「何があったんだろう」
と藪は言った。通信室を出た後で、パーティ会場に行く前に一度機関区に戻ってきたら、隅の方で上官にドヤされている者がいる。それを横眼に通り過ぎてきたのだった。
「あれか?」と先輩格の機関科員が、「お前も気をつけろよ。当直離れて女の子とでも話し込んでいたのが見つかったらしい」
「は?」
「まだ出るかもしれないな。あっちこっちに似たようなのがいるようだから」
「ええと……」
と言った。話がよく呑み込めない。
「だからさ」と先輩が、「船務科がうるさいんだよ。『パーティだからと言って気をゆるめるな』というんでさ。『〈タイタニック〉の事故だってこういうときに起きたんだぞ』みたいなことを……」
「タイタニック」
「そう。聞いたことあるだろう。処女航海で浮かれてワイワイやってたところを氷山にガーン、ブクブクブク……」
「ああ。なんかわかってきた」
「そうだろう。だから上の人間も、下に向かって余計ガミガミやんなくちゃあいけないのさ。そうしないと自分があの船務科長に吊るしを喰らう」
「船務科長……というとあの森?」
「そう、アノモリ。まあ確かにもっともな話なんだけど」
「ええ」
と言った。話はもう呑み込めていた。
なるほど〈タイタニック〉と言えば、確かに今の〈ヤマト〉のような状態のときに事故を起こして沈んだ船と言えるかもしれない。危険な海を進んでいるにもかかわらず、その船は油断しきっていた。無線室では乗客の電報送受に明け暮れて、他の船から届けられる『氷山があるぞ』の警告を受け流していた。真正面に浮かぶ氷に見張りが気づいたときには既に遅し。
今の〈ヤマト〉は祝賀ムードだ。それも無理はない話だ。冥王星の敵に勝ち、追撃を
そこでパーティに家族との交信となれば、出もするだろう。ソワソワと持ち場を離れる当直員が。
そうでなくても、多くの者が、早く自分の順番が来ぬかと時計を気にしているらしかった。持ち場に就いていながらも、隣の者と交信で親と何を話そうなどと口にしないでいられないのだ。
そんな気配が艦内のそこかしこから伝わってくる。これは確かに危険な状態なのかもしれないと藪は思った。
〈タイタニック〉の難破に限らず、事故というのはこんなとき起こる。昔に起きた原発事故も、どれもがみんなヒューマン・エラーだ。ひとつのミスが次のミスを生んでどんどん膨れ上がる……。
そう、こういうときが危ない。あの森という女士官はそれがわかっているからこそ目クジラ立てて船の中を歩いているのかもしれない。とすればさすがに優秀な人間なのであるかもしれないが……。
しかし、と思った。
「あの一尉さん、通信室の前でもみんなを怖い顔で見てましたよ」
「だろうな」と先輩は言った。「家族とは話せたのか?」
「ええまあ」と言った。「けどね……」