敵中横断二九六千光年   作:島田イスケ

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ウラシマ効果

通信室のブースを出るクルーはみな涙ぐんでいる。その背中を見送りながら、森は内心おもしろくない気持ちでいた。

 

こんなことは早く終わってくれないものか、と思いつつ時計を見る。針はたいして進んでいない。

 

〈ヤマト〉は通常航行で、一日に約一億キロ進む。一時間に四百万キロ。一分間に六万キロ。一秒間に千キロだ。

 

秒速一千キロメートル――光が秒速三十万キロだから、〈ヤマト〉はすなわち光速の三百分の一の速さで巡航する船だということになる。

 

よって〈ウラシマ効果〉により、〈ヤマト〉艦内の時間の流れは地球よりも遅くなる。〈ヤマト〉がちょうど十ヶ月の300日で地球に帰り着くとすると、なんとそのとき地球では301日経っているのだ。つまり、〈ヤマト〉が宇宙に出てキッカリ365日目に地球人類の全員が急に突然ウウウとなって死ぬとしたら、間に合うために〈ヤマト〉は363日で戻らなくてはならないのだ。それで364日目に地球に到着することになる。おもしろいだろう、母さん。

 

なんてなことを家族に対して話す者などひとりもいるわけがない。みんな、互いに『ケガはないか』とか、『食事はちゃんと摂れているのか』などと(たず)ね合ってるのだろう。

 

冥王星の戦いで〈ヤマト〉は多くのケガ人を出したが、地球でも内戦により多くが死んでケガ人も出た。まず気になるのが互いの安否。

 

それはわかるが、どうなのだろう。この交信は許さぬ方が良かったのではないのかと森は思わずいられなかった。今更中止もできないだろうが、最初からこれはやめるべきだとわたしは主張すべきだったのじゃないか。

 

〈ヤマト〉の乗員1100人。ひとりに三分の交信を許し、十のブースを使わせたなら全部終わるのに五時間半。ロスを加えて六時間以上になるだろう。全員が家族と話すわけではないにしても、その間ずっと宇宙に電波を流しっぱなしになるわけだ。

 

敵に傍受されたらどうする。普段であれば〈ヤマト〉は滅多に次元潜宙艦などに近づかせることはない。それだけの性能を持っている。けれどもこれは、(きじ)がわざわざケンケン鳴いて、猟師に自分はここにいると知らせているようなものではないか。やはりこんなことは、と思わずにいられない。

 

最初の数組が終わったところで、部下に任せて森は通信室を出た。船の各所に配されたレーダーその他の機器に取り付き、見張りをするのも船務科の役目だ。科に戻って状況を見ることにする。

 

そうしたら、いた。森の部下の女子船務科員がひとり、機関科員らしき赤コードの男子クルーと通路に立って話し込んでいる。

 

森が近づいていっても気づかず、家族との交信の話題に夢中でいるようだった。『親の顔を見たら君は泣いちゃうんじゃないの』などと言ってる声が聞こえる。

 

「あなた」と森は彼女の前に立って言った。「今、当直のはずよね。なんでこんなところにいるの」

 

「あ」と彼女。「え、いえ、その……」

 

「すぐ持ち場に戻りなさい!」

 

怒鳴りつけた。それから男子クルーの方を睨みつける。

 

「あなたもなんなの。こんなところで何しているの?」

 

「あ、いやあの」

 

「認識票を見せなさい」

 

携帯式船内通話器を取り出して、相手が胸に付けている認識票にかざしてやった。すると画面にこの彼も当直員であるのを示すサインが表れる。

 

「あなたも部署に戻りなさい。これは報告しますからね」

 

「あ……はい……」

 

と言う。しかしその顔に、『いいじゃないかちょっとくらい』と書いてあるのが読み取れた。

 

それでもふたりは離れてスゴスゴ立ち去っていく。

 

「まったく」と森は言った。「何を浮かれてるのよ……」


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