんだけどね。」
「ユーノ、なのはちゃんから司書の呼び出しや。必要な書類があるんやと。」
「なのはから?分かった、すぐいくよ。」
「じゃあ迷惑かけた詫びに送ってやる。」
「へ?"送って"って……まさ…か…」
その言葉の瞬間、急に浮遊感が襲った。
「と、飛んでる!?」
「嘘!こいつ飛べるんかいな!」
咆哮と共に翼を翻し、キャッスルドランは大空を飛ぶ。
「すごい…遥か昔にこんな技術が…」
「まぁこいつ自身、グレートワイバーンってでっかい龍を改造して作った城だしな。」
「龍を改造して城に!?もうなんでもありだね…」
ふと、Ⅱ世がユーノのそばに降り立つ。
「良かったのか?逃げ出せばファンガイアと戦うことはなかったのだぞ?」
「確かにそうかもね。でも…見なかったフリなんてできなかった。」
「…甘いのだな。」
「割とそうかもしれない。」
キャッスルドランから見える景色を前にしてユーノはそう答えた。
その髪は風で悠然とたなびいていた。